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五章 ローレル迷宮編
戦いの締めは戦い
しおりを挟むどうしてこうなった。
彼ら全員の肉体と精神の認識に干渉する事で、戦いを少しでも有利に運びつつ、本来の目的であるこの争いの原因を取り除く。
己が見たい願望を幻霧の中で具現化する巴の五里霧、他人同士の魔力や感覚を結び付ける澪の黒糸の応用。
その大規模魔術を僕ら三人がかりで徹底して隠蔽を施した上で行使し続ける。
やってみた感想はといえば、異様に疲れる。
巴と澪に魔力を配り二人を強化し、術のコントロールを任せる代わりにその燃料にもなる魔力は殆どが僕からの持ち出し。
これはもうなんと説明したらわかってもらえるのか。
例えるならば、他人の家に家人に気付かれないように様々な物を持ち込んで配置する、だろうか。
しかもその家には結構な数の防犯カメラが仕掛けられていて一定以上の動体に反応する仕掛けになっている中で?
……そこまでかな?
うん、それなみにはきつかったな。
戦闘も結局三人とも参加したんだし。
僕は緋綱さんとマリコサン。
マリコサンはマジでおっかない。
かべのなかにいるとか最終奥義過ぎる。
普段の僕が迷宮の外にいたら絶対に弾けたはずのスキルだけにやられた時は久々にパニックをおこしかけた。
緋綱さんは明らかに個人が有する魔力を超えて強力な魔術を叩き込んできた。
しかも力業かと言われればセンスも技量も超一流。
あの符術って魔術系統は詠唱が極端に短い代わりに消費する魔力は結構多めな感じだった。
普通に魔術も使いつつ必要に応じて要所で符術を単発もしくは連発で放つ戦い方は符術を扱うもう一人の術師、モクレンを確実に上回っている。
あっちの符術はいわば量産型だ。
緋綱さんのは符じゃなく頁から発動しているし威力も消費魔力も効果も色々な意味で突出しているんだな。
つまり原型、試作機、ガン〇ム。
なるほど、化け物じみた違いを我ながらうまく表現できてしまった。
彼女の魔術はスキルを含めてそのままは継承できなかったんだろうし、むしろ現代のローレルに残っている符術はよく効率化されてるか。
ちらっと横目で見ると巴がこちらを見つめている。
あいつの相手はハク=モクレンさんとギネビアさん。
二人で、たった二人で巴をしばらく足止めしていたけれど最後には劣化版の五里霧を食らって夢の中、という決着だったとか。
巴と長期戦をやって、しかも何発か巴にダメージを通す。
亜空でも二人でそれを出来るのは……いない。
僕と澪、それに識に環を除けば巴にまともな一撃を加えたのは超絶コンビネーションを用いて三人で達成したチームセル鯨、アルケーズは四人がかり、後は五人以上の編成を組んでじゃないとまだまだ無理め。
巴だって学習する訳で、最少人数でやってのけたセル鯨さん達は最近はまた軽くいなされ始めてる。
そう考えるとアルケーズのが成績のアベレージは高い感じ。
巴と環は僕の従者の中では本気に近づけば近づく程回避を重んじるタイプ。巴は魔術で、環は物理で超回避する。
澪は攻撃がどんどん苛烈になる、中で色々と罠も追加で仕込み始める変則攻撃タイプ。
識は指輪次第だけど機動力が増すというよりは徹底した障壁と攻撃で畳みかける要塞タイプかな。
戦士にも術師にも対応できる万能型ともいえるけど、現状だとまだ器用貧乏型のが合ってる。
ともかく、そんな“当たらない”巴に攻撃を加えながら幻術にも対処して二人だけで何十分も戦えるってのは驚嘆の一言。
後で後学の為に巴に戦闘を見せてもらおう。
その巴の傍らでどこの深淵から這い出てきたかって目でまだ痺れっぱなしの六夜さんを見つめているのが澪。
おっそろしい事に六夜さんは本当に一人だけで澪を抑え込んでいた。
計算外もあって他の戦場に救援に行くという最初の計画こそ頓挫したようだけど、あの澪を一人で。
いや、マジでとんでもない。
どんな小細工を使ったのだとしても、知り合って間もない澪の弱点やら相性やらをそうも的確に突けるのなら、それはそれで凄い。
攻撃力や防御力を純粋に比べれば、澪を抑えられる筈なんてないのに。
賢人の実力がどうのじゃなく、やっぱり六夜さんって人が凄いんだと思う。うん。
あの歯車の拘束結界、初めて見るし確かに結構強力な代物だったけど澪ならバキっとぶっ壊せるレベルだったし。
駆け引きか……あの澪と。
まあそんな訳で、僕らの計画というのもそこまでは上手くは進んでいなかった。
それでもね、あちらの切り札らしいアズノワールさんが戦場に到着して僕と遭遇した時、ようやく一番大事な作戦が成功を収めたんだ。
「……だから言ったろう。すべてを丸く収める手段などというものは毎回都合よく配置されはしない。どちらかというと見出せる事の方が少ないモノだ」
僕の正面に立ち、大剣を構えるアズノワールさんが苦笑を湛えながら諭すように言った。
周囲には僕らクズノハ商会も、ピクニックローズガーデンも始まりの冒険者も一堂に会している。
中央には僕とアズノワールさんだけがいる。
しかしまんま包丁正宗なデザインの剣、あのサイズだともう刀に属する武器にすら見えないっす。
武器としては冗談みたいな代物だな。
あれで本当に戦えるんだろうか。
「ピオーネさんの憎しみさえ何とかできれば上手くいくって思いません、普通?」
だってそれが僕らの間にある唯一にして最大の障壁。
この傭兵団の一員である彼女の、僕ライドウに向ける憎悪。
確かに難しい事だ。
でもこれさえ取り除ければ、何とかイーブンの話し合い、交渉は進められる筈。
僕自身必要なら賢人と名乗る覚悟だってしてた。
なのに。
「やり方がまずい。仲間が苦しんでいる時に手を差し伸べられないというのは辛いものさ。それに、圧倒的に有利な状況で相手を一人として倒せずにこちらばかり痛い目を見るというのもな」
「……いくらなんでも、僕だって身内の誰も失いたくないですよ。無理を言わないでください」
「……そして傷つけられたくもない」
「ええ」
「真っ当だ。そう考えられるのなら、まだ手遅れではないのかもしれんな」
僅かに、僕を見つめる騎士の目に憐れみの色が見えた。
「??」
「ピオーネに……何をした? 仲間が戦っている戦場で、ピオーネが急に崩れ落ち、そして戦いの終わりを宣言した。君らへの謝罪も。ああ、突然にだ」
「……」
「彼女は目から涙を鼻から鼻水を、口元には漏れた吐瀉物の残滓、衣服も軽く拭われてはいたがそれらで相当汚れている。明らかにこれまで戦っていた者の様子ではない」
淡々と語りながら、そこには一言ごとに静かな怒気が含まれていた。
「一応説明はしましたけど」
「魔術による幻を見せた、だったね?」
「ええ。このまま彼女の憎悪が原因で戦闘を続けた場合、彼女とその仲間が辿ってしまう死を、彼女に見せ続けました。ピオーネさんの頭に僕らの戦力と戦う術の多くを情報として転写した上で、彼女がその情報と前提として持っている仲間の情報を比較して想像し得る全滅の幻を」
「……繰り返し、延々と?」
「彼女が心の底から戦いの継続を放棄してくれるまで、です。ずっとじゃありません」
ピオーネさんは友人の死、本当に不運な事に僕が手にかけてしまったそれを憎しみの根っこにしているらしい。
だからその大切な人物の死が、もしピオーネさんが僕らへの憎悪と殺意を持ち続けて行動してしまったら、もっと広がってしまう事を知ってほしかった。
その、他の大事な人達にも。
僕らの戦力と彼らの戦力。
互いに殺し合うという前提でぶつかりあったら、不死である始まりの冒険者以外は死ぬ。
もちろん実際には僕らはそんな事はしない。それじゃあ彼らの協力を得られなくなる。
だから幻の中でだけ、ピオーネさんの脳裏にだけそれを現実と変わらない感覚を添えて繰り返した。
戦いじゃなく、話し合う事を選んでくれるように。
「それだけじゃないな。ピクニックローズガーデンの仲間、いや高嶺君にさえ彼女の異常に気付けないようにしただろう」
「もちろん、知られたら彼女にわかってもらう前に解除されてしまいますから」
「それも幻術か。それに感覚と認識の共有? だったか」
「そうです。この層に入った瞬間から全員に対して。視覚を含む肉体の感覚の一部と認識を少しだけ変えました。具体的にはピオーネさんがその場でいきなり昏倒しても他の人の目には彼女は引き続き後衛の支援要員として僕らと戦っているように見えるように。それから多勢に無勢の闘いになりますので、他に傭兵団の皆さんには実際に回復魔術や支援魔術を受けても効果を三分の一程しか精神が認識しないように。まあ他にもちょこちょこやりましたが大きくはそのくらいです」
「君ら以降この層に入り込もうとする者を妨害するというのもあったな」
「あー、ええ。それについては戦いに巻き込まないようにっていう万が一の巻き添えを防ぐ為でしたけど」
そうだった。
結局これも役に立ってアズノワールさんがこっちに来るのが大分遅くなったみたいだった。
ピオーネさんが結構粘って、仲間の死を見続けても憎悪を捨ててか薄めてかしてくれなかったから想定外に戦いが長引いてしまった。
おかげでシイは森鬼の秘薬まで使って凌ごうとして、ホクトは彼が本気になった時だけ使う撚糸を操った。
ベレンは僕の指輪を利用したっていう爆槍も何本か投入したとか。
やりすぎです。
それでもシイは向こうの、リューマだかリョーマって名前の暗殺者チームから状態異常を仕掛けられてぽやーっとしていた始末。
回復が間に合って今は落ち着いているけどね。
「……で、ピオーネの停戦と謝罪の言葉に繋がると。ライドウ君、確かにピオーネから君らへの憎悪は消えたようだ。代わりに今後の傭兵活動どころか日常生活に支障が出るレベルの恐怖を植え付けられたようだがね」
「もちろん、望まれるならケアはします」
「今はっきりしている事実は、ピクニックローズガーデンは一人の仲間の心を目の前でズタズタにされたという事」
「……」
いや誰も殺してないし、副作用無しでとなるとすぐにとはいかないだろうけどちゃんとケアもする。
そう申し出ているんだけど。
「しかもそれをした相手に関しては、始まりの冒険者の力まで借りておいて誰一人として倒せていない。一方命のやりとりこそ確かにないかったが、そちらは目的を達成しピオーネを壊している、いわば撃墜比0対100。完全にこちらの不完全燃焼だ」
えー。
戦いで不完全燃焼とか言われましても。
競技なら別に再戦って手もあるだろうけど、本気の戦いなんだから惜敗でも完敗でも受け入れるもんなんじゃないの?
……いや、感情でいうなら本気だからこそ遺恨が残ると面倒なのか。
という事は。
このまま交渉の席についても、僕が賢人だって名乗ったくらいじゃまともな交渉もしてもらえない、のか?
そ、それは困る。
ローレルまで来て地下迷宮を散々潜ってこんだけ疲れて頭も使って。
駄目でしたとか。
……勘弁してください。
戦力的にもこの人達、ツィーゲにピッタリなんだよ。
トアさん達のレベルでも学べる事は十分にある、そんな傭兵団なんだ。
本当に丁度いい、またとない、つまりは大当たりなんだよ!?
一軍クラスの方々を是非派遣して欲しい。
ピオーネって女の子にだけ焦点を合わせた事で、傭兵団の他のメンバーに新たに矛先を作り出し、それが今僕に向けて非常によろしくない感情をも生み出していると。
「で、なんで僕はアズノワールさんに剣を向けられているんでしょう」
「身も蓋もなく言ってしまえばガス抜きだな」
「ガス抜き……」
なんのこっちゃ。
「俺としてはピクニックローズガーデンには君ともクズノハ商会とも良い関係になってほしくてね。個人的にも少々恩がある事だし……」
「へ?」
「あー、いやいや。ともかく。六夜も他の皆も君や巴さん、澪さんの実力を既に知っている。ただ傭兵団サイドで見ると主要人物の実力はまだその目で見ていない訳だろう?」
「……ええ」
「となれば。こちら側で単騎の戦闘能力ではそこそこ認めてもらっている俺と商会代表の君が戦ってみせる事で色々とお互いに呑み込んでもらおうと、まあそういう話だ」
「戦って見せる事で納得してもらう、ですか」
いまいちよくわからない。
大体、結界を使っていたとはいえベレン達と互角に戦ってた彼らなら僕の力もある程度はわかりそうなものだけど。
実際に目にしないと納得してないとか?
それとも何か他に理由がある?
本当にそんな事だけで何とかなるんだろうか。
「どちらかが負けを宣言した所で終わり、という全力の戦いをして勝敗問わず水に流そう」
「はぁ?」
そんなスポ根的なわっかりやすいやり方で解決できるのかい。
じゃあ僕の、頭を捻りに捻って頑張った作戦は一体。
「始まりの冒険者と馬門高嶺、それにピクニックローズガーデンについてはこれで既に納得させている。後は……クズノハ商会、いやライドウ君が頷いてくれるかどうか。それだけだ」
というか俺だけ戦わずに済むとか思ってないだろうな、って皆が責めるんだよな。
ふっと目を逸らしてアズノワールさんが呟くのが聞こえた。
……惚けてるようにも見えるけど、僕にとってわかりやすい方向で解決策を示してくれているのも事実。
アズノワールさんの事情はまったくさっぱりわからないが、敵意は感じられない。
ピオーネとの関係がさほど深くないのか、一番醒めているようにも見える。
なのに僕に向ける剣先からは微塵も迷いがない戦う意思を感じさせる。
うん、六夜さんに関しては僕らが無事な状態で戦いが収束さえすれば、交渉の席ではこちらに味方してくれるという約束も以前に取り付けている。
ならこの人と戦って僕自身の力を傭兵団の人に示せばいいか。
緋綱さんはもうわかってくれているし、始まりの冒険者の他三人についてはもう認めてくれているっぽい。
あと一回戦う回数が増えたところで問題もない。
よし。
「……わかりました。では全力で」
「済まんな。柊家の子孫を守ってくれた君と、刃を合わせる事になるとは多少心苦しくもあるが。精々派手に、思い切りやろう。面倒な因果をまとめて吹き飛ばして笑ってしまえるようにな」
柊家?
どうも、この人とは迷宮や傭兵団とはまったく関係ないところでも何か関係があるみたいだな。
親身になってくれそうで、なのに今日一の殺気と闘気をぶつけてくる不思議な騎士。
特徴的な大剣に白銀の全身鎧。
高身長にそれらの装備が相まって彼がより大きく見える。
でも、さっきまで大規模かつ面倒な術に割いていた力も既に戻ってる。
魔力も好きに使える。
アズサも喚べばすぐに手に収まる。
比較的僕も万全な状態だ。
界を強化に集中した事で僕を覆う魔力体が可視化されていく。
こちらも準備は出来た。
「では六夜……はまだまともに話せんか。高嶺君、開始の合図を」
呼ばれて大きめの白衣を着た男の人が前に出てきた。
ああ、この人が馬門高嶺。
迷宮のデザイナー。
「……ライドウ氏は準備はいいのか?」
「あ、はい。どうぞ」
どことなく雰囲気が高校の友人に似てる。
PCについてはあの二人に随分と世話になってたなあ。
本当に久しぶりに懐かしい友人の顔を思い出したけど、時間は待ってくれない。
「では……はじめ!!」
合図役に指名された馬門さんが一応僕に確認をした上で戦いの開始を宣言した。
周囲から注がれる絶妙に刺々しい視線が戦いの終わりには少しでも緩和されている事を願いつつ。
僕はまっすぐアズノワールさんを見据えた。
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