月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

激動にして緩やかなる日々

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 傍から見ればこの街は常に激動の中にいる。
 常に世界の果てに夢を抱いた変人奇人天才奇才が集まり、世界の情勢などお構いなしに探索に没頭する。
 その結果次々と新たな素材やそこから生まれた商品が金を呼び商人たちを呼び寄せる。
 繰り返し繰り返し。
 ツィーゲという街は、世界を荒野の脅威から守りつつ繰り返してきた。
 まさに激動の日々だ。
 一都市にして国家を名乗る様になっても周囲のイメージは変わるどころかむしろ強まっている位だろうなと思う。
 でも中にいると意外とこれがゆったりしている部分もあるんだ。
 不思議なもので、常に変化を続けているここでも日常はあるし冒険者も商人も職人や労働者として毎日を生きる住民たちもそれなりにマイペースに生きてる。
 或いは内部にいると変化に疎くなる、鈍くなるってのもあるかも。
 例えば、巴に任せてるこの孤児院とか。

「すら」

「いむ」

「ぼ」

「くじょお」

 とアートでカラフルに書かれた手作り感が満載の看板。
 場所はウェイツ孤児院の庭園区域になる。
 陽が高いこの時間、今日も子供達が元気に仕事や運動に励んでる。
 実に微笑ましい光景だ。
 ……基本的には。
 
「スライム牧場とは一体……」

 いや、名前の通りなのは僕でもわかる。
 本来いないはずの魔物、スライムの気配を大量に感じるから。
 100以上いる。
 調べたところ、種類としては荒野にいる凶悪な種族じゃなくてアイオン王国の一部に生息する比較的安全な奴らだった。
 最近トアに教えたスライム料理、その材料になるやつ。
 機嫌良さそうにプルプルしてる上に子供らへ害を及ぼす気配も無い。
 いずれにせよ経緯が謎すぎる。
 さっぱりわからん。
 巴から面白いものが出来上がりましたから気晴らしに一度どうぞ、と呼ばれたから久々に来てみたものの正直意外過ぎて驚くばっかりなんですが。

「あーライドウさん!」

「ライドウ殿、ご無沙汰してます。商会で経過報告をした時以来ですか」

 僕に気づいて声をかけてきたのはスライムで脳裏に浮かんだその人、トアと。
 最近知り合ったテイマー、バレッタだった。
 どっちともしばらく会ってなかったけど……この分だと間違いなく関係者か。
 
「これは、珍しい組み合わせで」

「あはは、一応私たちのパーティもこの子についてのフォローとか頼まれてますから。基本ビル君たちに投げちゃってますケド」

「頼まれてスライムの調教や慣らしを指導してるんですけど、これが中々。ここの子は覚えも良いですし、環境も彼らに合ってたのかあっという間に牧場として成立するようになりましたよ」

 彼ら、か。
 テイムした魔物、魔獣を基本的に消耗品や飛び道具としか思ってない現状のテイマーたちの認識。
 バレッタについては少しずつ改善してるみたいだな。
 今の「彼ら」は間違いなくスライムを指したものだった。
 それにしても……環境ねえ。
 僕は苦笑しながら上を見る。
 そこには大きく枝葉を広げた大樹の姿がある。
 スライムたちの多くは思い思いに木陰や枝で気持ちよさそうに過ごしている。
 かつて非道を尽くしてきたエルフが元の姿だと思うと、なんというか。
 さぞあいつからすれば居心地が悪いだろうな。

「あのスライム……持ち帰ってきてたんですか」

 一応トアに確認する。

「……あーそれにつきましては色々とありまして。まさか試しに無傷で取り出してみた核がジェル部分無しでもしばらく生きてるなんて夢にも思わずですね?」

「……トア?」

「換金物というより保存食狙いで保管してたので核の方はノーマークだったといいますか」

「……」

「適当にホームに放置してたら私たちの留守中に復活しちゃいまして」

「ちょ!?」

 それって要するにリノンしかいない時にホームでスライム復活って!?

「やーたまたまディオ君って子がうちに挨拶に来てくれなかったら大騒ぎになるところでした、てへ」

 元々アイオン出身だったディオはこのスライムの事を知っていて、冷静に対処してくれたのだという。
 おかげで身内だけの話で済んだのだと。

「……伝染るんですかね、うっかりって」

 思わず彼女のパーティにいる優秀だけど完全に信じてはいけない青年の姿が頭に浮かぶ。

「伝染ったのか、再発したのか。ほら、私たち一度は相当やらかしちゃってる同士なんで……こればかりは」

 ただ倒すだけならリノンでも問題ないくらいの弱いスライムだったとはいえ。
 場面を想像すると肝が冷える。
 トアが護身用に色々持たせているとはいえリノン自身に高い戦闘能力があるわけじゃないんだから。

「無茶苦茶怒られたでしょ」

「それはもう。ええ、思い出したくないくらいには。ディオ君には感謝してます」

 少し思い出したのか顔が青ざめるトア。

「あいつはやる時はやる奴ですから!」

 バレッタと彼はやはり知り合いで間違いないか。
 ルトの奴にぶん投げてやったけど、それなりに親しい関係だったんだろう。
 ディオが誉められている事を我が事のように喜んでる。

「ディオ……そういえば、彼はこれからどうするとか決めてるんですかね」

 ふと気になった事を二人に聞いてみる。
 自分に起きた事も理解できただろうしアイオンに戻るんだろうか。

「この国の一員として力を尽くしたいらしいですよ。軍に入るんだと志願書片手に申し込みに行ったって聞いてます」

 冒険者じゃなく軍人志望とは。
 しかもアイオンじゃなくツィーゲで。

「護る、って行いがあいつは好きなんですよ。昔っからそうなんです。てっきりアイオン王国に仕える軍人になるかと思ってましたけど、まさかのここだから私も驚きました」

「護る、ですか」

 レンブラントさん曰く。
 ツィーゲの国軍は防衛のみを目的とすると言っていた。
 戦わないのではなく、侵略には用いないという意味だとか。
 言葉通りには受け止めちゃいないけど、護る軍隊といえなくもないのかな。
 災害や緊急の土木作業にも対応できる用にしたいと言っていたから……言葉通りに受け取るなら自衛隊に近いものを想定しているのかもしれないな。

「ディオがそうするっていうなら私も付き合うまでです。この天才テイマーがツィーゲ軍に魔獣部隊を導入して無双してやりますよ、いずれね!」

 ……それは思いっきり侵略しそうな部隊に聞こえるんだけど。
 まあ自称天才テイマーも何やらやり甲斐を見つけたようでそこは何より。
 テイマーとしての急成長もディオとの再会がきっかけだったりして。

「期待してます。ところで、このスライム。孤児院の食事を改善する一環で導入する事にした、とか?」

 最後に気になっていた事をトアに尋ねてみる。
 流石に動物を食肉と見ての飼育は孤児院とはいえ子供たちにはハードルが高いかもしれないと感じる。
 もちろん命について教育する上で有効な手段だとも思うけれど、だ。

「それもありますけど、現金収入を得る手段があった方が実地の学習により役立つだろうって巴様が」

 実践に勝る経験無し、か。
 巴らしい。

「そう……あいつも了解してるのか。じゃあ」

「ただですね」

「?」

「このスライム、さっきも言いました通り綺麗に核を取り出すと復活するので」

「……あ」

 羊の毛を刈る様子が一瞬閃いた。
 なるほど、つまり。

「はい、しっかりと練習すれば命を奪うことなく肉を手軽に入手できます。もちろん核を壊してしまう事もありますから確実ではないですけど、このスライムたちは繁殖能力も高く増やしやすいので……」

 トアが大丈夫だろうと放置した一匹からこの様子なら相当な繁殖力だ。
 なるほど、こうして樹を主なネグラにしてくれるのなら巴が結界を用意するだけで逃げ出す心配もなしか。
 で早くも軌道に乗ったから僕に見にこいってわけね。
 納得。
 そして確かに癒されました。
 
「なるほど、これが上手く運べば孤児院を出る年齢になった子らの就職先に、もっと広くなったスライム牧場を新設して斡旋すればいい。就職先が一つ増えるか」

 命をいただく、ただしまずはマイルドにその意味を教える。
 至れり尽くせり、だな。
 気になるとこが無い訳じゃないけどさ。

「おお、若! お早いご到着ではありませぬか!」

 噂をすれば巴だ。
 ただこいつがそんなに子ども思い、子ども好きだっただろうかと首を傾げたくなるところだ。
 なーんか、裏がありそうな。

「傑作な事にこのスライムども、この樹が気に入っておるようで。牧場についてもそうですが、我々とゆかりある者たちが妙に絡み合って不思議と上手くいった事例でしたのでな。つい若にもご覧いただこうかと」

 黄昏街の毒素の素を思い浮かべたのか、巴は僕と同じように笑っている。
 子どもらの笑顔に比べて黒いこと黒いこと。

「じゃ折角来たんだし院長さん達含めて色々と報告を聞こうかな、巴?」

「ええ、ゆるりと」

 こうしている分にはここもゆったりとして見える。
 でも内情は激動っぽい。
 ライムの幼馴染の職人さんとかもいたっけ。
 とりま、皆さん元気にしてますように。

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