月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

ロッツガルドの憂鬱

「ジン先輩、サインください!」

「ジン君ここにサイン良いかしら」

「ジン=ロアン、ならついでにこれにも頼む」

 既に恒例行事と化している有様にジンは嘆息する。
 ロッツガルド学園、憩いの時。
 即ち昼食後の昼休みの残り時間。
 思い思いの時間を過ごしつつ午後の講義に全力を尽くす為の大切な時間でもある。
 しかし同時にこの時間は人脈を大切にする者にとって死闘の開幕でもある。
 誰もが有名人や実力者に名を連ねる事は出来ない。
 けれどここは学園だ。
 彼らと知り合い、友人になる事は不可能ではない。
 今やすっかりロッツガルド学園の実力者となったジンに、主に女性が群がるのもまた自然な成り行きだった。

「……申し訳ありません、未だ若輩の身ですのでいずれの婚姻届にもサインはできません。あと先輩、私は卒業後学園に残るつもりはありませんのでパープルヘイズへの勧誘もご勘弁ください。それでは」

 ちらりと顔ぶれを確認した上でジンは彼女たちの手元にある紙切れを一瞥。
 婚姻に関するものが2枚、学園の秘蔵部隊たるパープルヘイズに入る為の書類が1枚だ。
 そしていずれも何かこじれたら非常に面倒なトラブルになる家名を持つ令嬢ばかり。
 丁寧な対応でぶった切る選択とあいなった。
 
「先生の気持ちがわかる」

「ライドウ先生への告白ラッシュとお前のこれとはだいぶ性質が違うと思うぜ」

「……嫁さん増えそうなお前に言われたくない」

「……いやお前今そこ言う? 何か最近奥さんが急に勧めてくるんよな。怖いんだが」

「ダエナんとこも大概変わってる。普通旦那の方が二人目三人目の許しをもらうんだろうに」

「レンブラント逆玉ルートに乗りかけてるミスラは余裕だねー」

「……イズモは何を荒れてるんだ?」

「別に。新婚だって聞いても寄ってくる女って本当にウザいってだけ」

「いるのかよ、そんな怖い娘。聞きたくねえなあ、おい」

 ジン、ダエナ、ミスラ、イズモ。
 未婚者二人と既婚者二人のカルテットだが学園でのモテ具合は四人ともかなりのものだ。
 ダエナの言葉通り、肩書きに告白してきていたライドウのケースとは違って彼らの場合は本当に熱い視線を向けられている。
 妥協などなく心から望んだ上で条件も最高な理想的な物件として見られているわけだ。
 ただ、女性たちもまたロッツガルド学園の学生であったりその関係者である。
 ジンたちくらいの好物件となれば、遊びでなく仕留めにかかってくる。
 良い関係になったとしても一時の遊びだけで終わってなるものか、というやつだ。
 ダエナが押し切られて既に結婚しているのも、結婚云々の話が出るにはまだ少し自分たちには早いだろうと油断してそちらのモードに移行していた彼女と付き合った結果だった。
 イズモについては仕留められた訳でなく外部の女性との結婚だが、結婚は結婚。
 一人としたなら二人目だって当然あり得るだろうと嵐は激しくなるばかり。
 故に彼らは疲れていた。
 講義で力を尽くして立てなくなる心地よい疲れではなく、常に体と心に纏わりついてくるような不愉快なそれに嘆息が尽きないほどに。 
 密かにケリュネオンで会った冒険者ソフィアが気になっているジン。
 多分近々嫁に迫られて次の結婚が待っていそうなダエナ。
 ユーノと交際中で特に他の女性を求めていないミスラ。
 いろはと結婚したばかりで邪魔されたくないイズモ。

「そういや識さん、最近図書館にいる事が多いよな」

 陰鬱な話題を変えるべくジンが師と呼んで差支えない人物の事を口にした。

「あの人でもまだ本読むってのが信じられない」

 イズモが苦笑しつつ頷く。
 
「質問すれば必ず答えが返ってくるイメージがある」

 ミスラもうんうんと頷いている。
 講義に関係する事でなくとも、彼に何かしら聞いて答えやそこに至る道筋が見つからなかった事などない。
 そんな学生たちから見れば識が未だに読書を必要としている事は驚くべき事だった。
 既に知らぬ事などないのでは、と勘繰ってしまうほどの存在が識だったからだ。
 無論、彼とて知らぬ事は数多ある。
 学生の世界と識の世界の広さが全く違っている証左でもあり、識の在り方はジン達が力を身につけてなお謙虚さを失わずにいる一助となってもいた。

「凄い人だぜ、背中を追いかける甲斐がある。そうだ、講師ってのは本来教える知識や技術だけの存在じゃなく――」

「ダエナの熱血教育論が始まりやがった。少しでも軽い話題にしたかっただけなのによぉ……」

 滔々と語りだすダエナの様子にジンがげんなりしながら肩を落とす。
 この頃の学園はジンにとってあまり面白くなく、彼は停滞感を抱いていた。
 クズノハ商会で働いている時の方が楽しいし、新しい世界を拓いている感覚があったからだ。
 まさにバイトを始めた高校生よろしく、周囲よりも多少大人になったような淡い勘違いも伴いながらジンは学園を出ていつも通り皆とクズノハ商会を目指す。
 口に出すたび宥められ諭されてはいるものの、学園中退という選択は今もジンの中に燻る熱として存在した。

「なんだヒヨッコども、今日は全員で」

 店先を箒で掃いていた褐色の亜人がジン達に気付いてその手を止める。
 既に十分キレイに見える店先だったが、それでも彼女が掃除するふりをしてサボっていた事には誰も気づかない。
 森鬼のエリス。
 クズノハ商会の従業員にしてジンの教育係の一人だ。

「や、お疲れ様ですエリス先輩。こいつらとはつい話し込んでここまで一緒になっただけです」

「駄弁りか。そういうのはオサレなカフェーで済ませてこい。ついでに先輩たちに差し入れの一つでもテイクアウトしてくるべき。教育が中々しみこまないヤツだぜ」

「……その教えを守ってたら先日識さんと先生に怒られたんですが」

「っ、なにぃ!? まさか現場を押さえられたのか! 名前は!? 私の事はゲロっちゃいねえだろうねえ、お前さん!?」

「えっと……俺が何かいうまでもなくエリスか、と先生が天を仰いでました」

「……がっでーーーむ」

 どさりと地面に両手を衝くエリス。
 コミカルだが割と本気で絶望していたりする。

「ま、まあまあ。俺らも何かと買い物しようかと思ってましたから。ちょっとですけど売り上げに貢献しますよエリスさん」

 ダエナがエリスにフォローを入れる。
  
「嫁に財布を握られたお前の買い物で閉店が多少でも早くなるものかよ」

「ぐはっ!?」

「せめてここが本店だったならツィーゲ式前借殺法『リボ・ローン』で最高に有用な代物を相応の値段で叩きつけて破産寸前までサービスしてやるものを。命拾いしたなガキンチョ!」

 不穏な単語を混ぜながらエリスは立ち上がった。

「……本店」

「本店ですか」

「確かユーノの故郷ツィーゲですよね」

「アイオンに完勝して国家として独立したんだっけ」

『……』

 学生らが本店という言葉に反応して各々思う事を口にして、そして沈黙した。

「? 何だお前ら、学生様の身分で疲れた顔しやがって。いっとくが本店の品揃えはロッツガルドの比じゃないぞ、従業員の数だって段違いだ。美味いものも溢れてるし転がってる刺激も格が違うぜ?」

「美味い物に刺激ですか。あの辺境都市ツィーゲだし確かに……」

「当然だ。街でチンピラにいちゃもんつけられてみろ。四人揃っててもフルボッコだ。ま、レンブラントんとこのお嬢がいれば大体大丈夫だろうけど」

 ちっちっちと。
 エリスが人差し指を振り振りしてどや顔をする。
 彼女が言うのなら多少なりとも事実なんだろうなと彼らは苦笑した。
 
「ツィーゲ、か。いつか行ってみたいよな」

「それからな、ジン。あそこはもう国だ。辺境都市なんて呼ぶもんじゃねーぜ、それこそ殴られても文句はいえねー」

 今度は知った風なアウトローを気取りだすエリス。
 だが。
 学生らの関心はライドウらの本拠地でもあり、アイオンとの戦争で世界に名を轟かせた辺境の地へ集まっていた。
 
「で、仕事だコノヤロー。さっさと着替えてこい。その他はさっさと買い物して散れい!」

 再度箒で周辺を掃きだしたエリスに弾き出されるように。
 憂鬱な学生たちは賑わいやまぬクズノハ商会ロッツガルド支店に入っていった。
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