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六章 アイオン落日編
幕間 英雄たちの帰還
国家としての独立を成した事でツィーゲの街は連日お祭り騒ぎになり、その熱気はまだまだしぶとく残っている。
だがそこに足りない者たちがいる。
戦争においてツィーゲに協力した冒険者たちの中には未だ帰還を果たしていないパーティが幾つもあった。
連絡が取れているなら問題ないのだが、連絡がつかないケースも残念ながらある。
その内の一つが事もあろうにツィーゲのトップチームであるアルパインだった。
つい先日、無事だと連絡がついた時には強がっていたリノン、リーダーであるトアの妹が大粒の涙を零した。
そして彼らが今日帰還を果たした。
「ルイザんとこに長居しすぎだ」
「済まん、まさかウチであそこまで弓道が流行してるとは思わなかったんだ」
「あら、ルイザ。謝る事じゃありませんよ、あれは素敵でした」
ドワーフの戦士ラニーナの呆れた言葉にエルフの射手ルイザが謝る。
そこにすっかり打ち解けた様子で彼女たちの保護者役を務めていた司祭ギネビアが割り込んだ。
ちなみに始まりの冒険者に名を連ねるギネビアが同行しているという情報を早期に把握していたクズノハ商会の面々は、真を含めてアルパインの安否を特に気にしていなかった。
真を通じてコモエが確信をもってリノンに姉たちの無事を伝えていたのだが、やはり何の便りもなく戦争の最中に消息を絶ったという事実は重くリノンの胸の内に留まり、普段の明るい彼女は中々戻る事はなく。
この日ようやくの再会を経て姉妹にとっての日常が戻ったという訳だ。
「ごめんねえリノン。ちょっと危ない状況でリノンや街にまで危害が及びそうだったの。大丈夫って思えるまで息をひそめてるしかなくて……本当にごめんね」
「結局トアの故郷以外は全部回りましたよね。どうでしょう、この際今度は皆でトアとリノンの里帰りに同行するってのも」
「あのね、ハザル」
「? なんだい、リノン。いきなり呼び捨てにするなんて珍しい」
「余計な事を余計な時に喋るから空気読めないって言われるんだよ。黙ってて?」
「……はい」
何故か怖い笑顔のリノンがパーティ唯一の男性であるハザルをぴしゃりと黙らせる。
確かに姉妹の喜びの再会の場。
涙を流す二人の脇から急に入って来て言う内容ではない。
流石はハザル。それでこそハザルともいえる。
が、パーティメンバーの間にはいつも通りの苦笑が生まれた。
「……冗談はともかく。久しぶりに弓道を堪能できました。彼も中々良い仕事をします。では部外者はこれで。現役の皆さんとご一緒できて良い刺激になりました」
ギネビアが迎えに来た相棒の姿を目にしてすっと皆の輪から外れる。
優し気な微笑みを浮かべたまま、大勢の人々に囲まれるアルパインから離れていく。
「ギネビアさん! クズノハ商会さんが孤児院の子にも弓道を教えているそうです! よろしかったらそちらにも顔を出してみたら如何でしょう! 偉大な先達と共に歩いた今回の旅は我々にも得る物ばかりの得難い体験でした。本当にありがとうございました!」
既に五体満足、女神の使徒との戦いでの重傷などどこにも見えないトアが去り行くギネビアに誰はばかる事ない大声で礼を述べた。
ルイザ、ラニーナ、ハザルもリーダーにならって深く頭を下げる。
ギネビアはほんの少しの間だけ立ち止まると、振り返る事なく街の喧騒に消えていった。
再び冒険者たちに囲まれて賛辞に包まれるアルパインの面々。
「ホントに、色々と考えさせられる旅になったね」
照れ臭そうに少しだけ俯いたトアが感慨深くそう口にした。
「全くだ。私たちにとっては思いがけず結婚の報告も兼ねた旅路になったのだし」
「勢いとはいえ……我ながら随分と女らしい事をしてしまったな」
「……へ?」
トアのしみじみとした言葉に応えたルイザとラニーナが衝撃的な言葉を放つ。
主に歓喜の感情を爆発させていたリノンでさえ、ちょっとなにそれと突っ込むくらいには驚きの言葉だった。
アルパインを囲む皆がしばしシンとなった。
「け、結婚?」
リノンがルイザに確認する。
ルイザのファンである多くの冒険者が良く聞いてくれたと心中で喝采を送ったのは言うまでもない。
「? ああ。実は道中色々あってな。私は結婚する事にしたんだ、リノン」
「お、おめでとう。あの……お相手は?」
「ハザルだ」
『!?』
やっぱ故郷に許嫁とかいたのか、なんて空気が一瞬で破壊された。
普段街ではクールなルイザが名を告げると同時にハザルを見て頬を染めたのだ。
「う、そぉ」
「残念ながら本当でな。ついでに私の相手というのもこいつだ」
『!?!?』
事態についていけていないリノンの呆然とした声にラニーナが更なる爆弾を投下する。
次いでハザルの腕を引き自らの方へ引き寄せてみせた。
この場に集まっていた少なくないラニーナに憧れる冒険者らにとっては特大の燃料ともいえる代物だ。
結婚の報告というのは大概はおめでたい、祝いの場になる筈なのだが今日ここはどうもそういう雰囲気にない。
あまりにも衝撃的な発表であり過ぎた。
「……」
もうリノンは目をパチクリさせるのが精一杯だ。
若干呼吸も忘れている。
ハザルはいやーなんて言いながら頭を掻いている。
微塵も空気を読んでいない、普段通りの彼だ。
冒険者ハザルが魅力的じゃないとはリノンは思わない。
見た目も良いし能力もあるし、こうしてトップクラスの冒険者になってなお天狗にならない謙虚な性格はとても好ましい男性だと、それなりの高評価をしている。
それらを補って余りある、時に致命的に抜けた性格が玉に瑕というだけだ。
リノンからみるとその短所はどこか、いつも嵐の真ん中に笑って立っている知人、クズノハ商会の若き代表にも似ているように思えてどうにも憎めなくあるのだが。
ちなみにこの件はコモエとリノンが良く口ゲンカをするネタの一つでもある。
似てる、全然似てない、という不毛極まりないアレだ。
「……」
あまりおめでとうが聞こえてこない異様な結婚発表の場。
祝福を口にしたい気持ち自体は大勢の中にある。
相手が問題だった。
アルパインの中で誰が一番下っ端かと問われれば、誰もがハザルと答える。
その彼がルイザとラニーナを射止めたというのだから、特に男性冒険者らは複雑な心境でいた。
もっとも、下っ端に見えるというだけでハザルは優秀だ。
サポート役に回る事が多いから目立たないというだけで、実際彼の代わりが務まるような冒険者はまずいない。
こういう時、いわゆる花形ではない冒険者というのはその評価故に苦しんだりするのだ。
「?」
そして、二人への祝福かハザルへのこの野郎か、という空気になっていた冒険者ギルドを決定づけてしまうソレにリノンが気付いた。
場の様子に困ったような顔をしながら、微妙に鼻の下を伸ばしてハザル達と自分から目を逸らしている……姉に。
「……お姉ちゃん?」
「……ん? ん、どしたのリノン?」
「何か……っ。え? ええ!? ええええ!?」
『?』
驚きに目を見開いて「え」を連呼するリノンに皆の注目がにわかに集まる。
これまでまともな浮いた話は聞いた事がなかった妹が、姉の変化に気付いた。
しかも、よりによってその相手は二人との婚姻を明らかにして照れ照れしている、自分も良く知る男。
信じ難い。
あまりにも信じ難い衝撃的な、でも事実。
姉妹だからこそなのか、リノンには直感でわかってしまった。
「ちょ、ちょっと」
姉が、荒野で暴れまわる冒険者トアが女の顔をしていた。
もう疑い様もない。
「まさか……お姉ちゃんも?」
「いやー私も、その……そろそろかなーと思ってて、つい」
「つい!?」
「えへへ」
「つい、じゃないでしょ!? そりゃ悪い人じゃないと思うよ!? でも良いの? 本当にハザルさんで良いの?」
「……うん」
『!?!?』
周囲の冒険者らが男女の隔てなく、据わった目で頷き合ったのはこの時だった。
「お姉ちゃんたち、物凄い事言ってるからね!? ちょっと、一回おうちいこ? 詳しく聞かせてもらわないと私もおかしくなりそう! ね!?」
リノンがトア、ルイザ、ラニーナを小さな体でギルドの出口に押していく。
姉の帰還は喜ばしいが、姉たちは何がどうなっているのかとんでもない爆弾も一緒に持ち帰ってきた。
仕事柄これまでだって幾らでも命の危険はあったろうし、一体何が三人に結婚などという一大決心をさせたというのか。
納得できるかはともかくまず話を聞かねばならない。
必要ならあの始めてみる司祭の女性にも話を聞きにいく覚悟を固め、リノンはホームへの帰途を急ぐのだった。
「あ、リノン。帰るなら一緒に」
「いや」
「?」
誰かの声に呼び止められてハザルは周囲を見る。
「兄さんにゃ、ちょいと聞きたい事が山ほどあるんだわ」
「ええ、私達からもね」
「大した英雄ぶりじゃないか、ハザル氏」
「どこまで飲める体でいられるか知らねえが酒代なら気にすんな」
「てめえ、誰か一人ならまだしも三人ともたぁどーいう了見だコラ」
「ルイザお姉さまを汚したのね?」
「ラニーナさんにあんな顔させたのが、こんな優男……」
『覚悟は良いな?』
合掌。
英雄の帰還は爆弾と共に。
多少血涙混じりの阿鼻叫喚はあれど、ツィーゲにまた一つ明るい話題がもたらされたのだった。
だがそこに足りない者たちがいる。
戦争においてツィーゲに協力した冒険者たちの中には未だ帰還を果たしていないパーティが幾つもあった。
連絡が取れているなら問題ないのだが、連絡がつかないケースも残念ながらある。
その内の一つが事もあろうにツィーゲのトップチームであるアルパインだった。
つい先日、無事だと連絡がついた時には強がっていたリノン、リーダーであるトアの妹が大粒の涙を零した。
そして彼らが今日帰還を果たした。
「ルイザんとこに長居しすぎだ」
「済まん、まさかウチであそこまで弓道が流行してるとは思わなかったんだ」
「あら、ルイザ。謝る事じゃありませんよ、あれは素敵でした」
ドワーフの戦士ラニーナの呆れた言葉にエルフの射手ルイザが謝る。
そこにすっかり打ち解けた様子で彼女たちの保護者役を務めていた司祭ギネビアが割り込んだ。
ちなみに始まりの冒険者に名を連ねるギネビアが同行しているという情報を早期に把握していたクズノハ商会の面々は、真を含めてアルパインの安否を特に気にしていなかった。
真を通じてコモエが確信をもってリノンに姉たちの無事を伝えていたのだが、やはり何の便りもなく戦争の最中に消息を絶ったという事実は重くリノンの胸の内に留まり、普段の明るい彼女は中々戻る事はなく。
この日ようやくの再会を経て姉妹にとっての日常が戻ったという訳だ。
「ごめんねえリノン。ちょっと危ない状況でリノンや街にまで危害が及びそうだったの。大丈夫って思えるまで息をひそめてるしかなくて……本当にごめんね」
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「あのね、ハザル」
「? なんだい、リノン。いきなり呼び捨てにするなんて珍しい」
「余計な事を余計な時に喋るから空気読めないって言われるんだよ。黙ってて?」
「……はい」
何故か怖い笑顔のリノンがパーティ唯一の男性であるハザルをぴしゃりと黙らせる。
確かに姉妹の喜びの再会の場。
涙を流す二人の脇から急に入って来て言う内容ではない。
流石はハザル。それでこそハザルともいえる。
が、パーティメンバーの間にはいつも通りの苦笑が生まれた。
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既に五体満足、女神の使徒との戦いでの重傷などどこにも見えないトアが去り行くギネビアに誰はばかる事ない大声で礼を述べた。
ルイザ、ラニーナ、ハザルもリーダーにならって深く頭を下げる。
ギネビアはほんの少しの間だけ立ち止まると、振り返る事なく街の喧騒に消えていった。
再び冒険者たちに囲まれて賛辞に包まれるアルパインの面々。
「ホントに、色々と考えさせられる旅になったね」
照れ臭そうに少しだけ俯いたトアが感慨深くそう口にした。
「全くだ。私たちにとっては思いがけず結婚の報告も兼ねた旅路になったのだし」
「勢いとはいえ……我ながら随分と女らしい事をしてしまったな」
「……へ?」
トアのしみじみとした言葉に応えたルイザとラニーナが衝撃的な言葉を放つ。
主に歓喜の感情を爆発させていたリノンでさえ、ちょっとなにそれと突っ込むくらいには驚きの言葉だった。
アルパインを囲む皆がしばしシンとなった。
「け、結婚?」
リノンがルイザに確認する。
ルイザのファンである多くの冒険者が良く聞いてくれたと心中で喝采を送ったのは言うまでもない。
「? ああ。実は道中色々あってな。私は結婚する事にしたんだ、リノン」
「お、おめでとう。あの……お相手は?」
「ハザルだ」
『!?』
やっぱ故郷に許嫁とかいたのか、なんて空気が一瞬で破壊された。
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「う、そぉ」
「残念ながら本当でな。ついでに私の相手というのもこいつだ」
『!?!?』
事態についていけていないリノンの呆然とした声にラニーナが更なる爆弾を投下する。
次いでハザルの腕を引き自らの方へ引き寄せてみせた。
この場に集まっていた少なくないラニーナに憧れる冒険者らにとっては特大の燃料ともいえる代物だ。
結婚の報告というのは大概はおめでたい、祝いの場になる筈なのだが今日ここはどうもそういう雰囲気にない。
あまりにも衝撃的な発表であり過ぎた。
「……」
もうリノンは目をパチクリさせるのが精一杯だ。
若干呼吸も忘れている。
ハザルはいやーなんて言いながら頭を掻いている。
微塵も空気を読んでいない、普段通りの彼だ。
冒険者ハザルが魅力的じゃないとはリノンは思わない。
見た目も良いし能力もあるし、こうしてトップクラスの冒険者になってなお天狗にならない謙虚な性格はとても好ましい男性だと、それなりの高評価をしている。
それらを補って余りある、時に致命的に抜けた性格が玉に瑕というだけだ。
リノンからみるとその短所はどこか、いつも嵐の真ん中に笑って立っている知人、クズノハ商会の若き代表にも似ているように思えてどうにも憎めなくあるのだが。
ちなみにこの件はコモエとリノンが良く口ゲンカをするネタの一つでもある。
似てる、全然似てない、という不毛極まりないアレだ。
「……」
あまりおめでとうが聞こえてこない異様な結婚発表の場。
祝福を口にしたい気持ち自体は大勢の中にある。
相手が問題だった。
アルパインの中で誰が一番下っ端かと問われれば、誰もがハザルと答える。
その彼がルイザとラニーナを射止めたというのだから、特に男性冒険者らは複雑な心境でいた。
もっとも、下っ端に見えるというだけでハザルは優秀だ。
サポート役に回る事が多いから目立たないというだけで、実際彼の代わりが務まるような冒険者はまずいない。
こういう時、いわゆる花形ではない冒険者というのはその評価故に苦しんだりするのだ。
「?」
そして、二人への祝福かハザルへのこの野郎か、という空気になっていた冒険者ギルドを決定づけてしまうソレにリノンが気付いた。
場の様子に困ったような顔をしながら、微妙に鼻の下を伸ばしてハザル達と自分から目を逸らしている……姉に。
「……お姉ちゃん?」
「……ん? ん、どしたのリノン?」
「何か……っ。え? ええ!? ええええ!?」
『?』
驚きに目を見開いて「え」を連呼するリノンに皆の注目がにわかに集まる。
これまでまともな浮いた話は聞いた事がなかった妹が、姉の変化に気付いた。
しかも、よりによってその相手は二人との婚姻を明らかにして照れ照れしている、自分も良く知る男。
信じ難い。
あまりにも信じ難い衝撃的な、でも事実。
姉妹だからこそなのか、リノンには直感でわかってしまった。
「ちょ、ちょっと」
姉が、荒野で暴れまわる冒険者トアが女の顔をしていた。
もう疑い様もない。
「まさか……お姉ちゃんも?」
「いやー私も、その……そろそろかなーと思ってて、つい」
「つい!?」
「えへへ」
「つい、じゃないでしょ!? そりゃ悪い人じゃないと思うよ!? でも良いの? 本当にハザルさんで良いの?」
「……うん」
『!?!?』
周囲の冒険者らが男女の隔てなく、据わった目で頷き合ったのはこの時だった。
「お姉ちゃんたち、物凄い事言ってるからね!? ちょっと、一回おうちいこ? 詳しく聞かせてもらわないと私もおかしくなりそう! ね!?」
リノンがトア、ルイザ、ラニーナを小さな体でギルドの出口に押していく。
姉の帰還は喜ばしいが、姉たちは何がどうなっているのかとんでもない爆弾も一緒に持ち帰ってきた。
仕事柄これまでだって幾らでも命の危険はあったろうし、一体何が三人に結婚などという一大決心をさせたというのか。
納得できるかはともかくまず話を聞かねばならない。
必要ならあの始めてみる司祭の女性にも話を聞きにいく覚悟を固め、リノンはホームへの帰途を急ぐのだった。
「あ、リノン。帰るなら一緒に」
「いや」
「?」
誰かの声に呼び止められてハザルは周囲を見る。
「兄さんにゃ、ちょいと聞きたい事が山ほどあるんだわ」
「ええ、私達からもね」
「大した英雄ぶりじゃないか、ハザル氏」
「どこまで飲める体でいられるか知らねえが酒代なら気にすんな」
「てめえ、誰か一人ならまだしも三人ともたぁどーいう了見だコラ」
「ルイザお姉さまを汚したのね?」
「ラニーナさんにあんな顔させたのが、こんな優男……」
『覚悟は良いな?』
合掌。
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