月が導く異世界道中

あずみ 圭

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一章 ツィーゲ立志編

予期せぬ出会い ~ソフィア~

こちらは四巻収録部分のダイジェストになります。
********************************************

 勇者を投入したステラ砦奪還作戦。
 もの自体は悪くなかった。
 二人の勇者がこれまでに共闘したことはないし、動員される部隊の規模もここ最近では有り得ない程に大きい。
 だが成功する見込みは、まったくない。
 ヒューマンが魔族の出方をまるで読めていないのに対して、魔族はヒューマンがどれだけの規模でどこから攻めてきて勇者が所属する部隊はどこかも既に知っている。
 その上で素知らぬ顔で砦に篭った振りをして、美味しそうな餌を用意して彼らを待っているのだから。
 駄目押しで私も魔族に協力しているしね。
 魔将の一人、ロナが私をどう使う気か楽しみだったけど、“余剰戦力”の使い道としては中々良い手だ。
 砦にヒューマンの戦力が集中する中での、リミア王都へのカウンター。
 それが、“竜殺し”なんて呼ばれてる冒険者である私の今回の仕事。
 ヒューマンでありながら魔族に味方なんてしてる、まあ訳ありの身だ。
 伏せて待つ時間は退屈だった、けれどそれが私の戦意を既に十分高めてくれている。
 早く戦いたい。
 生温い血の匂いで頭を満たしたい。

「もう少し抑えろ。兵が怯えている」

 私の相棒が、漏れていた殺気に気付いて声を掛けてきた。
 見た目は子供だけど、私より長く生きているからか話し方は子供とはかけ離れている。
 言われてから周囲を見渡すと、確かに兵の中に恐怖の表情を浮かべている奴がそこそこいた。

「……もう王都はすぐそこよ? 無理ね」

「ち。だが、何故グリトニアではなくリミアを先に狙うのだろうな、魔族は」

「さあ?」

「現状でより脅威なのは帝国の方だと我は思うがな」

「集めた情報から魔王が決定した事なんだから、私が知る訳ないでしょうが」

 リミアとその勇者を先に潰すと判断したのは、現場の判断じゃない。
 魔族が丁寧に集めた情報から遥か北の都にいる魔王が自ら決定したものだ。
 魔族軍にとって現魔王は絶対的な存在。
 魔将も兵も、王の決定なら異議など無いんだろう。

「それもそうか。別にどちらでも失敗する要素などないのだから、構わんのだがな」

「ただ」

「ん?」

「私もなんとなくリミアの女勇者の方が気になるから、どっちか選ぶなら同じ決定をしたわね」

「……理由は?」

 どこか呆れたような相棒の冷めた視線を感じた。
 わかっている癖に失礼な。

「勘よ」

「ふぅ――!?」

「っ!?」

 空から金色の光!?
 一直線に大地に突き刺さった!
 
「ソフィア!」

「わかってるわ! 将軍には進軍の一時停止を伝えて。確認してくる」

 ……金色。
 女神の色。
 そして、“あいつ”も同じ色を魔力に宿していると聞く。
 どちらにせよ、私の敵には違いない。
 一瞬遅れて、何度か感じた事のある強大な気配が風に乗って伝わってきた。
 神だ。
 身が竦む、荘厳な何か。
 細かな金の粒子が比類ない彼女の魔力を一帯に撒き散らす。
 不愉快。
 ヒューマンでこんな感想を抱くのはごく少数でしょうけどね。
 
「御剣、兵の動揺も抑えておいてね」

「暴動は困るからな。任せろ」

 相棒、御剣の名を呼び、私は彼の用意した煌く“道”で柱の下へ急ぐ。
 
「!? 今度は何!?」

 不意に感じた巨大な魔力の炸裂。
 直感のままに例えるなら断末魔の如きもの。
 砦のある方向で何かあった。
 ったく!
 流石は女神、流石は勇者、ってとこかしらね。
 かき乱してくれるわ。
 もっとも。
 私がいる以上、好き勝手はさせない。
 まずはあの柱から片付けさせてもらいましょうか!





◇◆◇◆◇◆◇◆





 頭を砕く気で放った一撃だった。
 もしかしたら、どこかで様子見気分だっただろうか?
 とてつもなく硬く、重い何かに斬りかかったような感触が手に残っている。
 リミアの王都を目指していた私と魔族の部隊が、すぐ傍に出現した金色の柱をみたのが少し前。
 大分後方になるけど、ステラ砦の近くで滅多にお目にかかれないような破壊力を持った何かが炸裂したのを私が感じたのがついさっき。
 予想外が二つも起きて、ひとまず近場だった金色の柱の方に来てみれば、そこには青色のコートみたいな服を着た子供? が一人。
 金色の光からは、そこが源だけあってか依然女神の気配が濃厚に立ち上っていて、そいつが魔族の、そして私の敵であることを知らせてくれる。
 だから無難に、速やかに殺しておく事にした。
 戦場にあって緊張感も何もない様子で天を仰いでいたその子供は、頭を砕く私の一撃から頭部を守ろうと咄嗟に手を差し入れた。
 けれど、“そんなこと”で私の剣を止められる筈がない。
 身の丈よりも巨大な私の愛剣は、竜の手で生み出されたこの世でも間違いなく一級の一振り。
 普通の相手なら上半身が消し飛んでいて当然なのだから。

「なのに、手を少し怪我しただけで意識もはっきりしてると。出来の悪い喜劇を見ているようね」

 期待外れと口にして斬りかかりはした。
 そこまでの子供の対応は実にお粗末だったから。
 だが、これはどうやら一筋縄ではいかないかもしれない。
 流石は女神の遣いといったところか。
 私がしばらく彼を観察していると、ようやく彼の意識が私に向く。
 遅い。
 戦いの素人、初心者と呼ぶレベルですらない。

「へぇ、死んでない。流石は女神に召よばれただけのことはあるわ。この剣で斬れないなんてどんな防御力よ。その顔立ち、まさかヒューマンベースの合成獣キメラ?」

 嘲りも混ぜて、その子を評してみた。

「ソフィア、せっかく我が気をこちらに向けさせたというのに仕留めきれぬとはお前らしくない」

 そうこうしている内に、私の今の相棒が到着した。
 私には他人に真似できない能力がいくつかあるけど、その一つに高速で移動できるスキルがある。
 だから、二人で組んでいても私が先行することは多い。

「ん? 私は完璧な攻撃を入れたわ。この剣が柔らかいんじゃないの? 御剣みつるぎ」

 相棒、御剣の言葉に反論する。
 目の前にいる存在は戦い慣れているとも言えず、ここまででセンスの欠片も見られないけれど。
 私の攻撃を受けて手を負傷するだけで済んだ男だ。
 まだ手に残るその感触が教えてくれる。
 今目の前にいる男は、間違いなく過去最高の防御力は有している相手だと。
 それなりのレベル、大きさの竜までなら一撃で仕留められる剣でかすり傷しか与えられないのだから、警戒は必要だ。
 私達はリミア王国の王都を急襲して、王都の機能を麻痺させ、可能なら王族を殺して奴らから時間を奪っておく。
 これまでに集まった情報から魔王はグリトニアよりもリミアの勇者に脅威を感じたようだ。
 だからリミアの女勇者の足場を先に崩そうとしている。
 その任務に早く戻らなければいけない。
 互いに利用する、そんな関係だけど今はまだ彼らとの繋がりは重要だ。
 魔族の領内にいる筈のとある存在に私は用事があるから。
 どの道この子から私が魔族についている事実をどこかの国やギルドに報告されると動き難くなるのは間違いないのだから、私が取る行動はもう決まっている。
 速やかに殺し、王都を襲撃する。
 これに尽きる。

 ん。
 なにかする気みたい。
 奴が身につけている防具の色が赤くなった。
 御剣に目配せをする。
 まあ、するまでもなく彼も警戒はしていたのか既に術の用意をしていた。
 御剣の放つ光の剣の気配が周囲一帯に散っていく。
 この独特な感覚。
 まだ相棒ではなく、殺し合いをしていた頃の懐かしい戦いの記憶も蘇ってくる。
 まだ竜殺しと呼ばれる前。
 もっともそんな称号をもらうまでもなく、私は元々竜殺しと呼ばれるに相応しい能力を有していた。
 スキルという意味で、だけど。
 いけない。
 いくら相手が素人かもしれない子供だからと言って、気の抜き過ぎだ。
 それほどまでに力を感じない奴。
 しかしソレを殺し損じているという不愉快で不思議な事実。

 やる! 追尾までしてくるだなんて。
 宙を駆け、私に背中を見せて逃げる奴の背を追った。
 置き土産のように使った奴の術は砲台のように弾を飛ばす球体が幾つか。
 そこから撃ち出される弾は正確に私達を狙い、そして逃げれば方向を明らかに変えて追尾してきた。
 これは凄い。
 思わず笑ってしまった。
 ここで逃げる選択をしながら、どこに逃げるかを決めていないような無計画さ。
 なのに足止めに使った術は威力も十分、しかも詠唱していた兆しも見せなかった。
 勘で何かしているのは察せたけど、それだけだ。
 魔術の腕はかなりのレベル。
 三流以下と超一流が混ざった、異様な存在が目の前にいた。
 
「……この気持ち、どう言葉にすればいいのかしら」

 わからなかった。
 再度斬りかかった私の剣は、魔術の障壁に阻まれ、相殺されるような形で弾かれた。
 このままじゃ、折角追いついて入れた一撃の終わりとして面白くなかったから落ちる前にもう一回斬りつけてみる。
 奴が両手を十字に組むのが見える。
 力は緩めず、でも心のどこかが唖然とするのを感じた。
 剣を、それも一度手を負傷し、威力があるとわかっていながらも再度腕で止めようとする判断。
 どこまでも不自然。

 どうにか彼の逃げ足を止め、私も一旦追撃を止める。
 なんという違和感だろう。
 そこらにいる兵ほどの心構えもなく戦場の心得も知らない癖に、奴は危機を幾度となく回避した。
 振る舞い以外の部分、魔術や基本的な運動能力、特に防御力が明らかに異常だった。
 不意に私の中に微かだけど警鐘が鳴った。
 もしもこいつが幾つかのことを学んだら。
 もしもこいつがその異常な能力に見合うだけの経験を積んだら。
 そんなことを考えた時の事だった。
 
 一瞬で私は魔族から預かった道具のテストを予定していた王都ではなくここでやる事に決めた。
 二度も殺しそこねたこいつを、ここで確実に殺しておくべきだと思ったからだ。
 出来れば、この男に二度目を与えたくない。
 そんな漠然とした恐れもあったかもしれない。
 私の見立てでは、異常な方の力は、恐らく女神に与えられた能力だろう。
 だからこそ、他がお粗末なんだと思えた。
 第一、多分こいつは私達が誰か、わからずに対峙している気がする。
 そこそこヒューマンや魔族の間で有名人になりつつある私達の事を何も知らずにこの場にいる事も正直納得のいく推論は得られない。
 女神によって召喚されたばかりだからではないか、と根拠の弱い推測しかできない。
 この遭遇が不運か、幸運か、それはまだわからない。
 これで殺せたなら幸運、もしも場をかき乱されたまま逃げられでもしたらその時は不運。
 さっきは防がれたとはいえ、初手では奴も傷を負った。
 血も流した。
 つまり決して殺せない相手ではないということ。
 
「ghjkop\kkjjgf――」

 妨害もなく、私の指にはまった指輪を起動する為の詠唱が終わる。
 周囲一帯に女神の干渉、一定以上の力を無効化するフィールドが形成されていく。
 よし。
 奴から聞いた事もない言葉が漏れる。
 相変わらず、共通語じゃない。
 やはり召喚されたばかりなんだろうか。
 女神から召喚されたなら例え亜人だろうとなんだろうと言葉の祝福程度は与えられている気もするけど……。
 いや、今はそれを考える時じゃない。

「……ヒューマンの女性、だと? くくく、あーっはっはっはっは!」

 何故か奴と会話できるらしい御剣が唐突に笑い出した。
 奴と何か話していたのは見ていてわかるけど、何が面白かったのか。
 聞けば……大方予想通りだけど、奴は私達が何者かを知らずに戦っていたらしい。
 女神が絡んでいるなら勇者という前例もあるから不思議じゃない。
 あの二人についてもこの世界の存在ですらないらしいし。
 当然こちらの常識も知らなかったようだ。
 つまり異世界人だ。
 となると、このコートの男も異世界から来た可能性は少なくない、か。
 指輪を使った以上、もう問題はないと思うんだけど、よくないことに直感の部分がまだ私に警戒を促してきている。
 この男は危険だと。
 早く殺せと。
 まず間違いなく偽名、確実に身分詐称であろう自称商人のライドウ。
 なんとこの状況で命乞いをしてきたこの男に私は一層の警戒心を抱いている。
 私の知識が教える全てがライドウを雑魚だと告げている。
 けれど、私の経験と直感は全力でライドウを災厄に近い何かだと警鐘を鳴らす。
 両極端に触れる敵の分析に、気持ちが悪くなってきた時。
 私は正解を知る。
 奇しくも私が自分の勝利を確信する為に使った神封じの指輪と同じ、ライドウがその手からはめていた複数の指輪を抜き去った直後にだ。
 押さえつけていた蓋が弾け飛ぶように、ライドウから出鱈目な魔力が溢れ出てきた。
 
「なっっ!?」

 私と、御剣の声が重なるのがわかった。
 弱体化してすぐに殺せる筈の男が、目の前で更に強くなるという矛盾した事態。
 私は焦りを押し殺す。
 直感を信じ、奴を殺す。
 頭の中をそれだけで染めあげた。
 そして――。


 悪夢が始まった。

 
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