月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

次なる手

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「思ったよりも諸国の動きが早い。リミアかグリトニア辺りが水面下で動いたかもしれんな」

「女神の使徒を名乗る者が行方知れずになったのも効果が大きかったかと」

「……ふむ。となればリミアか。あそこの勇者のパーティに新しく加わった男が確か……女神に縁があると情報があった、気がする」

「ええ、しばらく前になりますがリミアからの報告にありました。となりますと、ライドウ様は旦那様との約束通り女神の使徒を――」

「対処、してくれたんだろう。何をどうしたかは我々が知る必要は無い。降りかかる火の粉の払い方まで一々問いただすなど無粋というものだ」

「……ですな。むしろ喜ばしい。旦那様が見込んでいたツィーゲの被害で最も深刻になる予定だったのはあの方と使徒との戦い。そこで巻き添えになる犠牲者でしたから」

「悪い予想が外れるに越した事はない。モリスの言葉通り、喜ばしい事さ」

「にしても、ですよ。我が方の被害はそこでは結局ゼロです。旦那様の予想をこれ程豪快に外して見せてくれる方は本当に、まったく、何と申せば良いのか」

「ははは、一応被害は出たそうじゃないか。ツィーゲから姿を消した反神教の一派と革命軍、だったか? 見事に巻き込まれたとか」

「悲惨なまでに全滅だったと報告が上がっております。まだ身元が明らかになっている者は殆どおらず、難航しております」

「数は少なく見積もって300、多く見積もれば500だったな。五百だったとしても私が想定していたツィーゲの被害には及ばない。いや、ライドウ君は本当に素晴らしい働きを見せてくれた。レンブラントもお手上げ、だな! はははははは!」

 パトリック=レンブラントは上機嫌だった。
 アイオン王国から思っていたよりもかなり早いタイミングで独立を認める書状が届いたからだ。
 その裏にはアイオンと同格に名を連ねる四大国のどこかから、或いは複数からの干渉があったのだろうと彼は読んでいたが、詳しくはこれからおいおいに調べれば良い事であり、また結果がどうであれツィーゲが不利になりはしないだろうと踏んでいた。
 ツィーゲ独立は成され、歴史に残る事件となった訳だがレンブラントが上機嫌なのはそんな事実ではなく、これからの街の進化と思い描く未来をどれだけ見届けられるかという期待だけ。
 戦争は勝って終わらなくては意味が無いというのは彼がこの戦争の間周囲に意図的にばら撒いてきた言葉だが、勝てばそれで終わりでもない。
 むしろそこまでして成し遂げたい確たる目標がなければ戦争など決してするべきではない、回避するべきだというのがレンブラントの根底にある想いだった。

「外壁の一部損壊、物資の略奪と汚染、人的被害は1000から1500。蓋を開けてみれば外壁は無傷、物資は無事、人的被害はゼロですからな。幾つもの戦場で革命軍を撃退し続けた女神の使徒があの方の前ではほぼ何もさせてもらえないというのは、流石に予想の範囲外というものです」

 パトリックはツィーゲ独立を賭けたこの戦争での人的被害を最終的には3000程と読んでいた。
 異様に少ない数字で非常識そのもの。
 その為、この数字を明かしたのは長年の戦友であるモリスとリサ、他数名の幹部だけだ。
 商会の集まりなどでは、傭兵団と話し合った時の推測である少なくとも8000という数字を使っていた。
 彼が本当に見込んでいた死者の半分はライドウとアルテの戦いに巻き込まれる人々というのがまたとんでもない。
 工作、諜報の過程で500前後。
 これには主に商人や商会が抱える密偵、それに冒険者が含まれる。
 そして残る1000は最後の仕上げである大規模戦闘での死者。
 この世界で軍略を担い、常日頃戦略や戦術を学んでいる参謀や軍師が聞けば間違いなく馬鹿にした冷笑が返ってくる数字と言える。
 レンブラント商会は危険な任務にあたる商人や冒険者たちが出発する際、もしもの事があった場合残される者の生活について保証していた。
 これはレンブラント商会に属するか傘下にあるか、関係が浅いか深いかを問わず。
 
「貴方はこの戦争の遺族全てを保証するつもりなのか」

 8000という試算でさえ一個の商会が担うのは現実的ではない。
 こんな問いかけが疑いとともに生まれるのも当然の事だった。

「当然だ。皆の賛同を得られたとはいえ旗振りは間違いなく私なのだから。全てを投げ出してでも街の為に犠牲になった彼らに報いるのは……商人としてというよりも人としての義務だと考えている」

 8000どころか多くて3000と読んでいたレンブラントはそう答えてきた。
 であっても3000人の遺族を一商会で担うのも現実的ではない。
 これからの経済競争でとんでもない不利を背負う事になる。
 更に言えば勝てばともかく、負ければ目も当てられない。
 実際には生活の保証といっても一生金を渡し続けるというだけでもない。
 仕事を紹介し、当面の生活を安定させる程度の金を給付するだけでも事足りる。
 そして主導権を完全に得た状況で独立を成し遂げればレンブラントが手に入れる利権は凄まじいものになる。
 職の斡旋など容易い事だ。
 3000でも5000でも任せろ。
 レンブラントの中にそんな腹積もりがあったのは確実だろう。

「最終的な人的被害は?」

 死者という言葉は使わず、だがその意味でモリスに問うレンブラント。

「1200という所です。内300弱はアイオンからの離反兵、ツィーゲの兵としては300といった所ですね」

「工作で犠牲になった者の方が多かったか。だが保証がどうのという意味では、1000件程度か。絶対的な英雄となる対価としては安すぎるな」

「……ロッツガルドの一件ですか」

「クズノハ商会ほど上手くは出来なかったがね。商人が街の英雄になるとどうなるのか、鮮烈な前例を見せてもらった。手に入るなら持っておくに越した事はない」

「ここから旦那様は聖人君子のパトリックとして周知される訳ですが、そのデメリットはどうお考えで?」

 小さな嘆息と共にモリスは主人に問いかける。

「? さしたる不都合は無いさ。元より娘たちが生まれてからの私の行いは、そこそこ善人だったろ?」

「……言われてみれば、意外と」

「中々酷い言われようだな、友よ」

「むしろ今日こんにちまでこれだけの牙を残していた方が驚くべきですか」

「うむ……危ない橋は渡り終えたんだ、お前も多少は緊張の糸が切れるか。はっはっは!」

「それでも」

「ん?」

「毒というものは必要ですよ。街にも、商売にも」

「そういうのは他のとこに任せればいい。これからレンブラント商会が使うのは特上の猛毒だけでいい」

「?」

「国と街の害になる毒。それらを制するだけの猛毒だけを濃縮していけば事足りる。悪い奴だけが気付き恐れて、そして死ぬ。そんな役回りで行こうじゃないか」

「やれやれ、私もそろそろ本気で後継を探さねばならないようで。自身が選んだ主人とはいえ、一体どこまで先を見ているのやら」

 かつて仕えた女性に言われた言葉を思い出すモリス。
 貴方と彼の決定的な違いはどれだけ遠くを見る事が出来るかってとこよ、と。
 お互いにこの年になってなお、パトリックの見ている未来は誰よりも先にいて。
 モリスは思わず苦笑を漏らすのだった。

「お! なら実力も若さも申し分ないのがいるぞ、モリス! ミジ、いやミスラというロッツガルド学園生なんだがな」

「私を悪者にしようとしてもそうはいきませんよ、旦那様」

「……ちっ」

 レンブラント商会は平穏を取り戻しつつあった。
 代表の机には国の建て前、辺境守護、求心力、アイドル、専用道路、駅、制限付き自治。
 そんな文言が書き殴られていた。
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