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六章 アイオン落日編
そして独立へ②
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マクソン=リニーは前夜の決断を全力で褒め称えていた。
ただいま中隊全員で全力疾走中。
「隊長! 本当にこのまま突っ走って大丈夫なんだろうな!?」
「戻りたきゃ止めん! 少なくともここまでのあいつの言動に嘘は無かった! 短い付き合いだったなウラ!」
「ウチらみたいな木っ端に離反仕掛けて何になるっつうのよ!!」
「知らん! 聞きたきゃ横走ってる連中にでも聞いてみたらどうだアミ―ラ!」
「俺、今日生き残れたら」
「黙れ! その先を口にするんじゃねえよ! 黙って正面の壁に突っ込め! そんだけ考えてろデンド!」
完全武装で全力疾走しながら会話が出来る。
鍛錬に手を抜いていたら決して出来はしない。
お前ら実戦処女の新兵かよ、と思いながら隊の主要メンバーに一々答えていくマクソン。
消える筈の儀式魔術が芝居がかったレンブラントの幻影の動きに合わせて放たれ……直撃した。
既にレンブラントの演説の中に含まれていた符丁と暗号を聞き取り自らが目指すべき壁の位置を把握していた彼らは全力で駆けだしていた。
見た目には突撃に見えるが、それは裏切りの為の疾走。
ツィーゲからの手紙を受け取ったマクソンは行軍前も最中も、そして壁を目にしても迷っていた。
アイオンは恐ろしい程の軍勢を率いてツィーゲをすり潰そうとしている。
はっきりいって今回の出兵は一都市を制圧するような規模のそれではない。
魔族との最終決戦だと言われて、ようやく納得できるレベルなのだ。
ツィーゲと革命軍の両方を相手取る可能性云々と言われても中隊長のマクソンには全く理解できなかった。
しかし……彼は開戦前夜まで無事だった。
その事実が彼に裏切りを決断させた。
諜報戦を最も得意とし、策をはぎ取って数で制圧するのがアイオンの常勝戦法である。
なのに、裏切りを持ちかけられたマクソンは何の咎めもなく尋問もされず中隊を率いている。
(やっぱり、仕掛けがありやがった! 儀式魔術を好き放題撃たれたんじゃ戦いになんぞならねえ!!)
マクソンは一番槍を担う騎獣部隊の一つがあの巨大な壁に突っ込み、そして消えたのを見た。
そして儀式魔術のカウンター、次弾に対応して今度は反射型を詠唱していた魔術師たちが斬り殺されたと部下の一人から悲鳴じみた報告を聞いた。
儀式魔術師は詠唱を始め役割を果たそうとしていたのに、彼らを守る筈の護衛が凶刃を振り下ろしたのだ。
やった事はわかる。
マクソンにも少し考えれば考え付く。
魔術師が翻らないなら護衛を裏切らせて彼らを殺させる。
シンプルだ。
実に単純かつ容易な発想だ。
(でもよ!? あいつらを殺したら、どうやって儀式魔術から身を守るってんだよ!? 自分が死ぬのに裏切りを決行する取引なんてよう……ありえんのかよぉ!!)
ツィーゲの壁は規模以外は特に奇妙な点は無い。
騎兵や歩兵がすり抜けたのは信じがたいが。
少なくとも見た目は普通だ。
一定距離ごとに円塔のような柱がありその間を壁が埋める。
そしてレンブラントは開戦と同時の演説に恐らく様々な符丁を仕込んでいた。
(……違えか。多分俺たちの行軍中にも、出発前にも、そして軍議の時の奴からの返答にも。きっと何かしらが仕込まれてた。俺が解読できたのは今日の演説の一部だけだったってだけだ! 間違ってたら目も当てられねえがよ! 12の壁、青の旗、行くしかねえんだよもう!)
戦いの場で明かされる相手の切り札など往々にしてよくある事だ。
それをさせてこなかったからアイオンの今日がある。
今のマクソンは相手の次の手が開かれる前にツィーゲ側に逃げ込むという事しか頭にない。
急げ急げ急げと。
次手を打たれる前に、死ぬ前に、生きる為に。
少なくとも今は彼らの裏切りは露見していないはずだから背後は気にする必要は無い。
マクソン達は敵前逃亡をしているのに、味方からは勇敢に突撃しているように見えるからだ。
だがそれも、アイオン軍の混乱が治まってくればどうなるかはわからない。
「隊長!!」
「んだよアミ―ラ!」
「外壁上に動きが! 防衛部隊が出てきたみたい!」
「くそが!」
実は先のアミ―ラの問い、マクソンらのような木っ端にまで離反を仕掛ける意味。
その理由の一つに彼は気付いていた。
いわば離反をどうあっても望むような戦略に関わるような重要な要素というのではなく。
ただ当落線上にいたというだけ。
生き残ればようこそと歓迎し、死んだのなら残念だったと口先だけの哀悼を口ずさむ程度の価値しか見出されていない。
それが……当日になるまで決断を先延ばしにしてツィーゲ側と連絡を取らなかった者らへの扱い。
実力的にもツィーゲへの反応にしても悔しくもあるが実に適切だと、マクソンは今更ながら唇を噛み締めた。
(ちょっと真面目にやって練度も高めだった、だから一応手紙はくれてやろうって、そんなとこかよ!! あーくそくそくそ……! ……? ……おい、おい、おいおいおいおい!! ツィーゲにゃ人の心を持った軍師はいねえのかよ!!)
もう少し早く、疑念を持たれるリスクは負った上で手紙への回答をしていたら少しは扱いが変わったかもしれない。
そんな後悔を胸に毒づきながら走るマクソンが見たのは遠距離用の装備を整えた……アイオン兵の姿。
ツィーゲの外壁上に立って、こちらを見ている。
「!? この場合って祝福はどうなるんすか!!」
「……ありゃ基本的に時間経過でしか切れねえ。つまり」
「どっちも祝福持ち同士でやり合うって訳!?」
「で、俺らのゴールも見えたって訳だ。ウチのお偉方より数倍性格悪いみてえだな、俺らの新天地は!」
祝福が切れるまで、遠距離攻撃が可能な兵はあそこに送られてアイオン軍への攻撃を命じられているに違いない。
マクソンは心底からの震えを感じた。
性格が悪いとか、卑怯とか。
表面上に浮かぶ言葉は陳腐だが、どれも本質には遠い気もしていた。
あるものは人であれ物であれ何でも最後まで有効に使う、とでもいうような。
情を感じないやり口に見えて、儀式魔術師の護衛をも寝返らせる。
敵にしたくねえ。
マクソンの偽らざる本音が胸中に漏れた。
「今攻撃を始められたら一か八かになんぞ!?」
「最初っからそうだろうが! 昨夜も話したがよお! ここを無事に乗り切ってもアイオンの密偵が暗殺狙ってくるかもしれねえんだ! 命かけてんのに一か八かなんぞ考えんな!」
大丈夫だ。
初撃さえ切り抜けりゃ、間に合う。
あと一頑張りなんだ。
マクソンは自分に言い聞かせて気持ちを奮い立たせると速度を上げる。
ラストスパートだ。
『っ!』
その彼らと、並走する多くの部隊、そして後に続く部隊の頭上を矢と魔術が過ぎていった。
ラストスパートする部隊に隠し切れぬ安堵が一瞬だけ生まれた。
そして、マクソンらは意を決して壁を抜けた。
向こうに何があるかはわからない。
だが抜けられた以上は間違いない筈だ。
離反は無事成功した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おー、お疲れさん! 早速だが武器だけ手放してもらえるか」
「ハァハァハァハァ……」
「祝福あってもここまで突っ走ってくるのは大変か。えっと……マクソン=リニー。中隊長さん。了解と」
了解と返事を返す余裕も無く、荒い息遣いでマクソンが武器を手放す。
主要なメンバーと古参、そして入隊して間もない兵士と隊長に続いて武器を捨てる。
防具も脱げと言われないのはこの後さっきまでの味方を攻撃しろと命令されるからだろうと考える余裕がある者は理解していた。
「俺なんぞ、の、名前を、知っててもらえるとは……驚いたね」
「そりゃ覚えるさ。手違いで入られたならすぐ対処せにゃならん」
「……だな」
マクソンは周囲を見渡す。
そこには明らかに自分たちよりも良い装備に身を包んだツィーゲの兵士たちが臨戦態勢を取っていた。
祝福という大きなアドバンテージがある分、楽に殺されてやる気はマクソンにも無いが……。
(そりゃ、手違いとなりゃ殺されるか)
良く見ればアイオン兵の屍もある。
実際にはああして始末されているという事だ。
つくづく、得体が知れない連中だと寒気を覚えるマクソン。
そして、山の様な食料も視界の端に捉えた。
「? 何でこんなとこに食いもんが?」
「お前さんらの分だ。今日からは同志だろ? 自分らで設営はやってもらうが上物のテントもあるぜ」
「……これから壁の上からアイオン軍の相手をさせられるんじゃないか?」
「へぇ、そこそこ頭が回るな。が、あんたらの順番はまだ先だ、夕刻前になったら呼ぶから先に寝床の準備終わらせちまうと良い。飯はあそこに行って人数伝えればもらえる。水は自前で用意できるか? 中隊分賄えねえんならこっちからも手伝いをやるが……」
それなりにフランクに、そして事務的に。
男は連絡事項を伝えていく。
「あんた……相当やりそうだが、ツィーゲの冒険者か?」
荒野に挑む冒険者を人だと思うな。
アレはもう半分魔獣だ。
などというのはアイオンで囁かれる心無い噂なのだが。
マクソンの前に立ち木製のバインダーを手にしている人物はそんな生易しい雰囲気ではなかった。
中隊で包囲しても勝てる気がしない、底知れぬ存在感を放っている。
彼がつい荒野に入り浸る頭のおかしい冒険者を想像するのも無理はない。
「いや? 俺は雇われもんだよ。傭兵だ。地方で細々と食ってるマイナーなとこさ」
「……そうかい」
嘘つけと思いながらも更なる追求はしないマクソン。
言わないと言う事は教えるつもりが無いという事だと判断した。
「っ、おっと紛れ込んだパターンか。喜んじゃいかんが、あの男の思惑が少しは外れているんだと思うと安心するな。それじゃあなマクソン。ゆっくり休んで戦いに備えといてくれ」
やや遠方で戦いの音が生まれた。
男はバインダーを傍の女性に預けるとそちらに向けて走っていった。
先ほどまでのマクソン達の疾走とは比較にならない速度で。
「ひとまず命は拾った。が、俺たちは助かったといっていいのかね。そこのあんたはどう思う?」
「さて、戦いは時の運。今はまだこちらが優勢ですが先はわかりません。助かったと思えるよう、全力で協力して頂ければとは思いますね」
「祝福を得た者同士をぶつける、か。儀式魔術の直撃といい……今日は間違いなくあんたらの勝ちだろうよ」
これだけの規模の戦いが一日で片付く訳はない。
確かに先は読めないだろうが、明らかに相手の出鼻を挫いたのはツィーゲの方。
初日の勝敗は明らかだとマクソンは思った。
「……ただ」
「?」
「この段階であれ、無事にこちらに来られた皆さんは少なからず運を持ってらっしゃるかと」
「と言うと?」
「私の上司は、時の運とはつまり戦場でのイレギュラーへの対処だと申しておりました」
バインダーを預かった女性は極めて軽装だった。
言い訳程度の皮鎧。
冒険者にも兵士にも見えない。
マクソンの見立てでは戦場に駆り出された商人辺り。
「イレギュラーね。まあ確かにそれも一つだな」
「ええ。それ以外の要素は事前にある程度コントロールできるし読める。だから戦場でのイレギュラーだけが恐ろしいのだと」
「……」
「今回の戦争、上司は我々に宣言しました。この戦争で起きうる最大級のイレギュラーは既に抑えたと。ああした多少の振り幅程度なら……備えれば済むと」
既に静かになった方向をちらりと見て女性は淡々と話す。
小隊か中隊か規模はわからないにしても制圧が早すぎる。
マクソン達はもう訳がわからないという風に苦笑するしかなかった。
「……」
「私などには到底見通せませんが、どうやらウチのトップは既にこの戦いを見切っているようで。畑違いではありましょうがこれまでに彼の予言が外れた事は殆どありませんので、きっと皆さんにも明るい未来が開かれるでしょう。今後の努力次第では」
「ちなみにあんたの上司ってのは?」
「レンブラント商会の代表、パトリック=レンブラントでございます」
「……ああ、なるほど」
「あとアニキ様が言い忘れておいででしたので私から補足が一点」
「なんだい?」
「二度の裏切りは認めない。ツィーゲへの裏切りは覚悟を持ってするように、です」
「心得た」
一度裏切った者は次も裏切る。
そんな常套句もあるが、どうやらツィーゲは一度に限っては寛容な様子。
例え口先だけでもそう言ってもらえる事でアイオン軍を裏切った彼らの心が多少軽くなったのは確かだった。
「では、まずはごゆるりとお体を休めてください」
クールな女性も、そして軽く包囲していたツィーゲの兵たちも解散していく。
中々、良い意味で信じられない待遇にマクソンは驚きっぱなしだ。
「という訳だ。お前ら、ひとまず食って休めるぞ!」
隊長の宣言は中隊の生き残り全員に響き渡り、喝采が生まれた。
ただいま中隊全員で全力疾走中。
「隊長! 本当にこのまま突っ走って大丈夫なんだろうな!?」
「戻りたきゃ止めん! 少なくともここまでのあいつの言動に嘘は無かった! 短い付き合いだったなウラ!」
「ウチらみたいな木っ端に離反仕掛けて何になるっつうのよ!!」
「知らん! 聞きたきゃ横走ってる連中にでも聞いてみたらどうだアミ―ラ!」
「俺、今日生き残れたら」
「黙れ! その先を口にするんじゃねえよ! 黙って正面の壁に突っ込め! そんだけ考えてろデンド!」
完全武装で全力疾走しながら会話が出来る。
鍛錬に手を抜いていたら決して出来はしない。
お前ら実戦処女の新兵かよ、と思いながら隊の主要メンバーに一々答えていくマクソン。
消える筈の儀式魔術が芝居がかったレンブラントの幻影の動きに合わせて放たれ……直撃した。
既にレンブラントの演説の中に含まれていた符丁と暗号を聞き取り自らが目指すべき壁の位置を把握していた彼らは全力で駆けだしていた。
見た目には突撃に見えるが、それは裏切りの為の疾走。
ツィーゲからの手紙を受け取ったマクソンは行軍前も最中も、そして壁を目にしても迷っていた。
アイオンは恐ろしい程の軍勢を率いてツィーゲをすり潰そうとしている。
はっきりいって今回の出兵は一都市を制圧するような規模のそれではない。
魔族との最終決戦だと言われて、ようやく納得できるレベルなのだ。
ツィーゲと革命軍の両方を相手取る可能性云々と言われても中隊長のマクソンには全く理解できなかった。
しかし……彼は開戦前夜まで無事だった。
その事実が彼に裏切りを決断させた。
諜報戦を最も得意とし、策をはぎ取って数で制圧するのがアイオンの常勝戦法である。
なのに、裏切りを持ちかけられたマクソンは何の咎めもなく尋問もされず中隊を率いている。
(やっぱり、仕掛けがありやがった! 儀式魔術を好き放題撃たれたんじゃ戦いになんぞならねえ!!)
マクソンは一番槍を担う騎獣部隊の一つがあの巨大な壁に突っ込み、そして消えたのを見た。
そして儀式魔術のカウンター、次弾に対応して今度は反射型を詠唱していた魔術師たちが斬り殺されたと部下の一人から悲鳴じみた報告を聞いた。
儀式魔術師は詠唱を始め役割を果たそうとしていたのに、彼らを守る筈の護衛が凶刃を振り下ろしたのだ。
やった事はわかる。
マクソンにも少し考えれば考え付く。
魔術師が翻らないなら護衛を裏切らせて彼らを殺させる。
シンプルだ。
実に単純かつ容易な発想だ。
(でもよ!? あいつらを殺したら、どうやって儀式魔術から身を守るってんだよ!? 自分が死ぬのに裏切りを決行する取引なんてよう……ありえんのかよぉ!!)
ツィーゲの壁は規模以外は特に奇妙な点は無い。
騎兵や歩兵がすり抜けたのは信じがたいが。
少なくとも見た目は普通だ。
一定距離ごとに円塔のような柱がありその間を壁が埋める。
そしてレンブラントは開戦と同時の演説に恐らく様々な符丁を仕込んでいた。
(……違えか。多分俺たちの行軍中にも、出発前にも、そして軍議の時の奴からの返答にも。きっと何かしらが仕込まれてた。俺が解読できたのは今日の演説の一部だけだったってだけだ! 間違ってたら目も当てられねえがよ! 12の壁、青の旗、行くしかねえんだよもう!)
戦いの場で明かされる相手の切り札など往々にしてよくある事だ。
それをさせてこなかったからアイオンの今日がある。
今のマクソンは相手の次の手が開かれる前にツィーゲ側に逃げ込むという事しか頭にない。
急げ急げ急げと。
次手を打たれる前に、死ぬ前に、生きる為に。
少なくとも今は彼らの裏切りは露見していないはずだから背後は気にする必要は無い。
マクソン達は敵前逃亡をしているのに、味方からは勇敢に突撃しているように見えるからだ。
だがそれも、アイオン軍の混乱が治まってくればどうなるかはわからない。
「隊長!!」
「んだよアミ―ラ!」
「外壁上に動きが! 防衛部隊が出てきたみたい!」
「くそが!」
実は先のアミ―ラの問い、マクソンらのような木っ端にまで離反を仕掛ける意味。
その理由の一つに彼は気付いていた。
いわば離反をどうあっても望むような戦略に関わるような重要な要素というのではなく。
ただ当落線上にいたというだけ。
生き残ればようこそと歓迎し、死んだのなら残念だったと口先だけの哀悼を口ずさむ程度の価値しか見出されていない。
それが……当日になるまで決断を先延ばしにしてツィーゲ側と連絡を取らなかった者らへの扱い。
実力的にもツィーゲへの反応にしても悔しくもあるが実に適切だと、マクソンは今更ながら唇を噛み締めた。
(ちょっと真面目にやって練度も高めだった、だから一応手紙はくれてやろうって、そんなとこかよ!! あーくそくそくそ……! ……? ……おい、おい、おいおいおいおい!! ツィーゲにゃ人の心を持った軍師はいねえのかよ!!)
もう少し早く、疑念を持たれるリスクは負った上で手紙への回答をしていたら少しは扱いが変わったかもしれない。
そんな後悔を胸に毒づきながら走るマクソンが見たのは遠距離用の装備を整えた……アイオン兵の姿。
ツィーゲの外壁上に立って、こちらを見ている。
「!? この場合って祝福はどうなるんすか!!」
「……ありゃ基本的に時間経過でしか切れねえ。つまり」
「どっちも祝福持ち同士でやり合うって訳!?」
「で、俺らのゴールも見えたって訳だ。ウチのお偉方より数倍性格悪いみてえだな、俺らの新天地は!」
祝福が切れるまで、遠距離攻撃が可能な兵はあそこに送られてアイオン軍への攻撃を命じられているに違いない。
マクソンは心底からの震えを感じた。
性格が悪いとか、卑怯とか。
表面上に浮かぶ言葉は陳腐だが、どれも本質には遠い気もしていた。
あるものは人であれ物であれ何でも最後まで有効に使う、とでもいうような。
情を感じないやり口に見えて、儀式魔術師の護衛をも寝返らせる。
敵にしたくねえ。
マクソンの偽らざる本音が胸中に漏れた。
「今攻撃を始められたら一か八かになんぞ!?」
「最初っからそうだろうが! 昨夜も話したがよお! ここを無事に乗り切ってもアイオンの密偵が暗殺狙ってくるかもしれねえんだ! 命かけてんのに一か八かなんぞ考えんな!」
大丈夫だ。
初撃さえ切り抜けりゃ、間に合う。
あと一頑張りなんだ。
マクソンは自分に言い聞かせて気持ちを奮い立たせると速度を上げる。
ラストスパートだ。
『っ!』
その彼らと、並走する多くの部隊、そして後に続く部隊の頭上を矢と魔術が過ぎていった。
ラストスパートする部隊に隠し切れぬ安堵が一瞬だけ生まれた。
そして、マクソンらは意を決して壁を抜けた。
向こうに何があるかはわからない。
だが抜けられた以上は間違いない筈だ。
離反は無事成功した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おー、お疲れさん! 早速だが武器だけ手放してもらえるか」
「ハァハァハァハァ……」
「祝福あってもここまで突っ走ってくるのは大変か。えっと……マクソン=リニー。中隊長さん。了解と」
了解と返事を返す余裕も無く、荒い息遣いでマクソンが武器を手放す。
主要なメンバーと古参、そして入隊して間もない兵士と隊長に続いて武器を捨てる。
防具も脱げと言われないのはこの後さっきまでの味方を攻撃しろと命令されるからだろうと考える余裕がある者は理解していた。
「俺なんぞ、の、名前を、知っててもらえるとは……驚いたね」
「そりゃ覚えるさ。手違いで入られたならすぐ対処せにゃならん」
「……だな」
マクソンは周囲を見渡す。
そこには明らかに自分たちよりも良い装備に身を包んだツィーゲの兵士たちが臨戦態勢を取っていた。
祝福という大きなアドバンテージがある分、楽に殺されてやる気はマクソンにも無いが……。
(そりゃ、手違いとなりゃ殺されるか)
良く見ればアイオン兵の屍もある。
実際にはああして始末されているという事だ。
つくづく、得体が知れない連中だと寒気を覚えるマクソン。
そして、山の様な食料も視界の端に捉えた。
「? 何でこんなとこに食いもんが?」
「お前さんらの分だ。今日からは同志だろ? 自分らで設営はやってもらうが上物のテントもあるぜ」
「……これから壁の上からアイオン軍の相手をさせられるんじゃないか?」
「へぇ、そこそこ頭が回るな。が、あんたらの順番はまだ先だ、夕刻前になったら呼ぶから先に寝床の準備終わらせちまうと良い。飯はあそこに行って人数伝えればもらえる。水は自前で用意できるか? 中隊分賄えねえんならこっちからも手伝いをやるが……」
それなりにフランクに、そして事務的に。
男は連絡事項を伝えていく。
「あんた……相当やりそうだが、ツィーゲの冒険者か?」
荒野に挑む冒険者を人だと思うな。
アレはもう半分魔獣だ。
などというのはアイオンで囁かれる心無い噂なのだが。
マクソンの前に立ち木製のバインダーを手にしている人物はそんな生易しい雰囲気ではなかった。
中隊で包囲しても勝てる気がしない、底知れぬ存在感を放っている。
彼がつい荒野に入り浸る頭のおかしい冒険者を想像するのも無理はない。
「いや? 俺は雇われもんだよ。傭兵だ。地方で細々と食ってるマイナーなとこさ」
「……そうかい」
嘘つけと思いながらも更なる追求はしないマクソン。
言わないと言う事は教えるつもりが無いという事だと判断した。
「っ、おっと紛れ込んだパターンか。喜んじゃいかんが、あの男の思惑が少しは外れているんだと思うと安心するな。それじゃあなマクソン。ゆっくり休んで戦いに備えといてくれ」
やや遠方で戦いの音が生まれた。
男はバインダーを傍の女性に預けるとそちらに向けて走っていった。
先ほどまでのマクソン達の疾走とは比較にならない速度で。
「ひとまず命は拾った。が、俺たちは助かったといっていいのかね。そこのあんたはどう思う?」
「さて、戦いは時の運。今はまだこちらが優勢ですが先はわかりません。助かったと思えるよう、全力で協力して頂ければとは思いますね」
「祝福を得た者同士をぶつける、か。儀式魔術の直撃といい……今日は間違いなくあんたらの勝ちだろうよ」
これだけの規模の戦いが一日で片付く訳はない。
確かに先は読めないだろうが、明らかに相手の出鼻を挫いたのはツィーゲの方。
初日の勝敗は明らかだとマクソンは思った。
「……ただ」
「?」
「この段階であれ、無事にこちらに来られた皆さんは少なからず運を持ってらっしゃるかと」
「と言うと?」
「私の上司は、時の運とはつまり戦場でのイレギュラーへの対処だと申しておりました」
バインダーを預かった女性は極めて軽装だった。
言い訳程度の皮鎧。
冒険者にも兵士にも見えない。
マクソンの見立てでは戦場に駆り出された商人辺り。
「イレギュラーね。まあ確かにそれも一つだな」
「ええ。それ以外の要素は事前にある程度コントロールできるし読める。だから戦場でのイレギュラーだけが恐ろしいのだと」
「……」
「今回の戦争、上司は我々に宣言しました。この戦争で起きうる最大級のイレギュラーは既に抑えたと。ああした多少の振り幅程度なら……備えれば済むと」
既に静かになった方向をちらりと見て女性は淡々と話す。
小隊か中隊か規模はわからないにしても制圧が早すぎる。
マクソン達はもう訳がわからないという風に苦笑するしかなかった。
「……」
「私などには到底見通せませんが、どうやらウチのトップは既にこの戦いを見切っているようで。畑違いではありましょうがこれまでに彼の予言が外れた事は殆どありませんので、きっと皆さんにも明るい未来が開かれるでしょう。今後の努力次第では」
「ちなみにあんたの上司ってのは?」
「レンブラント商会の代表、パトリック=レンブラントでございます」
「……ああ、なるほど」
「あとアニキ様が言い忘れておいででしたので私から補足が一点」
「なんだい?」
「二度の裏切りは認めない。ツィーゲへの裏切りは覚悟を持ってするように、です」
「心得た」
一度裏切った者は次も裏切る。
そんな常套句もあるが、どうやらツィーゲは一度に限っては寛容な様子。
例え口先だけでもそう言ってもらえる事でアイオン軍を裏切った彼らの心が多少軽くなったのは確かだった。
「では、まずはごゆるりとお体を休めてください」
クールな女性も、そして軽く包囲していたツィーゲの兵たちも解散していく。
中々、良い意味で信じられない待遇にマクソンは驚きっぱなしだ。
「という訳だ。お前ら、ひとまず食って休めるぞ!」
隊長の宣言は中隊の生き残り全員に響き渡り、喝采が生まれた。
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