紅葉-くれは-

菊池まりな

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第122話 掘り起こされる記憶

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 夜明け前の森は、異様なほど静まり返っていた。
 鑑識班が到着し、神社裏の窪地には黄色い規制テープが張られ、無数のライトが闇を切り裂いている。その光景は、二十年前には存在しなかった“現実の証明”だった。

 春香は少し離れた場所で、毛布を肩に掛けられたまま、発掘の様子を見つめていた。
 スコップが土に入るたび、胸の奥を直接掘り返されるような錯覚に襲われる。

「……やめて……もう……」

 口をついて出た言葉は、祈りにも呪いにもならず、ただ震えとして空に溶けた。

 美奈は春香のそばに立ち、同じ方向を見つめていたが、視線は土ではなく、森の奥の暗闇に向けられていた。
 あの影が消えた場所。
 鈴の音がした、あの方向。

 ──紅葉、あそこから、私を見てたの?

「氷川さん」

 低い声に呼ばれ、美奈ははっと振り返る。
 祐真が、鑑識責任者と短く言葉を交わしたあと、こちらへ戻ってきていた。

「いくつか……骨の一部と、繊維片がまとまって出ています」 
「……やっぱり……」

 春香の声が、ほとんど聞き取れないほどに小さくなる。

「まだ断定はできません。年齢も、性別も……これからです」

 そう言いながらも、祐真の視線は曇っていた。
 誰のものであれ、あれが“子どものもの”である可能性が高いことは、誰の目にも明らかだった。

 そのとき、別の鑑識が声を上げた。

「係長、こちら……」

 ランタンの明かりが一斉に集まる。
 掘り下げられた土の中から、今度は布に包まれた小さな塊が現れていた。

 春香の喉が、ひくりと鳴る。

「……それ……」

 祐真は一歩踏み出し、慎重にその様子を見つめた。
 丁寧に布を解いていくと、中から現れたのは──
 小さな靴の片方だった。

 泥に覆われ、形は崩れかけていたが、踵の内側に残った小さな刺繍が、はっきりと見えた。

「あ……」

 春香の視界が、急速に滲む。

「……それ……美桜が……履いていった……」

 二十年前の、最後の朝。
 秋祭りに行くからと、少し大きめの靴を選んで、照れながら玄関を出ていった、あの後ろ姿。

 春香の膝が、がくりと折れた。

「……やっぱり……美桜……」

 嗚咽が、堰を切ったように溢れ出す。
 美奈は慌てて春香を支え、必死に抱き寄せた。

「春香さん……!」

 祐真は歯を食いしばり、視線を逸らした。
 警察官としてではなく、あの森で同じ空気を吸っていた“元・村の子ども”として、この現実を突きつけられている。

 そのとき、鑑識のひとりが、次の言葉を告げた。

「……ただ……ここだけじゃ、ありません」

「……え?」

 祐真が鋭く問い返す。

「この靴が出た場所とは、少し離れた位置にも……同じような埋設痕があります。
 しかも……ひとつ、ふたつじゃない」

 その言葉の意味が、ゆっくりと、しかし確実に三人の胸に沈んでいった。

 ──この森には、美桜だけではない。

 春香は、涙に濡れた顔のまま、小さく首を振った。

「……そんな……他にも……?」

 答えは、誰にも出せなかった。

 その少し後──
 発掘現場から少し離れた木立の陰で、美奈はひとり、立ち尽くしていた。

 胸の奥に押し込めていた記憶が、勝手に浮かび上がってくる。

 ──紅葉が消える三日前。
 放課後、二人で帰る途中、神社の横を通ったとき。

『ねぇ……美奈』

『なに?』

『この森……昔、子どもが消えたって……本当?』

 そのときは、ただの噂話だと思って、笑って受け流してしまった。

『気にしすぎだって。そんなの都市伝説でしょ』

 すると紅葉は、少しだけ──
 泣きそうな顔で笑った。

『……そっか……なら、いい』

 ──あれは……本当に、それで“よかった”のだろうか。

 美奈は、拳をぎゅっと握りしめた。

(紅葉……あのとき、何に怯えてたの……?)

 その背後で、不意に木の葉が擦れる音がした。

 振り向いても、誰もいない。
 だが、確かに“気配”だけが、そこに残っていた。

 ──まだ、終わっていない。

 そう、森が囁いているかのように。

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