紅葉-くれは-

菊池まりな

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第153話 鈴の余韻

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森を抜ける道は、来たときよりもはっきりしていた。

霧は薄く、木々の輪郭も確かだ。

けれど五人の足取りは、誰一人として軽くなかった。

鈴の音が、まだ耳の奥に残っている。

たった一度。

確かに鳴った、あの音。

「……森は、終わってない」

紅葉が、独り言のように言う。

美奈は頷いた。

「でも“暴れて”はいない。 たぶん……静かに残っただけ」

祐真は振り返り、全員の顔を確認する。

「誰か、呼ばれてないか?」

全員が首を振る。

美桜だけが、一瞬だけ視線を伏せた。

春香はそれを見逃さなかったが、何も言わなかった。

森の出口は、思っていたより近くにあった。

境界線を越えた瞬間、空気が変わる。

重さが、抜ける。

「……戻った」

美奈が深く息を吸う。

スマートフォンが、同時に鳴った。

圏外表示が消え、時刻が流れ込んでくる。

「……二日」

祐真が画面を見て言った。

「失踪扱いだな。完全に」

春香は苦笑した。

「説明、できる?」

「できない。……けど、戻ってきた事実だけは残る」

紅葉がぽつりと呟く。
「それでいいのかもしれない」

美桜が、初めて自分から口を開いた。
「……ねえ」

四人が、彼女を見る。

「森にいた“影”、 最後に、ママだけを見てた」

春香は静かに頷いた。
「ええ」

「……私には、何も言わなかった」
美桜は少し困ったように笑う。

「たぶんね、  あれ……“私”じゃなくて、  ママの後悔だった」

言葉が、胸に刺さる。

春香は立ち止まり、美桜の前にしゃがみ込んだ。

「……ごめんなさい」

美桜は首を振った。
「ううん。 でも、これからは──」

小さな手が、春香の服を掴む。
「“選んで”一緒にいて。 守るためじゃなくて」

春香は、強く頷いた。

「約束する」

そのとき、風が吹いた。

遠くで、かすかに──

鈴の音が、もう一度鳴った気がした。

誰も、振り返らない。

祐真が静かに言う。
「……もし、また誰かが迷ったら」

紅葉が続ける。
「今度は、“閉じ込める森”じゃなくて」

美奈が言う。
「“帰り道を示す人”になる」

春香は、空を見上げた。

雲の切れ間から、光が差している。

「終わりじゃない。 でも、始まりでもない」

一歩、踏み出す。

「ただ……目を逸らさないだけ」

五人は、それぞれの現実へ戻っていった。

森は、何事もなかったように、静かに佇んでいる。

けれど──
空き地だった場所に、

小さな石がひとつ置かれていた。
誰が置いたのかは、わからない。

ただ、そこにはこう刻まれていた。
──呼ばれなくても、帰れる。

風が、その文字を撫でる。

そして森は、再び沈黙した。
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