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第112話 それでも、平穏は続かない
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会社までの道のりは、通常なら十五分ほど。
なのに、嵩と一緒に歩くとその時間がどうしてこうも“特別なもの”に変わってしまうのか。
朱里は胸の奥がじわりと熱くなるのを感じながら、ほんの少しだけ歩幅を調整した。
隣にいる嵩が、絶妙な距離で合わせてくれているのが分かる。
ふと、嵩が口を開いた。
「朱里さん、今日の仕事……悩んでることある?」
「え……急にどうしたんですか?」
「さっき、打ち合わせで少し元気なかった気がして」
「……見てたんですね」
「そりゃあ見るよ。同じチームなんだから」
なんでもないように言うその声が、どうしようもなく胸を揺らす。
(こんなの……反則でしょ)
朱里は誤魔化すように視線を逸らし、歩道の花壇に落ちた雨粒を追った。
「ちょっと考えごとをしてただけです。望月さんのこととか……いろいろ」
「そっか」
嵩は深くは追及しなかった。ただ、一度短く息を吐いたあと、穏やかな声で続けた。
「でも、金曜のことは気にしなくていい。望月さんにどう思われても、俺は俺だし」
「……平田さん、そういうところ、ずるいです」
「ずるい?」
「なんか……落ち着いてて。私ばっかり、ぐるぐるしてる感じで」
嵩は立ち止まり、朱里のほうを向いて柔らかく笑った。
「ぐるぐるしてる朱里さん、結構好きだけどな」
「~~っ……!」
その瞬間、朱里の心臓は跳ねた。
反射的に顔を隠すように下を向くと、耳がじんじん熱い。
嵩は少し照れたように視線を逸らしながら続けた。
「……あ、今のは、ちょっと言いすぎたかも」
「い、言いすぎですよ……!」
「ごめん。でも、嘘じゃない」
真剣な目で言われると、朱里はもう逃げ場がなかった。
そのとき──背後から、パタパタと早足の気配。
(え……まさか、また瑠奈ちゃん!?)
朱里の背筋が一気に固くなる。
だが振り返ると、そこには──
「中谷さん! 平田さん! ちょうどよかった!」
書類の束を抱えた田中美鈴が息を切らしながら駆け寄ってきた。
朱里は心臓を押さえながら、思わず脱力する。
「び、びっくりした……」
「なにその反応!? 私、幽霊か何か!?」
美鈴がむくれた顔で言い、嵩は「はは」と苦笑した。
「どうかしたの?」朱里が尋ねると、美鈴は書類を抱えたまま慌てた声を上げた。
「部長が追加資料欲しいって! 中谷さん、今日帰り遅くなるかもだって!」
「えっ……今からですか?」
「うん。緊急らしい。で、平田さんにも話があるって」
嵩と朱里が顔を見合わせる。
せっかく“ゆっくり歩く帰り道”だったのに、
現実が容赦なく追いついてきた、そんな瞬間だった。
嵩は深くため息をつき、朱里へ視線を向ける。
「……じゃあ、この続きは……また今度にしようか」
「……はい」
本当は“また今度”じゃ嫌なのに。
でも、そう言ってしまうには勇気が足りなくて、
朱里はただ静かに頷くしかなかった。
なのに、嵩と一緒に歩くとその時間がどうしてこうも“特別なもの”に変わってしまうのか。
朱里は胸の奥がじわりと熱くなるのを感じながら、ほんの少しだけ歩幅を調整した。
隣にいる嵩が、絶妙な距離で合わせてくれているのが分かる。
ふと、嵩が口を開いた。
「朱里さん、今日の仕事……悩んでることある?」
「え……急にどうしたんですか?」
「さっき、打ち合わせで少し元気なかった気がして」
「……見てたんですね」
「そりゃあ見るよ。同じチームなんだから」
なんでもないように言うその声が、どうしようもなく胸を揺らす。
(こんなの……反則でしょ)
朱里は誤魔化すように視線を逸らし、歩道の花壇に落ちた雨粒を追った。
「ちょっと考えごとをしてただけです。望月さんのこととか……いろいろ」
「そっか」
嵩は深くは追及しなかった。ただ、一度短く息を吐いたあと、穏やかな声で続けた。
「でも、金曜のことは気にしなくていい。望月さんにどう思われても、俺は俺だし」
「……平田さん、そういうところ、ずるいです」
「ずるい?」
「なんか……落ち着いてて。私ばっかり、ぐるぐるしてる感じで」
嵩は立ち止まり、朱里のほうを向いて柔らかく笑った。
「ぐるぐるしてる朱里さん、結構好きだけどな」
「~~っ……!」
その瞬間、朱里の心臓は跳ねた。
反射的に顔を隠すように下を向くと、耳がじんじん熱い。
嵩は少し照れたように視線を逸らしながら続けた。
「……あ、今のは、ちょっと言いすぎたかも」
「い、言いすぎですよ……!」
「ごめん。でも、嘘じゃない」
真剣な目で言われると、朱里はもう逃げ場がなかった。
そのとき──背後から、パタパタと早足の気配。
(え……まさか、また瑠奈ちゃん!?)
朱里の背筋が一気に固くなる。
だが振り返ると、そこには──
「中谷さん! 平田さん! ちょうどよかった!」
書類の束を抱えた田中美鈴が息を切らしながら駆け寄ってきた。
朱里は心臓を押さえながら、思わず脱力する。
「び、びっくりした……」
「なにその反応!? 私、幽霊か何か!?」
美鈴がむくれた顔で言い、嵩は「はは」と苦笑した。
「どうかしたの?」朱里が尋ねると、美鈴は書類を抱えたまま慌てた声を上げた。
「部長が追加資料欲しいって! 中谷さん、今日帰り遅くなるかもだって!」
「えっ……今からですか?」
「うん。緊急らしい。で、平田さんにも話があるって」
嵩と朱里が顔を見合わせる。
せっかく“ゆっくり歩く帰り道”だったのに、
現実が容赦なく追いついてきた、そんな瞬間だった。
嵩は深くため息をつき、朱里へ視線を向ける。
「……じゃあ、この続きは……また今度にしようか」
「……はい」
本当は“また今度”じゃ嫌なのに。
でも、そう言ってしまうには勇気が足りなくて、
朱里はただ静かに頷くしかなかった。
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