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第132話 縮まったのは距離?それとも覚悟?
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夜風が、少しだけ冷たい。
並んで歩く帰り道は、いつもより長く感じるはずなのに、気づけば半分ほど過ぎていた。
(“ゆっくり行こう”なんて言われたのに)
嵩は、朱里の歩幅に自然に合わせてくれている。意識しているのか、無意識なのか──それがわからないのが、また厄介だった。
「……」
沈黙が続く。
でも、不思議と居心地は悪くない。
ただ、静かすぎて、自分の心音ばかりがうるさい。
「中谷さん」
不意に呼ばれて、肩が跳ねる。
「はい?」
「さっきの話なんですけど」
さっき──「大嫌い」の話。
(まだ続くの……?)
「最近、言わなくなった理由、聞いてもいいですか」
嵩の声は穏やかだった。詰めるようでも、探るようでもない。
ただ、知りたい、という響き。
(ここで誤魔化すのは、ずるい気がする)
朱里は一度、唇を噛んでから答えた。
「……言うと、面倒くさい人だって思われそうなので」
「思いませんよ」
即答だった。
それがまた、胸に刺さる。
「“大嫌い”って言うときって」
朱里は視線を落としたまま、続ける。
「本当は、嫌いじゃないとき、だったので」
空気が、ほんの少し張り詰める。
嵩は足を止めた。
「それって……」
「深い意味はないです!」
慌てて言葉を被せる。
「ただの、口癖というか、自己防衛というか……」
(何言ってるんだろ、私)
でも、嵩は否定しなかった。
「自己防衛、ですか」
「……はい」
「近づきすぎると、怖くなるタイプ?」
図星すぎて、言葉を失う。
「……っ」
「ごめんなさい、変なこと聞きました」
嵩はすぐに一歩引いた。
その距離の取り方が、優しすぎて、胸が苦しくなる。
「でも」
嵩は、少しだけ照れたように笑った。
「そういうの、嫌いじゃないです」
今度は、朱里が立ち止まる番だった。
「……今、なんて」
「強がりなところ」
嵩は、まっすぐ朱里を見た。
「中谷さんの、そういうところ」
頭が、真っ白になる。
(ちょっと待って。これ、どういう意味?)
「……平田さん」
「はい」
「それ、勘違いさせる言い方です」
「勘違い、してほしい場合は?」
冗談めかした口調なのに、視線は真剣だった。
朱里は、何も言えなくなる。
(ずるい。ほんとに)
そのとき。
「──あれ?」
聞き覚えのある声が、背後からした。
二人同時に振り向く。
街灯の下、コンビニの袋を提げた望月瑠奈が、少し驚いた顔で立っていた。
「あ、やっぱり。平田さんと……朱里先輩」
タイミングが、悪すぎる。
(また……このパターン)
「こんばんは」
嵩が先に挨拶する。
「こんばんは!」
瑠奈は明るく返してから、二人の距離をちらりと見た。
「一緒に帰ってたんですね」
「……少しだけ」
朱里が答えると、瑠奈は意味ありげに笑った。
「へえ。仲いいんですね」
(違う。けど、否定もできない)
「じゃあ、私はこっちなので!」
瑠奈は軽く手を振り、去っていった。
残された二人の間に、また沈黙が落ちる。
「……気まずいですね」
朱里が言うと、嵩は苦笑した。
「ですね。でも」
「?」
「見られて、嫌でした?」
その質問に、朱里は一瞬迷ってから、正直に答えた。
「……嫌、じゃないです」
嵩の目が、少しだけ見開かれる。
でも、すぐに柔らかく細められた。
「それなら、よかった」
(……本当に、心臓に悪い)
家の前に着く。
「今日は、ここまでですね」
「はい……」
名残惜しさが、声に滲む。
「中谷さん」
「はい」
「また、ちょっとだけでいいので」
嵩は、少し照れたように言った。
「一緒に帰りませんか」
朱里は、小さく息を吸ってから答えた。
「……考えておきます」
それでも、口元は隠せなかった。
嵩は、それを見逃さなかった。
並んで歩く帰り道は、いつもより長く感じるはずなのに、気づけば半分ほど過ぎていた。
(“ゆっくり行こう”なんて言われたのに)
嵩は、朱里の歩幅に自然に合わせてくれている。意識しているのか、無意識なのか──それがわからないのが、また厄介だった。
「……」
沈黙が続く。
でも、不思議と居心地は悪くない。
ただ、静かすぎて、自分の心音ばかりがうるさい。
「中谷さん」
不意に呼ばれて、肩が跳ねる。
「はい?」
「さっきの話なんですけど」
さっき──「大嫌い」の話。
(まだ続くの……?)
「最近、言わなくなった理由、聞いてもいいですか」
嵩の声は穏やかだった。詰めるようでも、探るようでもない。
ただ、知りたい、という響き。
(ここで誤魔化すのは、ずるい気がする)
朱里は一度、唇を噛んでから答えた。
「……言うと、面倒くさい人だって思われそうなので」
「思いませんよ」
即答だった。
それがまた、胸に刺さる。
「“大嫌い”って言うときって」
朱里は視線を落としたまま、続ける。
「本当は、嫌いじゃないとき、だったので」
空気が、ほんの少し張り詰める。
嵩は足を止めた。
「それって……」
「深い意味はないです!」
慌てて言葉を被せる。
「ただの、口癖というか、自己防衛というか……」
(何言ってるんだろ、私)
でも、嵩は否定しなかった。
「自己防衛、ですか」
「……はい」
「近づきすぎると、怖くなるタイプ?」
図星すぎて、言葉を失う。
「……っ」
「ごめんなさい、変なこと聞きました」
嵩はすぐに一歩引いた。
その距離の取り方が、優しすぎて、胸が苦しくなる。
「でも」
嵩は、少しだけ照れたように笑った。
「そういうの、嫌いじゃないです」
今度は、朱里が立ち止まる番だった。
「……今、なんて」
「強がりなところ」
嵩は、まっすぐ朱里を見た。
「中谷さんの、そういうところ」
頭が、真っ白になる。
(ちょっと待って。これ、どういう意味?)
「……平田さん」
「はい」
「それ、勘違いさせる言い方です」
「勘違い、してほしい場合は?」
冗談めかした口調なのに、視線は真剣だった。
朱里は、何も言えなくなる。
(ずるい。ほんとに)
そのとき。
「──あれ?」
聞き覚えのある声が、背後からした。
二人同時に振り向く。
街灯の下、コンビニの袋を提げた望月瑠奈が、少し驚いた顔で立っていた。
「あ、やっぱり。平田さんと……朱里先輩」
タイミングが、悪すぎる。
(また……このパターン)
「こんばんは」
嵩が先に挨拶する。
「こんばんは!」
瑠奈は明るく返してから、二人の距離をちらりと見た。
「一緒に帰ってたんですね」
「……少しだけ」
朱里が答えると、瑠奈は意味ありげに笑った。
「へえ。仲いいんですね」
(違う。けど、否定もできない)
「じゃあ、私はこっちなので!」
瑠奈は軽く手を振り、去っていった。
残された二人の間に、また沈黙が落ちる。
「……気まずいですね」
朱里が言うと、嵩は苦笑した。
「ですね。でも」
「?」
「見られて、嫌でした?」
その質問に、朱里は一瞬迷ってから、正直に答えた。
「……嫌、じゃないです」
嵩の目が、少しだけ見開かれる。
でも、すぐに柔らかく細められた。
「それなら、よかった」
(……本当に、心臓に悪い)
家の前に着く。
「今日は、ここまでですね」
「はい……」
名残惜しさが、声に滲む。
「中谷さん」
「はい」
「また、ちょっとだけでいいので」
嵩は、少し照れたように言った。
「一緒に帰りませんか」
朱里は、小さく息を吸ってから答えた。
「……考えておきます」
それでも、口元は隠せなかった。
嵩は、それを見逃さなかった。
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