月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

異世界

 人が十人並んでもゆったりと歩ける大通り。
 言うまでもなく隙間ない石畳が敷かれ、何故か凹凸は殆ど感じない。
 後ろから前へ、大量の人の歩みが流れを作りあげ容易に立ち止まれない。
 人、人、人。
 ヒューマンばかりでなく亜人や、一見魔物にしか見えない生物までもが群れを成している。
 特に外と比べて気温が高い訳ではないのに、一種の熱気が渦巻くその街は佇んでいるだけで汗ばんでくるかのような独特の熱を全体に纏っているようだった。
 都市国家ツィーゲ。
 辺境の雄にして怪物たちの住まう街。

『……』

 ジン達は言葉を失っていた。
 里帰りでもあるシフとユーノもまた、それなりの驚きを胸の奥に抑え込んでいた。
 ほんの数か月離れただけでまるで別の街に変わってしまったような、呆れるしかない変貌を続ける故郷。
 ここで彼女たちの父は先陣を切って開発と発展の舵取りをしているというのだから、姉妹はただただ感嘆するばかりだ。
 師であるライドウですら畏敬の念を抱くという父と、自分たちの知る父の姿が果てしなく乖離していくのが彼女たちのちょっとした悩みでもあった。

「玄関口、また広くなってるね」

「そうね。これだけの人の出入りがあるんですから当然かもしれませんけれど……ここの職人たちは腕も良ければ手も早いですね、呆れるほどに」

「……」

 そんなロッツガルド学園の生徒たちを識が引率者として見守っている。
 念のため人波からは離れた場所に誘導してツィーゲの「空気」に学生を慣らしているかのような。
 それは新しく水槽に入れる魚の環境調整を念入りにしている光景に似ていた。

「はぁ~~」

 ジンが大きく息を吐く。
 浮足立った自分を落ち着かせるためのものだろうか。
 そろそろか、と識も学生らに向けて口を開こうとしたその時。

「そうか、異世界ってやつか」

「っ」

 ジンは盛大に現実逃避した。
 街として都市として、在り様が根本から受け入れられなくなってしまったようだ。

(まだ若い身だというのに、ロッツガルド学園の常識というのも存外厄介なものか……)

 声なき嘆息が識の口から漏れ出た。
 これが真なら、ジンに盛大な突っ込みを入れていただろう。

「……さて」

『!』

 しばらく沈黙していた識が口を開いた事で学生らの注目が彼に集まる。

「全員、街の簡易地図は持っていますね?」

『はい!』

「若様からは自由行動で夕方落ち着いた頃にレンブラント商会集合で、と提案されていたのですが君たちの様子を見る限りどうも危なっかしい。馬車を手配しましたのでまず街の名所でもあるレンブラント商会に向かうとしましょう」

「え」

「あぁ……」

「いきなり帰省では盛り下がりますか、シフ、ユーノ」

「しょ、正直に言いますと……はい」

「せめて冒険者ギルド辺りをクッションにして欲しかったと言いましょうか」

「ふむ……冒険者ギルドですか。確かにあそこも独特な作りをしていますか。前の広場での散財が少し心配ではありますが……悪くもないですね。では、シンプルに多数決で決めましょう。レンブラント商会直行、または冒険者ギルド見学を経由。好きな方に挙手を。では――」

 もともとシフとユーノは実家に直行したくはない訳で。
 二票は初めから行き先が決まっている。
 結果は全員一致で冒険者ギルド経由。
 仲間想いな事だ、と内心で識が苦笑した。

「こ、個人的には馬車も使わず歩いて色々見ながら行きたいけれど……」

 道路も建物も興味深いものが密集している状況にイズモが呻く。
 土建に目覚めた彼にとっては街全体が宝の山に見えていた。

「イズモ。それでは間違いなく迷子になるから馬車を手配したんです。やはり初見でこの人混みに対処するのは簡単ではありません。少し、感覚を間違えていました」

 雑踏が引き裂かれていき、大型で豪華な馬車が姿を現した。
 多少動きが遅れる者もいたが予め予定されていたかのような見事な動きだ。
 まるで信号でもあるみたいに。
 馬車によって優先度を振り分け、それを外装の見える位置につけた紋章で歩行者にも判断できるようにしているだけの話だが既に一見の観光客や街に来てごくごく日が浅い者以外には浸透しているシステムでもある。
 ツィーゲはこうしたルールの公布や施行が上手い。
 とにかく迅速で、特に街の中心部に働く者らなどは当日には連絡を受けて対応し始めるほどだった。
 これまたレンブラントら、限られた一部の変態商人の手によるものだったりする。

「識さん、冒険者ギルドって学園都市にあるのとそんなに違うんですか?」

「全く違います。学園都市の冒険者ギルドも他と比べて特異な存在ですから余計に違いは際立つでしょう」

「……学園都市の冒険者ギルドは甘いって事でしょうか」

「ん……甘い、ですか。ミスラ、近いですが正解でもありません。確かにあそこはぬるま湯という言葉がぴたりとあてはまります。が、それは土地に最適化した結果というか丁寧な気質もあいまって勘違いされている部分というか」

「?」

「良くも悪くも学園都市のギルドは丁寧ですね。ギルド長ファルス氏が基本的に常駐している恩恵かもしれません」

「じゃあツィーゲの冒険者ギルドは」

「まあ、彼も今はこっちにいますがね。っと、ええ、ここの冒険者ギルドは良くも悪くも放任です。少し前は冒険者がパタパタ死んでいましたので必要以上に構ってもいましたが今は軌道に乗っていますからね。若様が不甲斐ない冒険者にテコ入れしたおかげですよ、まったく」

「パタパタ……」

 凄腕の冒険者がそんなに死んでいく街でこれほどの活気があるものなのか、いやそもそもの前提として凄腕の冒険者ほど経験を積み死なないものなんじゃないのかとミスラが首をひねる。

「私が知ってる元々のツィーゲはそうでしたー」

「同じく、です。冒険者といえば欲望の赴くままに荒野に吸い寄せられては死んでいくイメージでした」

「数少ないレンブラント氏の恩寵届かぬ者たちでした。力不足か時間不足かはわかりませんが、若様と手を組んだ事で飛躍的に街が発展し変化していっているのは二人も知っているところですね」

「はい、それはもう」

「元気になった頃にはナニカが渦巻いてそこかしこに前兆がキラキラしていました」

「で、冒険者が優良な資源として作用するようになり十分な燃料と優秀な舵取りを備えたツィーゲは爆発的な進化を遂げていったという訳です。世界でここでしか存在しないルールが次々と生まれ、毎日経済が膨れ上がっていく。人と物が集まり続ける結果がどうなるのか。その問いの答えは今まさにここで実験されている最中と言える」

「識さん?」

「かもしれませんね、はは。さて、それでは皆さん待望の冒険者ギルド前に到着です。馬車にはしばらく待ってもらって皆さんには降りてもらいましょう」

 雑談で軽く歴史に触れながらツィーゲを少しずつ説明していく識。
 街の在り様や歴史を知っておかなくては正しく物事を理解できなくなる可能性が高い。
 最初に降りたジンは入り口とはまた異なる、だが決して劣ってはいない活気に自然と笑みが浮かぶのがわかった。

「識さん、入り口が二つもあるんですが、どちらに向かえばいいでしょうか!」

「うるせえぞガキが!! どこの金持ちだか知らねえがギルド前にでけえ馬車を直付けするなんざ非常識だろうが!」

「おっと、失礼」

 ジンの大声に反応した冒険者の一人が非礼を責める。
 この馬車に付いた紋章の価値は一回の冒険者が気安く声をかけられるほどなまぬるい代物ではないのだが彼にはまだそこまではわからない様子だった。
 仕方なくジンが振り向いて質問に応えをもらおうとするが、そこに識の姿はない。

「あ!? 親ならきちんとガキの世話、を……」

「ええ、仰る通りですね気をつけます。シフ、どうぞ」

「ん、お前、し……きさん!? げえぇっ!? それにシフ=レンブラント!? よくみりゃ、この、この馬車紋……議会の!」

「それで、そちらは? どこの、誰だ?」

 途中からにこやかなまま識の口調と声色が変わる。
 しかし失礼しました、と男が回れ右をしてダッシュしてギルドに消えていくのが一瞬早かった。
 
「えっと……」

 すぐ脇を男が駆け抜けていったジンは複雑な表情で識を見た。

「一つは荒野専用の入り口ですよ、ジン」

「あの冒険者は」

「あれでもそこそこ腕の立つ冒険者です。彼らが皆礼節まで弁えている訳ではありませんから皆も態度や言葉に気をつけるように。ここではその制服も万能の印籠にはなりませんので」

「強い、って事っすか」

「レベルは三百前後でしょうかね、見た目と言動はチンピラじみていてもあれで皆を相手にして一人で完勝するくらいの力は持っていますよ」

『!!』

「ココはそういうところです。肌で理解するのはまだ少しかかりそうですが……手荒く冒険者ギルドというのも実はアリかもしれませんね。初日はまず立場や諸々を理解してもらう事に徹すればよいかと遠慮していました」

 ハハハといつもの講義の調子で笑う識。
 その、声色だけは穏やかで優し気な笑い声を聞きジン達が気を引き締める。
 これは旅行でもあるが特別講義でもあるのだと。
 異世界などというあり得ない空想で現実逃避している場合ではないぞ、と。
 周辺をやたらと美味しそうな香りに包まれ二つの入り口を持つツィーゲ独自の冒険者ギルドを前にロッツガルド史上初の修学旅行生たちがゴクリと息を呑むのだった。
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