大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

菊池まりな

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第131話 返事ひとつで、世界は騒がしくなる

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 スマホの画面を、もう何度見ただろう。

──今日の帰り、また一緒に帰りたい。

 たったそれだけの文章なのに、胸の奥がざわざわする。

(逃げない、って言ったくせに)

 私は深呼吸して、親指を画面に置いた。

『……ちょっとだけなら、いいです』

 送信。

 それだけで、心臓が一気に早鐘を打つ。

(何この緊張感)

 既読がつくのは、思ったより早かった。

 そして、すぐに返事が来る。

『ありがとう。じゃあ、エントランスで待ってます』

 淡々とした文面なのに、どこか嬉しそうな響きがして、勝手に顔が熱くなる。

(……単純すぎ)

 その日の仕事は、正直ほとんど頭に入らなかった。

 時計を見るたびに、秒針の音がやけに大きく感じる。

 定時。

 バッグを手に席を立つと、心なしか周囲の視線が気になる。

(別に、何もおかしくないのに)

 エントランスには、すでに嵩がいた。

 スーツ姿のまま、スマホをポケットにしまって、こちらに気づくと少しだけ表情が緩む。

「中谷さん」

「……平田さん」

「今日は、ありがとう」

「“ちょっとだけ”ですから」

 そう言うと、嵩は小さく笑った。

「わかってます」

 並んで歩き出す。

 外はもう暗く、街灯の光が濡れた歩道に反射していた。

「雨、すっかりあがりましたね」

「そうですね」

 会話はそれだけ。

 なのに、沈黙が苦しくない。

 むしろ、隣にいること自体が落ち着く。

(……こういうの、ずるい)

「中谷さん」

 しばらくして、嵩が口を開いた。

「最近、前より話しやすくなった気がします」

「え……?」

「前は、“大嫌い”って、よく言われてたので」

 心臓が跳ねる。

「……それ、まだ気にしてたんですか」

「正直、はい」

 困ったように笑う嵩に、胸がちくっと痛んだ。

「冗談だって、わかってはいたんですけど」

「……」

「でも、最近は言われなくなって」

 嵩は、少しだけ歩く速度を落とした。

「それはそれで、距離を感じるというか」

(……なんでそんなこと言うの)

 私は視線を前に向けたまま、ぽつりと返す。

「……言わなくなっただけです」

「嫌いじゃ、なくなった?」

 一瞬、言葉に詰まる。

(ここで“違います”って言えたら、どれだけ楽だろう)

「……」

 沈黙が答えになってしまいそうで、私は慌てて付け足した。

「少なくとも、今は……言いたくないです」

 嵩は、少し驚いたように目を瞬かせてから、ふっと息を吐いた。

「それ、嬉しいです」

 胸が、きゅっと締め付けられる。

(……本当に、ずるい)

「……平田さん」

「はい」

「“ちょっとだけ”って言いましたけど」

 私は立ち止まり、勇気を振り絞って言った。

「もう少し、歩きませんか」

 嵩は、一瞬目を見開いてから、静かに笑った。

「じゃあ、今日はゆっくり行きましょうか」

 並んで歩き出す夜道。

 距離は、ほんの一歩分。

 でも、その一歩が、想像以上に近くて──

 胸の奥で、何かが確かに動き出していた。
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