月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

ぴろーとーく

「よろしいのでは?」

 僕の問いに即答したのは巴だった。

「いいのか、な?」

 同じ勢いで答えてしまおうと思ったものの最後で一瞬詰まる。
 結構な悩みがまだ僕の頭の中に残ってるって事だろう。

「若が考えてお決めになった事。無論全てに無条件で頷きはしませぬが……儂は賛成ですよ」

 レヴィの処断。
 夕食の席で従者の皆にも話して考えを聞いたところ、巴以下全員が僕の思ってる事……つまりレヴィの罰をさほど重いものにしない事を肯定した。
 数か月の労働と謝罪行脚、亜空ランキングへの参加を一時禁止。
 禁錮や懲役、罰金は無し。
 今夜偶然同席していたエマの笑みが、少しだけ怖かったけど……ね。
 何かが漏れかけていたような。
 彼女は極刑こそ望んでなかったけど、それなりの懲役を望んではいた。
 不敬罪という罪と、付随するべき罰を重く考えている様子だった。
 澪は平常運転で食事の出来や皆の反応に夢中で、レヴィの罪や罰には興味が無いようだった。
 僕が許したのならそれで構わないとだけ。
 識と環は今回の罰については妥当だと思う、と意見をくれた。
 ある程度確実な蘇生手段がある以上、殺人罪の罰を見直すのもおかしな事じゃないとも。
 あ、でも……。
 最初に賛成してくれた巴も、識、環も。
 不敬罪自体を見直すので無ければ、と条件付きの賛成だったな。

「不敬罪自体を無くす、と僕が言っていたら。巴は賛成してくれてた?」

 あれで本当に良かったのか。
 ふと目覚めたまま、答えを期待するでもなく天井を見て呟いた僕に返事をくれた巴を見る。
 といっても顔を横を向けるだけだ、巴は傍にいるから。

「……その内容でしたら反対しておりましたな。恐らくは環も。ですが澪と識はそれでも賛成に回った、と儂は読んでおります」

 横になったまま反対側に顔を向けると澪が静かな寝息を立てている。
 満足げな寝顔である。実に微笑ましい。
 薄い毛布こそ羽織っているけれど下は裸、身体のラインはしっかり浮き出ている。
 凄く魅力的だけど少しずつ見慣れて、今ではきちんと直視できるようになった。
 裸なのは僕と、巴も一緒だ。
 この世界では一夫多妻は当然の光景だ。
 巴と澪二人とこういう関係になった事も当然後悔はしてない。
 ただ……。

「なあ巴」

「至って自然のなりゆき故お気になさる事ではありませんとも」

「……こんな事で心を読むな」

「若の記憶や思考は許可なく覗けませぬ。表情から少しだけ予想しただけの可愛い悪戯でございます」

 二人と同時に夜を過ごすのも普通の範囲に収まるのか、と聞こうとしたら先に答えが待っていた。
 気にするな。
 自然だ。
 でもよくある事だとは言っていない。
 やれやれだな。
 話題も、自分発とはいえ本題から逸れちゃうし。
 溜め息を漏らしたい気持ちを抑えて注意するも、やけに可愛く、後半は艶を込めて言い返されると来たもんだ。
 大体、どういう方法でも心を読むなって話だよ。

「で? どうして不敬罪はいるのさ」

「簡単な事です。この先亜空で法というものが布かれ更に尊重されるものとして扱われるにせよ、変わらず若が絶対の存在である証の一つとして便利だから、です」

「僕の、証?」

「若は絶対者としての自覚が薄い」

「う」

「まあ、それは仕方ありません。願い成った者でもなければ悟り受け入れた者でもなく。今の若は全体的には絶大な力を有した一般人という分類に入ります。しかし特に亜空では若のお立場というものが出来上がりつつあります。今回の事でもそうですが」

 今回の事。
 レヴィの乱とか言い出す人まで出てくる始末だ。
 困ったもんだよな。

「別に罰など若がその都度判断なさっても、我らに託してくださっても自由です。ただ大切ななのは不敬罪という罪がある事。その罰はお尻ぺんぺんから斬首まで自由。そちらです」

「ああ、そういう事か。法律があろうとなかろうと、最悪僕が望めば合法的に誰だろうと好きに出来る。その根拠の一つとして不敬罪って項目はいると」

「ですな。かような事はせずとも本来は良い筈なのですが……あの羽虫アルエレメラどもや冒険者の来訪が増えた事で、住人たちがあまり身勝手な考えを持っても面倒がおきかねませんからな。先に手を打ったまで」

「僕は最初に巴に言ったように存在感の薄い大家さんで良いんだけどねえ」

「ふふ、懐かしいですなあ。あの頃は、澪の奴はもういたか? 確か……そう若の呼び名などを決める前後で」

「恐ろしい民主主義の暴力を見たね」

「ふ、あの場でも絶対の一票でご隠居に変えてもよろしかったものを、我が主はそうなさらなかった。微笑ましくもあり、危うくもあり。色鮮やかな思い出ですなあ」

 ……。
 あの時も。
 民主主義の多数決の理不尽や危険性を暗に僕に見せてくれてたのか?
 巴ならありうるか。
 あんまり好きじゃなさそうだからな、民主主義。
 確かに、僕も今は無条件にそのやり方が正しいとは思わない。
 亜空やツィーゲで数の暴力で何かを望まれても、僕が納得できない限りは従わない、そういう意思はある。
 何でもかんでも多数派に従うというのは少し違うんじゃないか。
 その程度のものともいえるけどね。

「まったく、優しいんだか厳しいんだか」

 優しいのはわかっている。
 厳しいのも守る為のものだってわかる。
 兄貴分のようで、細やかで。 

「お前と契約して、本当に良かった。ありがとな」

「大体ここは若のおられた国でもありませんからな、気に入らん住人は叩きだせる大家だと理解してない者の為の決まりも多少は必要なのですよ。あちらの世界のように無駄に住人に居座られて粘られ――へ?」

「ここまで物凄い時間かかったし、まだ甲斐性が足りてるとも思ってない。それでも、巴と会えて契約できた幸運を大事にするよ。これからも、ずっとだ」

「わ、若!?」

 巴が狼狽して頬から赤く染まる。
 してやったりだ。

「いっつも僕が赤くなるばっかりだからな。偶には巴のそういう顔も良いね」

「からか……いでは無いから、困る。儂も、若に侍る今が楽しく毎日心躍ります。こちらこそよく契約してくださいました。従者としても女としても、コンゴトモヨロシク、お願いしますぞ」

「っ、お前はまたあっちのネタを持ってくる!」

「……若様、私は? 私の事は」

「もちろん、大事に思ってるよ澪。ごめん、起こしちゃった?」

 少し長く話し過ぎちゃったか。
 澪を起こすほど話し込むつもりもなかったのに。
 ついつい昔話が弾んでしまった。

「楽しそうに話をなさってるんですもの」

 それまで巴に絡みつかれていたところに無言で澪が加わってくる。
 一気に色んな意味で密度が濃くなってしまった。

「ちょいと目が覚めて相談を受け取っただけじゃよ」

「男女がベッドで交わす言葉をぴろーとーくと言うんです」

「ん?」

「私も入れてくれないと嫌です」

「いやこれはピロートークなんて大層な代物でも……もう終わった感じだし……」

「はは、これは仕方ありませんな若。今宵は空が白むまで睦言を交わすと致しましょうか」

「ぴろーとーくですよ、巴さん」

「おう、そうじゃったな。すまんすまん。ではそうじゃな、そろそろ時効じゃろうし澪が料理を始めた頃の――」

「さ、させませんよ!?」

 おう。
 これは、もう。
 今日は寝れないって事だな。
 大分頑張ったからってのもあって心地よい疲れと眠気はあるんだけど。
 やっちゃったものは仕方ないか。
 一日徹夜したくらいでどうこうもならない。
 こういう夜もたまには良いか。

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