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第2話 すれ違う傘
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翌朝、朱里は鏡の前でため息をついていた。
「はぁ……顔、むくんでる」
昨日の夜はほとんど眠れなかった。
何度目を閉じても、雨に濡れた街角でのやり取りがフラッシュバックしてくる。
──傘を差し出す嵩の横顔。
──「大嫌い」と言い放ってしまった自分の声。
あの瞬間から、朱里の心はずっと落ち着かないままだった。
会社に着くと、偶然にもエントランスで嵩と鉢合わせした。
嵩は笑顔で軽く会釈する。
「おはようございます、中谷さん」
その穏やかな声に胸が跳ねる。
昨日のことを根に持っている様子はなさそうだ。
むしろ、何事もなかったかのように接してくれている。
(……優しい。そういうところが、余計にずるいんです)
朱里は視線を逸らし、そっけなく返す。
「おはようございます」
二人で並んでエレベーターに乗り込む。
密室に流れる沈黙。朱里は心臓の鼓動を聞かれそうで落ち着かない。
「昨日は……大変でしたね」
嵩が口を開いた。
「雨の中、走って戻ってきて。風邪とかひいてませんか?」
「ひいてません」
朱里は短く答える。
(またそうやって心配して……)
本当は嬉しい。でも、素直に喜ぶことができない。
「もし風邪引いたら、困りますから。明日のプレゼン、あなたがいないと回りませんし」
嵩が少し冗談めかして言う。
朱里は思わず口を尖らせた。
「……だから嫌いなんです。そうやって誰にでも優しいから」
──二回目。
嵩が一瞬きょとんとした顔をする。
だが、すぐに苦笑して「厳しいですね」とだけ返した。
朱里は自分の発言を後悔しつつ、もう引っ込みがつかない。
(本当は嬉しいくせに。どうしていつも逆のことばかり言っちゃうの、私)
その日の午後。
プレゼン準備で資料を確認していた朱里のデスクに、嵩がやってきた。
「中谷さん、これ昨日のデータの追加分です。あなたの資料に差し込んでおくと、説得力が増すと思います」
「……ありがとうございます」
思わず口をついて出た言葉に、自分でも驚く。
嵩が少し嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。昨日みたいに『大嫌い』って言われるかと思いました」
「っ……!」
朱里の顔が一気に赤くなる。
「そ、そうです、大嫌いです!」
──三回目。
「えぇ……」嵩は苦笑しながら頭をかいた。
「まぁ、そういうことにしておきます」
その反応がまた朱里をもどかしくさせる。
(どうして気づかないんですか。どうして笑って流すんですか。
……本当は、その笑顔が好きで仕方ないのに)
夕方、仕事を終えて会社を出ると、再び小雨が降り出していた。
嵩が横から傘を差し出す。
「一緒に帰りましょう」
「いりません」朱里は即答する。
「でも——」
「大嫌いです。そういう押しつけがましいの」
──四回目。
傘の下から逃げ出すように駆け出した朱里の胸は、昨日よりもさらに痛かった。
「ほんとは……一緒に帰りたかったのに」
夜の街灯に滲む雨粒を見上げながら、朱里は自分の心の不器用さを呪うしかなかった。
「はぁ……顔、むくんでる」
昨日の夜はほとんど眠れなかった。
何度目を閉じても、雨に濡れた街角でのやり取りがフラッシュバックしてくる。
──傘を差し出す嵩の横顔。
──「大嫌い」と言い放ってしまった自分の声。
あの瞬間から、朱里の心はずっと落ち着かないままだった。
会社に着くと、偶然にもエントランスで嵩と鉢合わせした。
嵩は笑顔で軽く会釈する。
「おはようございます、中谷さん」
その穏やかな声に胸が跳ねる。
昨日のことを根に持っている様子はなさそうだ。
むしろ、何事もなかったかのように接してくれている。
(……優しい。そういうところが、余計にずるいんです)
朱里は視線を逸らし、そっけなく返す。
「おはようございます」
二人で並んでエレベーターに乗り込む。
密室に流れる沈黙。朱里は心臓の鼓動を聞かれそうで落ち着かない。
「昨日は……大変でしたね」
嵩が口を開いた。
「雨の中、走って戻ってきて。風邪とかひいてませんか?」
「ひいてません」
朱里は短く答える。
(またそうやって心配して……)
本当は嬉しい。でも、素直に喜ぶことができない。
「もし風邪引いたら、困りますから。明日のプレゼン、あなたがいないと回りませんし」
嵩が少し冗談めかして言う。
朱里は思わず口を尖らせた。
「……だから嫌いなんです。そうやって誰にでも優しいから」
──二回目。
嵩が一瞬きょとんとした顔をする。
だが、すぐに苦笑して「厳しいですね」とだけ返した。
朱里は自分の発言を後悔しつつ、もう引っ込みがつかない。
(本当は嬉しいくせに。どうしていつも逆のことばかり言っちゃうの、私)
その日の午後。
プレゼン準備で資料を確認していた朱里のデスクに、嵩がやってきた。
「中谷さん、これ昨日のデータの追加分です。あなたの資料に差し込んでおくと、説得力が増すと思います」
「……ありがとうございます」
思わず口をついて出た言葉に、自分でも驚く。
嵩が少し嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。昨日みたいに『大嫌い』って言われるかと思いました」
「っ……!」
朱里の顔が一気に赤くなる。
「そ、そうです、大嫌いです!」
──三回目。
「えぇ……」嵩は苦笑しながら頭をかいた。
「まぁ、そういうことにしておきます」
その反応がまた朱里をもどかしくさせる。
(どうして気づかないんですか。どうして笑って流すんですか。
……本当は、その笑顔が好きで仕方ないのに)
夕方、仕事を終えて会社を出ると、再び小雨が降り出していた。
嵩が横から傘を差し出す。
「一緒に帰りましょう」
「いりません」朱里は即答する。
「でも——」
「大嫌いです。そういう押しつけがましいの」
──四回目。
傘の下から逃げ出すように駆け出した朱里の胸は、昨日よりもさらに痛かった。
「ほんとは……一緒に帰りたかったのに」
夜の街灯に滲む雨粒を見上げながら、朱里は自分の心の不器用さを呪うしかなかった。
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