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第109話 微妙な沈黙と、ほんの一歩の勇気
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応接室の空気は、さっきからやけに静かだった。
書類を整えながら、私はちらちらと平田さんの横顔を盗み見る。
でも、見るたびに胸がきゅっと縮こまって、すぐ目をそらす。
──だって、気まずい。
金曜のあの雨上がり。
『歩きませんか』って誘われて、並んで歩いているところを、よりにもよって瑠奈に見られて。
そのあと何も言われてないけど……言われてないからこそ怖い。
「…………」
耐えきれず、私は小さく息を吐いた。
その気配に気づいたのか、平田さんが私の方を見る。
「中谷さん」
「っ、はい!」
変な声が出た。
こじらせ度が増している自覚はある。できれば見ないでほしい。
平田さんは少しだけ口元で笑って、それから真剣な声に戻った。
「さっきの話の続きなんだけど」
──続き。
ああ、来た。
“雨上がりの続きなんて聞いてない”……と、さっき応接室で思わず心の中で叫んだあの案件だ。
「……ええと、“見られた件”ですよね?」
自分から言ってしまった。
いや、でもどうせ話題になるなら、もう逃げても仕方ないし。
平田さんは、少し驚いたように目を瞬いた。
「……やっぱり気にしてる?」
その一言で、胸の奥がぐしゃっとなる。
気にしてないわけ、ない。
「そ、そりゃ気になりますよ。だって……瑠奈、でしたし」
「望月さんが?」
「はい。よりにもよって、あの子に……」
言ってから、しまったと思う。
よりにもよって、ってどういう意味だ、とか思われたら──
でも平田さんは怒ったりせず、むしろ「やっぱり」と言いたげな顔をした。
「望月さん、金曜の夜に帰り際、俺に少し聞いてきた」
「えっ……何を?」
「“朱里先輩、怒ってませんでした?”って」
「……は?」
怒ってないどころか、私は緊張しすぎてまともに歩けなかったんですけど。
「どうやら、中谷さんが機嫌悪かったのか気になってたみたいだよ」
「え、えぇ……?機嫌悪いとかじゃなくて……その……緊張してただけで……」
言いながら、自分で余計恥ずかしくなってくる。
恋のライバルに心配されるとか、どういう構図なんだろう。
平田さんは少しだけ困ったように笑った。
「俺としては、嬉しかったんだけどな。……緊張されてたって知って」
その言い方が優しすぎて、顔が一瞬で熱くなる。
「べ、別に……平田さんが特別とかじゃなくて!その……人に見られて、びっくりしただけで……!」
「特別じゃない、ね」
平田さんの声が、ほんの少しだけ低くなる。
やめて、そういう声。
心臓が無理。
「ち、違……違わないけど、違うわけでもなくて……違うって言いたいんじゃなくて……ああもう!」
机に額をゴンとつけたい衝動をギリギリで抑えた。
平田さんが苦笑しながら、静かに言う。
「中谷さん」
「……はい」
「金曜の“続き”だけど……俺は、あの日のこと、別に隠すつもりはないよ」
「えっ……」
「望月さんにどう見られたかよりも、俺がどうしたいかのほうが大事だと思ってる」
まただ。
またそういうことを、こっちの心臓が死ぬほど忙しくなるタイミングで言う。
「ど、どうしたい……って」
「たとえば──今日の帰り、また一緒に帰りたいとか」
心臓がひっくり返った。
「や、やだもう……そういうの、急に……」
「急かな?」
「急です!」
「そう?」
なぜそんなに涼しい顔で言えるのか、本当に理解できない。
でも、ほんの少しだけ勇気が湧いてきて、私はぎゅっと拳を握った。
「あの……今日の帰り……」
「うん」
「……ちょっとだけなら、いいです」
少しだけ。
本当に“少し”だけ。
でも、それでも前よりずっと──私のほうが進んでいる。
きっと平田さんには、全部バレているんだろうけど。
書類を整えながら、私はちらちらと平田さんの横顔を盗み見る。
でも、見るたびに胸がきゅっと縮こまって、すぐ目をそらす。
──だって、気まずい。
金曜のあの雨上がり。
『歩きませんか』って誘われて、並んで歩いているところを、よりにもよって瑠奈に見られて。
そのあと何も言われてないけど……言われてないからこそ怖い。
「…………」
耐えきれず、私は小さく息を吐いた。
その気配に気づいたのか、平田さんが私の方を見る。
「中谷さん」
「っ、はい!」
変な声が出た。
こじらせ度が増している自覚はある。できれば見ないでほしい。
平田さんは少しだけ口元で笑って、それから真剣な声に戻った。
「さっきの話の続きなんだけど」
──続き。
ああ、来た。
“雨上がりの続きなんて聞いてない”……と、さっき応接室で思わず心の中で叫んだあの案件だ。
「……ええと、“見られた件”ですよね?」
自分から言ってしまった。
いや、でもどうせ話題になるなら、もう逃げても仕方ないし。
平田さんは、少し驚いたように目を瞬いた。
「……やっぱり気にしてる?」
その一言で、胸の奥がぐしゃっとなる。
気にしてないわけ、ない。
「そ、そりゃ気になりますよ。だって……瑠奈、でしたし」
「望月さんが?」
「はい。よりにもよって、あの子に……」
言ってから、しまったと思う。
よりにもよって、ってどういう意味だ、とか思われたら──
でも平田さんは怒ったりせず、むしろ「やっぱり」と言いたげな顔をした。
「望月さん、金曜の夜に帰り際、俺に少し聞いてきた」
「えっ……何を?」
「“朱里先輩、怒ってませんでした?”って」
「……は?」
怒ってないどころか、私は緊張しすぎてまともに歩けなかったんですけど。
「どうやら、中谷さんが機嫌悪かったのか気になってたみたいだよ」
「え、えぇ……?機嫌悪いとかじゃなくて……その……緊張してただけで……」
言いながら、自分で余計恥ずかしくなってくる。
恋のライバルに心配されるとか、どういう構図なんだろう。
平田さんは少しだけ困ったように笑った。
「俺としては、嬉しかったんだけどな。……緊張されてたって知って」
その言い方が優しすぎて、顔が一瞬で熱くなる。
「べ、別に……平田さんが特別とかじゃなくて!その……人に見られて、びっくりしただけで……!」
「特別じゃない、ね」
平田さんの声が、ほんの少しだけ低くなる。
やめて、そういう声。
心臓が無理。
「ち、違……違わないけど、違うわけでもなくて……違うって言いたいんじゃなくて……ああもう!」
机に額をゴンとつけたい衝動をギリギリで抑えた。
平田さんが苦笑しながら、静かに言う。
「中谷さん」
「……はい」
「金曜の“続き”だけど……俺は、あの日のこと、別に隠すつもりはないよ」
「えっ……」
「望月さんにどう見られたかよりも、俺がどうしたいかのほうが大事だと思ってる」
まただ。
またそういうことを、こっちの心臓が死ぬほど忙しくなるタイミングで言う。
「ど、どうしたい……って」
「たとえば──今日の帰り、また一緒に帰りたいとか」
心臓がひっくり返った。
「や、やだもう……そういうの、急に……」
「急かな?」
「急です!」
「そう?」
なぜそんなに涼しい顔で言えるのか、本当に理解できない。
でも、ほんの少しだけ勇気が湧いてきて、私はぎゅっと拳を握った。
「あの……今日の帰り……」
「うん」
「……ちょっとだけなら、いいです」
少しだけ。
本当に“少し”だけ。
でも、それでも前よりずっと──私のほうが進んでいる。
きっと平田さんには、全部バレているんだろうけど。
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