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七章 蜃気楼都市小閑編
混沌の応接室(豚)
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我がクズノハ商会新店舗には以前の店舗にはなかった数々の新機能がある!
と戦隊もので時々ありがちな新アジトゲットの口上を思い浮かべる。
説明しよう!
とは続きはしないけどね。
実際規模も間借りから独立した店舗に引越ししてるし。
今僕が本日のお客様第一号を迎えているのは応接室(豚)、数ある応接室でも一番大きく設備も良い。
他に鱗、網、森、翼がある。
五つも商談可能な応接室があってフル回転している現状は偏にツィーゲの景気の凄まじさゆえ。
そして何故か今日はその全部に顔を出す必要がある地獄日和です、と。
「ディオ君、エレンノービスなの?」
「はい」
「ハクさんは当然そのジョブの存在を知っていらっしゃると」
「名前はね。ただスキルまでは詳しくは知らないのよね」
「とりあえずダブルジョブってのとの関係を知りたいんですが……」
「だぶる……ジョブ?」
ハクさんとディオ君を対面に座らせて話を切り出す。
何でも珍しく荒野に出てたらしく、ハクさんも僕らに話があるとか。
渡りに船とはこの事とすぐに時間を作ってこうなってる。
ディオ君の方はエレンノービスになっていた事も知らないしダブルジョブについては冒険者ギルドどころかルトを含めてもさっぱり。
知恵を借りたいと同席してるのが一見色っぽい踊り子だっていうんだから、何故自分がここにいるのかもわかってないだろうな。
わかる。
僕もそういう席が何度あった事か。
「です。ルトの奴、アズさんたちの誰とも連絡がつかなくて僕のとこに泣く泣く押し付けにきたんですよ」
「ディオ君がダブルジョブの資格を満たしたって訳ですか」
「ですです」
さてどうやらエレンノービスとかってジョブはともかくダブルジョブは心当たりありそうだ。
ラッキー。
実に幸運である。
ちなみにハクさんはいつも通りの恰好でいらっしゃった。
僕の隣に座ろうとした彼女にテーブルの向こう側に行ってもらったのは、お茶を持ってきたのが澪だったからです。
最近の商談で澪がわざわざお茶を運んでくるなんて、相当大きな商談で澪に直感による感想を聞きたくて事前にお願いするとかじゃなければ一割もない。
でも女性が絡む商談、特に見知らぬ、あまり知らない女性が相手だと五割強で登場する。
心配性なとこは中々治らないもんだ。
「……ダブルジョブってのは、行ってみれば特典です。冒険者への」
「特典? どんな行為に対しての?」
聞けばディオ君は変異体になりかけた以外はただの優秀なヒューマンだ。
何らかの実績か称号の獲得か。
冒険者ギルドはそもそも向こうのMMOがベースになったシステムだ。
ダブルジョブもその一つって事なんだろう。
「カンストですよ」
「カンスト。ジョブの行き止まりまでいくって事ですか?」
カンストってのは言ってしまえばレベル上限、みたいなもんだ。
カウントストップだったかカウンターストップだったかの略称。
レベルなら99とか、ステータスなら999とか。
「ダブルジョブの取得条件はジョブツリーの全てを網羅する事。ライドウ君が思ってる通り、行き止まりまで行く事なんですが、少し違ってて。スキルの熟練度も最大までもっていくのが条件です。でエレンノービスというのは、言ってしまえばその行き止まりの一つでして」
「行き止まり。ってディオ君がですか!? 彼まだ二十やそこらで特に戦いに明け暮れたエキスパートでもないのに?」
ツィーゲで修練している連中ですらまだ出た事のないダブルジョブの条件を初めて満たしたのがディオ君?
あり得ない。
「ノービスは誰もがなる最初のジョブ。そこからノービスのままクラスアップしてなるのがエレンノービス。狙ってつこうと思わないと絶対になれないジョブでね」
「ノービスの次って。じゃソードマンとかと同じ階層のジョブなのに、ラストなんですか? そりゃまた、奇っ怪な」
「……一応。ええ一応ね。こほん、あ・な・たよりは、普通よ?」
「……うす」
レベル1商人ですみません。
「エレンノービスのスキルを取得しきって熟練度も上げ切ったんでしょうね、ダブルジョブ出現の理由はそれしか考えられない」
「……ダブルジョブを受け入れるデメリットは?」
「何もないわね。だって特典だもの。名の通り、もう一回ジョブを選択しクラスアップしていけるのがダブルジョブ。エレンノービスとそのスキルについては保持したまま。能力への補正もそのまま。ディオ君」
「は……はい!」
「安心して恩恵を受けて大丈夫よ。何となくでももう可能性は考えていたでしょうし、もし決めているならギルドにいって新しいジョブを手に入れてくると良いわ」
「そう、だね。ディオ君、行っといで」
「……わかった。俺が知るべき事、知って良い事はライドウ殿にお任せする。今は目の前の事に尽力する事をお許し頂きたい。失礼す、失礼します!!」
聡い子だな。
確かに少し話しにくい事をハクさんに確認しようとしていた。
でも、察していながらも大人しく従う器量も持ってる。
確かに、ルトじゃないけど、良い子だな。
ジンたちと違ってあまり捻くれてない。
持ち前の性格はもちろん、育ちも良いんだな。
育つ環境だけだとこれでレンブラント姉妹の過去バージョンみたいなジン曰く凄いの、が出来上がる事もあるようだし。
「エレンノービスのスキルはどれもそこまで熟練度を必要としないの。剣技と体技、回復魔術と攻撃魔術と支援魔術、屋台程度の商売スキル、日々の手入れ程度の道具スキル、出来合いのポーション同士を混ぜるような錬金スキル」
「完全にお試しスキルの羅列って感じですね」
「エレンノービス専用の装備というのもあってね。今となっては世間からも忘れられているものばかりだけど、戦闘能力自体はそこそこにある、と言えない事もなくって。やーでも傍目には確かにライドウ君が言ったようにお試しジョブ、正直私の前言を翻す事になるけどセカンドとかサード垢用の余興ジョブに近いのは確かねー」
「にしてもです」
「……うん」
「すべてのスキルの熟練度、という条件がどれだけ大変かはわかりませんが。満たせるものですか、普通の範疇の中で生きてきたヒューマンの青年に」
「まず無理。彼って……」
「ロッツガルドでどういう経緯かはわかりませんが魔族の策に落ちて一度は人で無くなった一人です」
「あー……確か変異体事件だっけ。聞きかじり程度だけど概要はわかる」
「それですね」
「可能性はそれこそ幾つもあるけど……一番はライドウ君だってわかってるんじゃない?」
「やっぱり、そうなりますか」
「ロッツガルド学園って場所はエレンノービスには良くも悪くも最高の環境だもの。熟練度だって稼ぎ放題よ……いわゆるPKってのを、おっと。PKはちと不謹慎だわね。人殺しを厭わないなら最高効率でカンストが狙える場所と言えるわ。いろんなタイプの修練を積んだヒューマンがわんさかいるんだもの」
「熟練度というのは……その方が稼ぎの効率が良いと」
経験値や熟練度を稼げる狩場だと考えれば、ゲームなら頻繁に通うプレイヤーが多くても不思議はない。
メリットが多ければPKをするプレイヤーだってルール内での事だもんな。
実際に人を手にかけるとは次元が違う話なのは言うまでもない。
「経験値とは少し違うのは確か。普通に魔物や精霊を狩るよりは、効率は良いわね」
ハクさんは淡々と僕の質問に応えてくれる。
ディオ君、ディオは完全な変異体にはなっていない。
だがずっと正気のまま変異体を抑え込み続けた訳でもない。
司教のシーマさんの前で変異しかけたのだって初めての事じゃないのはあの時の彼女の反応でわかってる。
つまり、完全には変わりきらずとも……いったりきたり、衝動に身を任せて意識を失った事は何度かあったかもしれないって事だ。
当然そのたびに彼の犠牲者は増えただろう。
商人か、冒険者か、学園生か。
いずれにせよ人だ。
戦士なり魔術師なり商人なり、己の道を研鑽してきたヒューマンや亜人だ。
物凄く好意的に考えれば変異体になりかけるたびに謎の判定がなされスキルの熟練度が勝手に上がっていったという説もあるけれど、やはり説得力に欠ける。
ディオのレベルは彼の自己申告よりもかなり上がっていて、学園に在籍しているのは不自然なほどの領域に達していたから。
記憶にもないのに人殺しになっていた、か。
何とも……重い。
「助かりました。これでエレンノービスの件もダブルジョブの件もルトにそれなりの報告は出来そうです」
お互い同じような事を考えていたのか。
少しばかり重い空気の沈黙を破って、僕はハクさんに礼を言う。
「いーのいーの! にしても、そっか。ダブルジョブって今の今まで出てなかったんだねー……」
「みたいですね。ジョブツリーの最後までいく事すら難しいんですから無理もないって気もしますが」
「……かもね」
「ハクさん? そういえばそちらも僕に話があるとか聞いてますけどご用件って」
「実はね、私たちの中でアズさんと緋綱だけは二つ目の能力までギルドに関係してるんだ」
「?」
「知っての通り、死に瀕した時や心から力を欲した時。私たちはあの能力を作る空間に飛ぶじゃない?」
「……ええ」
能力を作る、空間?
「そこで得る能力はどうやっても継承できない個々の力。んでもアズさんと緋綱だけは獲得時期もあって自分だけじゃなくギルド全体に恩恵のある能力を創生した」
「……どんな、ものを?」
能力の創生。
自ら望む力を作る事が出来る場所?
知らない。
僕はまだそこを知らない。
先輩や智樹は急激に力をつけた時期があったようだから、それの事だ。
だが、具体的な方法はわからない、曖昧なまま。
「ダブルジョブ。アズさんはそれを己の二つ目の能力に選んだ。で、後に条件付けをしてギルドの中に組み込んだ。思えばギルドに組み込んで使える後付け可能な能力としてそれを選んだのかもしれない。騎士を極めたあの人はテイマーとしての頂きに辿り着いて今あの有様」
「あの人についてはその他の方が滅茶苦茶であんまり驚けません」
「だねえ。で、緋綱は符術。陰陽道みたいな新たな術式を創生したあの子は、アズさん同様その力を後の冒険者たちも扱えるようにギルドの中にそれを埋め込んだ。まだローレル以外だと符術使いのジョブやその道筋は解明されてないけど、いずれは世界中に行き渡るんだろうね」
「……」
符術か。
確かにこの世界の魔術と全くコンセプトが違ってた。
符術の祖、か。
なるほど、初代巫女は伊達じゃないな。
「で、アズさんじゃないのに君は魔獣に共通語を教え込んじゃうし」
「……へ?」
いきなり僕の話!?
「あんな馬鹿気た事思い付いて実行しちゃうほど行動力溢れる子にはみえなかったのに、誤算よ……。それにどこにいたのか、あんな強烈で強力な魔獣。彼を素養は感じるけれど今はあまりにも未熟すぎるテイマーにさっさと預けちゃって、もう。思わず助力しちゃってるけど……問題かしら?」
「いや、むしろラッキーですが。ハクさんが見てくれるなら始末屋を護衛につける必要もなかったですかね」
「ううん。あの子たちはそれなりに危うい状況にいる。しばらくは私が見ていてあげられるけど、気にかけていた方が良いと思うわ」
「万が一を考えてアルパインにもフォローをお願いしてます。テイマーの実態を調べてみたんですがちと酷い有様で……あのバレッタって子には期待してるんですよ」
魔獣は消耗品の弾くらいにしか思ってないのが常識、みたいな価値観だもんな。
もっと愛でろ相棒を、と強く言いたい。
「それも同感ね。共闘するって意識も一蓮托生って感覚もあまりになさすぎるもの。クラスアップすれば命名変更が可能になるから、ひとまずそこから手をつけていくつもり。仮初めとはいえ師になったからにはあの子をまともなテイマーの見本になるよう鍛えなくちゃね。ライドウ君の了承がもらえて良かったわ」
「こちらこそ心強い援軍です」
「ブロンズマン商会の代表にも成り行きで収納スキルの事を漏らすヘマもしちゃうし。私もまだまだ寝ぼけてるわねー」
「収、納?」
「……」
「……」
「……じゃ! また!」
「!? いや最後の僕聞いてませんけど!? 今日まさにその人に会うんですけどぉぉ!?」
収納スキルってなに!?
マジックバッグみたいなのをスキルでも出来るの?
なにそれ超便利じゃん。
じゃなくてだ!
ハクさん、カムバーーック!
しかし脱兎のごとく退室した彼女が戻ってくる事はなかった。
と戦隊もので時々ありがちな新アジトゲットの口上を思い浮かべる。
説明しよう!
とは続きはしないけどね。
実際規模も間借りから独立した店舗に引越ししてるし。
今僕が本日のお客様第一号を迎えているのは応接室(豚)、数ある応接室でも一番大きく設備も良い。
他に鱗、網、森、翼がある。
五つも商談可能な応接室があってフル回転している現状は偏にツィーゲの景気の凄まじさゆえ。
そして何故か今日はその全部に顔を出す必要がある地獄日和です、と。
「ディオ君、エレンノービスなの?」
「はい」
「ハクさんは当然そのジョブの存在を知っていらっしゃると」
「名前はね。ただスキルまでは詳しくは知らないのよね」
「とりあえずダブルジョブってのとの関係を知りたいんですが……」
「だぶる……ジョブ?」
ハクさんとディオ君を対面に座らせて話を切り出す。
何でも珍しく荒野に出てたらしく、ハクさんも僕らに話があるとか。
渡りに船とはこの事とすぐに時間を作ってこうなってる。
ディオ君の方はエレンノービスになっていた事も知らないしダブルジョブについては冒険者ギルドどころかルトを含めてもさっぱり。
知恵を借りたいと同席してるのが一見色っぽい踊り子だっていうんだから、何故自分がここにいるのかもわかってないだろうな。
わかる。
僕もそういう席が何度あった事か。
「です。ルトの奴、アズさんたちの誰とも連絡がつかなくて僕のとこに泣く泣く押し付けにきたんですよ」
「ディオ君がダブルジョブの資格を満たしたって訳ですか」
「ですです」
さてどうやらエレンノービスとかってジョブはともかくダブルジョブは心当たりありそうだ。
ラッキー。
実に幸運である。
ちなみにハクさんはいつも通りの恰好でいらっしゃった。
僕の隣に座ろうとした彼女にテーブルの向こう側に行ってもらったのは、お茶を持ってきたのが澪だったからです。
最近の商談で澪がわざわざお茶を運んでくるなんて、相当大きな商談で澪に直感による感想を聞きたくて事前にお願いするとかじゃなければ一割もない。
でも女性が絡む商談、特に見知らぬ、あまり知らない女性が相手だと五割強で登場する。
心配性なとこは中々治らないもんだ。
「……ダブルジョブってのは、行ってみれば特典です。冒険者への」
「特典? どんな行為に対しての?」
聞けばディオ君は変異体になりかけた以外はただの優秀なヒューマンだ。
何らかの実績か称号の獲得か。
冒険者ギルドはそもそも向こうのMMOがベースになったシステムだ。
ダブルジョブもその一つって事なんだろう。
「カンストですよ」
「カンスト。ジョブの行き止まりまでいくって事ですか?」
カンストってのは言ってしまえばレベル上限、みたいなもんだ。
カウントストップだったかカウンターストップだったかの略称。
レベルなら99とか、ステータスなら999とか。
「ダブルジョブの取得条件はジョブツリーの全てを網羅する事。ライドウ君が思ってる通り、行き止まりまで行く事なんですが、少し違ってて。スキルの熟練度も最大までもっていくのが条件です。でエレンノービスというのは、言ってしまえばその行き止まりの一つでして」
「行き止まり。ってディオ君がですか!? 彼まだ二十やそこらで特に戦いに明け暮れたエキスパートでもないのに?」
ツィーゲで修練している連中ですらまだ出た事のないダブルジョブの条件を初めて満たしたのがディオ君?
あり得ない。
「ノービスは誰もがなる最初のジョブ。そこからノービスのままクラスアップしてなるのがエレンノービス。狙ってつこうと思わないと絶対になれないジョブでね」
「ノービスの次って。じゃソードマンとかと同じ階層のジョブなのに、ラストなんですか? そりゃまた、奇っ怪な」
「……一応。ええ一応ね。こほん、あ・な・たよりは、普通よ?」
「……うす」
レベル1商人ですみません。
「エレンノービスのスキルを取得しきって熟練度も上げ切ったんでしょうね、ダブルジョブ出現の理由はそれしか考えられない」
「……ダブルジョブを受け入れるデメリットは?」
「何もないわね。だって特典だもの。名の通り、もう一回ジョブを選択しクラスアップしていけるのがダブルジョブ。エレンノービスとそのスキルについては保持したまま。能力への補正もそのまま。ディオ君」
「は……はい!」
「安心して恩恵を受けて大丈夫よ。何となくでももう可能性は考えていたでしょうし、もし決めているならギルドにいって新しいジョブを手に入れてくると良いわ」
「そう、だね。ディオ君、行っといで」
「……わかった。俺が知るべき事、知って良い事はライドウ殿にお任せする。今は目の前の事に尽力する事をお許し頂きたい。失礼す、失礼します!!」
聡い子だな。
確かに少し話しにくい事をハクさんに確認しようとしていた。
でも、察していながらも大人しく従う器量も持ってる。
確かに、ルトじゃないけど、良い子だな。
ジンたちと違ってあまり捻くれてない。
持ち前の性格はもちろん、育ちも良いんだな。
育つ環境だけだとこれでレンブラント姉妹の過去バージョンみたいなジン曰く凄いの、が出来上がる事もあるようだし。
「エレンノービスのスキルはどれもそこまで熟練度を必要としないの。剣技と体技、回復魔術と攻撃魔術と支援魔術、屋台程度の商売スキル、日々の手入れ程度の道具スキル、出来合いのポーション同士を混ぜるような錬金スキル」
「完全にお試しスキルの羅列って感じですね」
「エレンノービス専用の装備というのもあってね。今となっては世間からも忘れられているものばかりだけど、戦闘能力自体はそこそこにある、と言えない事もなくって。やーでも傍目には確かにライドウ君が言ったようにお試しジョブ、正直私の前言を翻す事になるけどセカンドとかサード垢用の余興ジョブに近いのは確かねー」
「にしてもです」
「……うん」
「すべてのスキルの熟練度、という条件がどれだけ大変かはわかりませんが。満たせるものですか、普通の範疇の中で生きてきたヒューマンの青年に」
「まず無理。彼って……」
「ロッツガルドでどういう経緯かはわかりませんが魔族の策に落ちて一度は人で無くなった一人です」
「あー……確か変異体事件だっけ。聞きかじり程度だけど概要はわかる」
「それですね」
「可能性はそれこそ幾つもあるけど……一番はライドウ君だってわかってるんじゃない?」
「やっぱり、そうなりますか」
「ロッツガルド学園って場所はエレンノービスには良くも悪くも最高の環境だもの。熟練度だって稼ぎ放題よ……いわゆるPKってのを、おっと。PKはちと不謹慎だわね。人殺しを厭わないなら最高効率でカンストが狙える場所と言えるわ。いろんなタイプの修練を積んだヒューマンがわんさかいるんだもの」
「熟練度というのは……その方が稼ぎの効率が良いと」
経験値や熟練度を稼げる狩場だと考えれば、ゲームなら頻繁に通うプレイヤーが多くても不思議はない。
メリットが多ければPKをするプレイヤーだってルール内での事だもんな。
実際に人を手にかけるとは次元が違う話なのは言うまでもない。
「経験値とは少し違うのは確か。普通に魔物や精霊を狩るよりは、効率は良いわね」
ハクさんは淡々と僕の質問に応えてくれる。
ディオ君、ディオは完全な変異体にはなっていない。
だがずっと正気のまま変異体を抑え込み続けた訳でもない。
司教のシーマさんの前で変異しかけたのだって初めての事じゃないのはあの時の彼女の反応でわかってる。
つまり、完全には変わりきらずとも……いったりきたり、衝動に身を任せて意識を失った事は何度かあったかもしれないって事だ。
当然そのたびに彼の犠牲者は増えただろう。
商人か、冒険者か、学園生か。
いずれにせよ人だ。
戦士なり魔術師なり商人なり、己の道を研鑽してきたヒューマンや亜人だ。
物凄く好意的に考えれば変異体になりかけるたびに謎の判定がなされスキルの熟練度が勝手に上がっていったという説もあるけれど、やはり説得力に欠ける。
ディオのレベルは彼の自己申告よりもかなり上がっていて、学園に在籍しているのは不自然なほどの領域に達していたから。
記憶にもないのに人殺しになっていた、か。
何とも……重い。
「助かりました。これでエレンノービスの件もダブルジョブの件もルトにそれなりの報告は出来そうです」
お互い同じような事を考えていたのか。
少しばかり重い空気の沈黙を破って、僕はハクさんに礼を言う。
「いーのいーの! にしても、そっか。ダブルジョブって今の今まで出てなかったんだねー……」
「みたいですね。ジョブツリーの最後までいく事すら難しいんですから無理もないって気もしますが」
「……かもね」
「ハクさん? そういえばそちらも僕に話があるとか聞いてますけどご用件って」
「実はね、私たちの中でアズさんと緋綱だけは二つ目の能力までギルドに関係してるんだ」
「?」
「知っての通り、死に瀕した時や心から力を欲した時。私たちはあの能力を作る空間に飛ぶじゃない?」
「……ええ」
能力を作る、空間?
「そこで得る能力はどうやっても継承できない個々の力。んでもアズさんと緋綱だけは獲得時期もあって自分だけじゃなくギルド全体に恩恵のある能力を創生した」
「……どんな、ものを?」
能力の創生。
自ら望む力を作る事が出来る場所?
知らない。
僕はまだそこを知らない。
先輩や智樹は急激に力をつけた時期があったようだから、それの事だ。
だが、具体的な方法はわからない、曖昧なまま。
「ダブルジョブ。アズさんはそれを己の二つ目の能力に選んだ。で、後に条件付けをしてギルドの中に組み込んだ。思えばギルドに組み込んで使える後付け可能な能力としてそれを選んだのかもしれない。騎士を極めたあの人はテイマーとしての頂きに辿り着いて今あの有様」
「あの人についてはその他の方が滅茶苦茶であんまり驚けません」
「だねえ。で、緋綱は符術。陰陽道みたいな新たな術式を創生したあの子は、アズさん同様その力を後の冒険者たちも扱えるようにギルドの中にそれを埋め込んだ。まだローレル以外だと符術使いのジョブやその道筋は解明されてないけど、いずれは世界中に行き渡るんだろうね」
「……」
符術か。
確かにこの世界の魔術と全くコンセプトが違ってた。
符術の祖、か。
なるほど、初代巫女は伊達じゃないな。
「で、アズさんじゃないのに君は魔獣に共通語を教え込んじゃうし」
「……へ?」
いきなり僕の話!?
「あんな馬鹿気た事思い付いて実行しちゃうほど行動力溢れる子にはみえなかったのに、誤算よ……。それにどこにいたのか、あんな強烈で強力な魔獣。彼を素養は感じるけれど今はあまりにも未熟すぎるテイマーにさっさと預けちゃって、もう。思わず助力しちゃってるけど……問題かしら?」
「いや、むしろラッキーですが。ハクさんが見てくれるなら始末屋を護衛につける必要もなかったですかね」
「ううん。あの子たちはそれなりに危うい状況にいる。しばらくは私が見ていてあげられるけど、気にかけていた方が良いと思うわ」
「万が一を考えてアルパインにもフォローをお願いしてます。テイマーの実態を調べてみたんですがちと酷い有様で……あのバレッタって子には期待してるんですよ」
魔獣は消耗品の弾くらいにしか思ってないのが常識、みたいな価値観だもんな。
もっと愛でろ相棒を、と強く言いたい。
「それも同感ね。共闘するって意識も一蓮托生って感覚もあまりになさすぎるもの。クラスアップすれば命名変更が可能になるから、ひとまずそこから手をつけていくつもり。仮初めとはいえ師になったからにはあの子をまともなテイマーの見本になるよう鍛えなくちゃね。ライドウ君の了承がもらえて良かったわ」
「こちらこそ心強い援軍です」
「ブロンズマン商会の代表にも成り行きで収納スキルの事を漏らすヘマもしちゃうし。私もまだまだ寝ぼけてるわねー」
「収、納?」
「……」
「……」
「……じゃ! また!」
「!? いや最後の僕聞いてませんけど!? 今日まさにその人に会うんですけどぉぉ!?」
収納スキルってなに!?
マジックバッグみたいなのをスキルでも出来るの?
なにそれ超便利じゃん。
じゃなくてだ!
ハクさん、カムバーーック!
しかし脱兎のごとく退室した彼女が戻ってくる事はなかった。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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