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第8話:僕が、君の検品をしよう(夜凪 櫂視点)
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SOLARISの共有スケジュール通り、陽一は都内のスタジオで新曲のレコーディングに缶詰になっているはずだ。
(……予定通りだね、陽一)
僕は車のハンドルを切り、都心にある陽一が隠し持つマンションへと向かう。泥臭く愛着を注いでいる所有物を、僕が事務的に査定してやるのに、これ以上ないほど絶好の空白だった。
エントランスを抜け、エレベーターが目的の階に止まる。インターホンのボタンを押し、カメラの向こう側で戸惑う彼女の様子を、僕は冷ややかな好奇心で想像した。
「陽一の付き添いで近くまで来たから、少し挨拶だけでもと思って」
「どちら様でしょうか」
「SOLARISの夜凪 耀です」
インターホンのマイク越しに、テレビで使い古した理知的なアイドルの声を彼女に届ける。
ただ「夜凪です」と名乗るだけでは、警戒心の強い女なら本人確認を求めてくるだろう。念のため、胸ポケットから運転免許証を取り出し、カメラに向けて提示する準備を整えていた。万が一確認が取れないと言われれば、「陽一に何かあった」とでも付け加えればいい。
驚いたことに、数秒の沈黙の後、カチャリと鍵の開く音がした。
僕の用意した法的な証明も嘘の口実も、すべては無駄な骨折りに終わった。
(……バカなのか、君は。無防備過ぎるだろう)
宅配業者を装った強盗や、ファンを装った暴漢による事件がこれほど世間を騒がせているというのに。モニター越しの僕の顔を見ただけで、一度も会話したことのない男をこうも容易く部屋に招き入れる。
僕がテレビで見せるあの虚飾に満ちた微笑みが、命を預けるほど信頼に値するとでも?
陽一がこの獲物に執着する理由が、少しだけ分かった気がする。この小鳥は、自分が今からどんな蛇に食い殺されるかも知らず、自ら籠の鍵を開けてしまったのだ。
僕は手に持っていた免許証をポケットに入れ、開かれた扉の先へと足を踏み入れた。
案の定、不安げに僕を見上げる彼女が立っていた。
(……不安そうな表情を浮かべるくらいなら、開ける前に確認したらどうだい)
そんな言葉を喉の奥に飲み込み、僕は口角を上げる。
彼女を安心させるために、テレビで見せているあの誠実そうな青年の仮面を完璧に貼り付け直した。
僕は彼女の警戒心を溶かすために、かすかな困り眉を作りながら、極上のトーンで言葉を紡いだ。
「急に押しかけてごめんね」
実のところ、自分でも青年と名乗るにはいささか図々しい年齢だとは自覚している。だが、世間がいまだに僕をプリンスと呼び、その姿を崇めているのなら、今はそれを利用しない手はない。
「……夜凪、さん?」
戸惑う彼女をまっすぐに見つめ、微笑みをキープしたまま、あえて距離を詰める。
「君が、新しい同居人の紬ちゃんだね」
「同居人かどうかは…あの…一緒ではないのですか?」
「少し、中で話そうか」
彼女は「えっ」と小さく声を漏らしたが、僕の纏うプリンスのオーラに圧倒されたのか、磁石に引かれるように一歩後ろへ下がった。
扉を開けた時点で、彼女の質問に答える義務など僕にはない。気になることがあったのなら、扉を開ける前にしっかり確認をすることが社会的な常識だ。その手順を怠った彼女には、もはや僕の侵入を拒む権利など残されていない。
僕は、優雅な仕草で真の目的を包み隠し、テレビで見せるあの穏やかな微笑みを向ける。すると、彼女は僕の何を見て顔を赤らめたのか、急に女の顔になった。
陽一に開花されたばかりの未熟な蕾が、僕という別の刺激を前に、無自覚に蜜を滴らせ始めたのだろうか。さっきまで抱いていた警戒心など、僕のルックスという暴力の前には無意味らしい。
(……本当に、チョロいな)
僕は彼女の横をすり抜け、当然のようにリビングへと足を踏み入れた。
さて、ここからが本番だ。
今日ここへ来た目的は二つ。
一つは、彼女の父親の処分について、確定した現実を突きつけること。
そしてもう一つは。
(……僕の言葉だけで、彼女がどこまで壊れるか試すことだ)
陽一がつけた雑な傷跡を、ずいぶんと行儀の悪い可愛がり方を、僕という法でどう上書きしてやるかだ。
ソファに深々と腰掛け、僕は戸惑いながら対面に座った彼女を見つめる。
「紬ちゃん、まずはお父さんの話から始めようか」
「父のことですか?」
「お父さんの犯した罪の精算について、法的に最終決定が出たんだ」
僕は、あえて、彼女が最も触れられたくない部分から切り込んだ。これが僕のやり方だ。人は一番守りたい場所を攻撃されると、思考が停止する。次に来る言葉を無条件に受け入れてしまう。
「……処分、ですか?」
「そう。陽一が用意した者がこの僕、夜凪なんだよ」
絶望に染まる彼女の表情を、僕は最高に心地よい気分で眺める。思考が停止し、今にも壊れそうなその顔。……トドメを刺す前に、陽一がどれほどこの商品を使い込んだかを確認しておこうか。
「そういえば、1月2日はどう過ごしていたの?世間は姫始めなんて騒がしくて。僕たちは元旦から仕事詰めだったけど」
わざとらしく、世間話のふりをして爆弾を投げ込む。すると、彼女は面白いほど目に見えて動揺した。その反応だけで、陽一と何があったか容易に想像がつく。
「……あ、ええと……私は、その、家の用事を。お洗濯とか、お料理とか……その、新しく何かを始める日だと聞いたので……」
必死に声を絞り出し、彼女は僕の瞳から逃れるように俯いた。どうやら最近、調べたのだろう。家事の始まりという、清廉な方の定義を。
(必死にそっち(日常)の意味にすがりつこうとする。本当に、憐れな小鳥だ)
僕はそんな彼女の未熟な抵抗を、檻の中で羽根を広げる様子を、観察するような好奇心で見つめる。
「……家事、ね。確かにそれは正しい姫始めの定義だ」
「えっ!」
「でも、陽一が君に強いたのは、もっと別の、俗説の方だろう?」
「っ……!」
図星だったようだ。
彼女の頬がりんごのように赤く染まり、震え出す。その瞬間、僕の中から王子様の顔が完全に消えた。分かりやすい動揺、初々しさ、何よりも純粋な若さ。
僕はゆっくりと立ち上がり、彼女の背後に回った。逃げ場のないソファに、僕の影が覆いかぶさる。
「秘め事の方は、期待以上に濃厚だったみたいだね」
「……秘め事、ですか?」
意味を理解しきれていないのか、それとも現実逃避か。潤んだ瞳で僕を見上げる彼女に、僕はさらに冷酷な現実を突きつける。
「そう。君の資産価値には興味があるんだ。僕は」
僕にとって、女は愛でる対象ではない。回収すべき負債の担保か、あるいは価値を測るべき商品に過ぎない。だが、彼女は震える唇で、予想外の言葉を返してきた。
「資産はないです。借金ならあります」
(この子は、天然なのだろうか)
自嘲気味に、それでいて大真面目に答える彼女。自分の体が最大の資産であることにすら気づいていない無垢さが、逆に僕を苛立たせ、そして、興奮させる。
「面白いな、君は……さあ、検品を始めようか」
「検品?」
僕はゆっくりと彼女の背後に滑り込む。その華奢な首筋に視線を落とす。
陽一のような獣じみた粗暴さで奪うつもりはない。
僕はただ、事務的に、淡々と彼女の価値を査定するだけだ。だが、彼女の肩に触れた瞬間、指先から伝わる体温に、わずかな違和感を覚えた。
(……二十歳、だったね)
一見すると、夜舟町の吹き溜まりにいたとは思えないほど、儚く、折れそうなほど細い。だが、いざ間近で観察すれば、その身体は暴力的なまでに男を誘う凶器の身体そのものだった。
ゆったりとしたニットの隙間から覗く鎖骨は白く艶めき、その下にある肉感豊かな胸の膨らみが、彼女が呼吸するたびに大きく波打っている。
陽一に食い荒らされた直後だというのに、その身体はむしろ、より濃厚な蜜を蓄えた花のように、芳醇な香りを放っていた。
「……夜凪…さんっ」
震える声で抵抗しようとする彼女のニットの裾に、僕は迷いなく指をかけた。花びらを一枚ずつ剥ぐような、優しい指使いで、彼女を暴いていく。
陽一が執着する理由を、僕なりに確認しておきたいだろう。
「なるほど、これは確かに、高い利息を請求したくなる身体だ」
ニットをめくり上げ、露わになったのは、驚くほど細いウエストだ。そして、その白磁のような肌の上に点々と散らばる雑な傷跡。紅い鬱血の痕。
「ひどいな。陽一は、君を壊すつもりで抱いたのか?」
「あ……ぅ……」
絶望と羞恥で、彼女は顔を伏せ、ボロボロと涙を溢れさせた。だが、その涙さえもが彼女の価値を高める装飾にしか見えない。
ウエストのくびれを指でなぞり、痕跡を一つずつ確認していく。
僕の指が触れるたび、彼女の肌は火照り、二十歳という若さ特有の、瑞々しい弾力が指先を押し返してくる。
(……あぁ、僕まで狂わせるつもりか)
僕は彼女の耳元に顔を寄せ、凍り付くような低い声で告げた。
「さて、検品の結果が出たよ、紬ちゃん」
「もっと…」
紬の口から零れ落ちたその一言に、僕は動きを止めた。羞恥に顔を染めながらも、僕に何かを期待するように潤んだ瞳。
……なるほど、陽一はたった一晩で、この従順な小鳥の欲をここまで引き出したというわけか。その浅ましさが、僕の理性をさらに鋭く研ぎ澄ませる。
「……君は、僕が想像していたよりもずっと、質の悪い身体だ」
わずかに乱れた僕の呼吸が、彼女の白いうなじを揺らす。事務的に終わらせるはずだった検品は、いつの間にか僕自身の理性を削り取る危険な儀式へと変質していた。
僕は彼女の細い身体を、抗う隙間も与えずにお姫様抱っこで抱え上げた。
「えっ……夜凪、さん!?」
混乱する彼女を無視して、僕はリビングに隣接する広々としたバスルームへと足を向ける。大理石の床に、最新のシャワーシステム。そこは、汚れを落とす場所ではなく、僕が商品を磨き上げ、価値を測るための実験室になる。
脱衣所に彼女を降ろすと、僕は迷いなく彼女をバスタブの縁に座らせた。
「僕の指示に従ってくれないと、正確な検品ができないよ」
「あ……っ、夜凪、さん……」
僕はボトルのポンプを押し、高価な香りのボディソープを手に取った。泡立てる前の、粘り気のある透明な液体。それを、彼女の震える鎖骨から、豊かな胸の膨らみへと直接滑らせる。
「あ……っ、冷た、い……」
「じっとして。願ったばかりだろう?」
ヌルリとした感触が、彼女の白い肌を泡立てていく。彼女のウエストをなぞり、そのまま指先を下腹部へと滑り込ませた。指先で円を描くように、彼女の柔らかな肉を執拗に攻め立てる。
陽一の荒々しい愛撫とは違う、指先の動き一つひとつに意図を込めた、逃げ場のないバスルーム。泡に紛れて、僕は彼女の最も敏感な部分へと指を伸ばした。甘い吐息、熱くなる身体、太ももの震え。
そして、彼女の耳元で「僕の検品、いいと思わない」と、囁きながら、泡の感触を借りて、容赦なくその奥を鑑定し始めた。
「あ……っ、そこは……」
「泣くほど嫌なら、なぜ僕を部屋に入れたんだい?君はすべてが中途半端だ」
僕は冷たく突き放しながらも、その指先は彼女の瑞々しい肌の感触を貪欲に追いかける。指先が彼女の深淵に触れるたび、バスタブの縁に腰掛けた彼女の細い脚が、僕の腰を求めるようにガクガクと震えた。
僕は、そんな彼女の耳元で、思い出したように冷ややかな声を落とした。
「……さて。最後に、今日という日の話をしようか」
「……っ、え、あ……な、なに……?」
焦点の合わない瞳で、彼女は掠れた声を漏らす。思考は白く塗りつぶされ、今はただ僕の指が与える刺激を止めてほしくないと、それだけを願っているのが伝わってくる。
「今日だよ。1月3日」
「……つ、ついて……っ」
縋るように僕の腕を掴む彼女の手。だが、僕はあえて動きを止め、彼女を絶頂の淵で焦らすように、「瞳の日だよ」と、囁いた。
1月3日は、語呂合わせで瞳の日だそうだ。『ひと』を1、『み』を3と読む。いつまでも美しく保つことを目的としているらしいが、僕は、今にも壊れそうな綺麗な瞳に免じて、一つだけチャンスをあげることにした。
僕は彼女の顎を強引に上向かせ、バスルームの鏡越しに、逃げ場のない視線を捕らえた。絶頂の余韻に震え、涙を流しながら鏡の中の自分を見つめる彼女。たとえその瞳が絶望に濁ろうとも、僕の管理下にある限り、最高に美しく保ってあげる。
「さあ……君が僕を満足させることができれば、お父さんの執行を少しだけ先延ばしにしてあげてもいいよ」
そう告げて、僕はゆっくりと指を離した。
「今日はここまでだ」
「……えっ……?」
期待していた続きを与えられないまま、熱に浮かされた身体で放り出された彼女の困惑。
僕は濡れた指先をタオルで拭い、振り返ることなくバスルームのドアに手をかけた。
「僕が次にここへ来るまでに……せいぜい考えておいてね」
扉の影から、僕は呆然と立ち尽くす彼女に、最後の一撃を加える。
「……もっとご褒美をあげる」
パタン、と冷たく閉まるドアの音。
一人残されたバスルームで、彼女がどんな瞳をして立ち尽くしているか。想像するだけで、興奮する。
次は、君の武器となる身体の、どの部分に何を残してあげようか。どんなご褒美として与えれば、君はもっと僕を求めて、縋り付いて泣くんだろうね。
今日は、検品まで。次回は、鑑定印を押して上げられるだろうか。
(……正直に言えば、まだ印など押さず、もっとこのまま僕の指に怯えていてほしいけれどね)
(……予定通りだね、陽一)
僕は車のハンドルを切り、都心にある陽一が隠し持つマンションへと向かう。泥臭く愛着を注いでいる所有物を、僕が事務的に査定してやるのに、これ以上ないほど絶好の空白だった。
エントランスを抜け、エレベーターが目的の階に止まる。インターホンのボタンを押し、カメラの向こう側で戸惑う彼女の様子を、僕は冷ややかな好奇心で想像した。
「陽一の付き添いで近くまで来たから、少し挨拶だけでもと思って」
「どちら様でしょうか」
「SOLARISの夜凪 耀です」
インターホンのマイク越しに、テレビで使い古した理知的なアイドルの声を彼女に届ける。
ただ「夜凪です」と名乗るだけでは、警戒心の強い女なら本人確認を求めてくるだろう。念のため、胸ポケットから運転免許証を取り出し、カメラに向けて提示する準備を整えていた。万が一確認が取れないと言われれば、「陽一に何かあった」とでも付け加えればいい。
驚いたことに、数秒の沈黙の後、カチャリと鍵の開く音がした。
僕の用意した法的な証明も嘘の口実も、すべては無駄な骨折りに終わった。
(……バカなのか、君は。無防備過ぎるだろう)
宅配業者を装った強盗や、ファンを装った暴漢による事件がこれほど世間を騒がせているというのに。モニター越しの僕の顔を見ただけで、一度も会話したことのない男をこうも容易く部屋に招き入れる。
僕がテレビで見せるあの虚飾に満ちた微笑みが、命を預けるほど信頼に値するとでも?
陽一がこの獲物に執着する理由が、少しだけ分かった気がする。この小鳥は、自分が今からどんな蛇に食い殺されるかも知らず、自ら籠の鍵を開けてしまったのだ。
僕は手に持っていた免許証をポケットに入れ、開かれた扉の先へと足を踏み入れた。
案の定、不安げに僕を見上げる彼女が立っていた。
(……不安そうな表情を浮かべるくらいなら、開ける前に確認したらどうだい)
そんな言葉を喉の奥に飲み込み、僕は口角を上げる。
彼女を安心させるために、テレビで見せているあの誠実そうな青年の仮面を完璧に貼り付け直した。
僕は彼女の警戒心を溶かすために、かすかな困り眉を作りながら、極上のトーンで言葉を紡いだ。
「急に押しかけてごめんね」
実のところ、自分でも青年と名乗るにはいささか図々しい年齢だとは自覚している。だが、世間がいまだに僕をプリンスと呼び、その姿を崇めているのなら、今はそれを利用しない手はない。
「……夜凪、さん?」
戸惑う彼女をまっすぐに見つめ、微笑みをキープしたまま、あえて距離を詰める。
「君が、新しい同居人の紬ちゃんだね」
「同居人かどうかは…あの…一緒ではないのですか?」
「少し、中で話そうか」
彼女は「えっ」と小さく声を漏らしたが、僕の纏うプリンスのオーラに圧倒されたのか、磁石に引かれるように一歩後ろへ下がった。
扉を開けた時点で、彼女の質問に答える義務など僕にはない。気になることがあったのなら、扉を開ける前にしっかり確認をすることが社会的な常識だ。その手順を怠った彼女には、もはや僕の侵入を拒む権利など残されていない。
僕は、優雅な仕草で真の目的を包み隠し、テレビで見せるあの穏やかな微笑みを向ける。すると、彼女は僕の何を見て顔を赤らめたのか、急に女の顔になった。
陽一に開花されたばかりの未熟な蕾が、僕という別の刺激を前に、無自覚に蜜を滴らせ始めたのだろうか。さっきまで抱いていた警戒心など、僕のルックスという暴力の前には無意味らしい。
(……本当に、チョロいな)
僕は彼女の横をすり抜け、当然のようにリビングへと足を踏み入れた。
さて、ここからが本番だ。
今日ここへ来た目的は二つ。
一つは、彼女の父親の処分について、確定した現実を突きつけること。
そしてもう一つは。
(……僕の言葉だけで、彼女がどこまで壊れるか試すことだ)
陽一がつけた雑な傷跡を、ずいぶんと行儀の悪い可愛がり方を、僕という法でどう上書きしてやるかだ。
ソファに深々と腰掛け、僕は戸惑いながら対面に座った彼女を見つめる。
「紬ちゃん、まずはお父さんの話から始めようか」
「父のことですか?」
「お父さんの犯した罪の精算について、法的に最終決定が出たんだ」
僕は、あえて、彼女が最も触れられたくない部分から切り込んだ。これが僕のやり方だ。人は一番守りたい場所を攻撃されると、思考が停止する。次に来る言葉を無条件に受け入れてしまう。
「……処分、ですか?」
「そう。陽一が用意した者がこの僕、夜凪なんだよ」
絶望に染まる彼女の表情を、僕は最高に心地よい気分で眺める。思考が停止し、今にも壊れそうなその顔。……トドメを刺す前に、陽一がどれほどこの商品を使い込んだかを確認しておこうか。
「そういえば、1月2日はどう過ごしていたの?世間は姫始めなんて騒がしくて。僕たちは元旦から仕事詰めだったけど」
わざとらしく、世間話のふりをして爆弾を投げ込む。すると、彼女は面白いほど目に見えて動揺した。その反応だけで、陽一と何があったか容易に想像がつく。
「……あ、ええと……私は、その、家の用事を。お洗濯とか、お料理とか……その、新しく何かを始める日だと聞いたので……」
必死に声を絞り出し、彼女は僕の瞳から逃れるように俯いた。どうやら最近、調べたのだろう。家事の始まりという、清廉な方の定義を。
(必死にそっち(日常)の意味にすがりつこうとする。本当に、憐れな小鳥だ)
僕はそんな彼女の未熟な抵抗を、檻の中で羽根を広げる様子を、観察するような好奇心で見つめる。
「……家事、ね。確かにそれは正しい姫始めの定義だ」
「えっ!」
「でも、陽一が君に強いたのは、もっと別の、俗説の方だろう?」
「っ……!」
図星だったようだ。
彼女の頬がりんごのように赤く染まり、震え出す。その瞬間、僕の中から王子様の顔が完全に消えた。分かりやすい動揺、初々しさ、何よりも純粋な若さ。
僕はゆっくりと立ち上がり、彼女の背後に回った。逃げ場のないソファに、僕の影が覆いかぶさる。
「秘め事の方は、期待以上に濃厚だったみたいだね」
「……秘め事、ですか?」
意味を理解しきれていないのか、それとも現実逃避か。潤んだ瞳で僕を見上げる彼女に、僕はさらに冷酷な現実を突きつける。
「そう。君の資産価値には興味があるんだ。僕は」
僕にとって、女は愛でる対象ではない。回収すべき負債の担保か、あるいは価値を測るべき商品に過ぎない。だが、彼女は震える唇で、予想外の言葉を返してきた。
「資産はないです。借金ならあります」
(この子は、天然なのだろうか)
自嘲気味に、それでいて大真面目に答える彼女。自分の体が最大の資産であることにすら気づいていない無垢さが、逆に僕を苛立たせ、そして、興奮させる。
「面白いな、君は……さあ、検品を始めようか」
「検品?」
僕はゆっくりと彼女の背後に滑り込む。その華奢な首筋に視線を落とす。
陽一のような獣じみた粗暴さで奪うつもりはない。
僕はただ、事務的に、淡々と彼女の価値を査定するだけだ。だが、彼女の肩に触れた瞬間、指先から伝わる体温に、わずかな違和感を覚えた。
(……二十歳、だったね)
一見すると、夜舟町の吹き溜まりにいたとは思えないほど、儚く、折れそうなほど細い。だが、いざ間近で観察すれば、その身体は暴力的なまでに男を誘う凶器の身体そのものだった。
ゆったりとしたニットの隙間から覗く鎖骨は白く艶めき、その下にある肉感豊かな胸の膨らみが、彼女が呼吸するたびに大きく波打っている。
陽一に食い荒らされた直後だというのに、その身体はむしろ、より濃厚な蜜を蓄えた花のように、芳醇な香りを放っていた。
「……夜凪…さんっ」
震える声で抵抗しようとする彼女のニットの裾に、僕は迷いなく指をかけた。花びらを一枚ずつ剥ぐような、優しい指使いで、彼女を暴いていく。
陽一が執着する理由を、僕なりに確認しておきたいだろう。
「なるほど、これは確かに、高い利息を請求したくなる身体だ」
ニットをめくり上げ、露わになったのは、驚くほど細いウエストだ。そして、その白磁のような肌の上に点々と散らばる雑な傷跡。紅い鬱血の痕。
「ひどいな。陽一は、君を壊すつもりで抱いたのか?」
「あ……ぅ……」
絶望と羞恥で、彼女は顔を伏せ、ボロボロと涙を溢れさせた。だが、その涙さえもが彼女の価値を高める装飾にしか見えない。
ウエストのくびれを指でなぞり、痕跡を一つずつ確認していく。
僕の指が触れるたび、彼女の肌は火照り、二十歳という若さ特有の、瑞々しい弾力が指先を押し返してくる。
(……あぁ、僕まで狂わせるつもりか)
僕は彼女の耳元に顔を寄せ、凍り付くような低い声で告げた。
「さて、検品の結果が出たよ、紬ちゃん」
「もっと…」
紬の口から零れ落ちたその一言に、僕は動きを止めた。羞恥に顔を染めながらも、僕に何かを期待するように潤んだ瞳。
……なるほど、陽一はたった一晩で、この従順な小鳥の欲をここまで引き出したというわけか。その浅ましさが、僕の理性をさらに鋭く研ぎ澄ませる。
「……君は、僕が想像していたよりもずっと、質の悪い身体だ」
わずかに乱れた僕の呼吸が、彼女の白いうなじを揺らす。事務的に終わらせるはずだった検品は、いつの間にか僕自身の理性を削り取る危険な儀式へと変質していた。
僕は彼女の細い身体を、抗う隙間も与えずにお姫様抱っこで抱え上げた。
「えっ……夜凪、さん!?」
混乱する彼女を無視して、僕はリビングに隣接する広々としたバスルームへと足を向ける。大理石の床に、最新のシャワーシステム。そこは、汚れを落とす場所ではなく、僕が商品を磨き上げ、価値を測るための実験室になる。
脱衣所に彼女を降ろすと、僕は迷いなく彼女をバスタブの縁に座らせた。
「僕の指示に従ってくれないと、正確な検品ができないよ」
「あ……っ、夜凪、さん……」
僕はボトルのポンプを押し、高価な香りのボディソープを手に取った。泡立てる前の、粘り気のある透明な液体。それを、彼女の震える鎖骨から、豊かな胸の膨らみへと直接滑らせる。
「あ……っ、冷た、い……」
「じっとして。願ったばかりだろう?」
ヌルリとした感触が、彼女の白い肌を泡立てていく。彼女のウエストをなぞり、そのまま指先を下腹部へと滑り込ませた。指先で円を描くように、彼女の柔らかな肉を執拗に攻め立てる。
陽一の荒々しい愛撫とは違う、指先の動き一つひとつに意図を込めた、逃げ場のないバスルーム。泡に紛れて、僕は彼女の最も敏感な部分へと指を伸ばした。甘い吐息、熱くなる身体、太ももの震え。
そして、彼女の耳元で「僕の検品、いいと思わない」と、囁きながら、泡の感触を借りて、容赦なくその奥を鑑定し始めた。
「あ……っ、そこは……」
「泣くほど嫌なら、なぜ僕を部屋に入れたんだい?君はすべてが中途半端だ」
僕は冷たく突き放しながらも、その指先は彼女の瑞々しい肌の感触を貪欲に追いかける。指先が彼女の深淵に触れるたび、バスタブの縁に腰掛けた彼女の細い脚が、僕の腰を求めるようにガクガクと震えた。
僕は、そんな彼女の耳元で、思い出したように冷ややかな声を落とした。
「……さて。最後に、今日という日の話をしようか」
「……っ、え、あ……な、なに……?」
焦点の合わない瞳で、彼女は掠れた声を漏らす。思考は白く塗りつぶされ、今はただ僕の指が与える刺激を止めてほしくないと、それだけを願っているのが伝わってくる。
「今日だよ。1月3日」
「……つ、ついて……っ」
縋るように僕の腕を掴む彼女の手。だが、僕はあえて動きを止め、彼女を絶頂の淵で焦らすように、「瞳の日だよ」と、囁いた。
1月3日は、語呂合わせで瞳の日だそうだ。『ひと』を1、『み』を3と読む。いつまでも美しく保つことを目的としているらしいが、僕は、今にも壊れそうな綺麗な瞳に免じて、一つだけチャンスをあげることにした。
僕は彼女の顎を強引に上向かせ、バスルームの鏡越しに、逃げ場のない視線を捕らえた。絶頂の余韻に震え、涙を流しながら鏡の中の自分を見つめる彼女。たとえその瞳が絶望に濁ろうとも、僕の管理下にある限り、最高に美しく保ってあげる。
「さあ……君が僕を満足させることができれば、お父さんの執行を少しだけ先延ばしにしてあげてもいいよ」
そう告げて、僕はゆっくりと指を離した。
「今日はここまでだ」
「……えっ……?」
期待していた続きを与えられないまま、熱に浮かされた身体で放り出された彼女の困惑。
僕は濡れた指先をタオルで拭い、振り返ることなくバスルームのドアに手をかけた。
「僕が次にここへ来るまでに……せいぜい考えておいてね」
扉の影から、僕は呆然と立ち尽くす彼女に、最後の一撃を加える。
「……もっとご褒美をあげる」
パタン、と冷たく閉まるドアの音。
一人残されたバスルームで、彼女がどんな瞳をして立ち尽くしているか。想像するだけで、興奮する。
次は、君の武器となる身体の、どの部分に何を残してあげようか。どんなご褒美として与えれば、君はもっと僕を求めて、縋り付いて泣くんだろうね。
今日は、検品まで。次回は、鑑定印を押して上げられるだろうか。
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