464 / 551
六章 アイオン落日編
困った魚群
既にツィーゲとコランを結ぶ道の整備は始まっていた。
両方の街からかなりの人員を割いて僕が想像していた以上の立派な道路を敷くみたいだ。
独立話が出る前からツィーゲと友好的な付き合いがあった事を商人ギルドは随分と高く評価していて、二つの街を繋ぐ道路は特別なものにするらしいとは聞いていたけど……。
規模からして何か凄い。
馬車が無理なくすれ違ってその脇を歩行者がわいわい適当に歩いても余裕があるという。
幹線道路、とか言ってたような気がする。
「中々思い切った道を引きよる。コランもこれだけの厚遇をされれば悪い気はすまいな」
巴はやや悪い笑みを浮かべながらコランから伸びる、いや伸び始めている太い道をちらりと振り返った。
僕らの場合移動は転移が基本になりつつあるから出来たとしてもあの道を使う事はなさそうだ。
いや……いっそ……空輸なんてのをどさくさ紛れに始めてしまうのも面白いかな。
ローレルで竜騎士がやってるもんな。
別に他の国が竜ではないにせよ騎獣を使って空の便を発達させてしまっても文句は言われないだろう。
もしくは……飛行船?
空を飛ぶ船への憧れってのはファンタジーが好きな人なら多分あると思う。
超凄い飛行機とかじゃなく、空を飛ぶ船ってのが良い。
問題は既に言っちゃってるけど利便性じゃなく憧れが出発点だって事だな。
浮力とか揚力とかの話で結局は飛行機の形が一番って所に落ち着きそうだ。
「この街も来るたびに大きく元気になってく感じだな」
「ですな。明らかに往来する人の数が増えておる。近隣からの船便も効果が出てきておるようで」
「船便か、こうやって一か所に集まってきてくれると小さい村に眠ってるレシピがコランに集まってきそうだね。澪も喜びそうだ」
「海鮮であれば当然ながらツィーゲ超え、これはもう村ではありませんな。都市と呼ぶべき規模に育ちおった。これは面白い」
コランの街並みを横目に巴と並び歩く。
魚にせよ貝にせよタコイカエビカニにせよ。
鉄網や鉄板の上に乗っただけで海鮮というのは殺人的な香りを放つ。
街の近況や街並みの感想を話題にしながら二人で適当に買い求めては食べ歩き。
あまり行儀が良いとは言えないけれど、駄目なら屋台や出店はやってないって事で。
近隣の村からも人が流れ込んでいるおかげか、海鮮が中心とはいってもバリエーションは驚く程に多い。
軽食につまむどころかがっつり一食済ませるつもりで買っても飽きはしないだろう。
今日は予定にないから寄らないけど、この分なら市場も相当な活況とみた。
栄えてるね、コラン。
前に来た時とは本当に見違えた。
確かにこれはもう村でも港町でもなく都市。
港湾都市ってやつだ。
かなりのお金も集まって潤っているだろうけど、ツィーゲやクズノハ商会への感謝はあるようだからあまり天狗になった成金の人に不愉快な思いをさせられる可能性も低い。
……筈。
巴が予め顔を出すといって先方に約束を取り付けているのだから僕はリラックスしてて大丈夫、と思ってる。
「……あ、そうだ」
「?」
「コランってさ、街の実力者としては商人が強いの? それとも漁師? 前来た時は村長さんみたいな人がいたけど何か……土地の有力者って感じだったよね」
村の中でのお金持ちというか、面倒見の良さそうな人というか。
特にアイオン王国から出張してきてる感じの人とは会わなかった。
「ああ、地主の。そうですな……今のコランでは力を持っているのは造船に携わる者と漁師ですな。商人はまだ数が少なく土地の者よりツィーゲの商会の出張所の方が幅を利かせています。最近は農業も手掛け始めたようですが、しばらくは海で稼ぐ者らが力を持つ構図のままかと存じます」
「なるほど、漁師と造船職人ね」
「はい。後はご覧になられたように飲食店も多いですが、市場も含めて働いておるのは漁師の家族や親戚が多数と把握しております。もっとも今は人口増加が顕著な様子ゆえ、屋台で一発狙う移住者や海を余り知らぬ商人なども増えつつあると予測できますが……」
「そっか……荒くれの雰囲気が漂ってるね」
「なに、若に無礼を働く阿呆はコランにはおらんでしょう。あ、あと冒険者もそれなりに滞在している様ですな」
冒険者?
あ、ツィーゲからここの防衛に当たった人で残ってる人達も当然いるか。
こっちのが住み良いとか、魚最高とかカニがいれば俺はもうそれで良いとか。
海の魅力は果てしないもんな。
リタイアして第二の人生始めるにしても魅力的な街かも。
冒険者なんてヤクザな仕事だもんねえ。
「となれば冒険者ギルドも規模の拡張をせっつかれてるかもな」
「この街をホーム登録する冒険者が増えればギルドとしては対応せざるを得んでしょうなあ。海もまた果て無き冒険の舞台。潮風を受けて誰も足を踏み入れた事がない島々に想いを馳せる、心躍る気持ちはわからんではないですな」
「外洋を目指しての……本当の冒険、か。そっか、そういう人たちもいるんだな」
僕が勉強した限りの歴史では、ヒューマンが見果てぬ何かを求めて外洋に漕ぎ出した事はまだない。
この世界でも近々大航海時代が来るんだろうか。
何なら遠出する漁師の護衛をやるって仕事だってある。
冒険を求めてここに来るって選択をちょっと失念してたな。
「?」
「いや、何でもない」
気持ち良い潮風を感じながら海沿いの道を歩く。
しばらくすると巴が一際大きなレンガ造りの建物を指さした。
「あそこですな」
「でかいね」
「街で一番まともな宿だとか。一応会談という形で顔合わせを先に済ませ、終わりに軽く食事を用意すると聞いております」
「あちらさんに特別な陳情とかがなければスムーズなんだけどね。昼から学園だから酒は巴に任せるよ」
「自慢の酒などあるのなら家に持ち帰って若の感想は晩酌の時にでも」
「了解」
海のお酒って何が出るんだろうな。
コランはあまり生で魚を食べたりはしないって事だったから和よりは洋風をイメージしておいた方が無難か。
想像以上に凝った内装の宿に入るや否や数人に囲まれ一礼される。
……おお、中々立派なお宿だ。
星付きのホテルと言っても差し支えなさそう。
昔識と学園を目指した時に泊まった宿の平均値よりは確実に上。
そうか。
亜空の海の街とは違って、コランなら観光客を呼ぶなんて可能性さえ残されてるんだな。
漁業や造船だけじゃなく観光まで。
立派な道が出来れば船便だけじゃなく陸路でも人はやってくる訳だ。
あれ、コラン凄くね?
催し用のホールを備えてるらしく、そちらに案内されている間僕はそんな事を考えてた。
「こちらでございます」
「うむ。案内ご苦労」
巴の言葉にまたも深く一礼して係の人は下がっていった。
チップを要求する仕草すらなかった。
珍しい、大体の宿は荷物持ちも給仕も、何なら時々宿帳を付けてるようなのや主人までちらちらこっちが渡すチップを気にしてるってのに。
外見よりも中身の方がきっちりしてる宿か。
良いね。
巴が先にホールに入っていき、僕が続く。
そこには臨時で置かれただろう楕円のテーブルがあり確かに職人風のヒューマンとこんがり日に焼けたザ・漁師なヒューマン、それに職人関係でかクズノハ商会のエルドワが数名。
村だった頃に話をした線の細い中年男性はいないみたいだ。
それに……冒険者パーティに、直立したバールが二本?
いや、赤と黒二色じゃないな。
赤い先端が曲がったのと黒い先端が曲がった……海王か!?
「……何やら予定にない者が同席しておるようじゃが?」
流石は巴だ。
特に動じた様子もなく、恐らくイレギュラーな同席者に触れ情報を要求してくれた。
「クズノハ商会の巴様に、代表のライドウ様ですな。はるばるよくおいで下さいました」
海の男と外見全てで叫んでいるいかつい中年男性が丁寧な口調で迎えてくれ、腰を深く曲げ頭を下げてきた。
職人たちも彼に従って頭を下げてくれる。
エルドワ達は膝をついて亜空流に僕らを迎えてくれた。
「うむ。我らと深く友誼を結ぶ貴様らだけにツィーゲに招待すべきか迷ったが、若……クズノハ商会代表ライドウ直々にコランを己が目で見て皆と意見を交わしておきたいとの事でな。世話になる」
「……クズノハ商会代表、ライドウです。前回の訪問から時間が空いてしまって申し訳ありません。コランの皆さんがクズノハ商会と良いお付き合いをして下さっているのは日々の報告で存じておりましたが、大きな波もあった事ですし是非一度直接お会いしておきたいと遅まきながら参りました」
丁寧に行こうか荒くれ属性に合わせてガツンといこうか一瞬迷ったけど、元々立場としては好意的な相手という事でへたれました。
巴のアドリブに合わせて考えていた内容を少しアレンジして丁寧路線で、でも頭は下げないで最初の挨拶を済ませる。
「有難いお言葉を頂きました。我らコランに住む住民一同、ツィーゲとクズノハ商会の皆様と良き関係を――」
「良い、若はその辺りの事は既にきちんと考えておられる。決して悪いようにはならぬとも。ゆえに、そこな冒険者と海王種についての説明を先に求めたい」
冒険者パーティの方は、ん?
彼ら蜃気楼都市に出入りしてる……確か……浪人と愉快な仲間たち。
違う。
剣客オーシャンズ。
これも何か違う。
でも顔は知ってる。
確か亜空で修行を望み、冒険者としては浪人だか剣客だかで亜空ランキングに参加するのを中目標にしてる連中。
海王は確かイワシの人だ。
一度だけ挨拶に来てくれたっけ。
でもその時は二人だったけど銀色の体してた気がするぞ?
「おい、本物だぞ」
「巴だ。浪人の真価に気付いて以降、いつか刀を見たいと思っていた」
「違えだろ! クズノハ商会のトップが、本当に、来ちまっただろって事だろ!?」
「やはり……な。悔しいが凄まじい業物の気配を感じる。今の俺であれば……わかる!」
「くわっと目を見開いてんじゃねえわよ、このポンコツ!」
何やら男二人が口論を始め、一件淑女のオーラを放っていた女性が結構汚い言葉で突っ込みを入れる。
もう一人の女性は窓から見える大海原を見つめている。
物憂げ、いやあれは現実逃避だな。僕には、わかる。
「若様、申し訳ございませんでした!」
バールの片割れ、じゃなくてイワシの片割れが直立不動の姿勢を保ったまま潔い謝罪をかました。
予想外の陳情もやだけど、トラブルもやだよ。
だけど君の体色が変わるくらいの事なら別に僕に謝る事は無いと思うよ。
「お主は確かツナの友であったな。海王に名を連ねる者が何故謝罪を口にする」
「は! 説明いたします巴様! 仰るようにツナは我が朋友、彼の頼みを受け私どもはここな冒険者ビル=シートと彼らのパーティビルギットを鍛えるべくコランを訪れておりました!」
「うむ」
「最初こそ頭を撫でてやる気持ちで鍛えておったのですが、この者らはツナが目をかけるだけあって中々の冒険者でした。それ故我らもつい全力をもって鍛える所まで熱をいれてしまい……」
「ほ、う……?」
「気付けばこの身は更なる高みへと駆け上がり、鍛錬は真剣勝負に」
コラン、戦争中に何してんの。
というか海王って進化とかするの!?
いや違うよね、そもそもイワシって進化して何になるの!?
赤とか黒とか訳がわからないよ!?
もう頭の中は突飛な話の内容とその逐一に対する突っ込みで大渋滞を起こしております。
「謝罪に繋がらぬ。まずはその元を有体に申せ」
巴、凄くナイス。
「ははっ!! 端的に申しますと」
「うむ」
「近海が我が眷属で溢れそうです」
『……なんで?』
今度は全てをすっ飛ばした端的すぎる結論がぶち込まれた。
僕と巴が思わず同じ言葉を口にしたのは、きっと……誰にも責められない事だ。
両方の街からかなりの人員を割いて僕が想像していた以上の立派な道路を敷くみたいだ。
独立話が出る前からツィーゲと友好的な付き合いがあった事を商人ギルドは随分と高く評価していて、二つの街を繋ぐ道路は特別なものにするらしいとは聞いていたけど……。
規模からして何か凄い。
馬車が無理なくすれ違ってその脇を歩行者がわいわい適当に歩いても余裕があるという。
幹線道路、とか言ってたような気がする。
「中々思い切った道を引きよる。コランもこれだけの厚遇をされれば悪い気はすまいな」
巴はやや悪い笑みを浮かべながらコランから伸びる、いや伸び始めている太い道をちらりと振り返った。
僕らの場合移動は転移が基本になりつつあるから出来たとしてもあの道を使う事はなさそうだ。
いや……いっそ……空輸なんてのをどさくさ紛れに始めてしまうのも面白いかな。
ローレルで竜騎士がやってるもんな。
別に他の国が竜ではないにせよ騎獣を使って空の便を発達させてしまっても文句は言われないだろう。
もしくは……飛行船?
空を飛ぶ船への憧れってのはファンタジーが好きな人なら多分あると思う。
超凄い飛行機とかじゃなく、空を飛ぶ船ってのが良い。
問題は既に言っちゃってるけど利便性じゃなく憧れが出発点だって事だな。
浮力とか揚力とかの話で結局は飛行機の形が一番って所に落ち着きそうだ。
「この街も来るたびに大きく元気になってく感じだな」
「ですな。明らかに往来する人の数が増えておる。近隣からの船便も効果が出てきておるようで」
「船便か、こうやって一か所に集まってきてくれると小さい村に眠ってるレシピがコランに集まってきそうだね。澪も喜びそうだ」
「海鮮であれば当然ながらツィーゲ超え、これはもう村ではありませんな。都市と呼ぶべき規模に育ちおった。これは面白い」
コランの街並みを横目に巴と並び歩く。
魚にせよ貝にせよタコイカエビカニにせよ。
鉄網や鉄板の上に乗っただけで海鮮というのは殺人的な香りを放つ。
街の近況や街並みの感想を話題にしながら二人で適当に買い求めては食べ歩き。
あまり行儀が良いとは言えないけれど、駄目なら屋台や出店はやってないって事で。
近隣の村からも人が流れ込んでいるおかげか、海鮮が中心とはいってもバリエーションは驚く程に多い。
軽食につまむどころかがっつり一食済ませるつもりで買っても飽きはしないだろう。
今日は予定にないから寄らないけど、この分なら市場も相当な活況とみた。
栄えてるね、コラン。
前に来た時とは本当に見違えた。
確かにこれはもう村でも港町でもなく都市。
港湾都市ってやつだ。
かなりのお金も集まって潤っているだろうけど、ツィーゲやクズノハ商会への感謝はあるようだからあまり天狗になった成金の人に不愉快な思いをさせられる可能性も低い。
……筈。
巴が予め顔を出すといって先方に約束を取り付けているのだから僕はリラックスしてて大丈夫、と思ってる。
「……あ、そうだ」
「?」
「コランってさ、街の実力者としては商人が強いの? それとも漁師? 前来た時は村長さんみたいな人がいたけど何か……土地の有力者って感じだったよね」
村の中でのお金持ちというか、面倒見の良さそうな人というか。
特にアイオン王国から出張してきてる感じの人とは会わなかった。
「ああ、地主の。そうですな……今のコランでは力を持っているのは造船に携わる者と漁師ですな。商人はまだ数が少なく土地の者よりツィーゲの商会の出張所の方が幅を利かせています。最近は農業も手掛け始めたようですが、しばらくは海で稼ぐ者らが力を持つ構図のままかと存じます」
「なるほど、漁師と造船職人ね」
「はい。後はご覧になられたように飲食店も多いですが、市場も含めて働いておるのは漁師の家族や親戚が多数と把握しております。もっとも今は人口増加が顕著な様子ゆえ、屋台で一発狙う移住者や海を余り知らぬ商人なども増えつつあると予測できますが……」
「そっか……荒くれの雰囲気が漂ってるね」
「なに、若に無礼を働く阿呆はコランにはおらんでしょう。あ、あと冒険者もそれなりに滞在している様ですな」
冒険者?
あ、ツィーゲからここの防衛に当たった人で残ってる人達も当然いるか。
こっちのが住み良いとか、魚最高とかカニがいれば俺はもうそれで良いとか。
海の魅力は果てしないもんな。
リタイアして第二の人生始めるにしても魅力的な街かも。
冒険者なんてヤクザな仕事だもんねえ。
「となれば冒険者ギルドも規模の拡張をせっつかれてるかもな」
「この街をホーム登録する冒険者が増えればギルドとしては対応せざるを得んでしょうなあ。海もまた果て無き冒険の舞台。潮風を受けて誰も足を踏み入れた事がない島々に想いを馳せる、心躍る気持ちはわからんではないですな」
「外洋を目指しての……本当の冒険、か。そっか、そういう人たちもいるんだな」
僕が勉強した限りの歴史では、ヒューマンが見果てぬ何かを求めて外洋に漕ぎ出した事はまだない。
この世界でも近々大航海時代が来るんだろうか。
何なら遠出する漁師の護衛をやるって仕事だってある。
冒険を求めてここに来るって選択をちょっと失念してたな。
「?」
「いや、何でもない」
気持ち良い潮風を感じながら海沿いの道を歩く。
しばらくすると巴が一際大きなレンガ造りの建物を指さした。
「あそこですな」
「でかいね」
「街で一番まともな宿だとか。一応会談という形で顔合わせを先に済ませ、終わりに軽く食事を用意すると聞いております」
「あちらさんに特別な陳情とかがなければスムーズなんだけどね。昼から学園だから酒は巴に任せるよ」
「自慢の酒などあるのなら家に持ち帰って若の感想は晩酌の時にでも」
「了解」
海のお酒って何が出るんだろうな。
コランはあまり生で魚を食べたりはしないって事だったから和よりは洋風をイメージしておいた方が無難か。
想像以上に凝った内装の宿に入るや否や数人に囲まれ一礼される。
……おお、中々立派なお宿だ。
星付きのホテルと言っても差し支えなさそう。
昔識と学園を目指した時に泊まった宿の平均値よりは確実に上。
そうか。
亜空の海の街とは違って、コランなら観光客を呼ぶなんて可能性さえ残されてるんだな。
漁業や造船だけじゃなく観光まで。
立派な道が出来れば船便だけじゃなく陸路でも人はやってくる訳だ。
あれ、コラン凄くね?
催し用のホールを備えてるらしく、そちらに案内されている間僕はそんな事を考えてた。
「こちらでございます」
「うむ。案内ご苦労」
巴の言葉にまたも深く一礼して係の人は下がっていった。
チップを要求する仕草すらなかった。
珍しい、大体の宿は荷物持ちも給仕も、何なら時々宿帳を付けてるようなのや主人までちらちらこっちが渡すチップを気にしてるってのに。
外見よりも中身の方がきっちりしてる宿か。
良いね。
巴が先にホールに入っていき、僕が続く。
そこには臨時で置かれただろう楕円のテーブルがあり確かに職人風のヒューマンとこんがり日に焼けたザ・漁師なヒューマン、それに職人関係でかクズノハ商会のエルドワが数名。
村だった頃に話をした線の細い中年男性はいないみたいだ。
それに……冒険者パーティに、直立したバールが二本?
いや、赤と黒二色じゃないな。
赤い先端が曲がったのと黒い先端が曲がった……海王か!?
「……何やら予定にない者が同席しておるようじゃが?」
流石は巴だ。
特に動じた様子もなく、恐らくイレギュラーな同席者に触れ情報を要求してくれた。
「クズノハ商会の巴様に、代表のライドウ様ですな。はるばるよくおいで下さいました」
海の男と外見全てで叫んでいるいかつい中年男性が丁寧な口調で迎えてくれ、腰を深く曲げ頭を下げてきた。
職人たちも彼に従って頭を下げてくれる。
エルドワ達は膝をついて亜空流に僕らを迎えてくれた。
「うむ。我らと深く友誼を結ぶ貴様らだけにツィーゲに招待すべきか迷ったが、若……クズノハ商会代表ライドウ直々にコランを己が目で見て皆と意見を交わしておきたいとの事でな。世話になる」
「……クズノハ商会代表、ライドウです。前回の訪問から時間が空いてしまって申し訳ありません。コランの皆さんがクズノハ商会と良いお付き合いをして下さっているのは日々の報告で存じておりましたが、大きな波もあった事ですし是非一度直接お会いしておきたいと遅まきながら参りました」
丁寧に行こうか荒くれ属性に合わせてガツンといこうか一瞬迷ったけど、元々立場としては好意的な相手という事でへたれました。
巴のアドリブに合わせて考えていた内容を少しアレンジして丁寧路線で、でも頭は下げないで最初の挨拶を済ませる。
「有難いお言葉を頂きました。我らコランに住む住民一同、ツィーゲとクズノハ商会の皆様と良き関係を――」
「良い、若はその辺りの事は既にきちんと考えておられる。決して悪いようにはならぬとも。ゆえに、そこな冒険者と海王種についての説明を先に求めたい」
冒険者パーティの方は、ん?
彼ら蜃気楼都市に出入りしてる……確か……浪人と愉快な仲間たち。
違う。
剣客オーシャンズ。
これも何か違う。
でも顔は知ってる。
確か亜空で修行を望み、冒険者としては浪人だか剣客だかで亜空ランキングに参加するのを中目標にしてる連中。
海王は確かイワシの人だ。
一度だけ挨拶に来てくれたっけ。
でもその時は二人だったけど銀色の体してた気がするぞ?
「おい、本物だぞ」
「巴だ。浪人の真価に気付いて以降、いつか刀を見たいと思っていた」
「違えだろ! クズノハ商会のトップが、本当に、来ちまっただろって事だろ!?」
「やはり……な。悔しいが凄まじい業物の気配を感じる。今の俺であれば……わかる!」
「くわっと目を見開いてんじゃねえわよ、このポンコツ!」
何やら男二人が口論を始め、一件淑女のオーラを放っていた女性が結構汚い言葉で突っ込みを入れる。
もう一人の女性は窓から見える大海原を見つめている。
物憂げ、いやあれは現実逃避だな。僕には、わかる。
「若様、申し訳ございませんでした!」
バールの片割れ、じゃなくてイワシの片割れが直立不動の姿勢を保ったまま潔い謝罪をかました。
予想外の陳情もやだけど、トラブルもやだよ。
だけど君の体色が変わるくらいの事なら別に僕に謝る事は無いと思うよ。
「お主は確かツナの友であったな。海王に名を連ねる者が何故謝罪を口にする」
「は! 説明いたします巴様! 仰るようにツナは我が朋友、彼の頼みを受け私どもはここな冒険者ビル=シートと彼らのパーティビルギットを鍛えるべくコランを訪れておりました!」
「うむ」
「最初こそ頭を撫でてやる気持ちで鍛えておったのですが、この者らはツナが目をかけるだけあって中々の冒険者でした。それ故我らもつい全力をもって鍛える所まで熱をいれてしまい……」
「ほ、う……?」
「気付けばこの身は更なる高みへと駆け上がり、鍛錬は真剣勝負に」
コラン、戦争中に何してんの。
というか海王って進化とかするの!?
いや違うよね、そもそもイワシって進化して何になるの!?
赤とか黒とか訳がわからないよ!?
もう頭の中は突飛な話の内容とその逐一に対する突っ込みで大渋滞を起こしております。
「謝罪に繋がらぬ。まずはその元を有体に申せ」
巴、凄くナイス。
「ははっ!! 端的に申しますと」
「うむ」
「近海が我が眷属で溢れそうです」
『……なんで?』
今度は全てをすっ飛ばした端的すぎる結論がぶち込まれた。
僕と巴が思わず同じ言葉を口にしたのは、きっと……誰にも責められない事だ。
あなたにおすすめの小説
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月9日電子版解禁です!!
紙は9日に配送開始、12日発売!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です