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五章 ローレル迷宮編
撚糸と蓮華と亜空兵器
身長2メートルを越す大男。
はちきれんばかりの筋肉の鎧の覆われ、見た目通りの防御力と耐久力を備える。
そして明らかに前衛タイプな外見に反し、緻密で器用な支援も得意としている。
反則である。
何らかの策により回復魔術の威力を大きく減衰されているのか、負傷した仲間の復帰がかなり遅い現状で彼らの敵の数は全く減っていない。
亜人が三人。
たったの三人だ。
ホームでの戦闘という絶対的に有利な状況に驕ったつもりはない。
全力で迎え撃っている。
そんな焦燥に身を焼きながら、ピクニックローズガーデンの長ヴィヴィは静かに潜伏を続けていた。
(アゲハと私であのアルケー男を落とす。とはいえあのホクトっての、もう私たちが知ってるアルケーとは別物だけどね。あれに知性が宿るとこうなりますか。やってらんねーわ)
本来なら戦闘を避けるべき相手だというのは最早自明だった。
拠点で迎撃して、割りに合わないを通り過ぎて勝てるかどうかという戦力を有する組織。
それが商会だというのがまた面白い冗談だと笑いたくなるヴィヴィ。
だが彼女の頭に未だ停戦の二文字はない。
彼女が頭を張る傭兵団が受け持つ戦線は予想外に苦戦しているものの未だ手は残っている。
それに、ピクニックローズガーデンの当代の長であるヴィヴィ=ポゼは情に厚い。
長所でも短所でもあるが、身内になった人物に対してはとにかく世話を焼き親身になる。
例え迷宮の外で遭遇し戦闘に発展すれば多くの状況で敗北する強大な戦力を目にしても、彼らはピオーネを深く傷つけた存在だ。
そしてピオーネが一命を賭してでも救いたいのだと涙した彼女の親友たちを皆殺しにした連中だ。
ヴィヴィにとってピオーネは身内である。
その親友までは身内とみなしてはいないが、それでも一時はこの拠点で匿って治療を施した顔見知り。
(復讐が何も生まないなんてのは百も承知。けどケジメなしで前に進める、忘れられる人ばっかりじゃないのも百も承知。ピオーネがあんな昏い目を止めていつかまた明るく笑う為なら、いっちょこのマスターヴィヴィさんが頑張ろうって話よ)
ドワーフの繰り出す不思議アイテムのラインナップを見極め、その上で古参のパートナーの一人であるアゲハとの連携をアイコンタクトで決め。
ヴィヴィは姿を消し、ようやくホクトの背後を取っていた。
六夜仕込みの隠密スキルの本領発揮である。
流石に本人程の精度ではないものの、利用価値はすさまじく高い。
事実、注意深くホクトやシイ、ベレンを観察し続けヴィヴィは自身が感知されていない事を確信したばかりだ。
つまり、仕掛け時。
マリコサンも当初の任務を完了して数分でこちらに合流するとの連絡も受けている。
一番不利な戦場を助けに来る予定の彼女たちがここに来る事には若干悔しいヴィヴィだったが、確かに相手は強い。
素直に援軍を喜ぶべきだろう。
(来た!)
知らされていた方角からの光の槍の一斉射を感知し、ヴィヴィは決行をその着弾直後と決めた。
現状彼女もその砲撃に晒される場所にいるのだが、全てを回避する自信があるのか逃げる様子は見られない。
「ベレン! ホクトっち! 光属性、と少し土属性! 威力並! の上! 弾数……大量!」
(森鬼のシイ、もう!?)
「こっちでも把握した。方向はいらんぞ、シイ!」
「了解! じゃなくて、あいよー」
ホクトの糸と自らの飛行術で空で戦うシイからの報せ。
事前に情報を知っていたヴィヴィとほぼ同時に飛来する攻撃を察知し、下の二人にそれを知らせた。
「ベレン、任せられるか?」
「応! ここの強度も多少わかったんでな! フィールイージスだけでもほぼほぼ防げるだろうが、いっちょ爆槍もかましたるわ!」
戦闘の中で相当に高まったテンションのまま、ドワーフのベレンがアルケーの言葉に応じる。
マリコサンによる魔術の飽和攻撃は迷宮下層のデストラップにも引けを取らない高威力攻撃だ。
あらかじめ癖を知っていて対策もしているのならばともかく、見てから対処できるレベルの攻撃ではない。
少なくともピクニックローズガーデンの常識では、そうだった。
「いくぞい! ホクト、一応シイをこちらに戻しといてくれい! まずはカタパルトー!」
ベレンの言葉で彼の左右に二台ずつの、さほど大きくもない装置が呼び出された。
これまでに一度も見た事がない彼の不思議アイテムにヴィヴィの心中で警鐘が鳴り出す。
(投石台に似てはいるけど、少し違う。何をする気?)
不安が高まりつつある。
だが今更計画を大きく変える事はできない。
この好機にアゲハに合わせて必殺の一撃を重ねてホクトを沈められれば、一気に制圧は進められるのだから。
「爆槍よーい!」
新たに召喚されたのは槍。
槍と柄の間に妙な機構がある、これもまたヴィヴィにとって初見の武器だった。
投石台に似た物に乗せられた四本の槍。
「ふんふん……攻撃の威力と範囲は……うむ、であれば角度を……あとは微調整をして」
ごついゴーグルを装着したベレンが何やら呟き、そして呼応して四つの装置が動いていく。
「ってーーー!!」
(!?)
四本の槍が空から迫る光の塊、いや壁に向けて射ち出された。
槍と光が接触し、強烈な閃光が一面を満たす。
次いで空間内に地震の様な、だが微弱な振動が起こった。
「全部は落ちんか! ほれ、ヒューマンがこしらえたもんを弄ったもんじゃが、フィールイージス!」
(ちっ、何も落ちてこない! 視認はできないけど、防がれた! なら!!)
閃光に振動、それでも着弾までのカウントダウンを正確に進めていたヴィヴィは援護射撃が効果を為さなかった事を瞬時に悟る。
しかし一時的に攻撃と防御どちらもがなくなる空白の時間は出来る。
数百もの魔術が完全に防がれた事への驚異を胸にしまって、ヴィヴィは動く。
奇襲、暗殺、必殺のストーキングは彼女の十八番。
どれほど切羽詰まっていようとも行動の精度は非常に高い水準にある。
「修羅歴帝、九十九刺!!」
「っ!? これは!」
ホクトが側面から正面に回り込んでスキルを発動させた影に咄嗟に防御態勢を取る。
片手は糸を手繰っている。
アゲハだ。ヴィヴィの相棒にして、生え抜きの傭兵。
徒手空拳の技を高めた彼女が放った修羅剛拳はこの戦いにおいてホクトが受けた最高威力の攻撃だったが、今の連撃は単打全てがそれに等しいモノで構成されている。
空いた右手だけでは叩き込まれる連打に対応しきれない。
だが、彼はヒューマンではない。
もう二対の腕を現して嵐の如き拳と蹴りを受けきっていく。
ダメージの蓄積がアルケーが誇る再生力と回復力を上回っていくのをホクトは感じ、戦慄した。
九十九の攻撃を受け、体の奥に重いダメージを負った状態で彼の心を占めたのは戦慄ではなく感嘆。
よくぞ亜空でもないヒューマンの社会でこれほどの技を、威力を備えたという称賛の気持ちだった。
不利であれ、個としてヒューマンを圧倒する自負が生んだ微かな油断でもあった。
「備えは済んだ。蜘蛛野郎、覚悟しな……白突き!!」
アゲハの全身から必殺の気迫が溢れ出る。
衣服のゆったりとした部分と髪が、立ち昇る闘気でふわりと持ち上がった。
半身の構えを取っていた彼女の見えない方の拳にかつてない威力が宿っていくのがホクトに伝わった。
「まだ続くか! 見事だ、空手の女よ!!」
ホクトが糸を操っていた手をわずかに動かし、また残る五本の手でも糸を生み出し絡めていく。
「撚糸・金剛!」
「偽技・這い寄る黒手」
「なっ、いつの、間――」
瞬時に組み上げられた糸の盾にアゲハの拳が突きこまれた。
その瞬間。
ホクトは背後で突然生まれた何者かの気配と前方から迫る力と同等の力を感じ取って視線を向け、愕然とする。
これまで一度も見た事がない女がいた。
短剣を持つ腕が肘まで黒いナニカに覆われている。
あれはまずい。
ホクトでさえそう思うスキルだった。
獲物の首を突く為にヴィヴィは既に全身のバネを使って地を蹴った後。
腕をふやしたところで今からでは防御も間に合わないという事もわかる。
こうなれば食らい、耐えるしかない。
覚悟を決め背後からの攻撃に備えようとしたホクトは二つの驚きを目にする事になった。
「金剛を、破った!?」
「白突きが届かねえ!?」
アルケーの生成する糸に更なる特性を加え強化するホクトの奥義、撚糸。
操糸の技を最初に極めにかかった彼が会得した技術であり、与えられる特性は実に多岐に渡る。
中でも金剛は持続時間こそ短いが大抵の攻撃は弾き返してきた実績がある。
拳の一打で貫かれようとは彼にとって思ってもみなかった事。
だがアゲハの方でも予想外が一つ。
己が最も信頼する必殺のスキルが、糸で編まれた膜一つを貫いただけで力を失いホクトにまで届かなかった。
そしてもう一つ。
「よいっしょーーー!!」
物凄い勢いでホクトとヴィヴィの間に空から飛び込んできた乱入者の存在だ。
振りかぶったごつい金棒を思い切り振り降ろして、黒い突きに叩きつけた。
信じがたい事にはじき返されたのは金棒の方。
「なんて硬さと速度ですか! じゃない、なのさぁ! こうなったら私も奥の手を――」
「……このっ何て所から割り込んでくるのよ! エルフ系なら大人しく後衛してなさいって!!」
少なからず力を殺されたヴィヴィは、それでも妨害してきた何者かではなくホクトに向けて再度力を溜める。
「出来れば使わずに済ませたかったけど、ホクトっちの相棒役としてはここは引けないでしょ!」
乱入者の正体は森鬼のシイ。
同じく撚糸の技で強いゴムの性質を加えられたホクトとシイを繋いでいた糸の力と、彼女自身の加速の術で瞬時に割り込む事に成功したのだった。
ホクトも予想していなかった速さであり、望外の結果でもある。
シイは自慢の力技を跳ね返された事を即座に飲み込み、腰のホルダーから紅い液体が入った細長い試験管らしき瓶を取り出す。
パキンっと甲高い音がして開封されるとシイはそれを飲み干した。
「ヒューマンどもはこれを万能薬の材料として有難がってるみたいだけど、私たちにとっては切り札の材料なのだよ。深化薬・紅蓮華!」
噴きだす赤い魔力。
シイの普段のそれとは全く違う荒れ狂うような魔力の奔流が彼女の身を包む。
「これで、仕留める!」
「出来ないね! やらせないもの!」
赤い魔力を纏った金棒と黒い突きが再度交差する。
魔力同士がぶつかって強力な衝撃波が周囲を襲う。
「なんて馬鹿力なのよ……」
「てて……、めっちゃ手ぇ痺れた。でも私の勝ち。んじゃ……吹っ飛べ放矛嵐だ!!」
シイが両手で金棒を握りしめ、姿勢を大きく崩したままのヴィヴィに向けて大ぶりの一撃を加えた。
遠方に吹っ飛ばされていく傭兵団の長。
次いでシイがぶん投げた金棒がまっすぐにヴィヴィを追撃していった。
「ヴィヴィ!」
「シイめ、やってくれる。ではこちらも撃退させてもらうとしようか」
「これは!? 糸か!?」
「撚糸という、俺の技さ。糸に多様な性質を加える。それは爆糸。猛者よ、貴様は強かったぞ」
「……ちぃ。白突きを白月にまで高めてりゃ景色は違ったかもしれねえが、この一合、負けか」
ホクトもアゲハも、お互いに不敵な笑みを交わす。
数秒後。
アゲハが繰り出した右拳に絡みついた糸が輝き、爆発した。
後方に吹き飛ばされていくアゲハは仲間達に受け止められ連れられていった。
「やれやれ。随分攻め込まれたな。今のがエースクラスだと思いたいところだが」
ホクトがまだ芯に残るダメージに微かに表情を曇らせる。
「だな。計算上大丈夫とわかってから放ったとはいえ、地下空間でありながら爆槍もぶっ放せるほどこちらを弱体化させる環境の構築、只者の仕業ではない。こんな状況でもなければ、極上の酒を手土産に理論を聞いてみたいもんだ、まったく」
本来屋外でもあまり気軽に使えない亜空でもそれなりに上位に位置する武器を使用できた事に驚くベレン。
ドワーフとしてはスペシャリストよりもジェネラリストよりの幅広い興味と能力を持つ彼にとって、この迷宮の構造は非常に興味深く感じられていた。
「さっきの魔術攻撃の第二陣、来ないね。どういうつもりだろ……って、ああ、なる」
シイが訝しげに相手の動向を読もうとするが、唐突に納得した様子に変わった。
「うむ」
「流石若様。どうやらあの弾幕をぶち込んできたのは若様の方にいったな」
二人も相次いで頷く。
先ほどまではずっと希薄だった主人の気配が明確に感じられるようになり、そして同時に弱まりつつあった身を包む彼の術が再び強固に施されたのを感じたからだ。
「ならば、もう一息」
「ああ」
「紅蓮華のアンプルまで使っちゃったから、今日の私は全力OKですよ。別に全滅させてしまってもいいのだろ? ってやつ」
「いうまでもなく誰一人殺すなよ。半分までだ」
爛々と目を光らせるシイに突っ込みを入れるホクト。
戦局はクズノハ商会に大きく傾きつつあった。
はちきれんばかりの筋肉の鎧の覆われ、見た目通りの防御力と耐久力を備える。
そして明らかに前衛タイプな外見に反し、緻密で器用な支援も得意としている。
反則である。
何らかの策により回復魔術の威力を大きく減衰されているのか、負傷した仲間の復帰がかなり遅い現状で彼らの敵の数は全く減っていない。
亜人が三人。
たったの三人だ。
ホームでの戦闘という絶対的に有利な状況に驕ったつもりはない。
全力で迎え撃っている。
そんな焦燥に身を焼きながら、ピクニックローズガーデンの長ヴィヴィは静かに潜伏を続けていた。
(アゲハと私であのアルケー男を落とす。とはいえあのホクトっての、もう私たちが知ってるアルケーとは別物だけどね。あれに知性が宿るとこうなりますか。やってらんねーわ)
本来なら戦闘を避けるべき相手だというのは最早自明だった。
拠点で迎撃して、割りに合わないを通り過ぎて勝てるかどうかという戦力を有する組織。
それが商会だというのがまた面白い冗談だと笑いたくなるヴィヴィ。
だが彼女の頭に未だ停戦の二文字はない。
彼女が頭を張る傭兵団が受け持つ戦線は予想外に苦戦しているものの未だ手は残っている。
それに、ピクニックローズガーデンの当代の長であるヴィヴィ=ポゼは情に厚い。
長所でも短所でもあるが、身内になった人物に対してはとにかく世話を焼き親身になる。
例え迷宮の外で遭遇し戦闘に発展すれば多くの状況で敗北する強大な戦力を目にしても、彼らはピオーネを深く傷つけた存在だ。
そしてピオーネが一命を賭してでも救いたいのだと涙した彼女の親友たちを皆殺しにした連中だ。
ヴィヴィにとってピオーネは身内である。
その親友までは身内とみなしてはいないが、それでも一時はこの拠点で匿って治療を施した顔見知り。
(復讐が何も生まないなんてのは百も承知。けどケジメなしで前に進める、忘れられる人ばっかりじゃないのも百も承知。ピオーネがあんな昏い目を止めていつかまた明るく笑う為なら、いっちょこのマスターヴィヴィさんが頑張ろうって話よ)
ドワーフの繰り出す不思議アイテムのラインナップを見極め、その上で古参のパートナーの一人であるアゲハとの連携をアイコンタクトで決め。
ヴィヴィは姿を消し、ようやくホクトの背後を取っていた。
六夜仕込みの隠密スキルの本領発揮である。
流石に本人程の精度ではないものの、利用価値はすさまじく高い。
事実、注意深くホクトやシイ、ベレンを観察し続けヴィヴィは自身が感知されていない事を確信したばかりだ。
つまり、仕掛け時。
マリコサンも当初の任務を完了して数分でこちらに合流するとの連絡も受けている。
一番不利な戦場を助けに来る予定の彼女たちがここに来る事には若干悔しいヴィヴィだったが、確かに相手は強い。
素直に援軍を喜ぶべきだろう。
(来た!)
知らされていた方角からの光の槍の一斉射を感知し、ヴィヴィは決行をその着弾直後と決めた。
現状彼女もその砲撃に晒される場所にいるのだが、全てを回避する自信があるのか逃げる様子は見られない。
「ベレン! ホクトっち! 光属性、と少し土属性! 威力並! の上! 弾数……大量!」
(森鬼のシイ、もう!?)
「こっちでも把握した。方向はいらんぞ、シイ!」
「了解! じゃなくて、あいよー」
ホクトの糸と自らの飛行術で空で戦うシイからの報せ。
事前に情報を知っていたヴィヴィとほぼ同時に飛来する攻撃を察知し、下の二人にそれを知らせた。
「ベレン、任せられるか?」
「応! ここの強度も多少わかったんでな! フィールイージスだけでもほぼほぼ防げるだろうが、いっちょ爆槍もかましたるわ!」
戦闘の中で相当に高まったテンションのまま、ドワーフのベレンがアルケーの言葉に応じる。
マリコサンによる魔術の飽和攻撃は迷宮下層のデストラップにも引けを取らない高威力攻撃だ。
あらかじめ癖を知っていて対策もしているのならばともかく、見てから対処できるレベルの攻撃ではない。
少なくともピクニックローズガーデンの常識では、そうだった。
「いくぞい! ホクト、一応シイをこちらに戻しといてくれい! まずはカタパルトー!」
ベレンの言葉で彼の左右に二台ずつの、さほど大きくもない装置が呼び出された。
これまでに一度も見た事がない彼の不思議アイテムにヴィヴィの心中で警鐘が鳴り出す。
(投石台に似てはいるけど、少し違う。何をする気?)
不安が高まりつつある。
だが今更計画を大きく変える事はできない。
この好機にアゲハに合わせて必殺の一撃を重ねてホクトを沈められれば、一気に制圧は進められるのだから。
「爆槍よーい!」
新たに召喚されたのは槍。
槍と柄の間に妙な機構がある、これもまたヴィヴィにとって初見の武器だった。
投石台に似た物に乗せられた四本の槍。
「ふんふん……攻撃の威力と範囲は……うむ、であれば角度を……あとは微調整をして」
ごついゴーグルを装着したベレンが何やら呟き、そして呼応して四つの装置が動いていく。
「ってーーー!!」
(!?)
四本の槍が空から迫る光の塊、いや壁に向けて射ち出された。
槍と光が接触し、強烈な閃光が一面を満たす。
次いで空間内に地震の様な、だが微弱な振動が起こった。
「全部は落ちんか! ほれ、ヒューマンがこしらえたもんを弄ったもんじゃが、フィールイージス!」
(ちっ、何も落ちてこない! 視認はできないけど、防がれた! なら!!)
閃光に振動、それでも着弾までのカウントダウンを正確に進めていたヴィヴィは援護射撃が効果を為さなかった事を瞬時に悟る。
しかし一時的に攻撃と防御どちらもがなくなる空白の時間は出来る。
数百もの魔術が完全に防がれた事への驚異を胸にしまって、ヴィヴィは動く。
奇襲、暗殺、必殺のストーキングは彼女の十八番。
どれほど切羽詰まっていようとも行動の精度は非常に高い水準にある。
「修羅歴帝、九十九刺!!」
「っ!? これは!」
ホクトが側面から正面に回り込んでスキルを発動させた影に咄嗟に防御態勢を取る。
片手は糸を手繰っている。
アゲハだ。ヴィヴィの相棒にして、生え抜きの傭兵。
徒手空拳の技を高めた彼女が放った修羅剛拳はこの戦いにおいてホクトが受けた最高威力の攻撃だったが、今の連撃は単打全てがそれに等しいモノで構成されている。
空いた右手だけでは叩き込まれる連打に対応しきれない。
だが、彼はヒューマンではない。
もう二対の腕を現して嵐の如き拳と蹴りを受けきっていく。
ダメージの蓄積がアルケーが誇る再生力と回復力を上回っていくのをホクトは感じ、戦慄した。
九十九の攻撃を受け、体の奥に重いダメージを負った状態で彼の心を占めたのは戦慄ではなく感嘆。
よくぞ亜空でもないヒューマンの社会でこれほどの技を、威力を備えたという称賛の気持ちだった。
不利であれ、個としてヒューマンを圧倒する自負が生んだ微かな油断でもあった。
「備えは済んだ。蜘蛛野郎、覚悟しな……白突き!!」
アゲハの全身から必殺の気迫が溢れ出る。
衣服のゆったりとした部分と髪が、立ち昇る闘気でふわりと持ち上がった。
半身の構えを取っていた彼女の見えない方の拳にかつてない威力が宿っていくのがホクトに伝わった。
「まだ続くか! 見事だ、空手の女よ!!」
ホクトが糸を操っていた手をわずかに動かし、また残る五本の手でも糸を生み出し絡めていく。
「撚糸・金剛!」
「偽技・這い寄る黒手」
「なっ、いつの、間――」
瞬時に組み上げられた糸の盾にアゲハの拳が突きこまれた。
その瞬間。
ホクトは背後で突然生まれた何者かの気配と前方から迫る力と同等の力を感じ取って視線を向け、愕然とする。
これまで一度も見た事がない女がいた。
短剣を持つ腕が肘まで黒いナニカに覆われている。
あれはまずい。
ホクトでさえそう思うスキルだった。
獲物の首を突く為にヴィヴィは既に全身のバネを使って地を蹴った後。
腕をふやしたところで今からでは防御も間に合わないという事もわかる。
こうなれば食らい、耐えるしかない。
覚悟を決め背後からの攻撃に備えようとしたホクトは二つの驚きを目にする事になった。
「金剛を、破った!?」
「白突きが届かねえ!?」
アルケーの生成する糸に更なる特性を加え強化するホクトの奥義、撚糸。
操糸の技を最初に極めにかかった彼が会得した技術であり、与えられる特性は実に多岐に渡る。
中でも金剛は持続時間こそ短いが大抵の攻撃は弾き返してきた実績がある。
拳の一打で貫かれようとは彼にとって思ってもみなかった事。
だがアゲハの方でも予想外が一つ。
己が最も信頼する必殺のスキルが、糸で編まれた膜一つを貫いただけで力を失いホクトにまで届かなかった。
そしてもう一つ。
「よいっしょーーー!!」
物凄い勢いでホクトとヴィヴィの間に空から飛び込んできた乱入者の存在だ。
振りかぶったごつい金棒を思い切り振り降ろして、黒い突きに叩きつけた。
信じがたい事にはじき返されたのは金棒の方。
「なんて硬さと速度ですか! じゃない、なのさぁ! こうなったら私も奥の手を――」
「……このっ何て所から割り込んでくるのよ! エルフ系なら大人しく後衛してなさいって!!」
少なからず力を殺されたヴィヴィは、それでも妨害してきた何者かではなくホクトに向けて再度力を溜める。
「出来れば使わずに済ませたかったけど、ホクトっちの相棒役としてはここは引けないでしょ!」
乱入者の正体は森鬼のシイ。
同じく撚糸の技で強いゴムの性質を加えられたホクトとシイを繋いでいた糸の力と、彼女自身の加速の術で瞬時に割り込む事に成功したのだった。
ホクトも予想していなかった速さであり、望外の結果でもある。
シイは自慢の力技を跳ね返された事を即座に飲み込み、腰のホルダーから紅い液体が入った細長い試験管らしき瓶を取り出す。
パキンっと甲高い音がして開封されるとシイはそれを飲み干した。
「ヒューマンどもはこれを万能薬の材料として有難がってるみたいだけど、私たちにとっては切り札の材料なのだよ。深化薬・紅蓮華!」
噴きだす赤い魔力。
シイの普段のそれとは全く違う荒れ狂うような魔力の奔流が彼女の身を包む。
「これで、仕留める!」
「出来ないね! やらせないもの!」
赤い魔力を纏った金棒と黒い突きが再度交差する。
魔力同士がぶつかって強力な衝撃波が周囲を襲う。
「なんて馬鹿力なのよ……」
「てて……、めっちゃ手ぇ痺れた。でも私の勝ち。んじゃ……吹っ飛べ放矛嵐だ!!」
シイが両手で金棒を握りしめ、姿勢を大きく崩したままのヴィヴィに向けて大ぶりの一撃を加えた。
遠方に吹っ飛ばされていく傭兵団の長。
次いでシイがぶん投げた金棒がまっすぐにヴィヴィを追撃していった。
「ヴィヴィ!」
「シイめ、やってくれる。ではこちらも撃退させてもらうとしようか」
「これは!? 糸か!?」
「撚糸という、俺の技さ。糸に多様な性質を加える。それは爆糸。猛者よ、貴様は強かったぞ」
「……ちぃ。白突きを白月にまで高めてりゃ景色は違ったかもしれねえが、この一合、負けか」
ホクトもアゲハも、お互いに不敵な笑みを交わす。
数秒後。
アゲハが繰り出した右拳に絡みついた糸が輝き、爆発した。
後方に吹き飛ばされていくアゲハは仲間達に受け止められ連れられていった。
「やれやれ。随分攻め込まれたな。今のがエースクラスだと思いたいところだが」
ホクトがまだ芯に残るダメージに微かに表情を曇らせる。
「だな。計算上大丈夫とわかってから放ったとはいえ、地下空間でありながら爆槍もぶっ放せるほどこちらを弱体化させる環境の構築、只者の仕業ではない。こんな状況でもなければ、極上の酒を手土産に理論を聞いてみたいもんだ、まったく」
本来屋外でもあまり気軽に使えない亜空でもそれなりに上位に位置する武器を使用できた事に驚くベレン。
ドワーフとしてはスペシャリストよりもジェネラリストよりの幅広い興味と能力を持つ彼にとって、この迷宮の構造は非常に興味深く感じられていた。
「さっきの魔術攻撃の第二陣、来ないね。どういうつもりだろ……って、ああ、なる」
シイが訝しげに相手の動向を読もうとするが、唐突に納得した様子に変わった。
「うむ」
「流石若様。どうやらあの弾幕をぶち込んできたのは若様の方にいったな」
二人も相次いで頷く。
先ほどまではずっと希薄だった主人の気配が明確に感じられるようになり、そして同時に弱まりつつあった身を包む彼の術が再び強固に施されたのを感じたからだ。
「ならば、もう一息」
「ああ」
「紅蓮華のアンプルまで使っちゃったから、今日の私は全力OKですよ。別に全滅させてしまってもいいのだろ? ってやつ」
「いうまでもなく誰一人殺すなよ。半分までだ」
爛々と目を光らせるシイに突っ込みを入れるホクト。
戦局はクズノハ商会に大きく傾きつつあった。
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「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
由香皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
婚約破棄されたので、王家の死亡通知を先に出しました
くるみ婚約破棄を告げられたセレスティアは、静かに微笑んだ。
「では、王家の救命措置を終了いたします」
その一言で、王国は大混乱。役目を終えたセレスティアは、晴れやかに旅立つ。