後宮御用達、月影宮の宿

YOR

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第一章:内侍の禁忌

第1話 (1-3):侍女・桂花(花弁が散る)

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案の定、ひやりと冷気が走り、扉の影が揺れた。
月影貴妃つきかげきひに呼ばれ、血の気のない侍女がゆっくりと姿を現した。
青白い顔も乱れた衣も、“毒で倒れた直後”そのままだ。

夜鷹よたかは小さく息を呑む。
(……やっぱり、ろくでもない)

宮の主――月影貴妃つきかげきひが、冷徹に告げる。
「名は?死因を述べよ」

侍女は震える声で答える。
「私は桂花けいかと申します。王妃付きの侍女でした。毒を盛られ、命を落としました……」

夜鷹よたかは思わず口を開いた。
「……桂花けいか殿が?何があったというのですか」

その声に、玉座の裾を引きずる月影貴妃つきかげきひが冷徹に振り返る。
「口を挟むでない。ここでは、部外者の言葉は許されぬ」

夜鷹よたかは息を呑み、灯籠の火を強く握りしめた。

貴妃は淡々と告げる。
「その経歴なら天へ帰れる。一泊し明日見送ろう」

侍女・桂花けいかは震える声で願った。
「私を毒で殺した者に、報いを……」

貴妃は冷たい目で侍女・桂花けいかを見つめ冷徹にこう言った。
「命を奪うことはできぬ。恥をかかせることはできる。ただし、対価を払え」

夜鷹よたかは胸の奥で呟いた。
(命を奪えぬのは当然だ。だが、恥をかかせるとは……対価とは?)

侍女は震える手で髪飾りを外した。
「これは、妃様から賜ったものです。これを……対価といたします」

月影貴妃つきかげきひは、侍女・桂花けいかへ手を差し出し髪飾りを確認した。そして、笑みを浮かべ頷いた。
「よい。魂の持ち物は力を宿す。これを灯籠に掛けよ」

夜鷹よたかは息を呑んだ。
(ただの髪飾りが、対価になるのか……この宮の掟とは、いったい)

「明朝、桂花けいかは私と一緒にその者の元へ行く。一泊して体を休めるがよい」

明溶みんよん桂花けいかを部屋へ案内する。着替えが渡され、食事と湯殿の支度が整えられた。

夜鷹よたかはその様子を呆然と眺めた。
(死者が、生者のように過ごす……いや、生者より待遇がいいのではないか?これも、この宮の掟なのか)


翌朝、貴妃は侍女・桂花けいかを連れ、加害者の庭へ向かった。

次の瞬間、庭の土が裂け、血斑の毒草が黒く芽吹いた。そして、異様な匂いが漂う。

夜鷹よたかにも、桂花けいかにも、そして加害者にもそれは見える。
だが周囲の誰も、何も見えない。

「毒草だ! あの侍女が……!」

「確かに、死んだ…何故いるのだ」

加害者の男の叫びは、狂人の戯言として笑われていた。彼だけが真実の罪を見せつけられ、孤立してゆく。

(これが、恥をかかせるということか。なるほど、確かに効き目はある……が、気の晴れ方としてはどうなのだろう)

桂花けいかの魂は満足げに夜鷹よたかを振り返った。そして、花弁が散るように静かに消えた。

だが、夜鷹よたかは思わず息を呑んだ。消えたはずなのに、そこにほんのりと温かい気配が残っている。血斑毒草の匂いに混じり、桂花けいかが生前好んだという桂花茶の甘い香りが微かに漂った。

(……これが、この宮の“救済”なのか?恨みを晴らしながら、どうして温もりが残る……?)

目に見えるのは怨念の発露だというのに、最後に残るのは不思議なほど柔らかい余韻。

(だが、王命は『連れ戻せ』だ。報いを受けて消されるのではない……)

夜鷹よたかの胸に、答えのない疑問がひとつ増えた。

この女と交渉しなければならない。この宮の理が、王命と食い違っているのなら、なおさら。

(俺は……ここで、何を見せられようとしている。何を成し遂げさせられようとしている)

生者と死者。
現世と幽世。
月影宮の掟と王命の真意。

そのすべてが交差し、夜鷹よたかは静かに座り直した。

こうして、白蓮京びゃくれんきょうの後宮と月影宮の間に、生者と死者の物語が幕を開けた。


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