月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

混沌の応接室(鱗)

 そこには疲れ切った冒険者パーティの姿があった。
 仕事上がりでようやくスイッチを切れるぜと思っていたら想定外の残業を大して面識もない上司と一緒にやる事になった哀れなりしサラリーマンのような悲哀と疲労の入り混じる戦士の姿だ。
 いつもより浅めとはいえ途中からハクさんとブロンズマン商会の団体と一緒だったらしいし、ビルギットも濃い一日を過ごしたんだろう。
 ……ブロンズマン商会を邪険にできる冒険者なんていないといっても過言じゃない。
 お疲れさま。

「やーお待たせです」

「ライドウ殿」

「あ、皆さんそのままで。お疲れでしょう。ファルス氏は別に立ったままでも一向に構いませんが、あ、お座りになる。どぞ」

「もー、厄介な事を頼んだからってきっついなあライドウ君は」

 あーもう。
 こんな風に気軽にやり取りを返されるからほら、ビルギットの皆さんがまた僕を妙な奇人を見るような目で見るんだからさあ。
 主にビルとパーティメンバーに軽く会釈して僕も腰かける。

「初日、どうでした? ハクさんからそれなりには話を聞きましたけど、バレッタさん……というよりテイマー系のジョブの姿勢そのものがよろしくないみたいな難しい現状らしいですね?」

 名付けがどうのってのは明日以降の事だろう。
 でも魔獣との相互理解というのは、中々理解してもらいにくい点じゃないかと思う。
 バレッタはツィーゲでは珍しめになりつつあるごく平均的な価値観のヒューマンだし。

「あの人は明らかに格上のテイマーで、魔獣の扱いも戦い方も私たちの習うそれとは全く違っていて、正直に申し上げれば私にとって今日はただただ衝撃的な一日でした」

 とバレッタ。
 不思議な事に自分の意見やこれまでの実績にそこまで固執しない傾向が彼にはある。
 ヒューマンの欠点を一つ克服していると考えれば僕らにとって楽ではあるから良い事だ。
 全部が前途多難じゃない。

「みたいですね。一時的な師弟関係を結んだ以上バレッタさんが合わせていく、変わっていく場面が多くなるかと思いますが……問題は?」

「そこは特に……ただ」

「ただ?」

 そういえば熊の姿が無い。
 いや一般的に商会の応接室に連れて来られても困るよ?
 ただ依頼をした関係上僕のとこに限っては別に熊も同席していても問題ない。
 その程度の重量で底が抜けるようなやわな構造にしてない、とエルドワからは自信満々に答えをもらってる。

「ティアラの、いえ赤ヘルちゃんの希望で彼の部屋になる結晶を見て回ったんですがこれがもう高くて高くて」

「……」

 てぃ、え、赤ヘル?
 この坊や今軽く何か凄い事を言ってのけなかったか?

「あの子が言うには中での快適さがまるで違うらしいんです。でも金貨レベルで値段が違うし耐久性はさして変わる訳じゃなし。これじゃいつまでたっても私自身の装備品を整えられそうに……」

「……」

 まさか、とは思う。
 ハクさんも言っていた。
 ティアラって名前がまず二人の間に確実な断崖を作り出していると。
 僕も同感だ。
 あまりに一方的な名付け過ぎる。
 僕が澪に蜘蛛さんと名前を付けるようなもんじゃなかろうか。
 そう、僕でさえダメだとわかる。
 それがバレッタにわからないなんて事あるんだろうか。
 或いはそれこそが……種族の間にある埋め難い溝、とか?

「さきほどギルドに行きまして、たった一日で私はビーストクルーザーからビーストキャリアにクラスアップできました。力の成長という意味合いでは願ったり叶ったりなんですけど、先立つ物がなくては生活がままなりません。茶器集めはしばらく我慢するとしてエステは月に一度という訳にはいきませんから」

「……」

 クラスアップ。
 うむ。
 あれだな。
 ハクさんには残念なお知らせになるが……この子、やったな。
 ツキノワグリズリーよ。
 お前今ティアラじゃなくて赤ヘルちゃんっていうのか。
 ……僕には正直どっちがマシかわからん。
 でもな。
 グレるな。
 ハクさんがいてくれるからな。
 きっと、次はまともな名前になれるよ……。

「ライドウさん?」

「……」

「ライドウさん! 結晶について何か良き考えはありませんか!」

「……あ、ああ。ええ。あの、バレッタさん」

「はい」

「確かあの熊、彼はティアラという名前に強い抵抗があったと思うんですが」

「はい。ですがそこはもう対処済みです。クラスアップしてすぐ赤ヘルと改名しましたから!」

「赤ヘル」

「正確には、赤ヘルちゃん、です。私的にはティアラの方がずっと可愛くて良い名前だと思いますが、こればかりは相手が気に入ってくれるかどうかですから。明日にでも感想を聞いてみますが、きっと彼も喜んでくれると思ってます!」

 またしてもノー相談か。
 というかビルギットの連中は誰も彼もネーミングセンスが壊滅的なのか?
 それとも全員がネーミング戦士なのか?
 破壊力のある名前をこぞって提案しないと死んじゃうのか?
 ふと面々の顔を見る。
 ファルスは笑っていた。
 否、正確には笑いを噛み殺していた。
 僕は赤ヘルが変な名前だとは思わない。
 ただ人物に与えるような名前じゃなくて、ちゃんをつけるようなものでもなくて、真っ赤なプロ野球チームの渾名として強烈な存在感があるなと思うだけだ。
 ビルたちは、目を逸らした。
 暴挙、ってわかってたみたいだな。
 しかし止められなかったか、間に合わなかったか。
 それなりの好敵手として相対した仲なんだからもう少し頑張ってやれなかったのか。
 悔いは、彼らの中に残っているようだ。
 バレッタ、暴走する性質だったんだな。

「でも結晶が高いのが困っていると」

「はい。クズノハ商会には結晶そのものの取り扱いが無いようですが、何かお考えはないかと」

「それについては、少し伝手を探ってみます。後で店の者に彼が快適だと目利きした結晶を幾つか、ご免だと切り捨てた結晶も幾つか渡しておいてもらえますか」

「了解です!」

 ああ、これは本当にタチが悪い。
 返事だけは笑顔で爽やか、打てば響く。
 でもわかってない。
 実に、タチが悪い。

「あー……。ビルさんたちも、しばらくは難しい期間が続くかとは思いますがこの依頼の成功はツィーゲ全体に利益をもたらす可能性が高い。アルパインの方にも始末屋さんの方にも話はきちんとしておきますので、存分に励んでいただければ」

「……わかっている。恩には報いねばならんと思っている。刀に誓って真摯に依頼を果たそう」

「ありがとうございます」

 大分精神的にきてるな。
 そうだ!
 じゃ取れたてほかほかの新情報で少しでも彼らのストレスを緩和しようか。

「ファルス氏」

「はいはい」

「先日頼まれた件ですが、報告しても?」

「え、もう!?」

「大雑把には。正確には後日書面で提出します。が、事は冒険者の皆さまにも有用な情報でした。折角ですのでビルギットの皆さまにも、と」

「……うーん、了解。聞きましょ」

 どんな企みが頭をよぎったのかは知らないが数秒迷った様子だったルトは頷いてくれた。

「まずダブルジョブですが」

「うん」

「あれは元は始まりの騎士が持った二つ目の能力で」

「!」

「その後冒険者ギルドの機能として取り込まれたものだそうです。効果は純粋に名前の通り、条件を満たした冒険者は二つ目のジョブを持つ事が出来るというもので特にデメリットは無し」

「……そう。そうだったんだ。条件の方も判明してる?」

「スキルを含めたジョブツリーのカンスト、で間違いないかと」

「! そうか、ディオはレアとはいえノービスの亜種だった」

「エレンノービスについてはノービスが意図的にクラスアップを先延ばしにする事で生まれる選択肢。全体的な特徴は多くの初期ジョブのスキルを取得できる」

「そしてロッツガルドと、彼の置かれた状況……。なるほど、辻褄も合う。にしてもスキル熟練度までカンストか、道理でこれまで出てこない筈だよ……」

 ルト、いや冒険者ギルドの長であるファルスがブツブツと呟きながら考えを巡らせている。

「あの、ライドウさん」

「ギットさんどうしました?」

「ダブルジョブ、というのは……」

「御覧の通りギルド長からの依頼でしてね。冒険者カードにダブルジョブという文言が浮かんだ青年がいまして。僕らも調査をお手伝いしたって訳です」

「条件はジョブツリーのカンスト、なんですよね。それ以外に特殊なものはないんですよね?」

「ですね」

 そう、これはユニークジョブやジョブツリーの頂点まで辿り着いてしまった冒険者にとって物凄い福音になりかねない発見でもある。
 全体的にレアジョブを取得する傾向が強いビルギットにはかなり価値の高い情報なんだ。

「じゃもしかして私が全部のスキルを使いまくって極めたら」

「また一から新しくジョブを獲得できるって事になりますね」

『!?』

 ビルギット全員が目を見開いた。
 デメリットのない新たな成長の可能性。
 それが突然目の前に出現したら無理もない反応だろう。

「らららららら、ライドウ殿」

「はい、ビルさん」

「それはつまり私が今の道をスキルを極めながら突き進んだとして、いずれクロバカマの方への道も選べるって事なのか!?」

「ええ。二刀流を極める事だって夢じゃないですね」

「に、二刀流!? 何だその浪漫を掻き立てられる凄まじいワードは!」

 ラナイさんもアコスさんも自分のスタイルについて色々と夢を馳せているのか言葉少なに、だが明らかに興奮した様子で目を輝かせている。

「ライドウさん」

「?」

 そんな中、興奮とは無縁だが驚きに満ちた感情と一緒に僕を呼ぶ声が聞こえた。
 バレッタ?
 ダブルジョブの話を聞いて声を掛けてきたという様子じゃない。
 何だ?

「今、ディオって言いました? ロッツガルドのディオって」

「あ、え。言いましたかね」

 いや、僕は言ってない。
 言ったのはルトだ。
 ディオの名もロッツガルドの地名も、口にしたのはあいつ。
 だが、急速に僕の脳裏に主に嫌な意味で悩ましい思いを何度もさせてくれたとある言葉が蘇ってきた。
 世間は狭い。
 世間は狭いもの。
 時に本当に……狭いんだ。

「いるんですか、このツィーゲに。アイオン王国からロッツガルドに出ていた、ディオが!」

 わかる。
 この真という凡愚にも確信がある。
 このディオは、あのディオだ。
 
「詳しくはファルス殿にお聞きになるのがヨロシイデショウ」

「ちょ!?」

 ひとまずルトにぶん投げて時を稼ぐとして。
 どうか穏やかな因縁で済みますように。
 新たな混沌を生み出しそうな嫌な縁を感じつつ。
 僕は緊急回避をして他人事の顔をするのだった。
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