123 / 155
第122話 掘り起こされる記憶
しおりを挟む
夜明け前の森は、異様なほど静まり返っていた。
鑑識班が到着し、神社裏の窪地には黄色い規制テープが張られ、無数のライトが闇を切り裂いている。その光景は、二十年前には存在しなかった“現実の証明”だった。
春香は少し離れた場所で、毛布を肩に掛けられたまま、発掘の様子を見つめていた。
スコップが土に入るたび、胸の奥を直接掘り返されるような錯覚に襲われる。
「……やめて……もう……」
口をついて出た言葉は、祈りにも呪いにもならず、ただ震えとして空に溶けた。
美奈は春香のそばに立ち、同じ方向を見つめていたが、視線は土ではなく、森の奥の暗闇に向けられていた。
あの影が消えた場所。
鈴の音がした、あの方向。
──紅葉、あそこから、私を見てたの?
「氷川さん」
低い声に呼ばれ、美奈ははっと振り返る。
祐真が、鑑識責任者と短く言葉を交わしたあと、こちらへ戻ってきていた。
「いくつか……骨の一部と、繊維片がまとまって出ています」
「……やっぱり……」
春香の声が、ほとんど聞き取れないほどに小さくなる。
「まだ断定はできません。年齢も、性別も……これからです」
そう言いながらも、祐真の視線は曇っていた。
誰のものであれ、あれが“子どものもの”である可能性が高いことは、誰の目にも明らかだった。
そのとき、別の鑑識が声を上げた。
「係長、こちら……」
ランタンの明かりが一斉に集まる。
掘り下げられた土の中から、今度は布に包まれた小さな塊が現れていた。
春香の喉が、ひくりと鳴る。
「……それ……」
祐真は一歩踏み出し、慎重にその様子を見つめた。
丁寧に布を解いていくと、中から現れたのは──
小さな靴の片方だった。
泥に覆われ、形は崩れかけていたが、踵の内側に残った小さな刺繍が、はっきりと見えた。
「あ……」
春香の視界が、急速に滲む。
「……それ……美桜が……履いていった……」
二十年前の、最後の朝。
秋祭りに行くからと、少し大きめの靴を選んで、照れながら玄関を出ていった、あの後ろ姿。
春香の膝が、がくりと折れた。
「……やっぱり……美桜……」
嗚咽が、堰を切ったように溢れ出す。
美奈は慌てて春香を支え、必死に抱き寄せた。
「春香さん……!」
祐真は歯を食いしばり、視線を逸らした。
警察官としてではなく、あの森で同じ空気を吸っていた“元・村の子ども”として、この現実を突きつけられている。
そのとき、鑑識のひとりが、次の言葉を告げた。
「……ただ……ここだけじゃ、ありません」
「……え?」
祐真が鋭く問い返す。
「この靴が出た場所とは、少し離れた位置にも……同じような埋設痕があります。
しかも……ひとつ、ふたつじゃない」
その言葉の意味が、ゆっくりと、しかし確実に三人の胸に沈んでいった。
──この森には、美桜だけではない。
春香は、涙に濡れた顔のまま、小さく首を振った。
「……そんな……他にも……?」
答えは、誰にも出せなかった。
その少し後──
発掘現場から少し離れた木立の陰で、美奈はひとり、立ち尽くしていた。
胸の奥に押し込めていた記憶が、勝手に浮かび上がってくる。
──紅葉が消える三日前。
放課後、二人で帰る途中、神社の横を通ったとき。
『ねぇ……美奈』
『なに?』
『この森……昔、子どもが消えたって……本当?』
そのときは、ただの噂話だと思って、笑って受け流してしまった。
『気にしすぎだって。そんなの都市伝説でしょ』
すると紅葉は、少しだけ──
泣きそうな顔で笑った。
『……そっか……なら、いい』
──あれは……本当に、それで“よかった”のだろうか。
美奈は、拳をぎゅっと握りしめた。
(紅葉……あのとき、何に怯えてたの……?)
その背後で、不意に木の葉が擦れる音がした。
振り向いても、誰もいない。
だが、確かに“気配”だけが、そこに残っていた。
──まだ、終わっていない。
そう、森が囁いているかのように。
鑑識班が到着し、神社裏の窪地には黄色い規制テープが張られ、無数のライトが闇を切り裂いている。その光景は、二十年前には存在しなかった“現実の証明”だった。
春香は少し離れた場所で、毛布を肩に掛けられたまま、発掘の様子を見つめていた。
スコップが土に入るたび、胸の奥を直接掘り返されるような錯覚に襲われる。
「……やめて……もう……」
口をついて出た言葉は、祈りにも呪いにもならず、ただ震えとして空に溶けた。
美奈は春香のそばに立ち、同じ方向を見つめていたが、視線は土ではなく、森の奥の暗闇に向けられていた。
あの影が消えた場所。
鈴の音がした、あの方向。
──紅葉、あそこから、私を見てたの?
「氷川さん」
低い声に呼ばれ、美奈ははっと振り返る。
祐真が、鑑識責任者と短く言葉を交わしたあと、こちらへ戻ってきていた。
「いくつか……骨の一部と、繊維片がまとまって出ています」
「……やっぱり……」
春香の声が、ほとんど聞き取れないほどに小さくなる。
「まだ断定はできません。年齢も、性別も……これからです」
そう言いながらも、祐真の視線は曇っていた。
誰のものであれ、あれが“子どものもの”である可能性が高いことは、誰の目にも明らかだった。
そのとき、別の鑑識が声を上げた。
「係長、こちら……」
ランタンの明かりが一斉に集まる。
掘り下げられた土の中から、今度は布に包まれた小さな塊が現れていた。
春香の喉が、ひくりと鳴る。
「……それ……」
祐真は一歩踏み出し、慎重にその様子を見つめた。
丁寧に布を解いていくと、中から現れたのは──
小さな靴の片方だった。
泥に覆われ、形は崩れかけていたが、踵の内側に残った小さな刺繍が、はっきりと見えた。
「あ……」
春香の視界が、急速に滲む。
「……それ……美桜が……履いていった……」
二十年前の、最後の朝。
秋祭りに行くからと、少し大きめの靴を選んで、照れながら玄関を出ていった、あの後ろ姿。
春香の膝が、がくりと折れた。
「……やっぱり……美桜……」
嗚咽が、堰を切ったように溢れ出す。
美奈は慌てて春香を支え、必死に抱き寄せた。
「春香さん……!」
祐真は歯を食いしばり、視線を逸らした。
警察官としてではなく、あの森で同じ空気を吸っていた“元・村の子ども”として、この現実を突きつけられている。
そのとき、鑑識のひとりが、次の言葉を告げた。
「……ただ……ここだけじゃ、ありません」
「……え?」
祐真が鋭く問い返す。
「この靴が出た場所とは、少し離れた位置にも……同じような埋設痕があります。
しかも……ひとつ、ふたつじゃない」
その言葉の意味が、ゆっくりと、しかし確実に三人の胸に沈んでいった。
──この森には、美桜だけではない。
春香は、涙に濡れた顔のまま、小さく首を振った。
「……そんな……他にも……?」
答えは、誰にも出せなかった。
その少し後──
発掘現場から少し離れた木立の陰で、美奈はひとり、立ち尽くしていた。
胸の奥に押し込めていた記憶が、勝手に浮かび上がってくる。
──紅葉が消える三日前。
放課後、二人で帰る途中、神社の横を通ったとき。
『ねぇ……美奈』
『なに?』
『この森……昔、子どもが消えたって……本当?』
そのときは、ただの噂話だと思って、笑って受け流してしまった。
『気にしすぎだって。そんなの都市伝説でしょ』
すると紅葉は、少しだけ──
泣きそうな顔で笑った。
『……そっか……なら、いい』
──あれは……本当に、それで“よかった”のだろうか。
美奈は、拳をぎゅっと握りしめた。
(紅葉……あのとき、何に怯えてたの……?)
その背後で、不意に木の葉が擦れる音がした。
振り向いても、誰もいない。
だが、確かに“気配”だけが、そこに残っていた。
──まだ、終わっていない。
そう、森が囁いているかのように。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる