月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

面構えと下拵え

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「なるほど、面構えが違う」

「?」

 不思議そうに首を傾げる巴。
 つい口にしてしまった。
 外部の業者や客人を迎える為の部屋として用意された一室に、ウェイツ孤児院の主だった職員が揃っていた。
 ロッツガルドの生徒にして新婚さんとなりおったイズモに建築動画を渡した、今や一部から熱の篭った視線を送られる孤児院がここウェイツ孤児院だ。
 院長のキマロ=ハンザさんは好々爺丸出しの欲なんぞとは無縁なお爺さんだった訳ですが、かつてはハンザ商会なる老舗の商会の関係者だった御仁であり今日僕を迎えてくれた彼は商人だった頃の面影を感じさせる良い面構えをしていた。
 それは職員のセーナやティグといったライムの知り合いも同じく。
 明らかに彼らのキャパを超えた人数の子どもを見捨てる事なく、彼らが経験する勉強を遅まきながら一緒に励み続けて。
 やろうと思えばヒューマン意外と何だって出来るもんなんだ。
 といった一線を越えた清々しい表情で立っている。
 流石は巴の教育……かな。
 周囲の視線も一気に変わっただろうし、日々必死で生きてきただけとも言うような気がする。
 僕の知らない職員もそれなりにいて、中には新たに雇い入れた職員もいるみたい。
 こっちはまだ初々しい顔をしているのもいる。
 ただそういった顔ぶれもこの場にいるって事は、スライムの件も含めてウェイツ孤児院が僕らの思った方向に機能し始めている兆しだと思う。

「いや。やっぱり巴に任せた仕事は間違いないと思っただけ」

「恐れ入ります」

「お久しぶりですライドウ様、おかげ様で多くの方々とのご縁も頂きまして驚く程に充実した毎日を子供たちと過ごせております」

「ああ、院長さん。ご無沙汰です。仕事に勉強に訓練に、良い顔をしているお子さんばかりです。職員の皆さんの素晴らしい尽力あってこそのものでしょう。お疲れ様です」

 巴を労い、そして率先して挨拶してきたキマロ=ハンザ院長には多少の社交辞令を混ぜた誉め言葉を。
 学びたければ学ぶことが出来る環境は子供たちにとっても素晴らしい環境には違いないし、多くの子供たちは現状への感謝を込めて全力でやるべき事に取り組んでいる。
 ただ、どうしても皆が同じとはいかない。
 早くもこの今が当たり前になり、さぼりを覚えている子も残念ながらいる。
 それでもセーナやティグの顔を見れば、あまり不安は覚えない。
 きっと今日この席でもそうした甘えやさぼりについて何かしら意見を出してくれるんじゃなかろうか。
 
「道すがら孤児院の現状についてそれなりには聞いております。今日は、その上で困っている事や要望があれば伺っておこうかと立ち寄らせてもらいました」

 職員たちが僕の言葉に神妙に頷いた。
 
「月休日の食事について――」

「庭園の畑に一部覆いを用いて囲う事で――」

「勉強について孤児院には本そのものが少なくてどこかで貸本など――」

「最近一部の男子の間でお風呂の覗きが流行――」

「牧場のスライムたちをレベルアップ狙いで倒そうとする子たちへの罰は――」

 などなど。
 内部で完結しそうな事から外も関わりそうな案件まで結構な数の相談や要望が出てきた。
 子供を増やしたいだの無茶な内容が無かったのは凄いな。
 大分意識が変わってきている証拠に思える。
 そして、元々運動場に毛が生えた程度を想定していた三階の庭園は完全に手狭になってるな。
 畑やら牧場やら始めたらそりゃそうなるだろうと思わなくもないけどさ。
 幸いウェイツ孤児院周辺の土地はウチが大体買い上げているらしいから畑については外に作る事も検討すべきだろうか。
 やるとなれば敷地の拡張という形になるか。
 理想はスライム牧場を周辺に展開して多少の人除けを兼ねるって手だけど……あいつらリオウの樹がめっちゃ気に入ってる様子。
 何よりリオウを移植するのは建物の能力的にもマイナスだし避けたい。
 じゃあ、やっぱ運動場か畑って事になるよなあ。
 悩ましいな。
 温室みたいなのも試したいようだし……。
 それに本ねえ。
 現在進行中ではあるけどツィーゲの図書館建築計画で賄えると最高だな。
 今のところアレは利用者をそこまで制限はしない方針で進んでる。
 横槍に注意しながら利用料を低めに持っていくか、孤児院なんかの子どもの利用には補助金を出してもらうか。
 これ社会保障って分野になってくる気がする。
 今はここだと……。

「本棚一つといったところですな」

 孤児院側からの話を自分の中で噛み砕きつつ、はてと思ったタイミングで巴を見ると絶妙な答えが返ってきた。
 本棚一つ。
 十分と言えば十分、これ以上となると図書館を頼りたいとこか。
 覗きとスライムレベルアップはもう、お年頃の男子全開って感じだな。
 むしろ僕に振られても困るってレベル。
 職員の人できっちり叱ってもらうという事でいいだろ。
 スライム退治とかはっきりいって牧場荒らしだから食事抜きでも構わんと思うし。
 テイムされて大人しいスライムをタコ殴りにするとか鬼の所業だぞ、まったく。
 
「それから……妙な手紙が届いておりまして、こちらについて是非お二方のご意見を承りたく」

 大体話が出尽くした段階でキマロ院長がこちらに手紙を差し出してくる。
 結構しっかりした手紙だ。
 貴族様が使うような次元が違うやつではないけれど、普通に商会から送られてくるものよりは上等な感じ。
 中身はっと。

「……っ」

「……なんと」
 
 同時に内容を見た巴のなんと、は驚きじゃなく完全に呆れ。
 
「正直意図がよくわからず……しかもロッツガルドといえば確かクズノハ商会の別店舗がある街だったかと。もしやクズノハ商会として何らかの関わりがある案件なのかと」

「ありませんね」

 学園都市ロッツガルドから辺境都市の孤児院への手紙。
 なにもかも場違いで不自然な言葉の並びと言わざると得ない。
 普通に考えれば接点がゼロだからだ。
 一応院長が言ったようにクズノハ商会という縁がある可能性はあるから、僕らに相談してくるのは正解だろう。
 ちなみに学園都市ロッツガルドからの手紙であってロッツガルド学園からの手紙じゃない。
 多分イズモから流れたんだろうが、商人ギルド傘下の職人組合の一つからの手紙だった。
 最新の工法で建てられた建物に大いに興味があるから是非一度見学させて欲しい、ざっくりまとめるとこんなものだ。
 実質は謝礼なんだろうが寄付の申し出もある。
 
「建物を見せると言われましても私どもには詳しい工法や建築の知識などありませんし、遥か遠方から届けられた手紙だけに先方の熱意も伝わってきます。無下に扱うのも……これは本当にどうしたら良いのでしょうか」

 突然名前しか知らない遠くの国から、お前の家超クールだからモデルハウスみたく中見せてよ、と言われてるようなもんだ。
 しかも冗談の熱量じゃない、と。
 
「これは一度私どもの方で先方に確認しておきますよ。そろそろあちらにも顔を出さねばと思っていたところでしたから」

「もし迎え入れるとなってもその時にはきちんと話が出来る者を儂が同伴させるゆえ心配はいらん」

「助かります。街の中の方とのお付き合いでしたらともかく国外となると作法すらわからぬものでして」

 これには院長以下他の職員さんも漏れなく、そして深く頷く。
 歴戦の戦士面だったのにいきなりビビりまくった子犬か子猫がごとく。
 まあ、こればかりは仕方ない。
 当面身につける必要も余裕もない部類のスキルなんだし。
 少なくとも子供の面倒を見る、その点では十分出来る人たちになってるんだ、問題ない。
 となればライムの願いもそろそろ真剣に考える時か。
 亜空に孤児の一部を受け入れる、か。
 街の区割りもとっくに終わってるし冒険者受け入れも順調。
 何故だか巴も澪も結構乗り気だし。
 覚悟を決めますか。

「ではそういう事で」

 話をまとめて帰ろうと立ち上がる。
 その時、扉が壊れた。
 良い音を出してこちら、部屋側に倒れこんでくる扉。
 そして元凶たる重量物たち。
 子供たちだ。
 
「お、終わった!?」

「……まあ、色々と終わった感じだな」

 見事に壊れた出入口、沈黙を切り裂いたのは子供サイドからの一言。
 打ち合わせ、彼らの夕食、などなど。
 終わったものは結構多いと思った僕はそのまま返事をする。

「だったらライドウ兄ちゃんに良いものを見せてやる!」

「ほー」

「ふふーん、この大魔道士バランがついに昇降機の起動に成功したのである!」

「天才ルミネラがいてこそでしょ!? 出しゃばらないでしょ魔力バカ!」

 ああ、そうか。
 子供らにも魔力はあるし魔術だって学べば使える。
 頭は柔らかそうな子たちだし、うち用に作った昇降機を活用できるようになってたとしても不思議はない。
 大魔道士とか天才とか付けちゃう辺りは若さよな。
 その現場を僕に見せたい、か。
 可愛らしいもんだ。

「……バン君、ミラちゃん。今は何をしてなきゃいけない時間かなー? 孤児院を壊してお客様に大声あげて、ついでに行っちゃいけないって言ってある場所にあるものをどうしたって? うん?」

 セーナが鬼気迫る表情で二人の子供を射抜く。
 確かに昇降機は危ない一面もある。
 子供だけで遊び道具にする事はないよう常に警戒してもらった方が良いか。

「げえっ! セーナだって!?」

 低く重い声の主がわかったのか子供らの様子が一変する。
 回れ右、というやつである。
 ……。
 楽し気で何より。
 昇降機をどうやって動かしたのか、次に来た時聞いてみるのも悪くない。

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