月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

新たな日常?

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「我々は今日、世界に二つ約束する。一つ、果て無く広がる荒野から波の様に打ち寄せる数々の脅威からあまねく人々を守る盾となる。その為にツィーゲは今日この時から都市から国となり万全の体勢を固める。二つ、我らが有する力はその為だけに行使する。即ちツィーゲはあらゆるヒューマン、亜人の国家との交戦権を放棄する。ただし、あらゆる侵略に対して苛烈に、徹底的に抵抗し反撃する。戦争ではなく、世界の脅威から人々を守る盾として在り続ける為の措置として――」

 独立と建国を成し遂げたツィーゲ。
 戦闘を終えてからだと四週ほどが経過していた。
 今日は各国から使者を迎えた国家としてのお披露目の日。
 招待に応じた国々の使者を集めた広間で宣言は成された。
 前もって書状で伝えられた内容ではあるが、やはりインパクトのある建国宣言だった。
 戦争は一切しない、というのだ。
 侵略に対しては反撃する、つまり自衛は行うと予防線は張っているものの、この世界の常識としてはわざわざ不利にしかならない宣言を大っぴらにする意味がわからないというのが各国の本音だった。
 第一、独立に際し彼らツィーゲは戦争をしている。
 随分と虫の良い、勝手な物言いにも聞こえるというものだ。
 特にアイオン王国からの使者団などは内心怒り心頭だろう。

「それではし、新参者である我々ツィーゲの挨拶はこのくらいにして。書状では伝わり難かった事もいくらかおありでしょう。ここからは皆さんからの質疑に可能な範囲でお答えし、その後は祝宴を楽しんでいただきたく存じます。はい、どうぞ」

 余裕溢れる仕草でツィーゲの首領ドンと目される男パトリック=レンブラントが席に着く。
 彼を中央に、十名弱の商会の代表が一列に着席し各国の使者と相対している。
 その横で司会をしている女性が場の進行を行っている構図だ。
 彼女の服装は真面目な場にはあまりそぐわない煽情的なドレス。
 レンブラント商会が先行出資して誕生したアイドルの一人、元冒険者ギルドの受付でもあるアーシェスである。
 決して彼女の責任ではないタイミング最悪の負傷が、一人の女性の未来を大きく変えた。
 一度目は自業自得ながらクズノハ商会の代表との交渉を押し付けられ、二度目は健康管理は完璧でサボりもしていないというのに不運に見舞われアイドルに出向である。
 まだまだ未熟な滑舌くらいは大目に見てあげたい所だ。

「ではツィーゲの首脳陣にお伺いしたい。これまでもこの街は荒野に蓋をする役割を担ってきた筈。何故今この時に、魔族との戦争が激化している時に戦争まで起こして独立しようと思われたか。奇しくもアイオン王国では革命紛いの内乱も起きていた時期だった。幾つも邪推が湧いてしまうのは仕方がないとも言える。是非弁明をお聞かせ願いたい」

 アーシェスから手を向けられた男がどっしりと座ったままツィーゲの商人たちに質問をぶつけた。
 ぶつけた、というよりも詰問のそれに近い。
 多分に非難を含む口調だった。

「確かに内乱と時期が重なったのは事実ですが、弁明……ですか。するまでもなく自明の事かと思いますが説明が必要だと?」

 商人の一人、ムゾー商会の代表がリミアの使者の言葉に応じる。

「当然だろう。革命に乗じた独立を目論んだなどという事情であれば先ほどの建国の志など全くの嘘という事になる」

「畏まりました。では申し上げます。アイオン王国で革命で起きたからいよいよ愛想が尽きたのです」

「な、なに?」

「四大国の一つに数えられヒューマンの国家を代表する大国でありながら王家のいざこざで国が割れ、革命が叫ばれ、内乱が起きた。そんな、国の統治すらまともにしてくれないアイオンという国に、我らはほとほと愛想が尽きたのです。よって独立を決めました。ですので乗じた、という言い方は少し違いますね。革命を起こされるような国に愛想が尽きた、それがこの時期の独立となった理由です」

「しかし! であればこそ、地方都市が王の治世に感謝し革命軍の討伐に協力を申し出るのが本来の筋というものだ!」

「リミア王国の様に忠義心溢れる貴族様たちが、絶大なカリスマを持つ王様を支える国家であればそうなのでしょうけど」

「っ」

 国が無様過ぎるから見捨てたと取れる発言に、似たような統治を一部で行っているリミア王国の使者は声を荒げて反論する。
 その言葉に反応したのはカプル商会の代表である穏やかな笑みを浮かべた老婆だった。
 忠義心溢れる貴族様、という所に痛烈な皮肉が込められている事は明白でリミアの使者は思わず言葉を止める事になった。

「お調べになって頂いても構いませんが、このツィーゲに赴任された歴代の代官、貴族様は荒野からの都市防衛に全く協力的ではありませんでした」

「なん、と?」

「そういった面倒で血が流れるお仕事は全部冒険者ギルドと商人ギルドに処理や調整を命じられるばかりで。身銭を切ってこの街の為に血を流す覚悟で仕事をなさった方はお一人も。私はこの通りの年寄りですけど、記憶の限り皆様お金を搾り取る事ばかりにご熱心でしたねえ」

「俺はドワーフでこの嬢ちゃんよりも長くツィーゲにいるが、同意見だな。ツィーゲの代官が率先して住民の為に私兵を荒野に向けた事なんざねえ」

 カプル商会に同調したのはブロンズマン商会。
 ドワーフであり亜人だが、この場においてはヒューマンと同格で発言している。
 種族ではなく肩書でその場にいるのだから誰も文句は言えない。
 騒ぎ立てれば退場を命じられるだけである。

「街の治安も商人らが自主的に決まりを設け保っておるようなものです。残念ながらアイオンの貴族様方にとってはツィーゲなど金儲けをする場でしかなかったようで。人の心が離れるも当然ではないでしょうか。仕えるに値しない王、属するに値しない名ばかりの大国。いや、いかにも虚しい時間でした」

 バトマ商会の代表も続く。
 これは正しくもあるが、同時にお門違いの非難でもある。
 実際、アイオンから送られてくる代官貴族が邪魔だったのは商人らの方。
 接待漬けで何も仕事をしなくとも金が増えていく構図を最初に作ったのは彼らなのだ。
 長い歴史の中で半ば現状のままでもツィーゲが自治都市の様な扱いだったのにはきちんと理由がある。
 だがそうだとしても代官らが責任と仕事を放棄して首を縦か横に振る人形に甘んじたのも事実。
 アイオンが国を挙げて荒野の脅威を抑えるのに力を向けていたかと問われれば、向けていない。

「……」

「そ、それは貴様らが赴任する貴族らを金で悉く腑抜けにしてきたからであろうが!!」

 黙ってしまったリミアの使者に代わって声を荒げたのはアイオン王国の使者だった。

「……確かに、この街では商人の声と力は大きい。その様な不心得者もいた事でしょう。否定は出来ない」

 一瞬神妙な表情を浮かべたレンブラントが使者の言葉を肯定する。

「そら、貴様らとて認めざるを――」

「だからといって使命と責任を放棄して良い理由にはならぬかと。誰か一人が誘惑に負けたというのならそれは仕方なくもあるやもしれません。ですがツィーゲに赴任された貴族様は誰もが誘惑に負けておられた。数は少なくとも何名かだけでもきちんと仕事をなさって下さっていたら王国への忠誠は残ったかもしれませんな。いや、残念なすれ違いです。結果、王国は何もしてくれぬ。ならば我らが世界の盾として国家となり人々に尽くそうと、そう決断するところまで進んでしまった」

「レンブラント、貴様という男はっ……!」

「第一、本当にアイオンという国に大国たるだけの力と威厳が残されていたなら。あの戦いの最中で王国軍を離反しツィーゲに逃れようとするものが万単位でいるものでしょうかな」

「!!」

「今回は偶然にも我らが勝ちはしましたが、これから隣国となる間柄ではないですか。不幸な行き違いは忘れて一から付き合いを始めましょう、アイオン王国さん。我々も千名を超える犠牲を出したのですから」

 アイオンの使者は発言者以外の者も顔を真っ赤にしていた。
 かなり煽られているだけに無理もない。
 商隊や傭兵も含めれば十万以上の被害を受けたが、他国からの圧力もあり独立を認めざるを得ない状況に追い込まれ実際に認めてしまった以上アイオンは敗者。
 頼みの綱である女神の使徒も行方不明になったままだ。
 今日この場に呼ばれたからといってこれまでの四大国としての発言力などは無い。
 どこ吹く風のレンブラントがにっこり笑ったまま、ちらりとアーシェスを見る。
 少々慌てた様子の彼女が次の質問者に手を向け質問を促す。

「今回ツィーゲが戦闘に使用した儀式魔術の中に幾つか未確認の術があったと複数の報告が上がっております。新たな儀式魔術の開発に成功されたのでしょうか? もしそうであれば魔族との戦いに向け国家としての協力を強くお願いしたいのですが」

 グリトニア帝国の使者だ。
 儀式魔術についてはアイオンとツィーゲだけでなく戦いを注視していた多くの国が目撃している。
 少なくとも三つ、ツィーゲは各国が初めて見る儀式魔術を実戦で使用していた。

「開発はしておりません。既に作られていたものが偶然にも三つほどありましたのでテストして実用に耐えるものと判断し買い取りました。今回披露しました三つの魔術がお役に立つというのであれば、どうぞお使い下さい。後ほど希望される各国の方に詳細を公開します」

「……公開? 商人が支配するこのま、いえ国で? 販売ではないのですか?」

「ええ、公開です。平和の為に使用なさるのでしょう? どうぞ、ご自由にお持ちください」

「……既にあったものを見つけて買ったと仰いました。では誰から買ったか」

「ノーコメントです。質問には可能な範囲でお答えするとお伝えした通り。我々商人は情報源や商品のルートといった物には特に敏感ですので。この辺りは我らの悪癖とご容赦ください」

「っ、では!」

 質問は次々に投げかけられていく。
 ひぃひぃと声が聞こえてきそうな様子のアーシェスが必死に場の進行と調整を行う。
 なぜ彼女が今ここにいるのか。
 その問いは正にアーシェスが今己に投げかけている所だ。

(足の指骨折したから半休もらっただけなのに! なんで!? どうして商人ギルドへの出向のお話がいつの間にかユーノのお父様と面談する事になって、なんか歌って踊って皆で盛り上がって、気付いたらここにいるんですけど!?)

 普段なら周囲を気にせず怒鳴り散らしてでも娘を守ろうとするはずの父親はアーシェスの方を見向きもしない。
 間違いなく意図的に視線を逸らしている。
 各国からの質問に時折手を挙げて答えるのみだ。
 この場で最もアーシェスで楽し、いや彼女の事を気にかけているのはレンブラントだろう。

(途中そろそろ結婚相手の相談なんかも和やかにしてたはずなのに、こんな服着て場違いなとこで司会してるの、なんでーー!?)

 ツィーゲの荒波に揉まれながら際どい所で成功をつかみ取る、そんな真に似ているとも言えなくもない美少女アーシェス=バトマ。
 彼女は……新たな日常にそれはもう混乱していた。
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