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第125話 言葉になる前の"好き"が、胸の奥で暴れ出す
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夜の歩道は、昼間のざわめきが嘘みたいに静かだった。
街灯に照らされたアスファルトが、ほんのり湿って光っている。
平田さんと並んで歩く距離は、腕一つ分。
近すぎず、遠すぎず。
でも、その微妙な距離が、胸を落ち着かなくさせる。
「……寒くないですか」
平田さんが、前を向いたまま言った。
「大丈夫です」
声が少し裏返った気がして、私は慌てて付け加える。
「その……歩くの、久しぶりで」
「そうですね」
平田さんは、くすっと小さく笑った。
「前は、雨上がりでした」
──覚えてる。
覚えてるに決まってる。
あの夜、心臓の音がうるさくて、何度も立ち止まりたくなったこと。
「……あのとき」
平田さんが、少しだけ歩く速度を落とす。
「中谷さん、何か言いかけてませんでしたか」
胸が跳ねた。
(気づいてた……?)
私は、ぎゅっと拳を握る。
「……言いかけてました」
声が小さくなった。
「でも、怖くて」
「何が?」
問い返されて、言葉が詰まる。
何が怖かったのか。
簡単だ。
壊れるのが、怖かった。
でも──
「……今の関係が、変わるのが」
やっと、それだけ言えた。
平田さんは立ち止まった。
私も、足を止める。
街灯の下で、彼が私を見る。
その目は、真剣で、逃がしてくれない。
「中谷さん」
低く、落ち着いた声。
「俺は……変わらない関係って、楽だと思う反面」
一拍、間が空く。
「ずっと、そのままなのも……苦しいです」
心臓が、どくんと鳴った。
「今日、月曜の朝も。応接室で話したときも」
平田さんは、少しだけ困ったように笑う。
「中谷さんが、何か隠してる気がして」
(隠してる……)
その通りだった。
私は、ずっと誤魔化してきた。
「……私」
喉が、からからに乾く。
でも、今言わなきゃ、また後悔する。
「平田さんが思ってるより、ずっと……」
言葉が詰まる。
頭の中では、何度も言ってきたのに。
“好きです”の一言が、重すぎる。
沈黙が落ちる。
逃げたくなる。
その瞬間。
「急がなくていい」
平田さんが、静かに言った。
「でも、嘘だけは聞きたくないです」
その一言が、背中を押した。
私は、息を吸って、吐いて。
そして──
「……大嫌い、って」
自分の声が、意外なくらいはっきり響いた。
平田さんが、目を瞬かせる。
「百回言ったら……」
胸が痛い。
でも、もう止まれない。
「……死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに、気づいてほしいって、思ってました」
一気に言い切った。
夜の空気が、凍ったみたいに静まる。
数秒。
平田さんは、驚いたまま、私を見つめていた。
そして──
「……それ」
小さく、息を吐く。
「ずるいですね」
困ったように笑って、でも目は、優しい。
「そんなふうに言われたら……」
一歩、距離が縮まる。
心臓が暴れ出す。
「気づかないふり、できないじゃないですか」
私は、目を逸らした。
顔が、熱い。
「……ごめんなさい」
すると、平田さんは首を振った。
「謝られることじゃないです」
少しだけ、声が低くなる。
「俺のほうこそ……待たせてました」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
平田嵩は、逃げていなかった。
待っていてくれただけだった。
夜風が吹いて、私たちの間をすり抜ける。
沈黙は、さっきよりも重くて、でも温かい。
次に言葉を発するのは、どちらだろう。
その“続き”が、もうすぐ始まろうとしていた。
街灯に照らされたアスファルトが、ほんのり湿って光っている。
平田さんと並んで歩く距離は、腕一つ分。
近すぎず、遠すぎず。
でも、その微妙な距離が、胸を落ち着かなくさせる。
「……寒くないですか」
平田さんが、前を向いたまま言った。
「大丈夫です」
声が少し裏返った気がして、私は慌てて付け加える。
「その……歩くの、久しぶりで」
「そうですね」
平田さんは、くすっと小さく笑った。
「前は、雨上がりでした」
──覚えてる。
覚えてるに決まってる。
あの夜、心臓の音がうるさくて、何度も立ち止まりたくなったこと。
「……あのとき」
平田さんが、少しだけ歩く速度を落とす。
「中谷さん、何か言いかけてませんでしたか」
胸が跳ねた。
(気づいてた……?)
私は、ぎゅっと拳を握る。
「……言いかけてました」
声が小さくなった。
「でも、怖くて」
「何が?」
問い返されて、言葉が詰まる。
何が怖かったのか。
簡単だ。
壊れるのが、怖かった。
でも──
「……今の関係が、変わるのが」
やっと、それだけ言えた。
平田さんは立ち止まった。
私も、足を止める。
街灯の下で、彼が私を見る。
その目は、真剣で、逃がしてくれない。
「中谷さん」
低く、落ち着いた声。
「俺は……変わらない関係って、楽だと思う反面」
一拍、間が空く。
「ずっと、そのままなのも……苦しいです」
心臓が、どくんと鳴った。
「今日、月曜の朝も。応接室で話したときも」
平田さんは、少しだけ困ったように笑う。
「中谷さんが、何か隠してる気がして」
(隠してる……)
その通りだった。
私は、ずっと誤魔化してきた。
「……私」
喉が、からからに乾く。
でも、今言わなきゃ、また後悔する。
「平田さんが思ってるより、ずっと……」
言葉が詰まる。
頭の中では、何度も言ってきたのに。
“好きです”の一言が、重すぎる。
沈黙が落ちる。
逃げたくなる。
その瞬間。
「急がなくていい」
平田さんが、静かに言った。
「でも、嘘だけは聞きたくないです」
その一言が、背中を押した。
私は、息を吸って、吐いて。
そして──
「……大嫌い、って」
自分の声が、意外なくらいはっきり響いた。
平田さんが、目を瞬かせる。
「百回言ったら……」
胸が痛い。
でも、もう止まれない。
「……死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに、気づいてほしいって、思ってました」
一気に言い切った。
夜の空気が、凍ったみたいに静まる。
数秒。
平田さんは、驚いたまま、私を見つめていた。
そして──
「……それ」
小さく、息を吐く。
「ずるいですね」
困ったように笑って、でも目は、優しい。
「そんなふうに言われたら……」
一歩、距離が縮まる。
心臓が暴れ出す。
「気づかないふり、できないじゃないですか」
私は、目を逸らした。
顔が、熱い。
「……ごめんなさい」
すると、平田さんは首を振った。
「謝られることじゃないです」
少しだけ、声が低くなる。
「俺のほうこそ……待たせてました」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
平田嵩は、逃げていなかった。
待っていてくれただけだった。
夜風が吹いて、私たちの間をすり抜ける。
沈黙は、さっきよりも重くて、でも温かい。
次に言葉を発するのは、どちらだろう。
その“続き”が、もうすぐ始まろうとしていた。
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