月が導く異世界道中

あずみ 圭

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一章 ツィーゲ立志編

ステラ砦 ~魔族兵~

こちらは四巻収録部分のダイジェストになります。
********************************************

 魔族にとって、現在ヒューマンとの間で起きている戦争の最前線はステラ砦だ。
 ここより先は魔族にとって地図上に記せる拠点が無いエリアになる。
 ステラ砦は元はヒューマンの築いたものであり、地理的な条件に感情の要素も加わって、彼らの大国であるリミア王国とグリトニア帝国はこの砦の奪還に躍起になっているのが現状だ。
 事実何度もこの場所は激戦の舞台になっている。

「情報通り、読み通り。それでも万が一が起きるのがヒューマンとの戦争だけど……ここまでは順調ね」

 ステラの責任者は今二人いる。
 厳密には責任者が一人、責任者とほぼ同じ権限を持った者が一人。
 椅子に腰掛けたまま口を開いた彼女はその内の後者。

「ロナ様。リミア、グリトニア両国の軍の配置及び進軍経路の詳細が判明致しました」

 足早に彼女に近付いた士官が言葉の後に数枚の資料を手渡す。
 
「また、アイオン王国とローレル連邦からの支援物資、援軍につきましてはこちらの予測を下回るものでした。アイオンはこちらの調べ通りでしたが、ローレルは巫女の返還を求めリミアと何度か衝突しています。その影響でしょう、こちらが立てた見込みより少ない支援内容に留まっています」

 次いで関連する情報を伝えていく士官。
 言葉には淀みがなく報告に類推が少ない。
 最後に、でしょう、とつけたものの彼の報告からは自信が窺えた。
 当然だな。
 魔将への報告が類推だらけでは直属の部下など務まらない。

「ありがとう。では、申し訳ないのだけどイオにも同じ報告を頼むわ」

 ロナ様はにこりともせず礼を述べると彼に次の指示を出した。
 イオ様とロナ様。
 この砦の責任者にして、魔王の側近である四人の魔将の二人。
 イオ様はこの砦をヒューマンの猛攻から防ぎ続けた武の将であり、ロナ様は敵であるヒューマンの情報を探るのを得意とするはかりごとの将だ。
 軍を率いるイオ様が兵達の所にいるのに対し、今回の戦いに備えてここを訪れ、しかし砦を空けたり、いても数人の部下と一緒にいることが多いのがロナ様。
 それでもこの砦においてイオ様とロナ様は絶対の存在であり、俺達の誰もこの二人の命令に背くことはないだろう。
 四人いる魔将の方々は、その誰もが実力だけでなく陛下がその忠誠を絶対のものとお認めになった最高の将だ。
 俺は体系でいえばイオ様を頂点とする部隊にいるが、だからといってロナ様を軽んじることはない。
 特殊な任務や汚れ仕事と言われる分野の任務もこなす方だから怯えている奴らは多少いるけどな。
 今夜のヒューマンどもの侵攻に対する迎撃においても、ロナ様の立てた複数の策が働いている。
 先日イオ様が渋い顔をなさっていたから、さぞえげつないものも含まれているんだろうと推測できていた。
 ロナ様を相手にしなければならないヒューマンには、例え宿敵であっても哀れみの念が湧く。

「さあ、勇者とはどの程度のものかしらね。お手合わせ願いましょうか」

 ロナ様の見立てではそろそろヒューマンどもが進軍を始める頃。
 今回のステラ砦への攻撃は深夜の攻撃、夜襲だ。
 奴らはあまり夜襲はかけなかったんだが、最近では特に帝国が好んで夜襲を行うと聞いている。
 この砦はあまり戦術が活かし難い立地にあるとはいえ、これまでの奴らの戦いはあまりに単調なものが多かった。
 そう考えると勇者の存在はヒューマンをいくらか進化させたことになる。
 直接的な戦闘能力も高いようで、二人いる勇者のどちらかと接敵した同胞は、その殆どが命を落としている。
 帰ってきた奴はこの砦の奴だと数人しかいない。
 だから……その勇者が二人とも攻めてくるって前情報がある今夜の戦いはこれまでとは緊張感が全く違う。
 ピリピリした、およそ戦場らしい空気になっていた。
 だが……同時に俺は大きな安心感も得ている。
 ここには魔族最強の将が二人もいる。
 果たしてこの堅牢なステラ砦で、魔将が二人いて。
 負けるものなのかと。
 イオ様に勝る戦士を俺は知らないし、ロナ様より厭らしく冷酷な軍師も俺は知らない。
 夜戦の訓練も十分にやった。
 今夜の俺の配置は防衛部隊でも別働隊でもなく、砦内部の警備だ。
 余程の事がない限り剣を振る事はないかもしれない。
 それでも心は程よく波打っている。
 戦うには良い心地だ。
 ここを失う意味も、ここに配属された意味も、俺は、俺達は常々教えられてきた。
 迷わない。
 与えられた任務を。

「貴方、私ももう出るからここは良いわ。イオの兵なら五月蝿い事を言う必要はないでしょうが、気の緩みは禁物よ」

「はっ! 全力で任務に当たります!」

「……一つ。この戦いで貴方がもっとも警戒すべきは何かしら。私に聞かせて」
 
「砦に対し、ヒューマンが前例がない程に接近します。混戦に乗じて諜報の目、耳が入らぬようにすることです!」

「よろしい。私向けの回答を言えるなんて、中々優秀ね」

 ロナ様が俺の回答に満足げに頷いた。
 よ、読まれてたか。

「当然、非戦闘員の安全、及び糧食への配慮も怠らぬよう各所と連携して参ります!」

「ええ。最前線の士気はイオのおかげで内部まで十分、頼もしいわね」

 次の言葉は求めていない、とばかりにロナ様は消えた。
 確かに、密偵への警戒はイオ様からは命じられていない。
 だが、必要な事だ。
 あの人に鍛えられた兵なら誰もがその可能性を考え、任務に含めて考えているに違いない。
 決してロナ様の機嫌を取ろうとする気などはなかったんだが……。
 俺は砦への攻撃を見越して人員の移動と整理を始めたチームに合流した。
 しばらくして遠くに響く複数の音が聞こえてきた。
 始まったか。
 すぐに大量の情報のやり取りで砦内が慌しくなる。
 千切れ飛ぶ断片的な情報は事前のロナ様の読みをコピーしたようなものばかり。
 俺は声こそ堪えたが、口が笑みを作るのを止められなかった。
 ヒューマンよ、勇者よ。
 思い知るがいい。
 お前達がこれから相手にするのは、魔将。
 陛下の剣だ。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「ちぃっ、どけえぇぇ!!」

 ロナ様の作戦の発動、門前まで迫ったヒューマンの軍の崩壊と撤退。
 戦況はこちらの想定の範囲内で進行している。
 だが、何事も全てが上手くいくことなどまずない。
 俺は同胞である筈の青い肌の女が向けてくる敵意溢れる視線を受け流しながらそう思った。
 彼女はヒューマンの後退に合わせてこちらが回収した負傷兵の一人だ。
 既に手遅れの者はともかく、治療が間に合いそうな連中は砦の中に運び込まれている。
 もちろん、わかりやすい正門はもう閉じてある。
 経路は俺達魔族がこの砦を運用する間に新たに作った独自のルートだ。
 ヒューマンに気付かれた節はない。
 あれば奴らもここから兵を送り込もうとしただろうからな。
 だが……。
 
「ロナ様からは殺しても構わないとは言われてるがよお!」

「トモキ様の為に、やれることがあるのおおお!」

 やるせない気持ちを抱えながら短剣を持つ女の手を斬り、武器を手放させる。
 魔術を使われると面倒だからすぐに腹部、延髄と打撃を加えて意識を奪う。
 女は崩れ落ちた。

「トモキ様か。帝国の勇者の魅了術ってのは、ここまでかよ」

 言葉を吐き捨てる。
 ロナ様の調べでは、グリトニア帝国の勇者は他者を強力に魅了する力を持っているらしい。
 伝染はしないが、その力に侵されて魔族でありながら帝国に味方する奴らも確認されているとか。
 おっそろしい能力だ。
 だが負傷兵に混ぜて、密偵を送り込む。
 策自体は普通だ。
 当然だがこちらも対処できる。
 勇者の魅了はかけられているかを判別する手段が既にロナ様によって生み出されている。
 この女も、程度にもよるが治る見込みはある。
 
「おい! 大丈夫だったか!?」

「ああ。少し前の正門への攻撃も無茶苦茶だったが、帝国の勇者ってのは厄介だな」

「……すぐに、起こしてやるぞ!」

「貴様もかよ!」

「邪魔をするなアレーク! この世界は、かの方によって平和に導かれねばならん!!」

「それは、陛下の事だよな?」

「陛下もまた、神の遣いたるトモキ様の臣下となるべき――」

「てめぇ、それは――」

 魔族として、兵として、俺らが絶対に言っちゃいけない言葉だろう。
 だが俺の中に怒りの熱が生まれかけた時。

「愚か者」

 短い言葉とともに藍色の炎がおかしくなった同僚を包みこんだ。
 一瞬のことだった。
 同僚は、悲鳴すらあげなかった。
 瞬く間に人の形さえ失ったそいつは、一握りの灰になってしまった。
 俺は声の主を探す。
 出撃の前、言葉を交わした女性の声だ。
 誰かはわかっている。

「ロナ、様」

 影を確認した俺が呼ぶと同時に、ロナ様が姿を見せた。
 魔将である彼女が帰還したとなると、戦いは一定の決着を迎えたということだろう。
 ただ、機嫌が恐ろしく悪いように見える。
 ほぼ上手く行っていた作戦から察するに、そこまで悪い結末は無い、と思いたい。

「貴方は……そう、よく守ってくれていたようね」

「いえ、負傷者の回収に遅延が出ています。私もすぐに彼らと合流します! ……申し訳ございません! 遅くなりましたがロナ様、ご無事にお戻りになられま――」

「そういうのは今はいいわ。ところでそこで寝てる彼女も“そう”なの?」

「はい。トモキなる人物の名を叫びながら正気を失っている様子でした。現在、無力化しており危険はありません!」

 折角治療してもらおうと思っていた相手だ。
 殺されてしまっては何となく辛い。

「魅了は治療できない」

「っ!」

「事はないわ。以前ミーティングで説明したわね。へえ、こちらも見事な対処ね。では彼女は私が預かっておくわ。貴方は引き続き警戒を怠らずに負傷兵の回収に励んで」

「はっ!」

「魅了の被害者については無力化できた場合は拘束して牢へ入れておくように。イオもじきに戻るわ、もう少し、よろしくね」

「……あの」

 本来なら、これは余計な言葉だ。
 わかっている。
 だが、ロナ様の浮かない表情がやはり気になった。
 じきに戻る、と仰っていたからイオ様も無事なのだろうが、それでも詳しく現状を知りたいという好奇心が会話を継続させた。

「なに?」

「戦闘は、どうなったのでしょうか」

「……知る権利、というものについて理解してる?」

「申し訳ありません!」

「……散々な結果だったけど、私からすれば貴方のような兵がいたのがわかったことだけは収穫かもね」

「は?」

「イオの率いた部隊はほぼ全滅。帝国、王国どちらの勇者にも逃げられた。さらに、別働隊も失敗よ。イオは再生で大事無いし、ここは守れた。最低限の目的は達成してる、それだけの戦いだったわ。特に別働隊。大口叩いた竜殺しと奴らに預けた部隊は、一体何に出会って壊滅したんだか……」

「そ、そんな」

 及第点とは程遠い結果だというのは俺にもわかる。

「……はぁ。では、私からの質問。貴方の名前は?」

「私、いえ自分はステラ砦所属、アレーク=ディードであります! 階級は――」

「結構よ。アレーク=ディードね。もう行きなさい。……また会いましょう」

「はっ! し、失礼致します!!」

 何故か俺は名を聞かれ、越権行為にも叱責はなかった。
 ロナ様から聞いた戦果は彼女の言ったように散々なものだった。
 それでも、ここを守れた以上勝ちか負けかで言えば勝ちだ。
 俺達はまた、ステラ砦を守ったんだ。
 そう考えると、自然と足取りが軽くなるのを感じた。
 やれる、という意識が心の底から湧き上がってくる。
 勇者の力が加わっても、ステラは健在であり、奴らは決して魔将を超えるような化け物じゃないとわかったんだから。
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