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五章 ローレル迷宮編
開帳、雨月一文字
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緋綱さんマジ酷い。
あの人仲間の技を扱えるんかーい。
どうも魔術師らしくないのが色々混ざってると思ったら!
効果は多少弱くなってるか、さもなきゃ消費が激しいのか。
いや、今はそんな分析をしてる場合じゃない。
狂尽昇華。
マリコサンを超強化した緋綱さんの術、もしくはスキル。
あれはアズノワールさんが本家だった。纏うオーラの色も若干違ってた。
俺の事はアズかアズさんでいいから。
とか気さくに話しかけてきた一秒後。
あの人はいきなり突っ込んできた。
そして冗談みたいな剣を担いで、冗談みたいな速度で、冗談みたいに魔力体をぶった切った。
識が指輪で僕の師匠の知り合いの動きを真似た時は、その動きの酷似に驚いた。
けれどアズノワールさんの初手の速攻を見た僕は、その気質の酷似に驚かされた。
あれは馬鹿だけど剣の鬼。
僕の弓の師である夏先生はそう言った。
現代で剣の鬼ってまた随分と時代錯誤な、と思ったものだけどね。
夏先生も紛争地帯で傭兵をやってた過去があったとか。
……今になって思い返すと全部本当だったんじゃなかろうかと思う事がある。
銃の使い方についても、もしかしたら。
馬鹿かどうかは置いといて、アズノワールさんからはあの人達とどこか似た空気を感じた。
何となくだけど、ずっとあやふやだったその空気らしきものの正体もわかる。
あれは戦場で日常的に命をやりとりする、それも自らの意思で戦場を居場所にする人種が放つ気配だ。
こちらでは冒険者も傭兵も珍しくない。
向こうじゃ戦場自体がどこか遠くの存在だったからその答えには辿り着けなかった。
「硬いなあ!! 一体どれだけの魔力で鎧を作ればその強度に至るのかな!!」
あっさりと切り裂いておいてよく言う。
一振り毎に魔力体を斬って捨ててくる相手は初めてだ。
しかもだ。
最初こそ確かに力を入れて魔力体を斬っていたのに、あのゼロバーサークってスキルを発動させてからはもうバターとか豆腐を斬るみたいにスパスパと!
あ、包丁だけに食材に例えてみました。
ってぇ!?
「消えた!?」
転移か!?
視界を覆うような大剣包丁ごとアズノワールさんが掻き消えた。
大袈裟な動きで体を隠しておいて、仕掛けてきたのは術での移動!?
まったく、本当に、冗談のオンパレードだなぁ!!
「お見事、当たりだ!」
隠そうともしない上からの声。
見上げれば上段に振り上げた大剣を思い切り振り降ろしにかかったアズノワールさん。
この感じ、最初に遭遇した頃のソフィアも彷彿とさせる。
剣の軌跡から体を外し、試しに魔力体に魔術と界で強化を施して十字受けの構えで受けてみる。
うっわ。
一秒もったかどうかで抵抗は包丁の前に屈した。
魔力体の両腕が一刀で、それどころか魔力体そのものまで破壊されてしまった。
ベレンを始めとして、クズノハ商会サイドから驚く気配が感じられた。
だよね、僕も正直驚いてる。
速くて、強い。
何というかここまでは本当にシンプルな人だ。
つまりスキル発動後、青白いオーラを全身から立ち昇らせる彼は……とんでもなく速くて強いって事で。
ただとりあえずはこれであの大剣は僕の横に振り下ろされる。
距離を取って、次は中距離か遠距離で魔術中心にこちらから仕掛けてみるか。
あとアズサも織り交ぜていくか。
出来れば早い内に僕の流れにしたい。
「意外と素直なんだなライドウ君は……びっくりだ!」
「なぁっ!?」
空中で、全身を金属鎧に包んだ騎士が、馬鹿でかい大剣を持ったまま、回った。
大剣が純粋な速度で僕の視界からぼやける様に消える。
剣速で生まれた風が僕の肌を撫でた。
地面に叩きつけられてない。
……そりゃそうだよな、本職の騎士だ。
剣が獲物だってなら武器の動きなんて僕でもそうそう目で追い切れるものじゃない。
当然だ。
ましてや相手は日本人ときてる。
あの人を、アズノワールさんを見れば少しは予測できる筈。
剣技かスキルか、それとも新しい引き出しから何かが出てくるのか。
彼は強引に姿勢を捻って大剣を次の動きに導こうとしている。
無茶な捻り方から見て……次の一撃は、横!
スキル発動の気配はなし!
魔力体を再展開、防げなくても一秒稼いで後ろに退く!
「何と、ノータイムで展開とは!」
ダメだ。
ただ退いただけじゃ仕切り直しに持ち込めない。
ブリッドとアズサでこちらも攻勢を敷かないと。
せっかくもう一回生み出した魔力体が予想通りに破壊された。
時間稼ぎも予想通り成功、僕は大きく後ろに跳ぶ事が出来た。
その瞬間着地まで次の動きを待つべきじゃないと感じてブリッドを前方に乱射。
そっちをばら撒きにした代わりにアズサに集中してアズノワールさんを捕捉して……放つ。
案の定というか横薙ぎを放ってからもアズノワールさんは追撃を考えていたみたいだった。
しかしアズサの一射がブリッドの起こした土煙に吸い込まれてその気配が消える。
転移の可能性も警戒しながらもう三つ、矢を撃ち込む。
確信がある。
全部命中したぞ?
「まさかその魔力の鎧が、無詠唱で連発可能だったとは予想外だった」
普通に姿を現した。
腕と肩、それに腿。
確かに当てたのに。
「緋綱さんには見せてますけどね、白々しいなあ」
「事前に君の情報を聞いてしまっては不公平だろう? 一応俺は騎士を名乗ってるんでな」
……マジ?
無傷でしのがれたって事かよ。
それに僕の情報は仲間から聞いてない?
「いや、日本人ですよね?」
「だった、だな。こちらに来て騎士を名乗って。その力も得た。ルトに会って能力の事を色々聞く頃にはもう手遅れでね、生き方としてそうすると決めていたんだ。単なる異世界特典だともっと早く知っていたら別の生き方をしていたかもしれんが」
「……」
「ごっこで助けてごっこで殺して、やっぱ辞めた。どうもそういうのは気持ち悪かった」
「……」
「だから覚悟を決めて命懸けで騎士をやる事にした。もっとも俺が知ってるのはゲームや小説、つまりフィクションの騎士のイメージに過ぎんから滑稽なものだがね。それでも死ぬまで貫けば、もしかしたら納得できる日も来るかもしれないと、そう思った訳だ」
命懸けで。
一生やる、か。
いつ頃、どんな経験を経て彼が覚悟を決める日を迎えたのか。それは僕にはわからない。はかり知れない。
ただ……一瞬。
僕の弓道と重なった感じがした。
「……」
奇妙な共感らしき感覚。
でも言葉は何も出てこない。
「ただ誤算だったのは、思ったより俺が長生きしてしまってる事だな。参ったよ」
「……ところで」
妙な感覚を振り払うように、僕は彼に質問した。
「お、何だ?」
「矢が四つ当たった筈ですが」
「おお、滅茶苦茶痛かったぞ」
それで済んでたまるか!!
ブリッドだって乱射とはいえ数発はヒットしてるだろうに。
どうなってるんだ、この騎士。
「自分で確かめろ、か。まあ当然ですよね」
不敵に笑い、両手で持った大剣を再度構えたアズノワールさん。
言葉はなかった。動きが答えだ。
僕と彼は会話の呑気さからは全くうかがえないけれど、困った事に今殺し合いをしている。
これはガス抜きの為の戦いだと、参ったと言えば終わりなのだと彼は言っていた。
けれど本気なのだと。
意味をようやく理解する。
互いに必殺の意思を持って全力で潰し合う。
即ち殺し合いだ。
これは、困った。
参ったというタイミングはどこにあるのか。
不思議と僕の内側からも降参の意思を口にする気持ちが湧いてこない。
「残念な事に我々は今、敵同士だからな。しかし本気のライドウ君を見せてもらって、君の心根というやつを見定めようと思っているんだが正直困っている」
「僕は特に、性格を偽ったりしているつもりはないんですけどね」
これは本当にその通り。
演技はむしろ苦手だし、好きでもない。
「ああ。だがそうなると大きな矛盾にぶちあたる」
「?」
「……っと。それも手合わせの中で確かめるべきだな。さあ、再開といこうか。安心してくれ、俺はまだまだ君に見せられるものがある」
「その大剣が覚醒してかっこいい日本刀に変わる、とかだったら見てみたいですけどね」
「……おお、結構近い。良い線いってるぞライドウ君。俺と君はセンスが近いかもしれんな! なら次はそれからいくか!!」
「っ!」
縮むのかい。
センスが近いも何も、大剣が圧縮して小さくとか結構ありきたりです。
あの大剣に何かあるならすらっとした刀への形態変化は早い段階で思いつく。
大体振り回され過ぎてどうしても、まずあの包丁正宗に目がいくし。
アズノワールさんが大剣を……?
逆手で体の横に構えた?
彼の背後に刀身が一部隠れる。
えっと……。
「禍蛇、夜刀神!!」
「まずい! ヴィヴィ、アゲハ!!」
アズノワールさんの言葉で彼の背後にゆらりと何者かの気配が生まれた。
次に起こる事を察したのか、麻痺から回復した六夜さんが誰かに叫ぶ声も聞こえた。
二つの気配はこちらを鋭く見つめた後、特に実体を持つ事なくアズノワールさんの周囲を回り、大剣の中に入っていった。
これまでわかりやすく刃物の輝きをその身に宿していた大剣が、その瞬間に藍よりも昏い、夜空みたいな色に染まった。
何か、まずい。
即座に行動を止めるべきだ。
今度はブリッドもアズサも彼の手元、剣の柄、肘に狙いを定めて放つ。
丁度いい、さっきの無事の原因も含めて確かめさせてもらう!
「開帳、雨月――」
?
動きが、ない?
矢と魔術の弾丸が前方の騎士に吸い込まれていき、普通に命中する。
狙った通りの、場所に、って。
ガントレットの継ぎ目から手首を射抜き、肘も射抜いた。剣の柄でブリッドが爆発を起こす。
なのに、気にしていない。
ほんの少しの間、まったく予想外だった反応に僕の頭が思考を止める。
夜空の色に染まった大剣が脈打ったように見えた。
「一文字ぃ!!」
アズノワールさんの気迫の声。
「……ぁ」
負傷したままの両手が一回り大きくなったように見えた。
その手にあったのは、日本刀、なのだろう。
僕の口は呆気に取られた間抜けな声を出した。
センスが近いだって? 嘘つきだ。
大剣が……巨大化していた。
そのフォルムは、確かにサイズさえ無視するのならバランスのいい、日本刀なのかもしれないけれども!
もはや人が持つ大きさじゃない。
ベレンの山断ち。あれを凌駕する狂気を感じるぞ!?
150なガー〇ラなス〇レートなアレですぞ!?
横薙ぎの構えから一閃が放たれる。
やばい!!
速い!!
胸辺りの、絶妙に回避を悩む嫌な高さに狂気の剣閃が迫ってくる。
上に跳ぶか!?
下に伏せるか!?
悩んでる暇なんてない!
跳ぶ!!
「なんてふざけた技を! っ!?」
ナニカの咆哮が聞こえたような気がした。
ナニカに見つめられた気がした。これは……確かさっきも。
そして、まさかの。
剣の軌跡が変わった。
今日何度目になるかもうわからんけれども、思わず僕はその言葉を口にした。
「冗談でしょおお!?」
上に逃れた筈の僕の丁度腰辺りの所を通過する高さ。
あの剣を上にも下にも変化させるのは無理だと僕の頭は言っていた。
けれど更に絞るなら持ち上げる形で対象の動きに対応する方が無理がある、というのが多分僕が上に跳んだ理由、の分析。
正直直感でしたけどね!
なのに上に変わったのだ、剣の軌跡が。
もう回避は無理。
体を動かすくらいしか時間の余裕がない。
左から迫る剣を見て、僕の最後の動きは。
「はははは! ソレも中々に冗談じみた手だぞライドウ君! やはり、俺たちは気が合いそうじゃないか!!」
剣はその速度を一切緩める事なく。
おかげで僕は狙った通り、肘と膝で勢いよく刀身をたたき折りにかかる。
けど、硬った!
エルドワの武具よりも遥かに硬い!
これは、折れない。
少しだけ、刃が体に近づくのを肘と膝で感じる。
同時に、巨大な質量が高速でぶつかってきた事で僕の体がその剣と一緒に右方向に吹っ飛ばされる。
「……これは銀腕も使わされるかも」
この層結構丈夫そうだから気を付ければ何とかなるかも。
根拠は主に岩盤掘った経験ですけど。
「大きいってのは、良い事だーーー!!」
この後どこかにぶつかるにしろ、まだ刃が腰に来るまでは余裕がある。
ありったけの障壁を無詠唱で発動させまくる。
身体強化も改めてかけ直す。
迫る刃を曲芸チックに挟んで、アズノワールさんの豪快な信条を聞きながら、防御に全力を傾ける僕は思った。
どうみてもこれ……雨月一文字とかいうしっとりした名前じゃないだろう!!
あの人仲間の技を扱えるんかーい。
どうも魔術師らしくないのが色々混ざってると思ったら!
効果は多少弱くなってるか、さもなきゃ消費が激しいのか。
いや、今はそんな分析をしてる場合じゃない。
狂尽昇華。
マリコサンを超強化した緋綱さんの術、もしくはスキル。
あれはアズノワールさんが本家だった。纏うオーラの色も若干違ってた。
俺の事はアズかアズさんでいいから。
とか気さくに話しかけてきた一秒後。
あの人はいきなり突っ込んできた。
そして冗談みたいな剣を担いで、冗談みたいな速度で、冗談みたいに魔力体をぶった切った。
識が指輪で僕の師匠の知り合いの動きを真似た時は、その動きの酷似に驚いた。
けれどアズノワールさんの初手の速攻を見た僕は、その気質の酷似に驚かされた。
あれは馬鹿だけど剣の鬼。
僕の弓の師である夏先生はそう言った。
現代で剣の鬼ってまた随分と時代錯誤な、と思ったものだけどね。
夏先生も紛争地帯で傭兵をやってた過去があったとか。
……今になって思い返すと全部本当だったんじゃなかろうかと思う事がある。
銃の使い方についても、もしかしたら。
馬鹿かどうかは置いといて、アズノワールさんからはあの人達とどこか似た空気を感じた。
何となくだけど、ずっとあやふやだったその空気らしきものの正体もわかる。
あれは戦場で日常的に命をやりとりする、それも自らの意思で戦場を居場所にする人種が放つ気配だ。
こちらでは冒険者も傭兵も珍しくない。
向こうじゃ戦場自体がどこか遠くの存在だったからその答えには辿り着けなかった。
「硬いなあ!! 一体どれだけの魔力で鎧を作ればその強度に至るのかな!!」
あっさりと切り裂いておいてよく言う。
一振り毎に魔力体を斬って捨ててくる相手は初めてだ。
しかもだ。
最初こそ確かに力を入れて魔力体を斬っていたのに、あのゼロバーサークってスキルを発動させてからはもうバターとか豆腐を斬るみたいにスパスパと!
あ、包丁だけに食材に例えてみました。
ってぇ!?
「消えた!?」
転移か!?
視界を覆うような大剣包丁ごとアズノワールさんが掻き消えた。
大袈裟な動きで体を隠しておいて、仕掛けてきたのは術での移動!?
まったく、本当に、冗談のオンパレードだなぁ!!
「お見事、当たりだ!」
隠そうともしない上からの声。
見上げれば上段に振り上げた大剣を思い切り振り降ろしにかかったアズノワールさん。
この感じ、最初に遭遇した頃のソフィアも彷彿とさせる。
剣の軌跡から体を外し、試しに魔力体に魔術と界で強化を施して十字受けの構えで受けてみる。
うっわ。
一秒もったかどうかで抵抗は包丁の前に屈した。
魔力体の両腕が一刀で、それどころか魔力体そのものまで破壊されてしまった。
ベレンを始めとして、クズノハ商会サイドから驚く気配が感じられた。
だよね、僕も正直驚いてる。
速くて、強い。
何というかここまでは本当にシンプルな人だ。
つまりスキル発動後、青白いオーラを全身から立ち昇らせる彼は……とんでもなく速くて強いって事で。
ただとりあえずはこれであの大剣は僕の横に振り下ろされる。
距離を取って、次は中距離か遠距離で魔術中心にこちらから仕掛けてみるか。
あとアズサも織り交ぜていくか。
出来れば早い内に僕の流れにしたい。
「意外と素直なんだなライドウ君は……びっくりだ!」
「なぁっ!?」
空中で、全身を金属鎧に包んだ騎士が、馬鹿でかい大剣を持ったまま、回った。
大剣が純粋な速度で僕の視界からぼやける様に消える。
剣速で生まれた風が僕の肌を撫でた。
地面に叩きつけられてない。
……そりゃそうだよな、本職の騎士だ。
剣が獲物だってなら武器の動きなんて僕でもそうそう目で追い切れるものじゃない。
当然だ。
ましてや相手は日本人ときてる。
あの人を、アズノワールさんを見れば少しは予測できる筈。
剣技かスキルか、それとも新しい引き出しから何かが出てくるのか。
彼は強引に姿勢を捻って大剣を次の動きに導こうとしている。
無茶な捻り方から見て……次の一撃は、横!
スキル発動の気配はなし!
魔力体を再展開、防げなくても一秒稼いで後ろに退く!
「何と、ノータイムで展開とは!」
ダメだ。
ただ退いただけじゃ仕切り直しに持ち込めない。
ブリッドとアズサでこちらも攻勢を敷かないと。
せっかくもう一回生み出した魔力体が予想通りに破壊された。
時間稼ぎも予想通り成功、僕は大きく後ろに跳ぶ事が出来た。
その瞬間着地まで次の動きを待つべきじゃないと感じてブリッドを前方に乱射。
そっちをばら撒きにした代わりにアズサに集中してアズノワールさんを捕捉して……放つ。
案の定というか横薙ぎを放ってからもアズノワールさんは追撃を考えていたみたいだった。
しかしアズサの一射がブリッドの起こした土煙に吸い込まれてその気配が消える。
転移の可能性も警戒しながらもう三つ、矢を撃ち込む。
確信がある。
全部命中したぞ?
「まさかその魔力の鎧が、無詠唱で連発可能だったとは予想外だった」
普通に姿を現した。
腕と肩、それに腿。
確かに当てたのに。
「緋綱さんには見せてますけどね、白々しいなあ」
「事前に君の情報を聞いてしまっては不公平だろう? 一応俺は騎士を名乗ってるんでな」
……マジ?
無傷でしのがれたって事かよ。
それに僕の情報は仲間から聞いてない?
「いや、日本人ですよね?」
「だった、だな。こちらに来て騎士を名乗って。その力も得た。ルトに会って能力の事を色々聞く頃にはもう手遅れでね、生き方としてそうすると決めていたんだ。単なる異世界特典だともっと早く知っていたら別の生き方をしていたかもしれんが」
「……」
「ごっこで助けてごっこで殺して、やっぱ辞めた。どうもそういうのは気持ち悪かった」
「……」
「だから覚悟を決めて命懸けで騎士をやる事にした。もっとも俺が知ってるのはゲームや小説、つまりフィクションの騎士のイメージに過ぎんから滑稽なものだがね。それでも死ぬまで貫けば、もしかしたら納得できる日も来るかもしれないと、そう思った訳だ」
命懸けで。
一生やる、か。
いつ頃、どんな経験を経て彼が覚悟を決める日を迎えたのか。それは僕にはわからない。はかり知れない。
ただ……一瞬。
僕の弓道と重なった感じがした。
「……」
奇妙な共感らしき感覚。
でも言葉は何も出てこない。
「ただ誤算だったのは、思ったより俺が長生きしてしまってる事だな。参ったよ」
「……ところで」
妙な感覚を振り払うように、僕は彼に質問した。
「お、何だ?」
「矢が四つ当たった筈ですが」
「おお、滅茶苦茶痛かったぞ」
それで済んでたまるか!!
ブリッドだって乱射とはいえ数発はヒットしてるだろうに。
どうなってるんだ、この騎士。
「自分で確かめろ、か。まあ当然ですよね」
不敵に笑い、両手で持った大剣を再度構えたアズノワールさん。
言葉はなかった。動きが答えだ。
僕と彼は会話の呑気さからは全くうかがえないけれど、困った事に今殺し合いをしている。
これはガス抜きの為の戦いだと、参ったと言えば終わりなのだと彼は言っていた。
けれど本気なのだと。
意味をようやく理解する。
互いに必殺の意思を持って全力で潰し合う。
即ち殺し合いだ。
これは、困った。
参ったというタイミングはどこにあるのか。
不思議と僕の内側からも降参の意思を口にする気持ちが湧いてこない。
「残念な事に我々は今、敵同士だからな。しかし本気のライドウ君を見せてもらって、君の心根というやつを見定めようと思っているんだが正直困っている」
「僕は特に、性格を偽ったりしているつもりはないんですけどね」
これは本当にその通り。
演技はむしろ苦手だし、好きでもない。
「ああ。だがそうなると大きな矛盾にぶちあたる」
「?」
「……っと。それも手合わせの中で確かめるべきだな。さあ、再開といこうか。安心してくれ、俺はまだまだ君に見せられるものがある」
「その大剣が覚醒してかっこいい日本刀に変わる、とかだったら見てみたいですけどね」
「……おお、結構近い。良い線いってるぞライドウ君。俺と君はセンスが近いかもしれんな! なら次はそれからいくか!!」
「っ!」
縮むのかい。
センスが近いも何も、大剣が圧縮して小さくとか結構ありきたりです。
あの大剣に何かあるならすらっとした刀への形態変化は早い段階で思いつく。
大体振り回され過ぎてどうしても、まずあの包丁正宗に目がいくし。
アズノワールさんが大剣を……?
逆手で体の横に構えた?
彼の背後に刀身が一部隠れる。
えっと……。
「禍蛇、夜刀神!!」
「まずい! ヴィヴィ、アゲハ!!」
アズノワールさんの言葉で彼の背後にゆらりと何者かの気配が生まれた。
次に起こる事を察したのか、麻痺から回復した六夜さんが誰かに叫ぶ声も聞こえた。
二つの気配はこちらを鋭く見つめた後、特に実体を持つ事なくアズノワールさんの周囲を回り、大剣の中に入っていった。
これまでわかりやすく刃物の輝きをその身に宿していた大剣が、その瞬間に藍よりも昏い、夜空みたいな色に染まった。
何か、まずい。
即座に行動を止めるべきだ。
今度はブリッドもアズサも彼の手元、剣の柄、肘に狙いを定めて放つ。
丁度いい、さっきの無事の原因も含めて確かめさせてもらう!
「開帳、雨月――」
?
動きが、ない?
矢と魔術の弾丸が前方の騎士に吸い込まれていき、普通に命中する。
狙った通りの、場所に、って。
ガントレットの継ぎ目から手首を射抜き、肘も射抜いた。剣の柄でブリッドが爆発を起こす。
なのに、気にしていない。
ほんの少しの間、まったく予想外だった反応に僕の頭が思考を止める。
夜空の色に染まった大剣が脈打ったように見えた。
「一文字ぃ!!」
アズノワールさんの気迫の声。
「……ぁ」
負傷したままの両手が一回り大きくなったように見えた。
その手にあったのは、日本刀、なのだろう。
僕の口は呆気に取られた間抜けな声を出した。
センスが近いだって? 嘘つきだ。
大剣が……巨大化していた。
そのフォルムは、確かにサイズさえ無視するのならバランスのいい、日本刀なのかもしれないけれども!
もはや人が持つ大きさじゃない。
ベレンの山断ち。あれを凌駕する狂気を感じるぞ!?
150なガー〇ラなス〇レートなアレですぞ!?
横薙ぎの構えから一閃が放たれる。
やばい!!
速い!!
胸辺りの、絶妙に回避を悩む嫌な高さに狂気の剣閃が迫ってくる。
上に跳ぶか!?
下に伏せるか!?
悩んでる暇なんてない!
跳ぶ!!
「なんてふざけた技を! っ!?」
ナニカの咆哮が聞こえたような気がした。
ナニカに見つめられた気がした。これは……確かさっきも。
そして、まさかの。
剣の軌跡が変わった。
今日何度目になるかもうわからんけれども、思わず僕はその言葉を口にした。
「冗談でしょおお!?」
上に逃れた筈の僕の丁度腰辺りの所を通過する高さ。
あの剣を上にも下にも変化させるのは無理だと僕の頭は言っていた。
けれど更に絞るなら持ち上げる形で対象の動きに対応する方が無理がある、というのが多分僕が上に跳んだ理由、の分析。
正直直感でしたけどね!
なのに上に変わったのだ、剣の軌跡が。
もう回避は無理。
体を動かすくらいしか時間の余裕がない。
左から迫る剣を見て、僕の最後の動きは。
「はははは! ソレも中々に冗談じみた手だぞライドウ君! やはり、俺たちは気が合いそうじゃないか!!」
剣はその速度を一切緩める事なく。
おかげで僕は狙った通り、肘と膝で勢いよく刀身をたたき折りにかかる。
けど、硬った!
エルドワの武具よりも遥かに硬い!
これは、折れない。
少しだけ、刃が体に近づくのを肘と膝で感じる。
同時に、巨大な質量が高速でぶつかってきた事で僕の体がその剣と一緒に右方向に吹っ飛ばされる。
「……これは銀腕も使わされるかも」
この層結構丈夫そうだから気を付ければ何とかなるかも。
根拠は主に岩盤掘った経験ですけど。
「大きいってのは、良い事だーーー!!」
この後どこかにぶつかるにしろ、まだ刃が腰に来るまでは余裕がある。
ありったけの障壁を無詠唱で発動させまくる。
身体強化も改めてかけ直す。
迫る刃を曲芸チックに挟んで、アズノワールさんの豪快な信条を聞きながら、防御に全力を傾ける僕は思った。
どうみてもこれ……雨月一文字とかいうしっとりした名前じゃないだろう!!
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だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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