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七章 蜃気楼都市小閑編
閑話 ミスラ、許可をもらう
「一週間も? いくら大事な講義でも他の講義を全部休んでまで参加するほどの事かしら」
父さんはいつも通り寡黙だった。
母さんが否定的なのは少し意外だ。
神殿により評価される俺の事を誇りに思ってるのに、どうして先生の講義への参加を渋るんだろう。
「学園も注目してくれてる特別講義で、俺がここまで力をつけられたのもライドウ先生たちのおかげだから。折角だから最後まで皆と講義を受け切りたいんだ」
「それにしたって辺境都市に一週間だなんて。あそこは神殿もまともに機能しないくらい蛮族が集まる危険な所だって司祭様たちが仰ってるのを何度も聞いたわ」
ああ、行先の問題か。
確かにツィーゲは神殿関係者からは良く語られることがない街、いやもう今は国か。
だから蛮族の集まる場所かと言えば……違う。
俺ももう言われるがままに信じる子供じゃない。
要は神殿の力が及ばない場所や神殿の意向に否定的な、つまり神殿が思うようにできない連中だから悪しざまに言われているだけだ。
もっともツィーゲの場合、享楽の都とか欲望の街なんて呼ばれる事もあるのも事実だったりする。
この上俺があそこの大富豪レンブラント家のお嬢さんと付き合ってるなんて言ったら、母さんの浮かべる表情が目に浮かぶ。
「講義仲間の故郷でもあるから大丈夫だよ。それにライドウ先生と識さん両方が引率についてくれるからドラゴンが出ても魔族が出ても何とでもなるよ、多分」
「お金は? うちは、残念だけどそれほど余裕があるわけじゃないわ。わかってるわよね?」
それは稼ぎの多くを神殿に寄付しているから。
今に始まった事でもない。
「今回は学園がかなりの補助金を出してくれる。残りは俺の……バイト代とか小遣いで何とかなるんだ。お金の心配はいらないよ母さん」
「……そう」
うん?
どうしてこうも……?
「失礼、少々よろしいでしょうか?」
「シナイ様!」
声に反応して振り返ると見慣れた男性がいた。
ロッツガルドの神殿務め、出世街道に乗ってる人だ。
母さんが嬉しそうに彼の名前を呼ぶ。
そう、シナイっていったっけ。
少し前までは神殿に就職するつもりでいたけど、今は迷ってる。
だからか、少し彼にも苦手意識がある。
あまり会いたくなかったんだけどな。
「……ようこそお出で下さいました、シナイ様。筆頭司祭へのご昇進おめでとうございます」
父さんが柔らかい口調で司祭様を迎え入れた。
「ありがとうございます。異例の人事ではありますが、この身を粉にして皆様の信仰をお手伝いしたいと考えております」
ああ、確か。
司教様、シーマ様が姿を消したんだとか聞いた気がする。
行方不明のまま、なんか強引な人事があったって事なのかな。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
俺と母さんも祝いの言葉を贈る。
「ありがとうございます。ミスラ君、学園トップクラスの実力者に名を連ねて尚変わらず勉学と鍛錬に励んでいると神殿の奥にまで評判が聞こえてきます。素晴らしい事です。君とご両親の信仰の賜物なのでしょうね」
……。
「シナイ様にお褒め頂けるなんて光栄な事です! ミスラ!」
「はい。ありがとうございますシナイ様」
「いえいえ。それで……例のお話なんですが」
「すみません、実は学園の方で特別な講義があるんだとかでまだ……。学園生活なんて神殿に入って奉仕する為の下地なんですから出来れば休ませる方向で言い聞かせるつもりではおります」
「……。特別講義、と? それは、ミスラ君の」
「はい、ライドウという臨時講師の講義だそうで認可も既に下りているんだとか。確かにこの子が才能を開花させる切っ掛けの一つにはなったのでしょうが、私はどうも気が乗らなくって。だってそうでしょう? 折角今の時期から神殿のお仕事を特別に体験させて頂ける機会があ――」
そういうことか。
だから俺が特別講義に行って神殿を蔑ろにするのは嫌だと。
「いやいや!」
「?」
「彼はロッツガルド学園の学生なのです。であれば学生の本分である学業こそ最も優先すべきでしょう。特別講義とは学園でもそれこそ何十年ぶりかで実施される行事の筈。ミスラ君にとって必ずプラスになると思いますよ? 神殿の仕事なぞ正式に神殿騎士になってからでも遅くはありませんとも。ああ、良い時にきました。して、特別講義とはどのようなものなのでしょうか? お聞きしても?」
「ミスラ」
「一週間ほど学園を離れ、僕らの場合はツィーゲという街で見識を広めると聞いています」
「ツィーゲ……学生であそこで通用すると、ライドウ殿が考える程に……ほぅ」
「修学旅行という名前の特別講義なのだそうです。学園からも補助金が出ていて、今回の結果次第では他の常勤講師の方々も採用するかもしれないらしいです」
「なるほど、なるほど。実に有意義な時間になりそうですね」
シナイは目に打算と計算の濁った光を宿しながら母さんを説得にかかった。
説得と言っても、神殿の熱狂的な信者である母と出世して筆頭司祭になったシナイ。
ほぼ無抵抗に母さんは折れた。
ちなみにうちの母さんは若く見える。
それはもう若く見える。
冗談抜きでダエナんとこの奥さんと同年代といって紛れても通用しそうなくらい、肌も顔立ちも若く美しい。
女神の信徒としてかくあるべきというほどに。
実際何度も神殿の信徒として模範的であるとお褒めの言葉を頂いたり表彰されたりしてる。
年齢が出やすい首筋あたりや手なんかを見ても実年齢通りにはとても……。
しかし複雑な気分だ。
助かったというべきか、会いたくない人に会って気分は最悪というべきか。
「シナイ様、母の説得ありがとうございました。必ず沢山の事を学び、経験して参りたいと思います」
一応、礼は言っておく。
多分俺はもう神殿には就職しないけど。
母さんの怒りをどうかわすか、しっかり考えなくちゃな。
「うん。そうだ、ミスラ君。私からの餞別という訳ではないが、明日エステに来なさい。特別コースを手配しておくから旅の前に身体を磨き精神を穏やかに保っておきなさい」
「……ありがとうございます、是非」
断れる類の提案じゃない。
母さんの目は迷いなく頷けと圧をかけてくるしね。
正直エステとかどうでもいい。
それでも、僕はこの家で生まれ育って神殿と関わり続けて生きてきた。
ここまできてしまったのだから、せめて学生の間は付き合わなくては申し訳なくもある。
ただ……じゃあ卒業後どうするかと聞かれるとレンブラント商会で下働きから始めるみたいな安易な発想しか浮かんでこない。
ユーノの親父さんか……一度か二度お見掛けしたくらいだ。
ライドウ先生曰く、娘の彼氏は密かに型にはめていくスタイルの人、と聞いている。
俺は、大丈夫だよね?
レンブラント商会に就職以前に吊るされたりはしない、よな?
「噂に聞くツィーゲも、エステや化粧では神殿に及ばぬようですからね。しっかりとその差を、信仰の差を学んできてください」
「……はい」
何故だろうか。
楽しい修学旅行気分だったのに、今はどうにも。
前と後ろをドラゴンに塞がれたかのような、そんな追い詰められたような気分だよ。
父さんはいつも通り寡黙だった。
母さんが否定的なのは少し意外だ。
神殿により評価される俺の事を誇りに思ってるのに、どうして先生の講義への参加を渋るんだろう。
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「それにしたって辺境都市に一週間だなんて。あそこは神殿もまともに機能しないくらい蛮族が集まる危険な所だって司祭様たちが仰ってるのを何度も聞いたわ」
ああ、行先の問題か。
確かにツィーゲは神殿関係者からは良く語られることがない街、いやもう今は国か。
だから蛮族の集まる場所かと言えば……違う。
俺ももう言われるがままに信じる子供じゃない。
要は神殿の力が及ばない場所や神殿の意向に否定的な、つまり神殿が思うようにできない連中だから悪しざまに言われているだけだ。
もっともツィーゲの場合、享楽の都とか欲望の街なんて呼ばれる事もあるのも事実だったりする。
この上俺があそこの大富豪レンブラント家のお嬢さんと付き合ってるなんて言ったら、母さんの浮かべる表情が目に浮かぶ。
「講義仲間の故郷でもあるから大丈夫だよ。それにライドウ先生と識さん両方が引率についてくれるからドラゴンが出ても魔族が出ても何とでもなるよ、多分」
「お金は? うちは、残念だけどそれほど余裕があるわけじゃないわ。わかってるわよね?」
それは稼ぎの多くを神殿に寄付しているから。
今に始まった事でもない。
「今回は学園がかなりの補助金を出してくれる。残りは俺の……バイト代とか小遣いで何とかなるんだ。お金の心配はいらないよ母さん」
「……そう」
うん?
どうしてこうも……?
「失礼、少々よろしいでしょうか?」
「シナイ様!」
声に反応して振り返ると見慣れた男性がいた。
ロッツガルドの神殿務め、出世街道に乗ってる人だ。
母さんが嬉しそうに彼の名前を呼ぶ。
そう、シナイっていったっけ。
少し前までは神殿に就職するつもりでいたけど、今は迷ってる。
だからか、少し彼にも苦手意識がある。
あまり会いたくなかったんだけどな。
「……ようこそお出で下さいました、シナイ様。筆頭司祭へのご昇進おめでとうございます」
父さんが柔らかい口調で司祭様を迎え入れた。
「ありがとうございます。異例の人事ではありますが、この身を粉にして皆様の信仰をお手伝いしたいと考えております」
ああ、確か。
司教様、シーマ様が姿を消したんだとか聞いた気がする。
行方不明のまま、なんか強引な人事があったって事なのかな。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
俺と母さんも祝いの言葉を贈る。
「ありがとうございます。ミスラ君、学園トップクラスの実力者に名を連ねて尚変わらず勉学と鍛錬に励んでいると神殿の奥にまで評判が聞こえてきます。素晴らしい事です。君とご両親の信仰の賜物なのでしょうね」
……。
「シナイ様にお褒め頂けるなんて光栄な事です! ミスラ!」
「はい。ありがとうございますシナイ様」
「いえいえ。それで……例のお話なんですが」
「すみません、実は学園の方で特別な講義があるんだとかでまだ……。学園生活なんて神殿に入って奉仕する為の下地なんですから出来れば休ませる方向で言い聞かせるつもりではおります」
「……。特別講義、と? それは、ミスラ君の」
「はい、ライドウという臨時講師の講義だそうで認可も既に下りているんだとか。確かにこの子が才能を開花させる切っ掛けの一つにはなったのでしょうが、私はどうも気が乗らなくって。だってそうでしょう? 折角今の時期から神殿のお仕事を特別に体験させて頂ける機会があ――」
そういうことか。
だから俺が特別講義に行って神殿を蔑ろにするのは嫌だと。
「いやいや!」
「?」
「彼はロッツガルド学園の学生なのです。であれば学生の本分である学業こそ最も優先すべきでしょう。特別講義とは学園でもそれこそ何十年ぶりかで実施される行事の筈。ミスラ君にとって必ずプラスになると思いますよ? 神殿の仕事なぞ正式に神殿騎士になってからでも遅くはありませんとも。ああ、良い時にきました。して、特別講義とはどのようなものなのでしょうか? お聞きしても?」
「ミスラ」
「一週間ほど学園を離れ、僕らの場合はツィーゲという街で見識を広めると聞いています」
「ツィーゲ……学生であそこで通用すると、ライドウ殿が考える程に……ほぅ」
「修学旅行という名前の特別講義なのだそうです。学園からも補助金が出ていて、今回の結果次第では他の常勤講師の方々も採用するかもしれないらしいです」
「なるほど、なるほど。実に有意義な時間になりそうですね」
シナイは目に打算と計算の濁った光を宿しながら母さんを説得にかかった。
説得と言っても、神殿の熱狂的な信者である母と出世して筆頭司祭になったシナイ。
ほぼ無抵抗に母さんは折れた。
ちなみにうちの母さんは若く見える。
それはもう若く見える。
冗談抜きでダエナんとこの奥さんと同年代といって紛れても通用しそうなくらい、肌も顔立ちも若く美しい。
女神の信徒としてかくあるべきというほどに。
実際何度も神殿の信徒として模範的であるとお褒めの言葉を頂いたり表彰されたりしてる。
年齢が出やすい首筋あたりや手なんかを見ても実年齢通りにはとても……。
しかし複雑な気分だ。
助かったというべきか、会いたくない人に会って気分は最悪というべきか。
「シナイ様、母の説得ありがとうございました。必ず沢山の事を学び、経験して参りたいと思います」
一応、礼は言っておく。
多分俺はもう神殿には就職しないけど。
母さんの怒りをどうかわすか、しっかり考えなくちゃな。
「うん。そうだ、ミスラ君。私からの餞別という訳ではないが、明日エステに来なさい。特別コースを手配しておくから旅の前に身体を磨き精神を穏やかに保っておきなさい」
「……ありがとうございます、是非」
断れる類の提案じゃない。
母さんの目は迷いなく頷けと圧をかけてくるしね。
正直エステとかどうでもいい。
それでも、僕はこの家で生まれ育って神殿と関わり続けて生きてきた。
ここまできてしまったのだから、せめて学生の間は付き合わなくては申し訳なくもある。
ただ……じゃあ卒業後どうするかと聞かれるとレンブラント商会で下働きから始めるみたいな安易な発想しか浮かんでこない。
ユーノの親父さんか……一度か二度お見掛けしたくらいだ。
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俺は、大丈夫だよね?
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