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七章 蜃気楼都市小閑編
時代は動き出す
僕に放たれた一撃は相当な威力があった。
ロナに似合わない武術の突き。
はおまけで本命はあの黒い雷だろう。
でも魔族が女神の寵愛の極みみたいな雷属性を扱える訳が無い。
確かにあれが彼女の切り札なら、僕には全く想像がつかない。
今でもかなり混乱しているくらいだ。
僕の後方に生えてた石樹が何本も砕け散り、多分今後何かの間違いでここに来た冒険者がホクホク顔で持ち帰って小遣いにするんだろうな……。
なんて事を僕は今識と環に診察してもらいながらぼーっと考えている。
あの後、リスイはベースに送り届けた。
で死ぬかと思ったけど倒れるでもなくやり過ごせはしたから、多少ふらっとしながら亜空に戻った。
巴と澪にロナを任せたのはまずかったかな、なんて思いつつね。
「で、ここ?」
識たちに事情を話して体の状態を診てもらってたところ、巴と澪がロナを引きずって戻ってきた。
亜空に連れてきたか―。
まあ、ここなら同じ魔族のサリと偶然会う事もないか。
「ツィーゲも考えたんですがな、若にかましたアレがちらつきまして」
「すぐに始末してしまう訳にはいかないと巴さんが言うので、なら不本意ですがこちらに連れてくるしかと……。若様、お体大丈夫ですか?」
「……」
巴も言葉にはしないけど気にしてくれてる、と。
ありがたい。
「今まさに診てもらってるとこ。識先生が終わったから今から環先生だよ」
「ひとまず、普通の回復魔術で対応できました」
「……本当じゃな?」
「身内しかいないこの場で偽りなど申しませんよ」
巴、心配性だな。
……というかロナ、まだ何の手当ても受けていない感じですネ。
「あー、識。済んだばかりで悪いんだけど、ロナの方も頼む」
「はい、若様。すぐに解剖の準備を」
「違ーう! っ、痛ぅ」
「若様!? 痛みがどこか残っておりましたか!?」
「い、いや。どうかな、確かに治してもらった感じはあるし、動くのに問題はないんだ。ただ、何というか節々が若干痛む、ような……」
どういう事だろ。
治った感覚は確かにある。
ただ、この感覚は懐かしい……。
そうだ、子供のころを思い出す。
ちょっとした事でぶっ倒れたり怪我をしたりで家族に迷惑ばかりかけていたあの頃。
体がそれを当たり前の物だと痛みを受け入れてる感じ。
痛みの記憶が体か記憶にこびりついてるような、あの感覚だ。
「ロナをばらしている場合ではありませんね。環、そちらで何か掴んでいますか?」
「体の方は識さんの治療で完治していると思います。私の方で特殊な部類の魔術や呪いの痕跡を探っていますが特にに目立った異常はありませんね」
識が場を和ませるのにボケたのかと思いきや、意外と真面目にロナをモルモットにする気でいるのか?
他の三人が一切そこに突っ込まないのも気にかかるんですけど。
「攻撃の種類はどんなものじゃったと予想する?」
巴が識と環に尋ねる。
「魔術ですね。信じ難い事ですが若様の障壁と魔力体を全部打ち破った上で体を貫通する性質の攻撃魔術を受けたと思われます」
「同意見です。加えるならつい先日、巴様やエマ様も似たような性質の攻撃を受けておられますね。お二人が見た通りの属性魔術ではないでしょうか」
「……雷か。だがアルテは女神の使徒、それに雷といっても赤いものだったが……」
「私は直接見た事はありませんね。ただ、あまりよくないものだとは直感しました」
巴の問いに識と環が答える。
雷属性については澪は見た事ないけど巴は直接味わってる。
あいつは確か、色がどうとか言ってたな。
アルテの言葉を信じるとすれば雷にも使い手によって赤もあれば黒もある訳か。
「女神の使徒のみが使うとされる雷属性の魔術についてはまだわかっている事が少ないのが現状です。目立った後遺症こそ見られませんが、魔術ではなく医術の観点から申し上げるなら真様のお身体には神経も筋肉も、相当な負荷、ストレスとでもいうものが残っているように見受けられます。つまりひどく消耗してお疲れになっている、いえ正確にはまだ結論が出せませんね」
環も雷属性については詳しくないか。
この状況で主にあたる僕に関する事で嘘は言えないだろう。
ならますますロナを殺させる訳にはいかないよね。
「ロナは……明らかに普通の状態じゃなかった。言葉のやり取りもまともにできなかった。でもあの黒い雷については自分の物としてしっかり使ってた。最後、一瞬で距離を詰めてきたのは雷属性の魔術だと思う。だから、今すぐにロナをどうこうするってのはなし。まずは解剖じゃなくて治療」
「しかしせっかく瀕死まで追いつめたのですから」
「これはロナが勝手に自爆したの。僕に一撃入れてからね」
「術の代償かもしれませんね」
「亜空に連れてきちゃったのはともかく、ここならさほど心配もいらないでしょ。脱走も考えなくていい」
仮に伝染するような呪いがあったらまずいから、亜空に戻った僕は識と環を伴って場所を移した。
ここは、海王が都を構える海底都市の郊外。
海溝の底に作った収容所だ。
治療だけならハイランドオークのエマも頼りになるけど雷属性は彼女にとってもあまり良くない思い出だろうから今回は待機してもらってる。
ただ薬や物資の調達を引き受けてくれてるから何か頼めばすぐに持ってきてくれるのは間違いない。
エマもあの件以来「戦う力も怠けていてはいけませんね、私随分と鈍っていたようです」と可憐に微笑みながら鍛錬を一層厳しいモノにグレードアップしたらしい。
アルテが反則だっただけでエマは今でも亜空有数の魔術師なんだけどね。
「巴殿と澪殿がロナをここに連れてきたという事は……」
識が嫌な予感に言葉を詰まらせる。
「……うむ。若も察しておられるだろうが、ロナは帝国の方の魅了を受けている可能性がある」
「ええ、臭いです」
やっぱりか。
ローレルで見た目に似てる気がしたんだ。
でも一緒ではなかった。
魅了にも種類があるとかやめてくれよ、面倒臭いからさ。
「真様?」
環が最終確認という感じで僕にも聞いてきた。
はいよー。
「うん、僕もロナは何らかの形で魅了の影響を受けたと思う」
「そう、ですか。魔将とはいえ女性ですから、かの勇者のスキルを食らいやすいのでしょうか……」
環は考え込んでいるのか黙り込んだ。
「……なるほど」
「識?」
「ロナは諜報と裏工作を主に司る魔将です。帝国や王国に近づく機会も一番多い。本調子でないとしても現に今回などツィーゲを通過してベースまで軽々と来ていますし」
「うん」
「事前の連絡に、個人で、敵う筈もない若様への殺害予告。猪突猛進という一番らしくない仕掛け方」
「……」
「これまで見た事もない必殺の切り札が雷属性。ロナの性格を考えれば、ふむ」
「識?」
「なんじゃ、気付いた事があるならさっさと話さんか」
巴に促され識は倒れて放り出されたままのロナに近づくと、その顎をくいと持ち上げて自分の方を向かせた。
「詳しくは治した後に洗いざらい聞き出すとして、今の私の推論としましては――」
『……』
「ロナは自分が魅了を食らってしまった時の安全装置として若様を利用した、かもしれません」
「安全装置。確か、ロナが何で死んでないんだって聞いてきた後にそういった気がする」
「……帝国の勇者の下に降る前に若様を殺して手土産にするというような何らかの暗示か強制力がある魔道具を使って自分を縛っておいた、というような」
「……で返り討ちにされるつもりだったって事?」
何て事に利用してくれてんだ、ロナ。
そこまでしてゼフ陛下の害になりたくないのかよ。
「ええ、若様ほど確実に自分を止める、或いは殺せる存在はいないと思ったとしても不思議はありません。それだけの事をクズノハ商会も若様もしてきていますから」
「なんて嬉しくない評価だ」
「ひとまず、我々で継続して若様とロナを診ます。数日は不自由があるかもしれませんが経過観察させてください若様」
識が深く頭を下げる。
ふと気配を感じて横を見ると環も同様に頭を下げている。
まあ、仕方ないか。
しかし魔将まで魅了に落ちたとすれば、帝国はかなり魔族を攻めている事になるな。
智樹、あいつ。
いや戦争の状況全ては僕らだってわかりはしない。
あいつが妙に焦っているように感じる、なんて今口にすべきでもない。
ただ魔将の不在は明らかに魔族軍にとって大きな損害になる。
リミアも単に兵站だけじゃなく、帝国軍に加わって大きく攻め込むかもしれない。
「こりゃあ、ちょっと大きな戦争になっちゃうかもしれないか」
「むしろ魔族どもがロッツガルドの件以来、妙に静か過ぎたのがおかしかったのやもしれませんな」
『……』
巴の言葉が優しい。
僕も手を貸したツィーゲの独立だって世界にとってはそれなりの刺激だったと思うし、女神の使徒アルテとの戦いだってヒューマンに影響が無かった筈がない。
なのに、そこには触れずに飄々としてまあ。
ありがとな。
巴にならって本当に思った事は言葉にせず、僕はただ彼女を見て頷くだけにしておいた。
ロナに似合わない武術の突き。
はおまけで本命はあの黒い雷だろう。
でも魔族が女神の寵愛の極みみたいな雷属性を扱える訳が無い。
確かにあれが彼女の切り札なら、僕には全く想像がつかない。
今でもかなり混乱しているくらいだ。
僕の後方に生えてた石樹が何本も砕け散り、多分今後何かの間違いでここに来た冒険者がホクホク顔で持ち帰って小遣いにするんだろうな……。
なんて事を僕は今識と環に診察してもらいながらぼーっと考えている。
あの後、リスイはベースに送り届けた。
で死ぬかと思ったけど倒れるでもなくやり過ごせはしたから、多少ふらっとしながら亜空に戻った。
巴と澪にロナを任せたのはまずかったかな、なんて思いつつね。
「で、ここ?」
識たちに事情を話して体の状態を診てもらってたところ、巴と澪がロナを引きずって戻ってきた。
亜空に連れてきたか―。
まあ、ここなら同じ魔族のサリと偶然会う事もないか。
「ツィーゲも考えたんですがな、若にかましたアレがちらつきまして」
「すぐに始末してしまう訳にはいかないと巴さんが言うので、なら不本意ですがこちらに連れてくるしかと……。若様、お体大丈夫ですか?」
「……」
巴も言葉にはしないけど気にしてくれてる、と。
ありがたい。
「今まさに診てもらってるとこ。識先生が終わったから今から環先生だよ」
「ひとまず、普通の回復魔術で対応できました」
「……本当じゃな?」
「身内しかいないこの場で偽りなど申しませんよ」
巴、心配性だな。
……というかロナ、まだ何の手当ても受けていない感じですネ。
「あー、識。済んだばかりで悪いんだけど、ロナの方も頼む」
「はい、若様。すぐに解剖の準備を」
「違ーう! っ、痛ぅ」
「若様!? 痛みがどこか残っておりましたか!?」
「い、いや。どうかな、確かに治してもらった感じはあるし、動くのに問題はないんだ。ただ、何というか節々が若干痛む、ような……」
どういう事だろ。
治った感覚は確かにある。
ただ、この感覚は懐かしい……。
そうだ、子供のころを思い出す。
ちょっとした事でぶっ倒れたり怪我をしたりで家族に迷惑ばかりかけていたあの頃。
体がそれを当たり前の物だと痛みを受け入れてる感じ。
痛みの記憶が体か記憶にこびりついてるような、あの感覚だ。
「ロナをばらしている場合ではありませんね。環、そちらで何か掴んでいますか?」
「体の方は識さんの治療で完治していると思います。私の方で特殊な部類の魔術や呪いの痕跡を探っていますが特にに目立った異常はありませんね」
識が場を和ませるのにボケたのかと思いきや、意外と真面目にロナをモルモットにする気でいるのか?
他の三人が一切そこに突っ込まないのも気にかかるんですけど。
「攻撃の種類はどんなものじゃったと予想する?」
巴が識と環に尋ねる。
「魔術ですね。信じ難い事ですが若様の障壁と魔力体を全部打ち破った上で体を貫通する性質の攻撃魔術を受けたと思われます」
「同意見です。加えるならつい先日、巴様やエマ様も似たような性質の攻撃を受けておられますね。お二人が見た通りの属性魔術ではないでしょうか」
「……雷か。だがアルテは女神の使徒、それに雷といっても赤いものだったが……」
「私は直接見た事はありませんね。ただ、あまりよくないものだとは直感しました」
巴の問いに識と環が答える。
雷属性については澪は見た事ないけど巴は直接味わってる。
あいつは確か、色がどうとか言ってたな。
アルテの言葉を信じるとすれば雷にも使い手によって赤もあれば黒もある訳か。
「女神の使徒のみが使うとされる雷属性の魔術についてはまだわかっている事が少ないのが現状です。目立った後遺症こそ見られませんが、魔術ではなく医術の観点から申し上げるなら真様のお身体には神経も筋肉も、相当な負荷、ストレスとでもいうものが残っているように見受けられます。つまりひどく消耗してお疲れになっている、いえ正確にはまだ結論が出せませんね」
環も雷属性については詳しくないか。
この状況で主にあたる僕に関する事で嘘は言えないだろう。
ならますますロナを殺させる訳にはいかないよね。
「ロナは……明らかに普通の状態じゃなかった。言葉のやり取りもまともにできなかった。でもあの黒い雷については自分の物としてしっかり使ってた。最後、一瞬で距離を詰めてきたのは雷属性の魔術だと思う。だから、今すぐにロナをどうこうするってのはなし。まずは解剖じゃなくて治療」
「しかしせっかく瀕死まで追いつめたのですから」
「これはロナが勝手に自爆したの。僕に一撃入れてからね」
「術の代償かもしれませんね」
「亜空に連れてきちゃったのはともかく、ここならさほど心配もいらないでしょ。脱走も考えなくていい」
仮に伝染するような呪いがあったらまずいから、亜空に戻った僕は識と環を伴って場所を移した。
ここは、海王が都を構える海底都市の郊外。
海溝の底に作った収容所だ。
治療だけならハイランドオークのエマも頼りになるけど雷属性は彼女にとってもあまり良くない思い出だろうから今回は待機してもらってる。
ただ薬や物資の調達を引き受けてくれてるから何か頼めばすぐに持ってきてくれるのは間違いない。
エマもあの件以来「戦う力も怠けていてはいけませんね、私随分と鈍っていたようです」と可憐に微笑みながら鍛錬を一層厳しいモノにグレードアップしたらしい。
アルテが反則だっただけでエマは今でも亜空有数の魔術師なんだけどね。
「巴殿と澪殿がロナをここに連れてきたという事は……」
識が嫌な予感に言葉を詰まらせる。
「……うむ。若も察しておられるだろうが、ロナは帝国の方の魅了を受けている可能性がある」
「ええ、臭いです」
やっぱりか。
ローレルで見た目に似てる気がしたんだ。
でも一緒ではなかった。
魅了にも種類があるとかやめてくれよ、面倒臭いからさ。
「真様?」
環が最終確認という感じで僕にも聞いてきた。
はいよー。
「うん、僕もロナは何らかの形で魅了の影響を受けたと思う」
「そう、ですか。魔将とはいえ女性ですから、かの勇者のスキルを食らいやすいのでしょうか……」
環は考え込んでいるのか黙り込んだ。
「……なるほど」
「識?」
「ロナは諜報と裏工作を主に司る魔将です。帝国や王国に近づく機会も一番多い。本調子でないとしても現に今回などツィーゲを通過してベースまで軽々と来ていますし」
「うん」
「事前の連絡に、個人で、敵う筈もない若様への殺害予告。猪突猛進という一番らしくない仕掛け方」
「……」
「これまで見た事もない必殺の切り札が雷属性。ロナの性格を考えれば、ふむ」
「識?」
「なんじゃ、気付いた事があるならさっさと話さんか」
巴に促され識は倒れて放り出されたままのロナに近づくと、その顎をくいと持ち上げて自分の方を向かせた。
「詳しくは治した後に洗いざらい聞き出すとして、今の私の推論としましては――」
『……』
「ロナは自分が魅了を食らってしまった時の安全装置として若様を利用した、かもしれません」
「安全装置。確か、ロナが何で死んでないんだって聞いてきた後にそういった気がする」
「……帝国の勇者の下に降る前に若様を殺して手土産にするというような何らかの暗示か強制力がある魔道具を使って自分を縛っておいた、というような」
「……で返り討ちにされるつもりだったって事?」
何て事に利用してくれてんだ、ロナ。
そこまでしてゼフ陛下の害になりたくないのかよ。
「ええ、若様ほど確実に自分を止める、或いは殺せる存在はいないと思ったとしても不思議はありません。それだけの事をクズノハ商会も若様もしてきていますから」
「なんて嬉しくない評価だ」
「ひとまず、我々で継続して若様とロナを診ます。数日は不自由があるかもしれませんが経過観察させてください若様」
識が深く頭を下げる。
ふと気配を感じて横を見ると環も同様に頭を下げている。
まあ、仕方ないか。
しかし魔将まで魅了に落ちたとすれば、帝国はかなり魔族を攻めている事になるな。
智樹、あいつ。
いや戦争の状況全ては僕らだってわかりはしない。
あいつが妙に焦っているように感じる、なんて今口にすべきでもない。
ただ魔将の不在は明らかに魔族軍にとって大きな損害になる。
リミアも単に兵站だけじゃなく、帝国軍に加わって大きく攻め込むかもしれない。
「こりゃあ、ちょっと大きな戦争になっちゃうかもしれないか」
「むしろ魔族どもがロッツガルドの件以来、妙に静か過ぎたのがおかしかったのやもしれませんな」
『……』
巴の言葉が優しい。
僕も手を貸したツィーゲの独立だって世界にとってはそれなりの刺激だったと思うし、女神の使徒アルテとの戦いだってヒューマンに影響が無かった筈がない。
なのに、そこには触れずに飄々としてまあ。
ありがとな。
巴にならって本当に思った事は言葉にせず、僕はただ彼女を見て頷くだけにしておいた。
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