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第17章 勇者と嵐の旅立ち編
第215話 聖女と復讐の種火
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「そうよ。気をつけなさい。あなたの近くで気配を感じたわ」
「なんの気配ですか?」
「災厄の嘘つき、『傲慢』の気配よ」
夢の中……暗い水辺のほとりで、聖女は人間大のペンギンから、新たなる災厄の名を告げられた。
「災厄の嘘つき? 傲慢っておごりたかぶって他人を見下すって意味ですよね? なのに嘘つきなんですか?」
「傲慢なものほど、虚栄心が強く自分を大きく見せるために見栄を張りがちなの。自分を大きく見せるために嘘をつき、他者よりも自分は優れた存在だとアピールしないと気が済まないヤツなのよ」
「なるほど、だから嘘つきなんですね」
「ええ、でもお嬢、気をつけなさい。アイツの……プライドの言葉に決して耳を貸してはダメよ。聞いたら最後、たとえ嘘だと分かっていても、抗えない。白い色を指差して『アレは黒だ!』とヤツが言えば、黒色と認識してしまうほどよ」
「白を黒にですか? ん~、そんな単純な嘘に引っ掛かるものでしょうか? にわかに信じられません」
「いいえ、リーシア……あなたは傲慢の嘘をもう体験しているわ。そうよね、エンビー」
腕を組み、まさかとそんな馬鹿なと話を否定するリーシアに、母カトレアが神妙な面持ちで口を開く。
「その通りよ。あなた達は十年前、傲慢の嘘を体験している」
「十年前? それって……まさか⁈」
エンビーの言葉にリーシアは『ハッ!』としながら母に顔を向ける。
「あの時……ガレアの町で、私が魔女として処刑された時に、傲慢がいたのね?」
カトレアは、バツの悪そうな表情を浮かべるエンビーを見た。
「その通りよ。封印された私を解放するために、プライドはお嬢を殺そうとして、ありもしないデマを流し嘘をついたの……姉御は魔女だってね」
「その嘘を、町の人々は信じた?」
「そう。でも正確には信じたのではないわ。信じ込まされたのよ。それが傲慢の権能、ただの人では傲慢の嘘に抗えない」
エンビーの体の表面がボンヤリとした光りだし全身を覆っていく。その光はリーシアの瞳と同じ深い緑の色をしていた。
「プライドは、オーラを声に乗せて聞く者の思考を誘導するの……自分の都合のいいようにね。災厄の嘘つきに抗うには、オーラを身にまとうか、奴以上に強い意志で嘘を跳ね除けるしかない」
「じゃあ、あの時……町の人が母様を魔女だと言って、憎しみをぶつけていたのは⁈」
「みんな、プライドの嘘に踊らされていたのよ。人の持つ負の感情を煽り、憎しみと怒りで心を満たした。その結果があの結末よ」
「なんで……私の中にいたエンビーが目的なら、私を直接狙えばいいのに、なんで町の人を?」
「傲慢は強さだけでいえば、災厄の中でも最弱なのよ。直接的な戦闘は苦手だったわ。でもその代わりに、奴は他者を操ることに長けていた。最悪なのは、アイツは自分の嘘に踊らされる者を見て喜ぶとこね。反吐が出るわ」
エンビーは心底嫌な表情を浮かべていた。
「そんな……ん? 待ってください。エンビーは、封印されていても、近くにいる傲慢の気配を感じられるのですよね?」
「ええ、意図的に気配を隠したり、遠くにいなければだけど……」
「なら、なんであのとき、今みたいに夢の中で忠告してくれなかったんですか⁈ あの時、知らせてくれれば母様は……死ななくて済んだかもしれないのに」
リーシアはエンビーに詰め寄り、首根っこを掴むと勢いよく前後に揺する。
「ム、ムリだったのよ。私は嫉妬を司る災厄……宿主の感じた嫉妬を力に変えられる。だけど……まだ小さな子どもだったお嬢では、夢の中で語り掛けるだけの力は貯まらなかった、ぐ、ぐるじい゛」
「そんな……」
エンビーの言葉にリーシアは絶句すると、首にかけていた手を離しうつむく。
「ゴホッ、ほ、本当に親子ね……変なとこは姉御ソックリよ」
「変なとこ? エンビー……お仕置きが必要かしら?」
エンビーの思わず口にした言葉に、カトレアは手をポキポキすると――
「ひいぃぃ、姉御許してぇぇ!」
――地面に額を擦り付け平謝りするエンビー……それを見たカトレアは、うつむき黙ったままの娘に声をかける。
「リーシア……気に病むことはないのよ。それにあの時、仮にエンビーがアナタに語り掛けて危機を知らせてくれていたとしても……お母さんはリーシアを連れて逃げる訳にはいかなかった」
「それは……」
リーシアは、かつて変態仮面サイプロプスに見せられた真実の光景を思い出していた。町に住む女神教の信者たちを守るため、命を投げ出した母の姿を……。
「あの時、リーシア連れて逃げれば……町に残される女神教の信者は、どんな迫害を受けるのかって思ったら、逃げれなかったの。他人なんか放っておけばよかったのに……ごめんね」
「か、母様、謝らないでください。今のわたしなら何となく、母様があの場に残ったワケがわかります。母様の優しさ…………わたし大好きです」
リーシアは、母が逃げず、命を投げ出した意味を理解していた、そして、それを知った上で、もし自分が同じ立場に立たされたら、やはり逃げずに立ち向かったであろうことも……。
「リーシア、ありがとう」
カトレアは娘の頭を優しく撫でながら微笑みかけた。
「懐かしいです。母様に頭を撫でられるの……えへへ♪」
母親に甘え、嬉しそうに笑うリーシアを見て、カトレアは娘の成長を嬉しく感じていた。
「さあ、二人とも、良いところで悪いんだけど、そろそろお目覚めの時間よ」
エンビーの声にカトレアは、リーシアの頭から手をどけた。名残惜しそうな表情を二人は浮かべ、それを見たエンビーは『親娘ね』とつぶやく。
「母様……」
「リーシア……お母さんは死んじゃったから、もう助けてあげられないけど、いつでもあなたの幸せを願っているわ」
「うん、わかってる。母様、ありがとう」
「元気でね」
カトレアが優しく答えると、リーシアは安心したのか笑顔になる。
「さあ、そろそろ目覚めるわよ。いいお嬢? 傲慢の言葉に惑わされないよう注意しなさい。奴の言葉は全て嘘だと思うのよ」
「嘘だと思う?」
「そう、嘘つきに騙されないコツは信じないこと。オーラを使えない者が、奴の言葉に抗うのは難しいから、気休め程度にしかならないけどね」
「肝に銘じておきます。エンビー、ありがとう」
「べ、別にお嬢のためではないわ。アナタが死んだら、今のわたしが消滅しちゃうから、仕方なくよ!」
「ふふっ」
エンビーは、不意な感謝の言葉に照れながら声を上げると、その姿が可愛らしくてリーシアは思わず笑ってしまう。
「こ、この! ふん、まあいいわ。とにかく気をつけなさい」
「はい」
リーシアそう返事をすると、目に映るエンビーの姿が徐々に薄くなっていく。顔を上げ周りを見回すと周囲の景色もまた薄くなっていた。当然、母親であるカトレアもまた……。
「リーシア、気をつけてね。女神よ、願わくはこの子の未来に幸あらんことを」
「はい、母様。また会えるでしょうか?」
「ええ、リーシアの彼氏を見るまで、いいえ……孫の顔を見るまでは、意地でもマナの流れに流されないから安心して」
「え……ま、ま、ま、孫の顔⁈」
「ちょっとまって姉御! まさかこのまま居座る気なの⁈」
「いいじゃない? 減るもんじゃないし。エンビーの好きなティータイムの相手くらいならしてあげるわよ」
「冗談じゃないわ、私の気が休まるヒマがないじゃないの! 娘のことは私に任せて、さっさとマナの流れに帰りなさいよ!」
「エンビー、私がいると何か都合が悪いことでもあるのかしら? タップリと時間はあるし、その辺のことも話しましょうね」
『ギクッ!』と体を震わすエンビーに、手をポキポキするカトレア……次の瞬間――
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ、お嬢、お願いだから、私も連れて行ってぇぇぇ」
――このあとに起こるであろう地獄を、災厄の嫉妬は思い浮かべると、涙を流しリーシアに懇願していた。だが当の本人は……。
「ま、ま、ま、孫って、それはつまり、ヒ、ヒロと私のこ、こ、子供ってことですか⁈ ヒロとはまだそんな関係じゃ……でも、いずれそうなる可能性も……わ、わ、私が母様になるんですか! ど、ど、どうしよう? 母様みたく、やさしいお母さんになれるのでしょうか⁈」
未来の自分を想像し、顔を赤らめながらパニクッていた!
薄れゆく景色の中で、飛び交う阿鼻叫喚の声……エンヴィーは泣き叫びながらリーシアにしがみつき、カトレアは微笑みながら拳を握り、リーシアはまだ見ぬ幸せに身を悶えさせる。
そして……聖女は夢から目を覚ました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ヒロと私の……zzZZ 子供……優しいお母さんになれるのでしょうか……ハッ!」
夢から覚ましたリーシアは、目をパチクリさせながら目を見開く。
「ゆ、夢⁈」
少女の目に、鋼鉄で作られた頑丈な格子が映り込み、ついで冷たい石畳と何も飾りっ気のない殺風景な壁が見えた。明かり取り兼、空気穴として天井の隅に設けられた小さな窓から、温かな太陽の光が差し込んでいた。
「ここは……そうでした。昨日は留置場に泊まったんでした」
膝を立て壁に寄り掛かるように座ったまま寝ていたリーシアは、体に掛けていた毛布を取り立ち上がる。
「ん~! やはり座ったまま寝ると体が硬くなりますね」
軽く腕を回し体の状態を確認したリーシアは、硬くなった体をラジオ体操でほぐしはじめた。
「いち、に、さん、しー、はあ~、それにしてもアレは夢だったのでしょうか? ご、ろく、しち、はち……母様とエンビーが出てきて、私とヒロの……」
ラジオ体操をしながら、夢の中での会話を思い出すリーシア……とくにヒロとのことを思い出すと、急に恥ずかしくなり顔を赤く染めてしまう。するとおもむろに少女は、『パンッパンッ!』と自らの頬を両手で叩き活を入れる。
「い、いけません! いくらなんでも、まだヒロとはそういう関係ではありませんから! それに浮かれている場合じゃありません。エンビーの言うことが本当なら、災厄のひとりである『傲慢』が近くにいるはずですから」
浮かれた気分を入れ替えたリーシアは、エンビーの忠告を思い出す。
「災厄の嘘つき、多分あの人ですよね。頬に奇妙なアザがある男」
リーシアは思い出す。かつて母を魔女として告発し、死に追いやった男の顔を……。
「あの奇妙なアザは憤怒の紋章と同じ、つまりあの男が傲慢……」
憎き仇の顔を思い出し、怒りで顔を歪めるリーシアは拳を強く握り込む。
「あなただけは……絶対に許しません」
誰にも聞かせられない怨嗟の声でつぶやいた聖女の白い心に、赤と黒の水滴が落ち滲んでいく。それは聖女の心に再び復讐の炎は灯し、暗い影を落とした。
暗い感情が心を満たしていく中で、『ガチャ』という何かが開く音が聞こえ、リーシアは音のした方へと意識を向ける。
どうやら音は、地下にある留置場の入り口から聞こえたようだった。入り口からリーシアのいる方へと誰かが近づく気配を感じる。
するとエンビーの忠告が頭の中をよぎり、体をいつでも動ける戦闘状態へと移行する。気を練り闘気をまとう聖女は、静かに気配が近付くのを待ち構える。すると――
「待ってちょうだい。リーシアちゃん。私よ、わたし♪」
――鉄格子越しに……黒いロングレザーのピチピチボトムに、同じく黒いロング袖のレザージャケットを素肌に着た、前を肌けたイカツイ顔したおっさんの姿があった。
〈復讐の種火を再び灯した聖女の前に……ハードな人が現れた!〉
「なんの気配ですか?」
「災厄の嘘つき、『傲慢』の気配よ」
夢の中……暗い水辺のほとりで、聖女は人間大のペンギンから、新たなる災厄の名を告げられた。
「災厄の嘘つき? 傲慢っておごりたかぶって他人を見下すって意味ですよね? なのに嘘つきなんですか?」
「傲慢なものほど、虚栄心が強く自分を大きく見せるために見栄を張りがちなの。自分を大きく見せるために嘘をつき、他者よりも自分は優れた存在だとアピールしないと気が済まないヤツなのよ」
「なるほど、だから嘘つきなんですね」
「ええ、でもお嬢、気をつけなさい。アイツの……プライドの言葉に決して耳を貸してはダメよ。聞いたら最後、たとえ嘘だと分かっていても、抗えない。白い色を指差して『アレは黒だ!』とヤツが言えば、黒色と認識してしまうほどよ」
「白を黒にですか? ん~、そんな単純な嘘に引っ掛かるものでしょうか? にわかに信じられません」
「いいえ、リーシア……あなたは傲慢の嘘をもう体験しているわ。そうよね、エンビー」
腕を組み、まさかとそんな馬鹿なと話を否定するリーシアに、母カトレアが神妙な面持ちで口を開く。
「その通りよ。あなた達は十年前、傲慢の嘘を体験している」
「十年前? それって……まさか⁈」
エンビーの言葉にリーシアは『ハッ!』としながら母に顔を向ける。
「あの時……ガレアの町で、私が魔女として処刑された時に、傲慢がいたのね?」
カトレアは、バツの悪そうな表情を浮かべるエンビーを見た。
「その通りよ。封印された私を解放するために、プライドはお嬢を殺そうとして、ありもしないデマを流し嘘をついたの……姉御は魔女だってね」
「その嘘を、町の人々は信じた?」
「そう。でも正確には信じたのではないわ。信じ込まされたのよ。それが傲慢の権能、ただの人では傲慢の嘘に抗えない」
エンビーの体の表面がボンヤリとした光りだし全身を覆っていく。その光はリーシアの瞳と同じ深い緑の色をしていた。
「プライドは、オーラを声に乗せて聞く者の思考を誘導するの……自分の都合のいいようにね。災厄の嘘つきに抗うには、オーラを身にまとうか、奴以上に強い意志で嘘を跳ね除けるしかない」
「じゃあ、あの時……町の人が母様を魔女だと言って、憎しみをぶつけていたのは⁈」
「みんな、プライドの嘘に踊らされていたのよ。人の持つ負の感情を煽り、憎しみと怒りで心を満たした。その結果があの結末よ」
「なんで……私の中にいたエンビーが目的なら、私を直接狙えばいいのに、なんで町の人を?」
「傲慢は強さだけでいえば、災厄の中でも最弱なのよ。直接的な戦闘は苦手だったわ。でもその代わりに、奴は他者を操ることに長けていた。最悪なのは、アイツは自分の嘘に踊らされる者を見て喜ぶとこね。反吐が出るわ」
エンビーは心底嫌な表情を浮かべていた。
「そんな……ん? 待ってください。エンビーは、封印されていても、近くにいる傲慢の気配を感じられるのですよね?」
「ええ、意図的に気配を隠したり、遠くにいなければだけど……」
「なら、なんであのとき、今みたいに夢の中で忠告してくれなかったんですか⁈ あの時、知らせてくれれば母様は……死ななくて済んだかもしれないのに」
リーシアはエンビーに詰め寄り、首根っこを掴むと勢いよく前後に揺する。
「ム、ムリだったのよ。私は嫉妬を司る災厄……宿主の感じた嫉妬を力に変えられる。だけど……まだ小さな子どもだったお嬢では、夢の中で語り掛けるだけの力は貯まらなかった、ぐ、ぐるじい゛」
「そんな……」
エンビーの言葉にリーシアは絶句すると、首にかけていた手を離しうつむく。
「ゴホッ、ほ、本当に親子ね……変なとこは姉御ソックリよ」
「変なとこ? エンビー……お仕置きが必要かしら?」
エンビーの思わず口にした言葉に、カトレアは手をポキポキすると――
「ひいぃぃ、姉御許してぇぇ!」
――地面に額を擦り付け平謝りするエンビー……それを見たカトレアは、うつむき黙ったままの娘に声をかける。
「リーシア……気に病むことはないのよ。それにあの時、仮にエンビーがアナタに語り掛けて危機を知らせてくれていたとしても……お母さんはリーシアを連れて逃げる訳にはいかなかった」
「それは……」
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「か、母様、謝らないでください。今のわたしなら何となく、母様があの場に残ったワケがわかります。母様の優しさ…………わたし大好きです」
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「リーシア、ありがとう」
カトレアは娘の頭を優しく撫でながら微笑みかけた。
「懐かしいです。母様に頭を撫でられるの……えへへ♪」
母親に甘え、嬉しそうに笑うリーシアを見て、カトレアは娘の成長を嬉しく感じていた。
「さあ、二人とも、良いところで悪いんだけど、そろそろお目覚めの時間よ」
エンビーの声にカトレアは、リーシアの頭から手をどけた。名残惜しそうな表情を二人は浮かべ、それを見たエンビーは『親娘ね』とつぶやく。
「母様……」
「リーシア……お母さんは死んじゃったから、もう助けてあげられないけど、いつでもあなたの幸せを願っているわ」
「うん、わかってる。母様、ありがとう」
「元気でね」
カトレアが優しく答えると、リーシアは安心したのか笑顔になる。
「さあ、そろそろ目覚めるわよ。いいお嬢? 傲慢の言葉に惑わされないよう注意しなさい。奴の言葉は全て嘘だと思うのよ」
「嘘だと思う?」
「そう、嘘つきに騙されないコツは信じないこと。オーラを使えない者が、奴の言葉に抗うのは難しいから、気休め程度にしかならないけどね」
「肝に銘じておきます。エンビー、ありがとう」
「べ、別にお嬢のためではないわ。アナタが死んだら、今のわたしが消滅しちゃうから、仕方なくよ!」
「ふふっ」
エンビーは、不意な感謝の言葉に照れながら声を上げると、その姿が可愛らしくてリーシアは思わず笑ってしまう。
「こ、この! ふん、まあいいわ。とにかく気をつけなさい」
「はい」
リーシアそう返事をすると、目に映るエンビーの姿が徐々に薄くなっていく。顔を上げ周りを見回すと周囲の景色もまた薄くなっていた。当然、母親であるカトレアもまた……。
「リーシア、気をつけてね。女神よ、願わくはこの子の未来に幸あらんことを」
「はい、母様。また会えるでしょうか?」
「ええ、リーシアの彼氏を見るまで、いいえ……孫の顔を見るまでは、意地でもマナの流れに流されないから安心して」
「え……ま、ま、ま、孫の顔⁈」
「ちょっとまって姉御! まさかこのまま居座る気なの⁈」
「いいじゃない? 減るもんじゃないし。エンビーの好きなティータイムの相手くらいならしてあげるわよ」
「冗談じゃないわ、私の気が休まるヒマがないじゃないの! 娘のことは私に任せて、さっさとマナの流れに帰りなさいよ!」
「エンビー、私がいると何か都合が悪いことでもあるのかしら? タップリと時間はあるし、その辺のことも話しましょうね」
『ギクッ!』と体を震わすエンビーに、手をポキポキするカトレア……次の瞬間――
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ、お嬢、お願いだから、私も連れて行ってぇぇぇ」
――このあとに起こるであろう地獄を、災厄の嫉妬は思い浮かべると、涙を流しリーシアに懇願していた。だが当の本人は……。
「ま、ま、ま、孫って、それはつまり、ヒ、ヒロと私のこ、こ、子供ってことですか⁈ ヒロとはまだそんな関係じゃ……でも、いずれそうなる可能性も……わ、わ、私が母様になるんですか! ど、ど、どうしよう? 母様みたく、やさしいお母さんになれるのでしょうか⁈」
未来の自分を想像し、顔を赤らめながらパニクッていた!
薄れゆく景色の中で、飛び交う阿鼻叫喚の声……エンヴィーは泣き叫びながらリーシアにしがみつき、カトレアは微笑みながら拳を握り、リーシアはまだ見ぬ幸せに身を悶えさせる。
そして……聖女は夢から目を覚ました。
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「ここは……そうでした。昨日は留置場に泊まったんでした」
膝を立て壁に寄り掛かるように座ったまま寝ていたリーシアは、体に掛けていた毛布を取り立ち上がる。
「ん~! やはり座ったまま寝ると体が硬くなりますね」
軽く腕を回し体の状態を確認したリーシアは、硬くなった体をラジオ体操でほぐしはじめた。
「いち、に、さん、しー、はあ~、それにしてもアレは夢だったのでしょうか? ご、ろく、しち、はち……母様とエンビーが出てきて、私とヒロの……」
ラジオ体操をしながら、夢の中での会話を思い出すリーシア……とくにヒロとのことを思い出すと、急に恥ずかしくなり顔を赤く染めてしまう。するとおもむろに少女は、『パンッパンッ!』と自らの頬を両手で叩き活を入れる。
「い、いけません! いくらなんでも、まだヒロとはそういう関係ではありませんから! それに浮かれている場合じゃありません。エンビーの言うことが本当なら、災厄のひとりである『傲慢』が近くにいるはずですから」
浮かれた気分を入れ替えたリーシアは、エンビーの忠告を思い出す。
「災厄の嘘つき、多分あの人ですよね。頬に奇妙なアザがある男」
リーシアは思い出す。かつて母を魔女として告発し、死に追いやった男の顔を……。
「あの奇妙なアザは憤怒の紋章と同じ、つまりあの男が傲慢……」
憎き仇の顔を思い出し、怒りで顔を歪めるリーシアは拳を強く握り込む。
「あなただけは……絶対に許しません」
誰にも聞かせられない怨嗟の声でつぶやいた聖女の白い心に、赤と黒の水滴が落ち滲んでいく。それは聖女の心に再び復讐の炎は灯し、暗い影を落とした。
暗い感情が心を満たしていく中で、『ガチャ』という何かが開く音が聞こえ、リーシアは音のした方へと意識を向ける。
どうやら音は、地下にある留置場の入り口から聞こえたようだった。入り口からリーシアのいる方へと誰かが近づく気配を感じる。
するとエンビーの忠告が頭の中をよぎり、体をいつでも動ける戦闘状態へと移行する。気を練り闘気をまとう聖女は、静かに気配が近付くのを待ち構える。すると――
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そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
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