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五章 ローレル迷宮編
澪の弱点
澪の攻撃が空を切る。
また、当たらない。
気配を絶つ恐らくは六夜固有の特殊スキルと、暗殺者系の何らかのジョブスキル。
(呆れる程に上手いものですわ。ここまで徹底した回避と死角を活用した一撃離脱は見た事がありません)
何度目かになる嘆息とともに自らと対峙する六夜の技に感心する澪。
時折気配を掴んで、または姿を目にした瞬間に加える攻撃もつい今された様に回避されてしまう。
なのに六夜の方からは常にあらゆる方向から強烈な攻撃を食らわせてくるのだ。
元来澪は防御や回避を重視しない。
というよりもする必要がない。
故にヒットアンドアウェイのお手本のような六夜の戦術とは彼女にとっては上手くない具合にがっちりとハマる。
ただし……。
(もっとも、受けるダメージよりも私が回復していく速度の方が速いのですから何の意味もないのですけどね。奇妙なのは、この無遠慮で無礼な男がそれに気づかない筈がないという事かしら)
澪の方も最初に本気で一つ術を放った後は適当に六夜の相手をしている。
確かに当てる事こそが難しい相手だが、一撃加えてやればそこからは勝負は一気に決められると考えているからだ。
澪の攻撃が六夜を捉える確率は一割もないだろう。
しかし澪はそれを低い数値とは思っていない。
焦る必要も全くないと彼女はわかっている。
真の指示に反する流れになっていない以上、いつも通りでいいのだ。
そうして六夜の動きを鈍らせた後は、思い知らせてやろう。不死ならば多少行き過ぎた制裁も気にする必要はないだろう。
澪はそう考えている。
冷静な様で、怒っている。
つまりいつもの澪だった。平常運転である。
「影国散歩、神至の領域」
(きっとあれが全く気配が掴めなくなるスキル。もう一つのは肉体の反応を向上させているのかしら)
六夜が少し離れた場所に姿を現し、そしてスキルを使用するとまた消えて澪は彼の存在を掴めなくなった。
ここから攻撃や付与のスキルを併用して一撃を加えてくる、何度も繰り返された流れだ。
程なく六夜の気配が澪の感知に引っかかる。少し早い。
澪は心中で嘆息しつつ先制で闇の弾丸を放つ。
「死鎌の返し刃!」
(やっぱり。えっ?)
「魂屠る牙!」
何度か繰り返したパターンで終わらず、澪が飽きを見せたごく一瞬の間に六夜は間合いを詰めてカタールから濃紫の斬撃を浴びせ駆け抜けていった。
これまでで最も強力な攻撃が澪の脇腹を抉る。
同時に死を招く瘴気が身中を駆け回り、澪が纏っていた魔力も食い散らかしていく。
幾度となく暗殺者を潰してきた澪だが、初めて受ける攻撃だった。
「当てた余韻に浸る事もなくまた消える……。それに随分凶悪な技も使いだしたじゃありませんの――っ?」
何かを直感して咄嗟に身をよじる澪。
直後に右の脇から肩にかけて走った感覚から、同じ攻撃が加えられたと察する澪。
目をやるとそこには六夜の姿。
見えはしているが、そこには気配が欠片も存在しない。
見えるのにいない。
奇妙な感覚が澪の内に生じる。
「毒付与<屍の魔女>、鬼撃上乗せ」
「っ!」
しまった、と感じるこの一瞬も。
奇妙な感覚に戸惑ったさっきの一瞬も。
相手の掌中だったと気づいた澪は、六夜が準備を整え両手のカタールを交差させた瞬間に。
笑った。
「では……刻滅の風よ万命に塵の平等を」
暗殺者の姿が掻き消え、代わりに黒い霧が澪の体を通り抜けた。
「ようやく出しましたね、連続攻撃に、奥の手ですか」
数千の必殺の斬撃と刺突が澪の全身を蹂躙していく。
なのに澪は口元の笑みを絶やさないままそれを受け止め、剥がされていく着物を気にする様子もなかった。
「……それを受けて、口にする感想がそれか。いやはや予想以上の強者だな」
ここに転移してきてからなりを潜めていた、真達と接していた六夜の雰囲気に戻って彼が口を開いた。
膝が地に落ち、だが倒れる事を許されない斬撃と突きの嵐に刻まれている澪に向けてのものだけに、穏やかな口調というのも恐ろしさを伴うものになっていた。
「……」
流石に澪から答えはない。
「一応手持ちでは今のが最高威力。こちらのホームで、君の耐久力が私の想定の倍程度ならこれで十分なんだが、やはり上手くはいかんか」
やれやれと頭を掻く六夜は肩で息をしている。
スキルを使い続け、動き続け、攻撃し続け。
疲れない訳がない。
澪が焦っていない理由の一つもそこにある。
先にスタミナが尽きるのは相手だと、彼女には判っていたから。
そして、嵐が止む。
倒れ込むかと思いきや、澪はすっくと立ちあがり右手でさっと身体を上から下に撫でた。
「っ!!」
黒の着物が一瞬で澪の身体を覆った。
肌にも刃の跡はなく、毒による変色や痕跡も残っていない。
全て、ここに転移してきた時と何一つ変わらないままだった。
六夜の絶句も無理のない事だろう。
「……不意をついても、畳みかけても、必殺の攻撃を繰り出しても。貴方の攻撃は私に届かない」
「届いては、いたと思うのだがね」
「そのご立派なカタール? とかいう剣も、私に使った十数種の毒も、私の身体に一筋の傷も残せない」
「……そこは仰る通りだ」
「相性が良いんでしょう、私と。その大口の根拠はまだ残っていて?」
淡々と、澪の言葉が続く。
そう。
澪は最初から六夜の手の内の全てを見るつもりでいた。
全部余裕で受け止めた上で、嘲笑うと決めていたのだ。
その後制裁する。
識と亜空の数少ない無礼者で繰り返したお仕置きから厳選のラインナップで。
具体的にはたわし、モップ、桂剥き、ポッキーは確定、その他は気分で決める。
澪のプランはこんな感じだった。
「……ああ、それは変わらない。私はあの中では君と一番相性がいい。今日この条件でなら、絶対に負けないという自信がある」
「……なんですって?」
思わず澪が聞き返す。
六夜の目には疲労こそあれど、絶望がない。
奥の手を見せてなお諦めている様子はまるでない。
「戦ってみて、何となくだがそちらの目的も時間稼ぎではないかと勘が囁いてね。なら当初の予定じゃなく普通のやり方で災害の蜘蛛を仕留めてみようかと思った訳だ」
「……」
気に入らない、と澪はストレートにそう感じた。
確かに六夜が口にしている通り、この戦いは相手に有利な条件が揃い過ぎている。
それでも、強者であるのは間違いなく澪であり巴であり真なのだ。
なのに目の前の旧き冒険者は抗おうとするのではなく、自分に勝とうとしている。
更には思惑を見透かし、彼女の主人である真の考えを探ろうとさえしていた。
澪にとって許されるものではなかった。
「が、攻撃を仕掛けながらそれぞれの戦場の状況を分析してみても決定的な何かは掴めなかった。元上位竜の巴殿が苦戦しているのと、逆にあのドワーフ達が優位に戦いを進めている事がどちらも予想外で鍵ではあるんだろうがその目指す処までは到底な」
「……だからとりあえず当初の、時間のかかる方法を用いても私を片づけて自ら情報収集に加わるという目論見ですか」
「ああ、そうなる。というか、もう終わったというべきか」
「それは、私の中で結合しつつある毒どもを指して言っているのかしら? だとしたら随分と甘い仕込みだこと」
「まさか。毒は囮だとも。私が確信する君の弱点は、毒云々ではないよ。むしろ毒など君には全く通用しないだろ。そもそも永い間……災害の蜘蛛に弱点など、無かった」
六夜はお手上げだと言わんばかりに両手で上に向けた。
一片でも獲得できれば家が建つ硬い甲殻、糸、牙、爪、毒液。
どれもが特級の素材であると同時に、蜘蛛型の魔物が抱える弱点を全て災害の蜘蛛が克服している事を示している。
災害の蜘蛛には、弱点がないのだ。
倒した者もこれまでに一人も存在しない。
普通の冒険者よりもずっと長く世界に溢れる災害の蜘蛛の凶報に触れてきた六夜だからこそ、身に染みてわかる事実だ。
「?」
「だが今の君は澪だ。蜘蛛ではない」
「一体何を言いたいんですか、おま、え……!?」
「足元が疎かだったよ。私の攻撃など脅威でもないからかね? 連撃が切り札だと思ったからかね? それともその先に毒の複合を仕込んであったから? いずれにせよ、もう遅い」
事態が六夜の言葉を肯定する。
澪の足元からぼんやりとした薄明かりが生じ、澪の身体を複数の歯車が拘束した。
実在する物か幻の類か、歯車は澪の身体を透過してくっついている物もあり、時折ノイズがかかったように輪郭がざらついている。
十に満たぬ数の歯車はゆっくりと回転を始め、その動きは澪に苦痛を与えているのか彼女の表情が苦悶に歪む。
足、腕、腰、方、首、胸……。
澪の身体の各部を巻き込む歯車。
六夜が澪に向けた本当の切り札だった。
「これはっ、拘束結界の類ですか。しかもご丁寧に苦痛までも加えてくる! 暗殺者が使えるスキルとは思えませんが、いかに強力でも結界ごときがこの私への切り札になるなどとっ」
「お察しの通り、それはギルドやジョブで得たスキルではないよ。世界で私だけが使える能力だ。お伽の歯車という」
「グリムテイル!? 名前なんてどうでもいいの。これがお前の切り札なら引き千切ってお仕舞に……!!」
「いや聞いた方が良い。この能力は格上の敵にしか使用できず、暗殺者の私が持つにしては非常に強力な効果を持っている」
「……確かに、これは超一流の特化型魔術師が生涯で到達し得るかどうかという代物でしょうねえ! 私をどうこうできるかは別にしてですが!」
澪は六夜の言葉に応じながら、従いはしていない。
歯車の回転がゆっくりとだが遅くなっている。
それぞれから軋むような耳障りな響きも生まれてきている。
明らかに結界の破壊に近づいている兆候だった。
「故にその拘束には変わった制約が存在する」
「せい、やく?」
「もしもその拘束を自力で打ち破った者には、お伽の歯車は祝福を与えるのさ」
「ふ、ふふふふ!! なんですの、それは! お前にとって何も良い事がない! 過ぎた力を扱う、制約というよりも代償ではありませんか!」
「その通り。物理的にも魔術的にも対象を完全に拘束し、緩やかに死に向かわせる。打破するには抑え込まれた状態の力か魔力で全ての歯車を破壊するしかない。私には過ぎた力さ」
「どれほど大層であっても、もう直に砕け散りますけれどねえ! これで終わりなら、お仕置きの時間ですよ六夜。逃がしません」
「ああ、実に恐ろしいな。それを打ち破れば君は全ての束縛から解放され、自由の身になってしまう」
「そうですか、それは嬉しいですね! 何より貴方にこれから身の程を教えてやれるのが――すべての、そくばく?」
澪の言葉から不意に熱が取れる。
何かに気がついたようだ。
六夜は既に気が付いている。
いや、最初から彼の狙いはそこにあった。
蜘蛛ではなく、澪の弱点とは。
「全ての束縛だ。あらゆる契約、拘束、制約。君に施されたあらゆる束縛をお伽の歯車は破壊する」
「……六夜、貴方は、お前はっ!!」
「もちろん、後で結び直してもらえば同じ事ではある。しかし、君は自分からそれを捨てられるか? 君と真君の絆でもある契約を。澪、という名を授かるに至った契約を。恐らくは生涯で初めて結んだであろう契約を」
「ふぅっ! ……ふぅぅぅぅ!」
「……確かに、君が何よりも大事にする真君は君よりも強い。人質などには出来ないだろうし、事によっては君よりも厄介でさえある。直接はそれを弱点とする事は出来ないだろう。しかしね、君は真君に好意を抱き過ぎている。彼から与えられたもの一つですら命を投げ出さんほどに大切にしてしまう程……愛してしまっている。それは弱点だよ。君には自ら彼との契約を破棄するような事は出来ない。少なくとも、今はね」
「――っ!! ……っ!? ぅぅ」
力を籠め、だが軋む歯車の反応に怯えたような表情を覗かせて力を弱め、苦痛を受け入れる澪。
「では、しばらくそのままでいてくれ。私は行かせてもらうよ」
「……たいした、ものだわ。凄い。こんな脅しを仕掛けられるなんて思ってもみませんでした。けれど、私が抵抗を諦めたとて……この歯車では私は殺せませんよ? 少し痛いだけです」
「大人しくしていてくれるだけで十分だとも」
「ついでに、六夜。お前も、どこへも行かせません。私が最初に放った術、何かわかって?」
「最初に放った術? ああ、私を捕えようとしたアレか」
「ハズレ、ですわ。周辺300メートル程なんですけどね。だーれも出られなくしました。若様と巴さんなら十分もあれば出ていくでしょうけど、貴方はどうかしらね」
「!?」
六夜が目を見開く。
「とにかく逃げられるのだけは御免でしたから、あれだけは全力で展開しました。これの効力だって永遠ではないでしょう。強力な能力ですもんねぇ。歯車が全部自然に消滅したら……再戦といきましょうね。今度は、負けませんから。お仕置き、まだ有効ですからね? うふ、うふふ……」
「ちっ!! 相討ちなど想定した内でダントツに最悪の展開だぞ!? 少なくともあのドワーフどもだけでも黙らせておかんと!!」
動けない澪を一瞥すると掻き消える六夜の姿。
怒りを湛えた澪の小さな笑いだけがその場に残り、そして六夜は澪の設定した空間から外に出る事は叶わなかった。
歯車の拘束で動けない澪と、澪の術の綻びを探して全力疾走する六夜。
戦闘が終わった空間に、死者は今のところ誰もいない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ああ、そういう事か」
「? 六夜さんと澪さんの勝負が気になる? あっちは六夜さんの希望で見せられないの、ごめんね」
「え?」
「あら、違った?」
「そちらのホームですしね。まあ色々あるのは承知してます。判ったのは、貴女の能力ですよ緋綱さん」
「!?」
「セイフティゾーンでしたっけ? 貴女も言ってましたけど、万能無敵空間なんかじゃないですね」
……微かだけど、澪の激昂した感情が伝わってきた。
ちょっと想像してなかった事態だ。
かといって状況を変えるにはこの空間を何とかしない事には話にならない。
その分析が、多分終わった。
「外部からの攻撃の遮断。そして内部に戦闘禁止空間の展開。なるほど、MMOにありそうな能力ではあります。発動させる条件は触媒の類じゃなく、時間」
「……」
「効果時間やクールタイムの制約が厳しいタイプですよね、これ」
「そういう真君はこっちの力を調べられる力を持っているの。これは、予想外かも」
「で、効果時間を内部から短縮する事はできないみたいですけど。構成から察するに外から攻撃を加えられる事で効果時間が短縮する感じかなーって」
「!!」
緋綱さんの表情が変わる。
いうなればそう、はい正解ですとばかりに変わった。
隠し事出来ないタイプの人だなー。
友達になれそう。
気持ちのいい商売できそう。
「ええと、真君? 君の魔力の塊から伸びてるそれはどこに?」
「あ、このみよーんと伸びてる二本の事ですかね」
巴と凄まじいコンビネーションの冒険者二人の戦いに熱中していた貴女の隙を突きましてね。
そうやって立ち上がらないと見えない死角を利用させてもらいました。
「うんうん、それ」
「ちょこっとセイフティゾーンの外にだせないかなーって伸ばしてみたんですよ、実は」
「なんですと!?」
「で……ですね」
「……」
ゴクリと息を呑む緋綱さん。
しかし返答に慈悲はなかった。
「出せちゃいました」
僕本人は出れないみたいだけど、魔力体は僕の体からある程度距離の離れたゾーンの端っこから更に外に出られた。
「げぇっ!?」
「という訳で時短させて頂きます」
出来れば巴と澪に手を貸してから、ベレン達にも加勢しときたい。
もうじきに大きく状況も動かせる筈。
みんなを守って目的も達成するんだ。
そろそろ僕も動かせてもらおうか。
また、当たらない。
気配を絶つ恐らくは六夜固有の特殊スキルと、暗殺者系の何らかのジョブスキル。
(呆れる程に上手いものですわ。ここまで徹底した回避と死角を活用した一撃離脱は見た事がありません)
何度目かになる嘆息とともに自らと対峙する六夜の技に感心する澪。
時折気配を掴んで、または姿を目にした瞬間に加える攻撃もつい今された様に回避されてしまう。
なのに六夜の方からは常にあらゆる方向から強烈な攻撃を食らわせてくるのだ。
元来澪は防御や回避を重視しない。
というよりもする必要がない。
故にヒットアンドアウェイのお手本のような六夜の戦術とは彼女にとっては上手くない具合にがっちりとハマる。
ただし……。
(もっとも、受けるダメージよりも私が回復していく速度の方が速いのですから何の意味もないのですけどね。奇妙なのは、この無遠慮で無礼な男がそれに気づかない筈がないという事かしら)
澪の方も最初に本気で一つ術を放った後は適当に六夜の相手をしている。
確かに当てる事こそが難しい相手だが、一撃加えてやればそこからは勝負は一気に決められると考えているからだ。
澪の攻撃が六夜を捉える確率は一割もないだろう。
しかし澪はそれを低い数値とは思っていない。
焦る必要も全くないと彼女はわかっている。
真の指示に反する流れになっていない以上、いつも通りでいいのだ。
そうして六夜の動きを鈍らせた後は、思い知らせてやろう。不死ならば多少行き過ぎた制裁も気にする必要はないだろう。
澪はそう考えている。
冷静な様で、怒っている。
つまりいつもの澪だった。平常運転である。
「影国散歩、神至の領域」
(きっとあれが全く気配が掴めなくなるスキル。もう一つのは肉体の反応を向上させているのかしら)
六夜が少し離れた場所に姿を現し、そしてスキルを使用するとまた消えて澪は彼の存在を掴めなくなった。
ここから攻撃や付与のスキルを併用して一撃を加えてくる、何度も繰り返された流れだ。
程なく六夜の気配が澪の感知に引っかかる。少し早い。
澪は心中で嘆息しつつ先制で闇の弾丸を放つ。
「死鎌の返し刃!」
(やっぱり。えっ?)
「魂屠る牙!」
何度か繰り返したパターンで終わらず、澪が飽きを見せたごく一瞬の間に六夜は間合いを詰めてカタールから濃紫の斬撃を浴びせ駆け抜けていった。
これまでで最も強力な攻撃が澪の脇腹を抉る。
同時に死を招く瘴気が身中を駆け回り、澪が纏っていた魔力も食い散らかしていく。
幾度となく暗殺者を潰してきた澪だが、初めて受ける攻撃だった。
「当てた余韻に浸る事もなくまた消える……。それに随分凶悪な技も使いだしたじゃありませんの――っ?」
何かを直感して咄嗟に身をよじる澪。
直後に右の脇から肩にかけて走った感覚から、同じ攻撃が加えられたと察する澪。
目をやるとそこには六夜の姿。
見えはしているが、そこには気配が欠片も存在しない。
見えるのにいない。
奇妙な感覚が澪の内に生じる。
「毒付与<屍の魔女>、鬼撃上乗せ」
「っ!」
しまった、と感じるこの一瞬も。
奇妙な感覚に戸惑ったさっきの一瞬も。
相手の掌中だったと気づいた澪は、六夜が準備を整え両手のカタールを交差させた瞬間に。
笑った。
「では……刻滅の風よ万命に塵の平等を」
暗殺者の姿が掻き消え、代わりに黒い霧が澪の体を通り抜けた。
「ようやく出しましたね、連続攻撃に、奥の手ですか」
数千の必殺の斬撃と刺突が澪の全身を蹂躙していく。
なのに澪は口元の笑みを絶やさないままそれを受け止め、剥がされていく着物を気にする様子もなかった。
「……それを受けて、口にする感想がそれか。いやはや予想以上の強者だな」
ここに転移してきてからなりを潜めていた、真達と接していた六夜の雰囲気に戻って彼が口を開いた。
膝が地に落ち、だが倒れる事を許されない斬撃と突きの嵐に刻まれている澪に向けてのものだけに、穏やかな口調というのも恐ろしさを伴うものになっていた。
「……」
流石に澪から答えはない。
「一応手持ちでは今のが最高威力。こちらのホームで、君の耐久力が私の想定の倍程度ならこれで十分なんだが、やはり上手くはいかんか」
やれやれと頭を掻く六夜は肩で息をしている。
スキルを使い続け、動き続け、攻撃し続け。
疲れない訳がない。
澪が焦っていない理由の一つもそこにある。
先にスタミナが尽きるのは相手だと、彼女には判っていたから。
そして、嵐が止む。
倒れ込むかと思いきや、澪はすっくと立ちあがり右手でさっと身体を上から下に撫でた。
「っ!!」
黒の着物が一瞬で澪の身体を覆った。
肌にも刃の跡はなく、毒による変色や痕跡も残っていない。
全て、ここに転移してきた時と何一つ変わらないままだった。
六夜の絶句も無理のない事だろう。
「……不意をついても、畳みかけても、必殺の攻撃を繰り出しても。貴方の攻撃は私に届かない」
「届いては、いたと思うのだがね」
「そのご立派なカタール? とかいう剣も、私に使った十数種の毒も、私の身体に一筋の傷も残せない」
「……そこは仰る通りだ」
「相性が良いんでしょう、私と。その大口の根拠はまだ残っていて?」
淡々と、澪の言葉が続く。
そう。
澪は最初から六夜の手の内の全てを見るつもりでいた。
全部余裕で受け止めた上で、嘲笑うと決めていたのだ。
その後制裁する。
識と亜空の数少ない無礼者で繰り返したお仕置きから厳選のラインナップで。
具体的にはたわし、モップ、桂剥き、ポッキーは確定、その他は気分で決める。
澪のプランはこんな感じだった。
「……ああ、それは変わらない。私はあの中では君と一番相性がいい。今日この条件でなら、絶対に負けないという自信がある」
「……なんですって?」
思わず澪が聞き返す。
六夜の目には疲労こそあれど、絶望がない。
奥の手を見せてなお諦めている様子はまるでない。
「戦ってみて、何となくだがそちらの目的も時間稼ぎではないかと勘が囁いてね。なら当初の予定じゃなく普通のやり方で災害の蜘蛛を仕留めてみようかと思った訳だ」
「……」
気に入らない、と澪はストレートにそう感じた。
確かに六夜が口にしている通り、この戦いは相手に有利な条件が揃い過ぎている。
それでも、強者であるのは間違いなく澪であり巴であり真なのだ。
なのに目の前の旧き冒険者は抗おうとするのではなく、自分に勝とうとしている。
更には思惑を見透かし、彼女の主人である真の考えを探ろうとさえしていた。
澪にとって許されるものではなかった。
「が、攻撃を仕掛けながらそれぞれの戦場の状況を分析してみても決定的な何かは掴めなかった。元上位竜の巴殿が苦戦しているのと、逆にあのドワーフ達が優位に戦いを進めている事がどちらも予想外で鍵ではあるんだろうがその目指す処までは到底な」
「……だからとりあえず当初の、時間のかかる方法を用いても私を片づけて自ら情報収集に加わるという目論見ですか」
「ああ、そうなる。というか、もう終わったというべきか」
「それは、私の中で結合しつつある毒どもを指して言っているのかしら? だとしたら随分と甘い仕込みだこと」
「まさか。毒は囮だとも。私が確信する君の弱点は、毒云々ではないよ。むしろ毒など君には全く通用しないだろ。そもそも永い間……災害の蜘蛛に弱点など、無かった」
六夜はお手上げだと言わんばかりに両手で上に向けた。
一片でも獲得できれば家が建つ硬い甲殻、糸、牙、爪、毒液。
どれもが特級の素材であると同時に、蜘蛛型の魔物が抱える弱点を全て災害の蜘蛛が克服している事を示している。
災害の蜘蛛には、弱点がないのだ。
倒した者もこれまでに一人も存在しない。
普通の冒険者よりもずっと長く世界に溢れる災害の蜘蛛の凶報に触れてきた六夜だからこそ、身に染みてわかる事実だ。
「?」
「だが今の君は澪だ。蜘蛛ではない」
「一体何を言いたいんですか、おま、え……!?」
「足元が疎かだったよ。私の攻撃など脅威でもないからかね? 連撃が切り札だと思ったからかね? それともその先に毒の複合を仕込んであったから? いずれにせよ、もう遅い」
事態が六夜の言葉を肯定する。
澪の足元からぼんやりとした薄明かりが生じ、澪の身体を複数の歯車が拘束した。
実在する物か幻の類か、歯車は澪の身体を透過してくっついている物もあり、時折ノイズがかかったように輪郭がざらついている。
十に満たぬ数の歯車はゆっくりと回転を始め、その動きは澪に苦痛を与えているのか彼女の表情が苦悶に歪む。
足、腕、腰、方、首、胸……。
澪の身体の各部を巻き込む歯車。
六夜が澪に向けた本当の切り札だった。
「これはっ、拘束結界の類ですか。しかもご丁寧に苦痛までも加えてくる! 暗殺者が使えるスキルとは思えませんが、いかに強力でも結界ごときがこの私への切り札になるなどとっ」
「お察しの通り、それはギルドやジョブで得たスキルではないよ。世界で私だけが使える能力だ。お伽の歯車という」
「グリムテイル!? 名前なんてどうでもいいの。これがお前の切り札なら引き千切ってお仕舞に……!!」
「いや聞いた方が良い。この能力は格上の敵にしか使用できず、暗殺者の私が持つにしては非常に強力な効果を持っている」
「……確かに、これは超一流の特化型魔術師が生涯で到達し得るかどうかという代物でしょうねえ! 私をどうこうできるかは別にしてですが!」
澪は六夜の言葉に応じながら、従いはしていない。
歯車の回転がゆっくりとだが遅くなっている。
それぞれから軋むような耳障りな響きも生まれてきている。
明らかに結界の破壊に近づいている兆候だった。
「故にその拘束には変わった制約が存在する」
「せい、やく?」
「もしもその拘束を自力で打ち破った者には、お伽の歯車は祝福を与えるのさ」
「ふ、ふふふふ!! なんですの、それは! お前にとって何も良い事がない! 過ぎた力を扱う、制約というよりも代償ではありませんか!」
「その通り。物理的にも魔術的にも対象を完全に拘束し、緩やかに死に向かわせる。打破するには抑え込まれた状態の力か魔力で全ての歯車を破壊するしかない。私には過ぎた力さ」
「どれほど大層であっても、もう直に砕け散りますけれどねえ! これで終わりなら、お仕置きの時間ですよ六夜。逃がしません」
「ああ、実に恐ろしいな。それを打ち破れば君は全ての束縛から解放され、自由の身になってしまう」
「そうですか、それは嬉しいですね! 何より貴方にこれから身の程を教えてやれるのが――すべての、そくばく?」
澪の言葉から不意に熱が取れる。
何かに気がついたようだ。
六夜は既に気が付いている。
いや、最初から彼の狙いはそこにあった。
蜘蛛ではなく、澪の弱点とは。
「全ての束縛だ。あらゆる契約、拘束、制約。君に施されたあらゆる束縛をお伽の歯車は破壊する」
「……六夜、貴方は、お前はっ!!」
「もちろん、後で結び直してもらえば同じ事ではある。しかし、君は自分からそれを捨てられるか? 君と真君の絆でもある契約を。澪、という名を授かるに至った契約を。恐らくは生涯で初めて結んだであろう契約を」
「ふぅっ! ……ふぅぅぅぅ!」
「……確かに、君が何よりも大事にする真君は君よりも強い。人質などには出来ないだろうし、事によっては君よりも厄介でさえある。直接はそれを弱点とする事は出来ないだろう。しかしね、君は真君に好意を抱き過ぎている。彼から与えられたもの一つですら命を投げ出さんほどに大切にしてしまう程……愛してしまっている。それは弱点だよ。君には自ら彼との契約を破棄するような事は出来ない。少なくとも、今はね」
「――っ!! ……っ!? ぅぅ」
力を籠め、だが軋む歯車の反応に怯えたような表情を覗かせて力を弱め、苦痛を受け入れる澪。
「では、しばらくそのままでいてくれ。私は行かせてもらうよ」
「……たいした、ものだわ。凄い。こんな脅しを仕掛けられるなんて思ってもみませんでした。けれど、私が抵抗を諦めたとて……この歯車では私は殺せませんよ? 少し痛いだけです」
「大人しくしていてくれるだけで十分だとも」
「ついでに、六夜。お前も、どこへも行かせません。私が最初に放った術、何かわかって?」
「最初に放った術? ああ、私を捕えようとしたアレか」
「ハズレ、ですわ。周辺300メートル程なんですけどね。だーれも出られなくしました。若様と巴さんなら十分もあれば出ていくでしょうけど、貴方はどうかしらね」
「!?」
六夜が目を見開く。
「とにかく逃げられるのだけは御免でしたから、あれだけは全力で展開しました。これの効力だって永遠ではないでしょう。強力な能力ですもんねぇ。歯車が全部自然に消滅したら……再戦といきましょうね。今度は、負けませんから。お仕置き、まだ有効ですからね? うふ、うふふ……」
「ちっ!! 相討ちなど想定した内でダントツに最悪の展開だぞ!? 少なくともあのドワーフどもだけでも黙らせておかんと!!」
動けない澪を一瞥すると掻き消える六夜の姿。
怒りを湛えた澪の小さな笑いだけがその場に残り、そして六夜は澪の設定した空間から外に出る事は叶わなかった。
歯車の拘束で動けない澪と、澪の術の綻びを探して全力疾走する六夜。
戦闘が終わった空間に、死者は今のところ誰もいない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ああ、そういう事か」
「? 六夜さんと澪さんの勝負が気になる? あっちは六夜さんの希望で見せられないの、ごめんね」
「え?」
「あら、違った?」
「そちらのホームですしね。まあ色々あるのは承知してます。判ったのは、貴女の能力ですよ緋綱さん」
「!?」
「セイフティゾーンでしたっけ? 貴女も言ってましたけど、万能無敵空間なんかじゃないですね」
……微かだけど、澪の激昂した感情が伝わってきた。
ちょっと想像してなかった事態だ。
かといって状況を変えるにはこの空間を何とかしない事には話にならない。
その分析が、多分終わった。
「外部からの攻撃の遮断。そして内部に戦闘禁止空間の展開。なるほど、MMOにありそうな能力ではあります。発動させる条件は触媒の類じゃなく、時間」
「……」
「効果時間やクールタイムの制約が厳しいタイプですよね、これ」
「そういう真君はこっちの力を調べられる力を持っているの。これは、予想外かも」
「で、効果時間を内部から短縮する事はできないみたいですけど。構成から察するに外から攻撃を加えられる事で効果時間が短縮する感じかなーって」
「!!」
緋綱さんの表情が変わる。
いうなればそう、はい正解ですとばかりに変わった。
隠し事出来ないタイプの人だなー。
友達になれそう。
気持ちのいい商売できそう。
「ええと、真君? 君の魔力の塊から伸びてるそれはどこに?」
「あ、このみよーんと伸びてる二本の事ですかね」
巴と凄まじいコンビネーションの冒険者二人の戦いに熱中していた貴女の隙を突きましてね。
そうやって立ち上がらないと見えない死角を利用させてもらいました。
「うんうん、それ」
「ちょこっとセイフティゾーンの外にだせないかなーって伸ばしてみたんですよ、実は」
「なんですと!?」
「で……ですね」
「……」
ゴクリと息を呑む緋綱さん。
しかし返答に慈悲はなかった。
「出せちゃいました」
僕本人は出れないみたいだけど、魔力体は僕の体からある程度距離の離れたゾーンの端っこから更に外に出られた。
「げぇっ!?」
「という訳で時短させて頂きます」
出来れば巴と澪に手を貸してから、ベレン達にも加勢しときたい。
もうじきに大きく状況も動かせる筈。
みんなを守って目的も達成するんだ。
そろそろ僕も動かせてもらおうか。
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