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第152話 呼び場の正体
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霧が完全に晴れきらないまま、五人は森の奥へ進んでいた。
鳥の声は確かにある。
風も、朝の匂いもする。
それでも──
「……戻ってる感じがしない」
美奈が、足元の落ち葉を見つめながら言った。
祐真は地面に残る、かすかな窪みを指差す。
「同じ場所を通ってない。 でも……近づいてる」
「何に?」
紅葉の問いに、祐真は答えなかった。
代わりに、美桜がぽつりと言う。
「……“いちばん最初”」
空気が、ぴんと張り詰める。
春香は、その言葉の意味を理解していた。
「……この森に来た、最初の日」
木々の隙間が開け、視界が一気に広がった。
そこにあったのは──
小さな空き地。
観光地でも、祭りの会場でもない。
ただの、何の変哲もない場所。
だが中央には、
古く、割れた石の台座が残っていた。
「……何もない」
美奈が言う。
「いいえ」
春香は、台座を見つめたまま首を振った。
「“あった”のよ」
春香は一歩前に出た。
「昔、この森には祠があった。 子どもを守るための……」
紅葉が息を呑む。
「守る……?」
「迷わないように。 帰れるように」
祐真が続ける。
「でも、祠は壊された。 理由は単純だ」
視線を上げ、木々を見渡す。
「邪魔だった。 開発のために」
美奈が静かに言う。
「……祠が壊れて、 役割だけが残った」
「そう」
祐真は頷く。
「守るものはなくなった。 でも“守る”という意志だけが、ここに縛り付けられた」
そのとき、空気が歪んだ。
風が止まり、音が消える。
台座の上に──
影が落ちる。
人の形をしているが、顔がない。
「……来た」
美桜が、春香の手を強く握る。
影は声を持たないまま、
直接、頭の中に響かせた。
──帰れない子を……
──置いていくわけには……
紅葉が震える声で言う。
「……だから、連れていったの……?」
影が、ゆっくり頷く。
──ひとりでは……
──迷う……
春香は、前に出た。
「違うわ」
はっきりと、言い切る。
「“帰れない子”なんて、いなかった。 いたのは──帰したくなかった大人の想い」
影が、揺れる。
「私は……」 春香の声が震える。
「美桜を失うのが怖くて、 この森に縋った」
美桜が顔を上げる。
「ママ……」
「その声が、あなたを縛った。 守るふりをして、閉じ込めた」
影が、初めて後ずさった。
祐真が続ける。
「ここは“呼び場”じゃない。 執着の溜まり場だ」
美奈が一歩前へ。
「終わらせましょう。 守る役目は、もう──人が引き継ぐ」
紅葉が、台座に手を伸ばす。
「……私は、戻ってきた。 それで、充分でしょう?」
影は、ゆっくりと薄れていく。
だが、最後に──
春香だけを見た。
──……それでも……
──置いていくのか……
春香は、はっきり頷いた。
「ええ」
微笑みながら。
「一緒に“生きる”から。 閉じ込めるんじゃなくて」
風が、吹き抜けた。
台座が、静かに崩れ落ちる。
森の奥から、長く続いていた重さが抜けていくのが、誰の目にも分かった。
鳥の声が、一斉に戻った。
美桜が、空を見上げる。
「……もう、呼ばれてない」
祐真が、息を吐く。
「終わったな」
だが──
紅葉が、ふと振り返った。
「……ねえ」
誰もいないはずの森の奥。
「“次”が、いないって……
誰が、保証するの?」
沈黙。
春香は、ゆっくり答えた。
「私たちがする」
五人は、互いに頷き合う。
守るのは、森じゃない。
記憶と、選択だ。
そのとき──
遠くで、鈴の音がした。
ほんの一度だけ。
祐真が苦く笑う。
「……完全な終わりは、ないらしい」
春香は、歩き出す。
「それでいい。 だからこそ、目を逸らさない」
朝の光が、森を照らし始めていた。
鳥の声は確かにある。
風も、朝の匂いもする。
それでも──
「……戻ってる感じがしない」
美奈が、足元の落ち葉を見つめながら言った。
祐真は地面に残る、かすかな窪みを指差す。
「同じ場所を通ってない。 でも……近づいてる」
「何に?」
紅葉の問いに、祐真は答えなかった。
代わりに、美桜がぽつりと言う。
「……“いちばん最初”」
空気が、ぴんと張り詰める。
春香は、その言葉の意味を理解していた。
「……この森に来た、最初の日」
木々の隙間が開け、視界が一気に広がった。
そこにあったのは──
小さな空き地。
観光地でも、祭りの会場でもない。
ただの、何の変哲もない場所。
だが中央には、
古く、割れた石の台座が残っていた。
「……何もない」
美奈が言う。
「いいえ」
春香は、台座を見つめたまま首を振った。
「“あった”のよ」
春香は一歩前に出た。
「昔、この森には祠があった。 子どもを守るための……」
紅葉が息を呑む。
「守る……?」
「迷わないように。 帰れるように」
祐真が続ける。
「でも、祠は壊された。 理由は単純だ」
視線を上げ、木々を見渡す。
「邪魔だった。 開発のために」
美奈が静かに言う。
「……祠が壊れて、 役割だけが残った」
「そう」
祐真は頷く。
「守るものはなくなった。 でも“守る”という意志だけが、ここに縛り付けられた」
そのとき、空気が歪んだ。
風が止まり、音が消える。
台座の上に──
影が落ちる。
人の形をしているが、顔がない。
「……来た」
美桜が、春香の手を強く握る。
影は声を持たないまま、
直接、頭の中に響かせた。
──帰れない子を……
──置いていくわけには……
紅葉が震える声で言う。
「……だから、連れていったの……?」
影が、ゆっくり頷く。
──ひとりでは……
──迷う……
春香は、前に出た。
「違うわ」
はっきりと、言い切る。
「“帰れない子”なんて、いなかった。 いたのは──帰したくなかった大人の想い」
影が、揺れる。
「私は……」 春香の声が震える。
「美桜を失うのが怖くて、 この森に縋った」
美桜が顔を上げる。
「ママ……」
「その声が、あなたを縛った。 守るふりをして、閉じ込めた」
影が、初めて後ずさった。
祐真が続ける。
「ここは“呼び場”じゃない。 執着の溜まり場だ」
美奈が一歩前へ。
「終わらせましょう。 守る役目は、もう──人が引き継ぐ」
紅葉が、台座に手を伸ばす。
「……私は、戻ってきた。 それで、充分でしょう?」
影は、ゆっくりと薄れていく。
だが、最後に──
春香だけを見た。
──……それでも……
──置いていくのか……
春香は、はっきり頷いた。
「ええ」
微笑みながら。
「一緒に“生きる”から。 閉じ込めるんじゃなくて」
風が、吹き抜けた。
台座が、静かに崩れ落ちる。
森の奥から、長く続いていた重さが抜けていくのが、誰の目にも分かった。
鳥の声が、一斉に戻った。
美桜が、空を見上げる。
「……もう、呼ばれてない」
祐真が、息を吐く。
「終わったな」
だが──
紅葉が、ふと振り返った。
「……ねえ」
誰もいないはずの森の奥。
「“次”が、いないって……
誰が、保証するの?」
沈黙。
春香は、ゆっくり答えた。
「私たちがする」
五人は、互いに頷き合う。
守るのは、森じゃない。
記憶と、選択だ。
そのとき──
遠くで、鈴の音がした。
ほんの一度だけ。
祐真が苦く笑う。
「……完全な終わりは、ないらしい」
春香は、歩き出す。
「それでいい。 だからこそ、目を逸らさない」
朝の光が、森を照らし始めていた。
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