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第86話 想いの温度差
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その日の帰り道。
朱里はオフィスを出た瞬間、夜風の冷たさに肩をすくめた。
嵩はまだ会議室に残っていて、何かの資料を確認しているようだった。
背中を見送ることしかできず、モヤモヤしたまま足を止める。
「……なんであんなに落ち着いてるのよ」
独り言が、白い息に溶けた。
この前の週末のショッピングだって、こっちは胸が痛くなるほどドキドキしていたのに、嵩は終始穏やかで、動揺ひとつ見せない。
あれだけ近くにいたのに、まるで何もなかったみたいに。
──この温度差が、たまらなく悔しい。
スマホを取り出すと、美鈴からメッセージが届いていた。
《で、次の一手は?》
《そんなの、あるわけないでしょ》と返すと、すぐ既読がつく。
《“ない”じゃなくて、“出せない”でしょ。》
短い一文に、図星を刺されて沈黙する。
……わかってる。
本当は、素直になれないだけ。
それが、自分でも嫌になるくらいに。
翌朝。
朱里は寝不足のまま出社した。
会社のエントランスで、偶然嵩と鉢合わせる。
「おはようございます、中谷さん」
「あっ……おはようございます」
目を合わせると、またあの穏やかな笑み。
それだけで心が揺れるのが悔しい。
「昨日の会議資料、助かりました。ありがとう」
「い、いえ。仕事ですから」
声が少し尖ってしまう。
自分でも分かるくらい、刺々しいトーン。
嵩が少しだけ首を傾げて言った。
「……なんか怒ってます?」
「怒ってません!」
即答して、エレベーターに飛び乗った。
ドアが閉まる直前、嵩が苦笑しているのが見えた。
その笑顔がまた、胸の奥をかき乱す。
「もう……ほんっとに、そういうところが大嫌い!」
思わず小声で吐き捨てた。
でも、エレベーターの鏡に映る自分は──
明らかに、頬を染めていた。
昼休み、デスクで弁当をつついていると、瑠奈が軽やかに声をかけてきた。
「先輩、昨日のプレゼンすごかったですね!」
「え、あ、ありがとう」
「平田先輩、すごく褒めてましたよ。『中谷の分析は的確だ』って」
瑠奈の笑顔は、いつも眩しい。
その素直さが羨ましくて、少しだけ胸が痛む。
「そ、そうなんだ……。あの人、私の前じゃあんまり褒めないから」
「ふふっ、それは照れ隠しじゃないですか?」
「えっ?」
「平田先輩、たぶん先輩のこと意識してますよ」
唐突な言葉に、朱里は箸を止めた。
瑠奈の目は冗談めいていたけれど、どこか探るようでもあった。
──そのとき。
会議室のドアが開き、嵩が出てきた。
電話中のようで、短く「……はい、確認します」と言いながら通り過ぎる。
何気ない仕草なのに、心臓が跳ねた。
「ね?」と瑠奈が囁く。
「やっぱり、気になるんじゃないですか?」
朱里は顔を背け、弁当に視線を落とした。
「……知らない。もう、わかんない」
その声は、ため息にまぎれて小さく消えた。
心の奥で、また“こじらせモード”が暴れ始めていた。
朱里はオフィスを出た瞬間、夜風の冷たさに肩をすくめた。
嵩はまだ会議室に残っていて、何かの資料を確認しているようだった。
背中を見送ることしかできず、モヤモヤしたまま足を止める。
「……なんであんなに落ち着いてるのよ」
独り言が、白い息に溶けた。
この前の週末のショッピングだって、こっちは胸が痛くなるほどドキドキしていたのに、嵩は終始穏やかで、動揺ひとつ見せない。
あれだけ近くにいたのに、まるで何もなかったみたいに。
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短い一文に、図星を刺されて沈黙する。
……わかってる。
本当は、素直になれないだけ。
それが、自分でも嫌になるくらいに。
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会社のエントランスで、偶然嵩と鉢合わせる。
「おはようございます、中谷さん」
「あっ……おはようございます」
目を合わせると、またあの穏やかな笑み。
それだけで心が揺れるのが悔しい。
「昨日の会議資料、助かりました。ありがとう」
「い、いえ。仕事ですから」
声が少し尖ってしまう。
自分でも分かるくらい、刺々しいトーン。
嵩が少しだけ首を傾げて言った。
「……なんか怒ってます?」
「怒ってません!」
即答して、エレベーターに飛び乗った。
ドアが閉まる直前、嵩が苦笑しているのが見えた。
その笑顔がまた、胸の奥をかき乱す。
「もう……ほんっとに、そういうところが大嫌い!」
思わず小声で吐き捨てた。
でも、エレベーターの鏡に映る自分は──
明らかに、頬を染めていた。
昼休み、デスクで弁当をつついていると、瑠奈が軽やかに声をかけてきた。
「先輩、昨日のプレゼンすごかったですね!」
「え、あ、ありがとう」
「平田先輩、すごく褒めてましたよ。『中谷の分析は的確だ』って」
瑠奈の笑顔は、いつも眩しい。
その素直さが羨ましくて、少しだけ胸が痛む。
「そ、そうなんだ……。あの人、私の前じゃあんまり褒めないから」
「ふふっ、それは照れ隠しじゃないですか?」
「えっ?」
「平田先輩、たぶん先輩のこと意識してますよ」
唐突な言葉に、朱里は箸を止めた。
瑠奈の目は冗談めいていたけれど、どこか探るようでもあった。
──そのとき。
会議室のドアが開き、嵩が出てきた。
電話中のようで、短く「……はい、確認します」と言いながら通り過ぎる。
何気ない仕草なのに、心臓が跳ねた。
「ね?」と瑠奈が囁く。
「やっぱり、気になるんじゃないですか?」
朱里は顔を背け、弁当に視線を落とした。
「……知らない。もう、わかんない」
その声は、ため息にまぎれて小さく消えた。
心の奥で、また“こじらせモード”が暴れ始めていた。
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