月が導く異世界道中

あずみ 圭

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五章 ローレル迷宮編

幕間 混沌たるローレル

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 頭が痛い。
 彼女は頭痛持ちではなく、あくまでこれは比喩としてその頭に浮かんだ言葉ではあるのだが原因となった報告の度が過ぎていた。
 ズキズキと実際に頭が痛んでいる気がしてならない。
 熱さえ帯びてきたように彼女は感じていた。

「至急精鋭による暗殺を準備いたします。無論私も――」

「却下」

「っ、必ずや成功させて――」

「却下!!」

 非常に強い語気で放たれた否定の言葉。
 彼女、中宮彩律さいりつがこれほどまで言葉を荒げたのは、膝を折り頭を下げて報告している男の記憶にも数度しかない極めて珍しい出来事だった。

「っ!?」

「私は貴方に子殺しをさせるつもりはありません。何故イズモに手を出したのですか、マリト」

「……ご報告いたしました通り、イズモは裏切りました」

 男、イズモの父親であるマリト=イクサベは淡々と理由を述べる。

「私は何があっても手を出すなと命じた筈ですね」

「それはクズノハ商会とそこに関わる者、と認識しておりました」

 嘘だった。
 マリトは彩律から命じられた任務と注意事項について完全に理解していた。
 自らの息子であるイズモもその対象だと。
 だが、イズモが友人らに向かって家からの離反を宣言した時。
 そしてあの処刑の瞬間にやってみせた芸当を目の当たりにして。
 とどめに、直後密かに呼び出して真意を糺し真正面から家からの離反と自立の意思を示されて。
 父子は刃を交える仕儀となった。
 結果としては、皮肉にも彩律が冗談めかして指摘したように、マリトはイズモに退けられた。
 薄く、鋭く、静かに、密かに。
 処刑の時に見せたあの技の冴えは特別でも偶然でもなかったのだ。
 確かな実力の下に決着はつき、マリトは逃げ帰る形でナオイへと帰参した。

「下手な嘘を。怒りと……嫉妬?」

「!」

「敗北に近しい結果さえ報告する貴方の律義さは評価に値するけれど……お家の事、それに嫉妬となると、これは難しいわね」

 今彩律の目の前にいる男は非常に優秀であり、かつ使命感も正義感も有する稀有な男である。
 隠密として諜報を司り、時に非情な行いに手を染める事も多いというのに腐らず、崩れない。
 主家に仕え、国に奉ずる事に確かな誇りを抱いているからだ。
 なのに自らの息子から国の方針に従わず、主家にも背を向ける者が現れるというのは確かに屈辱だろう。その胸中の怒りは彩律にも理解できる。
 何よりも、マリトという男はこれまでに同じ性質を持つ戦士であれ術師であれに後れを取った事がない。
 隠密として天才と称され、彼自身にも自負があった。
 当然ながら負けて、見逃されたという経験がないのだ。
 マリト自身はもしかしたら気付いていないのかもしれないが、ある意味で人を見る専門家ともいえる彩律の目には
彼の目に宿るイズモへの確かな妬みが感じ取れた。
 これ「も」放置すべき事柄ではない。
 良くない芽が芽吹く前に種を摘出する必要がある。
 放置した結果、長年の苦楽を共にしてきた友人にして部下であるマリトという男を失うなどという愚かを、彩律は見たくなかった。

「家の不始末へのお叱りはもっともでございますが、私は奴に妬みなど。予想外の成長に戸惑い苦戦は致しました。しかし備えの上であれば何も問題はなく」

 マリトの反論は彩律の思考を肯定するものだった。
 短い嘆息が彼女の口から漏れた。
 すっかり砕けた口調で、友人としての顔を多めに出しながら彩律は応急処置を始める。

「これは重症ね。マリト、大分視野が狭くなってるわよ、危険だわ」 

「?」

「そもそも、貴方はどうしてイズモと戦い、負け、帰ってこれたのか」

「……!」

「どうして、その過程のどこにもクズノハ商会の名前が出てこないのか」

「ま、さか」

「彼らをただ一方的に見張る事など出来る訳が無いのは戦いの一部始終を見ていたマリトにならわかるわよね?」

「……はい」

 マリトにもそこは確かな事として理解できている。
 クズノハ商会という組織とそこに属する者は最低でも自分よりも強い、と。
 幹部ともなればその力は戦争の行方すら左右しかねない程の実力者であり、代表であるライドウは最早。
 はて、と。
 そこまで思考したマリトは心中で首をかしげる。
 ならば、どうして。
 息子とはいえ、あの商会にまつわる者に手を出してしまえたのか。

「貴方は私の息がかかった者としてお目付け役として彼らを見ている事を許されていたの」

「はい」

「かつての賢人様が残された言葉に、深淵を覗き込む者は逆に深淵から見つめられる危険も理解するべきだ、というのがあるわね」

 ローレルの政治や魔術、隠密の世界では金科玉条きんかぎょくじょうの如く語り継がれている言葉の一つである。
 意味もまた様々に解釈されているが、真が聞けばSAN値測定か、と悶えるに違いない。

「私の動きもまた完全に把握されていた、と仰るのですか」

「当然でしょう。ライドウ様は街一つに無数に仕掛けられた策を全て把握した上で力業でこれを破壊する御仁なのですから。そしてその上で貴方はイズモを呼び出して、戦う事ができた」

「私ではイズモを殺せないと見切られていた……」

 親子の情を読まれたという事だろうか。
 だとすればライドウという男には甘い所がある、とマリトは思う。
 もっとも、それを利用して何かができるかと問われれば天秤にかけなければならない物が多すぎるし、到底間尺に合うとは思えなかった。

「ええ、そして……これは私の憶測ですがライドウ様は貴方があの子を殺さない、のではなく力量的に殺せないから手を出さなかった」

「!?」

「あの方は、こういう事に情を持ち込む方ではありませんから。ともあれマリト、カンナオイでの任務ご苦労でした」

「は?」

 あまりにも唐突な労いの言葉に思わず間抜けな声がマリトから漏れた。
 彩律は特に咎めるでもなく笑顔を浮かべている。

「数日、いえ七日程休みを与えます。その後、北部の森林、丘陵、山岳地帯の亜人らの動向を正式な調査任務として命じます。人員は課の者を自由に。国境警備の竜騎士隊にも協力を取り付けてありますから念頭に置いて友好的に協力の上任務にあたる事」

「……はっ! 彩律様、ありがとうございます」

 マリトは彩律の意図を見抜いた。
 北部の調査、つまり力を磨け、という事だろう。
 しばらく休みをやるから、これからどうするにせよまずはもっと力を身につけてこい、と。

「まあ、そういう事であってるけど。少し亜人の様子が気になるというのも事実だからね? 疎かにはしないで。彼らとの戦闘は言うまでもなく厳禁よ」

「確かに承りました。御前、失礼致します!」

 マリトの気配が消える。
 念のために魔道具で周囲の存在感知を行い、部屋の中のみならず周りに誰もいない一人きりだと確認できた後、彩律は大きなため息を吐いた。
 報告書の内容は散々なものだった。
 いろは姫の台頭は、それだけなら特に何の害もなくカンナオイの次の神輿が何という名前かという程度の意味しかない。
 しかしここしばらくで見えてきた彼女の為政者としての個性、周囲の人材をつぶさに観察した報告書を見るとナオイとカンナオイという特殊な確執を持つ間柄としては微妙に煩わしい存在だとわかってくる。
 そしてクズノハ商会との友好的な関係、という情報でいろは姫の存在がカンナオイで一番の爆弾と化す。
 それでもイズモが彼女の許嫁だという棚ぼたのおかげで、まだ好意的に情報と向き合えると一抹の希望を抱いていた所に、イズモ=イクサベのイクサベ家からの離反である。
 こちらの手駒は相手に寝返り、尚且つ強力な実力者に成長した。
 将棋であれば有り得ないが、これは現実だ。
 生駒が相手の手の内にある間に勝手に成る事も、想定しなければならない。
 自分がしてやったのならさぞや気持ちの良い事だろう。
 彩律とてそう思う。
 
「ただ、イズモが思い描いているのは必ずしもオサカベによるイクサベの統合もしくは吸収ではない気がする。それに彼といろは姫がナオイを蹴落としてカンナオイをローレルの首都にするなんて思想を持つとも思えない」

 そもそも、何故イズモが裏切ったのだろう。
 あの夜カンナオイにいたのも謎だが、そこは十中八九クズノハ商会の仕業だと彩律は結論を出していた。
 それ以外の理由が全く見つからないからだ。
 だが裏切りの理由はわからない。
 確かにイズモといろは姫は許嫁ではある。
 許嫁とは当然ながら結婚の約束をした相手の事だ。
 なるほど、ただの他人よりは大切な存在ではあろう。
 しかし、だ。
 いろは姫はイズモの複数の許嫁の一人に過ぎないし、顔すら知らない。
 知っているのは互いの文章だけ、或いはそこに肖像などを入れれば近況の姿を知り得ていても不思議はないが……。
 イズモもいろは姫も、武家の子だ。
 家を尊重し、家の為国の為に生きる事を至上としている筈だ。
 結婚も許嫁も、武家にとっては数ある行事の一つに過ぎない。
 そして何がどうなったとしても、いきなりイズモやいろは姫が政治的な思想に目覚めてナオイを追い落とそうとするというのも理解できない。

「急激な思考の変化といえば、勇者の力を秘めた香水、が何らかの影響を与えている? けれど、勇者とライドウの関係は決して良くはなかった筈。特に帝国の勇者とは……なら彼が勇者の影響を残しておくとも考えられない」

 なら、何だというのだろう。
 あの夜、許嫁だという姫の危機を知ったイズモがカンナオイに駆け付け、いろは姫と幸運にも出会い、そしてそこでお互いに一目惚れでもしてボーイミーツガールの勢いそのままにイズモは家を裏切ってでもいろは姫と共に生きる事を決意した。あとは、ライドウに鍛えられた実力プラス愛の力で覚醒みたいな事をしてマリトも退け――。

「……ぷっ!」

 己の妄想に彩律は思わず噴き出した。
 一目惚れだのボーイミーツガールだの。
 そんな御伽草子の様な事が現実に起こりうる訳がない。
 現にいろは姫の母、遥歌は望んだ訳でもない相手と結婚し、カンナオイで燻っていた。
 それでも母として、オサカベの家の一員としてすべき事はしていた。
 まさに現実だ。「そういう」ものなのだ。

「……ああでも。チヤ様もこういうのはお好きだったわね」

 綺麗で優しい物語の世界。
 身分違いなど乗り越えて自由に恋をして、理不尽な世界に理想を唱え続けて遂には変革させる。
 誰もが夢見る、理想の世界だ。
 故にそれは紙上にしか存在せず、理解した者は皆、現実とソレを分けて考えるようになる。
 そうだったらいいのにね、と。
 彩律の人生は巫女候補の一人だったチヤとの出会いで全てが変わった。
 チヤが望み願う世界の為に一生を賭して尽力すると。
 やがて巫女として選出されたチヤに仕える様になると、自身も中宮という最上位の地位まで駆け上がった。
 その気になれば中宮は巫女を飾りの神輿として政治の殆どを好きに出来るにも関わらず、彩律には欠片もその気が無かった。
 すべてはチヤの為だ。
 彼女の目に映る世界が、こうだったら良いという理想に限りなく近くなるように。
 その為には、彼女の目に触れない所で全てを、どんな手を使ってでも、何を捻じ曲げても。
 副産物として、ローレルは栄えている。
 彩律も多くの部下に慕われている。
 ただ一人の目に映る世界の為に至福の奔走を続ける彼女にとっては、有象無象の思慕などどうでも良い事だったが。
 実のところ、彩律はゆっくりと食事会でも開いて胸襟を開けばクズノハ商会の料理に燃えるとある女性と非常に共感し合える人物である。
 現実は彩律が考えるように理不尽ばかりが横行し、理想など大概蹂躙されるだけの舞台に過ぎないが。
 人生を変える運命的な出会いは確かに存在する。
 
「だから、綺麗事をお題目に前線に向かう事も厭わず戦うあの女に、チヤ様も惹かれているのかしら。腹立たしい。あれとて現実は見えているし、いざとなれば汚い手も平気で打てる輩だと私は見たけれど……まあ、架空の事は良いわ。イズモやカンナオイについても別の者にじっくり探らせるとして。そうだアプフェル。あれらの動きも妙に活発になってきてるようね。本当にもう、次から次へと」

 劇薬を国に入れたのは自分だ。
 上手い事クズノハ商会は大迷宮に食いついてもくれた。
 掘り返してもくれた。
 妙に大人しい上位竜ドマが事実上行動を休止しているようだという事も判明したし、もう一体いるかもしれないとまことしやかに囁かれていた幻の上位竜フツについてはやはり実在しないのだと把握する事ができた。
 扱いにくかった傭兵団も引きずり出してくれた。
 こうしてみるとクズノハ商会には頭を下げる事も厭わないし感謝の証としてローレルに出来る事であれば大抵の事を叶えてやりたいとすら彩律は思う。
 実際まだ何の音沙汰もないが、こちらからも検討している報酬を彼らに伝えておくべきだろう。
 だがその続きが良くない。
 掘り返してみたら思っていたよりもずっと多くの芋が実っていた、というだけなら喜ばしいだけだったのに。
 伝説的な存在だった冒険者ギルド『アプフェル』が行動を活発化させたのは彩律にとって完全に予想外だった。 
 忠実で優秀な隠密見習いだったイズモは父の背中を追い越し、あろう事か家からの離反を宣言した上でいろは姫と結ばれる気でいる。

「マリトと刃を交えて堂々と言い放ったというなら、私の下を去る、手を切るという宣言。野心家というよりは忠実な機械、そんな見立てだったのだけど」

 イズモの裏切り。
 これも完全に予想外で、しかも彼女にとっては痛手になる。
 しかしどういう訳か、彩律の口調にさほどの怒りは今のところ無い。
 驚きが勝っているというのもあるだろう。
 それでも声を荒げるのと同じ位に彼女にとっては珍しい事だった。
 良くも悪くも、裏切りを許すような女性では決してない。

「ライドウと関わっているから、かしらね。この件では私にも失態があった。変化の兆しは確実にあった筈なのに、イズモの実力の成長という点ばかりを見過ぎていたのも事実。出来ればマリトに子殺しをさせたくないのも間違いなく私の本音ではあるけれど……一番はやはり私自身が彼らクズノハ商会との関係悪化を恐れているから、か」

 ローレルの行く末を左右したかもしれない大規模なクーデターさえ、一夜で収めてしまう。
 彼らにかかれば歴史的な出来事さえ、好き勝手に書いたり消したりできてしまうという事だ。
 正直ヒューマンの大国間での外交とはスケールが違う。
 各国はどう彼らを把握しているのだろうか、と彩律としては一度見解を聞きたくなる所だ。

「それに、こうなればチヤ様に無事にお戻り頂く為にはライドウとクズノハ商会の協力は是非欲しい。最悪、魔族を滅した後にリミアとグリトニアが敵に回る事もあり得るのだから」

 アイオンについては彩律はもう滅びると考えている。
 ツィーゲだけならともかく、クズノハ商会が助力しているのだ。
 既にとっとと独立を認めるしか選択肢は無いのに、どんな援軍を得たのか強気を崩さない。
 彩律の見解は一つ。
 正直、理解に苦しむ。
 それだけだった。
 しかし現政権と革命軍という構図はローレルでも起き得たかもしれない未来だった。
 そう考えると背筋をなぞるような冷気を感じもする。
 カンナオイを拠点にした革命軍がナオイに向けて進軍し、ナオイは近衛他全戦力をもってこれに対する。
 敵将は女傑として名高く、しかも水の精霊を身に宿す切り札まで持つ遥歌だ。
 水の精霊が関わってくると巫女がこちらにいない今、士気に大いに影響したに違いない。
 やはり、劇薬でも何でもクズノハ商会の介入は最善ではなくとも良い一手であった事は認めるべきだ。

「リミアはいまだ復興が完全ではなく、後方の我々は内乱やそれに近しい混乱の中。世界は一体どうなっていくのか……」

 広く世界の未来を案ずる彩律。
 彼女にとってのチヤとの出会い、それはイズモにとってはあの夜のいろは姫とのソレだったのだと。
 後日、報告を聞いた彩律があんぐりと口を開けて言葉を失うという前代未聞の顔を晒し、報告者が絶対に墓場まで持っていかねばならない秘密を一つ抱える事になった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「お、ビアさん。そろそろご出立で?」

 先日大暴れしたばかりのローレルの伝説的騎士アズノワールが仲間の一人ギネビアに声をかけた。
 すっかり旅支度を整えた女司祭は振り返り、そして右の拳を騎士の腹筋に突き立てた。

「ふ・く・を・着・な・さ・い」

「おぅふ! 着てるじゃないですか! 痛いよ、じゃ済まない激な痛みなんですが!?」

「それはズボンをはいている、というんです。世間一般ではマスタのそれは半裸と言うんです!」

「……ハクさんも普段から結構な露出ですが」

「あの子はダンサーですもの。美しい肢体を見せるのも仕事の内。脳筋の半裸とは価値が違います」

「むう。今回だけはまあ止むに止まれぬ事情がありまして。淑女に見苦しいものをお見せした事は謝りますので、この通り」

 神妙に頭を下げるアズノワール。

「……事情とは?」

馬門まかど高嶺たかね君と議論を重ねている内に色々と白熱しまして、脱ぐしかなかったのですよ」

「……あぁ、そうですか。高嶺君と何のお話を?」

 心胆凍らせる勢いの冷たい視線でアズノワールを見つめるギネビア。
 納得したというよりはその両のまなこにありありと「意味わかんないんですけど」と語っていた。
 質問を重ねたところを見ると、追及は諦めたようだが。
 まあ議論が白熱したから脱衣した、と言われて納得できる方がどうかしている。
 脳筋語で何か返されるよりは話題を変えた方が良いと判断したギネビアは正しい。

「私から逃げ回っているドマの件と。この迷宮と残りのメンバーについて。出来ればビアさんには残ってもらってピオーネの治療とケアを、と考えてもいたんですが」

「……マスタ、いえアズさん。あの子の治療で私が出来る事はもうしました。あと必要な治療はあの子自身と、仲間と、それから時間が担当する部分ですよ。おわかりでしょ?」

「なんですけどね。ほら、それでも精神的な支柱といいますが、安心感といいますか。あるじゃないですか」

「回復までの時間をいたずらに伸ばす可能性の方が高いです。精神的な傷の場合、甘えの作用は非常にデリケートなんです。人間でもヒューマンでも」

「緻密に匙加減さじかげんを見極めるより、問題ないなら排除した方が良いと?」

「ええ。少なくとも今回は」

 迷いない言葉。
 ギネビアもまた召喚された日本人で、司祭などという職は始めゲームのジョブに過ぎなかった。
 ただのヒーラー担当だった。
 それでも数えきれないほどの人を癒し続け、救い続け、看取り続ける内に。
 十分に専門家と呼べる経験と技量を有するようになっていた。

「わかりました。今回は我々で残れるのが私だけといういつもと逆のケースで、少々神経質になっていたかもしれません」

「わかって頂ければ。それで? ドマの方はまだ貴方を怖がっているんですか? ビビりにも程がありますね、まったく」

「私だけならまあ高嶺君を通じて会話も出来るんですが。クズノハ商会と顔合わせするのも必至で拒否するもので」

「……アハハハ、マアガンバッテクダサイマスターサマ」

 もう全てのやる気を放棄したギネビアが心底どうでも良さそうに棒読みでアズノワールを労う。
 感情は一切感じられない。
 無である。

「あんな化け物に会いたくない、どうしても会って挨拶しろ、話せというなら俺は死ぬ。卵に還る、と」

「ジャアイッテキマス」

「ちょ!?」

 がっしとアズノワールが背を向けるギネビアの方を掴む。

「離して下さい! 良いじゃないですか、死にたいなら好きにさせれば! どうせひと月もすればドマは殻を割って出てきますよ! もう、何ならクズノハ商会に置いておけば良いんじゃないですか! 知りませんよ、私は!」

「ビアさんはあの、凄いスキルがあるから多少出発が遅れても特に問題ないじゃないですか! あの……オーラロードでしたっけ?」

「海と陸の間には行けませんよ!」

「そう、輪廻する魂の休息……ってよく知ってましたねビアさん。あれ? ここ百年は聞いてないからはて、何てスキルだったか」

精霊道せいれいどう! これ名前は凄くシンプルだと思うんですけど、もう呪われているレベルで皆名前を覚えないんですよ! どうしてですかね!」

 ギネビアの何かに触れてしまったのか、彼女は饒舌にスキルや名前について苦労話を語りだす。
 あ、しまった。アズノワールもそう思ったがもう遅い。
 ギネビアのスキル精霊道は、実はユニークスキルでは無い。
 アプフェルの面々は元々パーティ単位での空間転移手段を持っていなかった。
 個人でなら緋綱とギネビアが扱う事が出来たが。
 この世界での転移魔術の難易度を考えるとそれはむしろ当然であり、パーティで安全に転移する魔術を自在に扱うなど夢物語というべき絵空事だった。
 どうしても必要な場面では緋綱が複数の符術を組み合わせて無理くりに対応していたが、これは緋綱の負担が大きく出来れば使いたくない手段。
 そこでギネビアは複数の属性の精霊との重複契約、回復しながら使い続けられる魔力量の限界値に挑む微調整、それにジョブスキルも同時に発動する事で、特殊な空間を歩いて移動する事で実際の何十倍もの距離を移動できる転移に準ずる移動手段を生み出したのだ。
 一瞬で移動する事は出来ないが、一日二日見ておけば世界の大抵の場所には人数無制限で移動できる。
 とんでもスキルの誕生である。
 便宜上名前があった方が良かろうと付けた名前が精霊道。
 しかしアプフェルやピクニックローズガーデンの面々、それどころか出会った人の多く、最近だとクズノハ商会の代表とか、までが名前を間違える始末。
 確かに呪われているレベルの不遇である。
 精霊の森、精霊回廊、女神回廊とか女神道、エレメンドウに今回のオーラロード。
 物凄いスキルには間違いないのに。
 ギネビアが説明する時に精霊の道、みたいな意味よん。とか。
 この名は秘してみだりに語るべきではないの。
 とか冗談を交えて話すから誤解が広がっているのか。
 謎である。

PRGピーアールジーの連中もそこそこ間違えますもんね」

「長いからってその略はどうなんでしょう、歴史ある傭兵団ですし」

「じゃあプリングル――」

「やめい!」

「ふむ、真君と会ったからかどうも日本の時の記憶が妙に喚起されているようで。少々若者のノリが過ぎましたね」

「はぁ。じゃ私たちでちゃちゃっと行ってきますから。ドマはあれで意外とオタクというかマニアな所が真君と相性が悪くないと思わないでもないですが、当人が自殺しても会いたくないと言っているなら、まあそれでも良いのでは? 大体、あちらには蜃だった巴さんがいるんですから、ドマの陰キャっぷりというか、ダメっぷりというか。しっかり伝わっているとは思いますよ?」

「だからと言ってアレの他者、特にヒューマンや亜人といった者たちへの態度は見過ごせませんし、私と真君できっちり説教してやれば、もしかしたら変わる切っ掛けとして丁度良いかと思ってですね」

 ギネビアは額を抑える。
 時に目の前のこの男は力業が過ぎると。
 わかってはいたがこれでもう何度目になるかもわからない再認識をした。

「ドマが精神崩壊するのが先ですよ、無駄です、無駄」

 理由は納得できるものだったがアズノワールはドマを半殺しにしている。
 本気の喧嘩というヤツが両者の間に勃発し、そして騎士が竜に勝ったのだ。
 しかもフルボッコである。
 それ以来、もう百年か二百年は過ぎているがドマはアズノワールの気配を感じると身を隠すようになったのだ。
 実際今もなお。
 自分を殺して吸収したソフィアよりもアズノワールの存在の方が圧倒的に恐怖の対象になっていた。
 そしてアズノワールと同じかそれ以上に、ソフィアの中で見ていたバケモノ、真を恐れている。
 例えドマが懐いている高嶺が前に立ってくれたとしても、アズノワールと真が揃った空間にドマを同席させるなど不可能という他ない。

(何というか、ドマは卑屈で空気が読めないオタク気質の陰キャなんですよね。彼が大好きで四六時中遊んでいるゲームを迷宮内で再現した高嶺君には凄く懐いているけど、正直見ててウザ、いえ友人としての距離感と加減が掴めてないイタイ子そのものですし。高嶺君がダンジョンマスターとして迷宮を適切に管理してくれている今、アレを更生させた所で誰が得をするでも何が変わる訳でもなし)

 敢えてあげるならドマが迷宮の管理と運営に使命感を感じるような改造を受けでもしたなら、高嶺が少しだけ楽になるという位のものだろう。
 つまりドマが社会復帰、社会適応する為に労力をかけるメリットがない。
 二年以上もの間延々と引き籠ってソリティアを極めているようなヤツだ。
 人だろうと竜だろうとお近づきになりたい人も少ないだろう。
 高嶺が言うには今は恋愛ものや特に現代日本を扱ったロールプレイングがお好みらしい。

「ビアー! もう皆準備完了して待ってるんだけどー!」

「む」

 相棒ハク=モクレンの声にギネビアは「という事なので」という顔をアズノワールに向けた。

「……何を焦っているのかわかりませんけど、ひとまずは今出来る事からですよマスタ」

「ええ、そうですね」

「ま、もし万が一ピオーネ関連でドマが何かやらかしたその時は、強制矯正にも協力しますから。では!」

 強制矯正とはまたパワーワードだな、などと思いながらアズノワールは相棒の下へ駆けていくギネビアを見送る。
 ギネビアも心に深い傷を負ったPRGの一員であるピオーネの事はやはり気にしてはいたらしい。

(ピオーネを見守る、迷宮で無茶をする冒険者を適度に救う。それが今俺に出来る事だろうな。後はカンナオイ周辺の村々を回っておくことか。確かに、私にはピオーネの治療は出来ないのだしな。彼女自身と仲間と時間か)

 アズノワールはギネビアがピオーネに諭した言葉を思い出す。
 それはカウンセリングのようで、ひどく現実的で。
 時には痛い痛い治療も必要なのはアズノワールも理解しているが、あまりピオーネにとっては癒しの時間ではなかっただろう。
 そもそも親友たちが魅了された時、傍にいなかったお前に責任は無いのかと。
 帝国の勇者と周辺の異変に何一つ気付かなかった事は落ち度では無いのかと。
 魅了から解放する手段は確かにあったが、長い治療の中で脱落してピオーネの下から逃走したのは彼女たち自身であるという事。それは間違いなく彼女たち三人の心の弱さだと。
 最終的に過剰であったとはいえ自衛の延長で彼女らを殺害したライドウにのみ全ての責任を求めるのは一種の逃避に過ぎないのだと。
 魅了されている間の事は全て記憶している事の意味をピオーネは本当に理解して受け入れていたのかと。
 今ライドウが仮死状態にして殺さず捕らえた、魅了を受けていた者がどんどん自殺を図っているのは何故だと思うと。
 一歩間違えれば衝動的にピオーネまで命を絶ちそうな強烈な内容だった。
 良薬口に苦し、とは文字通りこの事だとアズノワールは思う。
 憎悪も復讐も親友への負い目も、ともすれば責任を押し付ける誰かを探し求めるだけの結果を生みかねない。
 だからこそ、早い内にピオーネに生きている自分に出来るそれ以外の事を模索させるのは大切な事には違いないが。

(時には復讐に全力を投じてこそ生きる気力にもなるんだが――)

 いや、違うか。アズノワールは首を振った。
 成就しようと志半ばに倒れようと、そいつがただ独りぼっちならアリではあるが。
 ピオーネには彼女を助けようとする、生きていて欲しいという、一緒に笑いたいという、多くの仲間たちがいる。
 ならば復讐で己の身までも焼きかねない人生よりは、新たな目標と一緒に心を癒して欲しい。
 そしていつかは再び前を向いて歩きだして欲しい。
 ギネビアが上の、カンナオイでの自殺の多発に触れたのもそれを意識しての事だろう。
 ひとまずの目的はピオーネに親友と同じ境遇の魅了の被害者に手を差し伸べられる時を待つ。
 必要なものは確かに、ギネビアが口にしたもので間違いない。
 アズノワールは嘆息する。
 カンナオイの現状と、今も魅了されていた間の記憶に苦しむ人々。
 
「つまり、カンナオイの自殺者についても歯止めがかからんようなら私が軽くフォローしておけ、と。結構な大仕事になりそうだな」

 まあだが、と。
 アズノワールは笑顔を浮かべた。
 誰かを何かを滅ぼして誰かを守るより。
 やりがい、はあると。
 
「あーアズさん、ちょっといいスか」

「高嶺君? 何かあったか?」

「ドマがシェルタールームに逃げ込みました」

「……はぁ」

 今少し時間は必要だろうが。
 ヤソカツイの迷宮も平常運転に戻ろうとしていた。

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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

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「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

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【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

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🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

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とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

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