月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

リヴァイアサン・レヴィ

「随分とすっきりした顔してるじゃないか」

 レヴィが進化? したリヴァイアサンは海の上位竜なる別称さえもつ強力な種族らしい。
 ただ実際にあの世界の海で上位竜のやるような仕事を請け負ってるのは海王達で、リヴァイアサンは時折世界に出現する海の強種族の一つ、だそうだ。
 セル鯨でもレヴィが初めて目にするリヴァイアサンらしく、実際目にしてみて今はともかく将来的な強さは海王を凌ぐかもしれないと流れる冷や汗がやけに冷たく感じたとかなんとか。
 空気で満ちた座敷牢ゾーンに足を踏み入れるとセル鯨さん達の動向は遠慮してもらって僕は一人彼女の元へ。
 広々とした部屋、足触りも良さそうな絨毯にベッド、机。
 檻で区切られてなきゃホテルの一室だ、とても座敷牢なんて言えない豪華さだった。
 僕が来たのに気付いてたんだろう、レヴィはベッドの傍で正座してた。
 思わず僕が突っ込んだように。
 その表情は憑き物が取れたという表現がぴったりくる、晴れ晴れとした良い顔そのもの。

「若様……先日は見苦しい所をお見せしました。いえ、先日までしばらく……ですね」

「ハザル達や亜空に呼んだ冒険者に八つ当たりしたところで敗戦の傷なんて癒えもしなかった、と僕は思ってるんだけどさ。レヴィはどうなの」

 ハルカさんに完膚なきまでにやられたのが彼女のスランプの直接の原因のはずだ。
 ただリベンジはもう敵わない。
 僕が既に勝負をつけてしまっているから。
 そういうのもあって悶々とするレヴィにどう接するべきか、悩んでもいた。
 当のレヴィもスランプとヒューマンへの八つ当たりの根拠を明確に言語化できずにいて、多少気まずい雰囲気があったのも隠しようも無い事実だ。
 今日で何らかの進展があると良いんだけどな。

「私自身ずっと理由がわからない苛立ちと怒りと不安と妬みと、もう色々とぐちゃぐちゃになっててよくわからずにいたんです。でも、あの魔術師の馬鹿げた行動とその後のアレでスキュラである私がようやく種族に見合ったヒューマンへの憎悪をあの女に対して抱いていた事を理解して……」

「……」

「そしてスキュラの先が見えた」

「先ね、リヴァイアサンの事?」
 
「はい。私はローレルでその尻尾を掴みかけた。なのに、手が届かなくて逆に瀕死の無様を晒しました。今思い返せばきっと、私はあの時からずっと続きを求めてた。でも実際にやったのは種族だけ一緒の雑魚虐め。なんなんですかねえ、スキュラの特性に忠実にあろうとしたから? そこは未だにわかりません。ただ一つだけ」

「?」

「ハザル、馬鹿ですね」

「ああ間違いないな」

 唐突に何を言い出すかと思えば、亜空の共通認識を今更。
 どんだけ強力なレベルのうっかりなんだ、呪いかお前って思ってたらとうとう本当に死ぬ所までやらかしたんだぞ?
 あれを馬鹿と言わずに何というのか。
 しかも案じたラニーナの妊娠すら思い込みだったという残念っぷり。
 冒険者としても後衛としても男としても馬鹿でかい穴の開いた器の持ち主だと、我々もろとも震撼したよ。

「けれど、憎悪すべきヒューマンかと言えば違います。あれは愛すべき馬鹿。どてっぱらに穴が開いたアイツを見て、不謹慎にも私口から笑いが漏れちゃいましたよ」

「……おいおい、流石に殺し合って殺して笑うってのは……どうなの?」

 何だろうな、恥ずかしい。
 僕が思ってた理由は近い様で大分遠かった。
 的外れってやつですな。
 種族としての進化を追い求めて焦ってたみたいな事だろうか。
 結果としてアルパインとビルギットとの戦いで人殺しをした前後で至った、って事か。

「それで……若様。私はやはり極刑でしょうか」

 レヴィは彼女に似つかわしくない神妙な顔つきで僕を見て、尋ねた。
 
「……」

 それなー……。
 亜空でも初めてのケースだし、そもそも亜空の法って結構穴だらけの現状な訳で。
 生き死にが関わる事案となると僕の指輪の暴走でハイランドオークと冒険者を死なせた時だけど。
 あの時は生き残りの冒険者を始末してオークの皆に謝って、皆で火を囲んで……。
 状況が違い過ぎてあまり参考にならない。
 何より困った事は、僕が日本人として思う殺人の罪の重さのズレってやつだ。
 これは亜空でそのまま適用すべきじゃないのは明白でそこで既に僕の中で極刑、つまり死刑や樹刑、無期刑はない。
 ただレヴィが率直に口にしたように彼女に極刑をと考える亜空の民は一部でいる。
 彼らの根拠は僕が遵守すべきとして命じた事に背いたから、だ。
 ある程度の重罰を求める中には冒険者らに情を移したおもてなし組なんかがいる。
 
「私は若様が原則として守る様厳しく命じられた冒険者への無用な障害殺害を禁ずる、というお言葉に背きました。こうして亜空に置いていただきながら我ながら愚かな行動をしたと恥じております。ゆえにこの身に下される如何なる罰も逆らう事なく受け入れます」

「こと商会絡みだとさ、僕の言葉であってもそこまで重みはあったりなかったりするんだよねこれが」

「? しかし商会のお仕事と亜空では」

「困った事に僕の中ではそこまでの違いを意識してないんだ、これが。エマや巴によく叱られる」

「……お二人が正しいと、私も思います」

「うん。ただねえ、僕の命に背いたから極刑とかまだ少し、今の僕には重い」

「ですが、若様であれば背負う事は出来ると信じています」

「そうだね、いずれ近い内にはね。でも今は少しきつい。重過ぎる、ってのが素直な気持ち」

「……」

「それに亜空と外じゃ殺人も意味合いが違ってくる。何せここだと蘇生があるからね。蘇生が叶うなら、殺人の罪はその重さを少なからず変えると思う。特に蘇生が成功した場合は」

「あ……」

 そう。
 取返しが付かないからこそ殺しはより深刻な罪であり重い罰を科される。

「そしてその辺りの罪と罰の話は今のとこ僕らの間でもしてなくてさ。今回のレヴィの例を契機に考えるのは決定としても、じゃあそれで決まった事をレヴィ本人にそのまま決まりだからって当てはめるのはどうかと思うんだよね。これからどうするかとレヴィをどうするかは別に考えるべきだと僕は思ってる」

「何故でしょう。というか私にはその二つの違いがよく……」

 レヴィは僕の様子から事態がそれほど深刻な罰に繋がらないのでは無いかと読んだのか、慌て出す。
 どんな罰でもと既に口にしてたけど。
 彼女自身、ある程度以上の重い罰を望んでいるのかもしれない。

「これから亜空で殺しをやった者、僕の命の有無なんかについてはこれからの法として考える事。これをそのままレヴィにあてちゃうと遡及法になりそうな気がしてちょっとね。僕が知る限り余程卓越した支配者が独裁でもしない限り、過去に遡って法を適用するなんて荒業は使いこなせるもんじゃない。レヴィについては、まあ後で皆と話すけども……」

「……はい」

「元々は僕がローレルに連れて行った所に原因がある。だからそこまでの重罰を科すつもりはないし、話し合いがどうなろうとそこは譲らないつもり。レヴィには申し訳ないんだけどさ」

「私、は。ローレルであの女に遭遇したおかげでリヴァイアサンに至る道を見つけられた。その事に減刑の必要などは――!」

「レヴィが申し訳ないって感じてる人達にはさ。受ける罰じゃなく君自身の言葉で、きちんと謝って回って。これからどうするのかどうしたいのかも含めてね。ちゃんと迷惑をかけた皆と仲直りする。いいね」

「……う。はい」

「なら後はどんな罰にするか決めるよ。亜空ランキングへの参加を何年か見合わせるとか、種族としての力を活かして海での労務とか、澪の料理助手とか巴の茶やら陶芸の助手とか。まあそんな程度じゃないかな」

「あの……若様」

「なに?」

「海での労務以外、私としては物凄くしんどそうな罰が並んだのですけど」

「取り返せたとはいえやらかしたのも事実。それなりにレヴィが負担に思わなかったら意味がないでしょうよ。ちなみに労務だって暴力で活躍するようなのは考えてないぞ?」

「……」

「今夜には決まるから。あまりに凹んでるようなら励ましもいるかと思って気負ってきたけど、思ったより回復してて良かった。それじゃな、次は檻なしで会おうレヴィ」

 リヴァイアサンの特性とかはまた今度聞けば良いや。
 人型としてのナリは変わってないけど、凄い姿に変化できるようになってるかもしれない。
 巴と張るような蛇竜だったらさぞ映えそうだ。
 なんて事を考えながら港町で待機してるサリにもうすぐ行けるよと連絡する僕だった。

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