後宮御用達、月影宮の宿

YOR

文字の大きさ
3 / 5
第一章:内侍の禁忌

第1話 (1-3):侍女・桂花(花弁が散る)

しおりを挟む
案の定、ひやりと冷気が走り、扉の影が揺れた。
月影貴妃つきかげきひに呼ばれ、血の気のない侍女がゆっくりと姿を現した。
青白い顔も乱れた衣も、“毒で倒れた直後”そのままだ。

夜鷹よたかは小さく息を呑む。
(……やっぱり、ろくでもない)

宮の主――月影貴妃つきかげきひが、冷徹に告げる。
「名は?死因を述べよ」

侍女は震える声で答える。
「私は桂花けいかと申します。王妃付きの侍女でした。毒を盛られ、命を落としました……」

夜鷹よたかは思わず口を開いた。
「……桂花けいか殿が?何があったというのですか」

その声に、玉座の裾を引きずる月影貴妃つきかげきひが冷徹に振り返る。
「口を挟むでない。ここでは、部外者の言葉は許されぬ」

夜鷹よたかは息を呑み、灯籠の火を強く握りしめた。

貴妃は淡々と告げる。
「その経歴なら天へ帰れる。一泊し明日見送ろう」

侍女・桂花けいかは震える声で願った。
「私を毒で殺した者に、報いを……」

貴妃は冷たい目で侍女・桂花けいかを見つめ冷徹にこう言った。
「命を奪うことはできぬ。恥をかかせることはできる。ただし、対価を払え」

夜鷹よたかは胸の奥で呟いた。
(命を奪えぬのは当然だ。だが、恥をかかせるとは……対価とは?)

侍女は震える手で髪飾りを外した。
「これは、妃様から賜ったものです。これを……対価といたします」

月影貴妃つきかげきひは、侍女・桂花けいかへ手を差し出し髪飾りを確認した。そして、笑みを浮かべ頷いた。
「よい。魂の持ち物は力を宿す。これを灯籠に掛けよ」

夜鷹よたかは息を呑んだ。
(ただの髪飾りが、対価になるのか……この宮の掟とは、いったい)

「明朝、桂花けいかは私と一緒にその者の元へ行く。一泊して体を休めるがよい」

明溶みんよん桂花けいかを部屋へ案内する。着替えが渡され、食事と湯殿の支度が整えられた。

夜鷹よたかはその様子を呆然と眺めた。
(死者が、生者のように過ごす……いや、生者より待遇がいいのではないか?これも、この宮の掟なのか)


翌朝、貴妃は侍女・桂花けいかを連れ、加害者の庭へ向かった。

次の瞬間、庭の土が裂け、血斑の毒草が黒く芽吹いた。そして、異様な匂いが漂う。

夜鷹よたかにも、桂花けいかにも、そして加害者にもそれは見える。
だが周囲の誰も、何も見えない。

「毒草だ! あの侍女が……!」

「確かに、死んだ…何故いるのだ」

加害者の男の叫びは、狂人の戯言として笑われていた。彼だけが真実の罪を見せつけられ、孤立してゆく。

(これが、恥をかかせるということか。なるほど、確かに効き目はある……が、気の晴れ方としてはどうなのだろう)

桂花けいかの魂は満足げに夜鷹よたかを振り返った。そして、花弁が散るように静かに消えた。

だが、夜鷹よたかは思わず息を呑んだ。消えたはずなのに、そこにほんのりと温かい気配が残っている。血斑毒草の匂いに混じり、桂花けいかが生前好んだという桂花茶の甘い香りが微かに漂った。

(……これが、この宮の“救済”なのか?恨みを晴らしながら、どうして温もりが残る……?)

目に見えるのは怨念の発露だというのに、最後に残るのは不思議なほど柔らかい余韻。

(だが、王命は『連れ戻せ』だ。報いを受けて消されるのではない……)

夜鷹よたかの胸に、答えのない疑問がひとつ増えた。

この女と交渉しなければならない。この宮の理が、王命と食い違っているのなら、なおさら。

(俺は……ここで、何を見せられようとしている。何を成し遂げさせられようとしている)

生者と死者。
現世と幽世。
月影宮の掟と王命の真意。

そのすべてが交差し、夜鷹よたかは静かに座り直した。

こうして、白蓮京びゃくれんきょうの後宮と月影宮の間に、生者と死者の物語が幕を開けた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

25歳の決意

S.H.L
恋愛
「25歳の決意」 ――別れたいのに別れられない。愛と依存の境界で、自分を取り戻すために髪を落とした女性の物語。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

処理中です...