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五章 ローレル迷宮編
そこまで行くんですか
二十層から馬門さんの力で二十五層まで飛ばしてもらって、その後地の底に続く闇の螺旋階段をアズさんを先頭に、僕、巴の順でひたすらに降りていく。
その間色々な話をした。
最初は自己紹介から。
何というか、戦っている間に何度か言葉を交わして、多分お互いに心の内を探り合っていた所為か物凄く今更な気がした。
そして彼の剣の事も。
ここ、淡く赤い光が地面から漏れ出す場所で今僕の眼前にある平たい大岩に刺さっていたらしい。
……。
大岩、というよりもこれは……磐座を思わせるな。
周囲に満ちた神秘的な、とでも形容するべき気配の中で余計にね。
それに、蓋とか封印って雰囲気もある、気がする。
力づくでは抜けなかったから、色々試した結果ギルドスキルの一つで抜けたんだとか。
果たして抜いていいものだったのかどうか。疑問が湧く。
悪かったのだとしても、もう全ては過去の事なんだけど……当時の光景を想像すると自然と苦笑いが浮かんでくる。
「で、この場所に何があると? 見た所、若の気分転換になるようなモノも、儂が上位竜として興味を持つモノも見当たらぬようじゃが? お前の狙う所も今一つわからぬしな」
一通り周辺を調べ終えた巴が若干目を細めてアズさんを見る。
日本人としての彼、こちらに来たばかりの異世界人としての彼、そして剣士として生きる彼。
騎士として、あっちにいた頃のままギルドマスターを演じる彼。
更に始まりの冒険者の他の面々についても。
アズノワールじゃなくアズと呼んでくれと気さくに言われたけど、結局アズさんというのが僕の中で一番しっくりきた。
妥協点ってやつだね、うん。
呼び捨てする気には到底なれなかった。
これについてはアズさんのお仲間についても同じだ。
巴は僕の気分転換にはならないとばっさり言ったけどさ、正直彼との話は楽しかった。
例えここに何もなくても……既に感謝してたりする。
「さて、せっかちというのは時に損をしますよ巴さん。そうですね、まずは俺の狙いとしては真君の事。俺の中で満足のいく確信が持てました」
「?」
僕の事?
僕の何が彼の興味を……。
どちらかというとここまでの話では彼の事を教えてもらってた。
対してこちらは日本にいた頃を少し話した程度。
はて?
「今の言葉は、つまりお主が若を探る口実だったと認める、そういう言質と取っていいかの?」
「いやいや。ただこうして誘った以上は俺達三人がそれぞれ得をする、益を得られる結果が一番かなと、そう思ったまでです。……少なくとも俺も十分得るものがあったという点を知っておいて欲しかった」
「アズさん?」
「では早速説明を。ここがヤソマガツヒの牢宮の最深部。ほんの……百畳もないくらいのこの狭い空間がね」
「……」
確かに、狭い。
ここが個人の家の庭だってなら邸宅って呼ぶ代物だと思うけど。
一階層が見渡す限りの平原なんて事もざらなこの迷宮じゃ確かに狭い。
あのエントランスもとんでもないもんな。
あそこで冒険者のお祭りとかやれば盛り上がるんじゃないだろうか。
山車も持ち込めそう。
「そして、だ。……ここは」
『……』
言い難い事を口にするつもりかアズさんから若干の緊張を感じる。
僕も巴も、彼の言葉を待つ。
ここに何があるか。
ここが何の意味を持つか。
世界で果たして何人が知っているかという秘められた真実が今語られようとしているんだ。
「この世界における生と死の狭間でもある」
??
生と死の狭間?
と言われても……どういう事?
「生と死。つまり……ここは黄泉比良坂、的な?」
なんとなく口にしたのは、僕の中にあるアズさんが言った言葉のイメージに合う言葉。
日本の神話で登場する名前だ。
「真君、詳しいな。うん、まさにその通り。ここは女神の世界における黄泉比良坂。説明が何割か省けたな、これは嬉しい誤算だ」
まだあまりイメージがしっくりこない。
アズさんが満足気に頷くも僕の方は……言わなきゃよかった。
黄泉比良坂……は日本の神話における生と死の狭間だ。
神話的な意味では知ってる。
デモソレダケナンデス!
「とはいえ神話と現実は当然違う。生と死を肉体の死とは別に考えるというのも普通困難だ。もちろんそこは説明するとも」
「……助かります」
いえ、本当に。
「現代日本では俺の知る限り違うんだが、この世界における生と死、現世と常世ってのは繋がってる。同じ世界に存在する、つまり陸続きなんだ」
「……はい?」
「とはいえ完全に繋がってる訳じゃない。真君、バルーンアートを知ってるかな」
今度はバルーンアート?
あれだよな、長細い風船を膨らませて犬とか作る奴。
プードルっぽい感じのが頭に浮かんだ。
「風船をねじって動物とか作るやつですか?」
「そうそう。ここは、いわばそのねじり目みたいなとこだと思ってくれていい。生と死が最も近づく場所。即ち生と死の境目、狭間という訳だ」
「……つまり、そこの、アズさんの剣が刺さっていた磐座、いや大岩は……」
「君が想像している通り、蓋だ。ねじり目が緩まないように、というね」
「ええっと。そこに刺さってた剣を抜いてしまうのは、まずいのでは。その、色々と」
生者と死者の大戦争が勃発するのでわ……。
「若の仰る通り。その話が真実であれば、間違いなく歴史から決して消える事のない大災厄が起きておる筈。じゃがこの世界にその記録はない。とても信じられぬ話じゃな」
確かに。
「ああ、相当まずかったみたいだ。全貌はつい最近知ったんだけどな」
「……」
えー。
巴の質問はひとまず黙殺する気なのかアズさんは僕に、背負った大剣を見せた。
今は鞘がない。
あの戦いの最後に鞘を備えていた。
それで放った居合を途中で止めて、彼は降参を口にしたんだ。
「無名不語。なもなくかたらず。俺がこの意志ある剣に付けた名だ。そして俺が可愛い幻獣たちと鍛え上げた最も攻撃に優れた技の名でもある」
「……すさまじい威力でした」
正直、パーティを相手にして必殺の間合い、タイミングで受けていれば死んでいたかもしれないと思う程。
「君に言われると皮肉なのかこれ以上ない賛辞なのか……難しいな。意志ある剣を無理に抜き放ち所有した上、名を教えてもらえない俺の自虐を込めた名前ともいえる」
今思えば自分勝手に大問題を引き起こそうとした事への怒りなんだろうな、とアズさんは小さく呟いて苦笑した。
「儂の問いへの答えは、無しか?」
「順を追ってご説明しますよ、巴さん。もう少しばかりお待ちを。俺は長年の疑問であり、最早答えを得る事を諦めていた幾つかに最近になって答えを見つけた。そのうちの一つが、この剣の本当の名」
「……」
そういえばアズさんは巴に対して態度が丁寧で、柔らかい。
騎士だけに女だから、とか?
始めはたまたまかと思っていたけど、どうやら意識的にそうしているみたいだ。
それにも、もしかしたら何らかの理由があるのか?
にしても剣の名前か。
最近という事は手に入れてから実にとんでもなく長い時間を――あの剣が意志あるものと仮定して――共に過ごしてきてようやくしった剣の名前か。
切っ掛けも気になるけど、名前そのものがやっぱり気になるな。
「で、名前はなんと? えっと、聞いても良ければですが」
「もちろん。この剣の本当の名前は、いや宿る意思か? まあ本人申告によるとそれは瀬織津姫というらしい」
「瀬織津、姫? それ日本の……」
「ちなみにその名と形状――あの鞘とか――解放した時の力や威力については俺も君との戦いで初めて知った。ほら、最後の居合斬りがそれだな。ぶっつけ本番の割に凄いのが出て良かった。あれを手に入れて間もなく使えていたら武士に鞍替えしてたかもな、はははは! 」
いや、それだけじゃなかった。
もっと早くから。
僕を盾を持った彼に変化した幻獣に殴らせた辺りか、もっと前から既にその気配は感じてた。
それにあのタイミングでの投了。
あれを瀬織津姫と呼び、それで秘めた力を発動させたというのなら……先の戦いでの幾つかのおかしな現象の答え、アズさんのその後の行動も含めて推測できるその能力は。
「未来観測」
「っ! いやいや、まったく。末恐ろしいのではなく、現在既に恐ろしいな君は。これまでの認識に輪をかけて心の底からそう思うよ。やはりあそこで降参しておいて良かった。口も聞けなくなる所だった」
僕の中でひょっとしたらと思っていた事の切れ端が結びついて、ぼそりと口をついて出た言葉。
図星だったようでアズさんの顔から一瞬あらゆる表情が抜け落ち、驚きに染まり、そしてカラカラと笑って、彼自身の行動を褒めるように頷いていた。
巴は絶句している。
剣の名、ではなく能力に、だろう。
あの戦いで、アズさんは多分無名不語を放った辺りから少なくとも三十秒か一分か、それとももっと先の未来を実際に把握しながら戦闘してたんじゃないだろうか。
だから止まったんだ。
……あそこで。
僕があの居合をかわすのを止めて、僕が考えていたアズさんにトドメを刺すに至る行動に移る寸前で。
死じゃなく、行動不能という意味でのトドメだけど。
いやに上手く防ぐと思った。
恐ろしく上手くこちらの意識の隙を攻めると思った。
どれも刹那にも満たない、狙ってやれるものじゃない。
どんな勘と経験がそれを可能にしているのかと驚いたけど、実際には何らかの能力と考える方が自然。
しかも、戦闘の途中から紛れてくるというのはどうにも不自然だから。
今も詳しく理解できはしないけど、世界最高峰の武器に宿るというのなら……納得できる気もする。
ただ、流石に代償なく使える都合の良い代物とも思えなかった。
「場合によっては巴さんの天敵にも成り得る力、かもしれませんが」
「ふん、吠えておれ」
……使い方も既にきちんと把握しつつあるか。
膨大な戦闘の経験値というのは、レベルに反映しない知識としてのそれでも、やはり恐ろしい。
「ところですみません、アズさん。僕は日本でその神様の名を聞いた覚えはあるんですけど……ちょっと詳しい所はわからないんですが」
確か大祓に関わる女神の名前でそんな名前が出てきた気がする。
ただ……くそ!
どんな神様だったか、どういう由来がある、どんな別名を持つ神様だったかが出てこない。
というか、知らない。
水にまつわる女神様で、大祓に関わる。
ただそれだけしか、知らない。
黄泉比良坂にあたる場所に封印の剣として存在したなら、そういう逸話を持つ神様なんだろうか。
アズさんを見る。
彼はその剣の名前が日本の女神のものだと知っていて口にしていた感じだった。
多分、僕よりも詳しい。
何故か少し悔しさを覚える。
「名前さえ知らない人の方が多い女神の名前だ。とても古い国津……、とまあこの地で講釈を始めるのはあまりに不適当。本題に」
「僕が知っているのは、大祓に関わる水の女神様だというくらいです」
もしもっと僕に知識があったら。
アズさんが今感じているだろう感情を少しでも知る事が出来るのに。
「……十分、いや恐らくとても詳しい部類に入る素晴らしい知識だよ真君。君もそうらしいが、俺も寺社や神話に興味があってね。それも日本限定だ。だから多少、詳しいだけさ」
僕の悔しさまで見抜いたのか、優しい表情でアズさんは微笑む。
どこか物凄く遠い、過去を見ているような眼差しだった。
「……俺の出身は滋賀でね」
滋賀。
あの琵琶湖がある県か。
行った事ないな。竹生島にはいつか、一度は行きたいと思ってはいた。そのくらいだ。
……実現する事はなかったけどね。
当然詳しくもない。
「そこには瀬織津姫を祭神とする神社があったんだ。有名どころとは少し違うが河濯神社という、小さな神社だよ。そして、いくつかの妙な縁があって特別詳しくなった神様が俺にとって瀬織津姫という女神だった」
「妙な縁、ですか」
僕にとっての月読様みたいなもの?
また違うもののような気がする。
でも何となくわかる。
僕は東北の出でもなければ京都出身でもない。
四国なんて行った事もない。
それでも月読様にまつわる場所は幾つか知っていた。
例えば月山の信仰、京都松尾大社の傍に月読神社の一つがある事、それに徳島の山深い場所に月読様を祭神とする西照神社があるとか。
他にも色々と、僕はそういった場所を未だに覚えている。
まさかの、神様に会うという体験をする前からそれらの知識を持っていた。
これももしかしたら――僕が恩義を感じているというものとは違う類の――縁なのかもしれない。
じゃあ他の神様の場合、それがあるかといわれるとあったとしてもぐんと数は減るんだから。
「ああ。……一般的には名前さえ忘れ去られつつある、むしろ真君が名前に覚えがある事自体が驚きなほどだ。この地にその名を持つ剣があり、俺が知らずそれを振るっていたというのがまた……奇縁を感じさせるよ」
「……」
「と、それは俺の話だな。真君と勇者、それに女神が綴る今のお話には関係がない。語るべきでもない。では次に巴さんの質問に答えましょうか」
「……さて、どんな言葉で答えを濁すのか楽しみじゃな」
「これを手にして間もなくの事。当時の時系列を説明するのはあまりに長くなるから大雑把にいくが、まだ高嶺君が現れる前にここを踏破した俺達は中層まで戻った辺りで声を聞いたんです」
「声とな」
「ええ。その時はまだ踏破した場所が異世界版黄泉比良坂だとは思わずに、どうしても欲しくなった戦利品の剣を無茶して手に入れた帰りですね」
「……」
「その声の主が、巴さんのいう大災厄を抑え込んだ存在でした」
「……ほう、女神様のご登場とでもいうつもりか?」
どこか苛立った巴の声。
多分、結びついたんだろう。
彼女がここに、僕と一緒に呼ばれた理由と。
「当時は天竜、調和の祖竜と呼ばれていたルト。あれの対は女神なんだろうと漠然と考えていた俺達にその間違いを教えてくれたその存在こそ――地竜、時には境界の祖竜と名乗った――フツという強大なドラゴンでした」
「また、フツか。儂の知らぬ、そんな上位竜などが」
「もちろん、いない知らないという貴女を説得するだけの決定的な証拠をこれからお見せします。そう、その実在を! 真君、魔力体をしっかりと展開してくれ! ではこれよりお二人を束の間死者の国へとご招待する!!」
「へっ!?」
「なんじゃと!?」
言い終えるが早いか僕らに背を向けたアズさんが無名不語、改め瀬織津姫を上段に構え、大岩に振り下ろした。
言葉への反応以前に魔力体は常に展開してるから問題はない。
問題は……大岩どころか地面にまで大きな亀裂が無数に走り、そこから淡くない濃く暗い赤光が噴出している事。
そして、心の準備がまるで出来ていないというのにこれから多分、死者の国、常世って場所に僕らが連れていかれるって事!
「アズさん!? これはご招待というよりも! 連行とか拉致ってやつじゃないでしょうか!?」
「アズノワール、貴様!」
「生きたまま、不死の身でもなくそうそう行ける場所じゃないぞ真君! なあに、ちょっと豪華なふしぎ発見のお時間の始まりだ! 先っぽだけだから安心してくれたまえ!!」
否定されなかったぞ?
拉致かなって自覚はあるって事かよ、畜生ー!!
先っぽってなんだよ、心の準備がー!!
その間色々な話をした。
最初は自己紹介から。
何というか、戦っている間に何度か言葉を交わして、多分お互いに心の内を探り合っていた所為か物凄く今更な気がした。
そして彼の剣の事も。
ここ、淡く赤い光が地面から漏れ出す場所で今僕の眼前にある平たい大岩に刺さっていたらしい。
……。
大岩、というよりもこれは……磐座を思わせるな。
周囲に満ちた神秘的な、とでも形容するべき気配の中で余計にね。
それに、蓋とか封印って雰囲気もある、気がする。
力づくでは抜けなかったから、色々試した結果ギルドスキルの一つで抜けたんだとか。
果たして抜いていいものだったのかどうか。疑問が湧く。
悪かったのだとしても、もう全ては過去の事なんだけど……当時の光景を想像すると自然と苦笑いが浮かんでくる。
「で、この場所に何があると? 見た所、若の気分転換になるようなモノも、儂が上位竜として興味を持つモノも見当たらぬようじゃが? お前の狙う所も今一つわからぬしな」
一通り周辺を調べ終えた巴が若干目を細めてアズさんを見る。
日本人としての彼、こちらに来たばかりの異世界人としての彼、そして剣士として生きる彼。
騎士として、あっちにいた頃のままギルドマスターを演じる彼。
更に始まりの冒険者の他の面々についても。
アズノワールじゃなくアズと呼んでくれと気さくに言われたけど、結局アズさんというのが僕の中で一番しっくりきた。
妥協点ってやつだね、うん。
呼び捨てする気には到底なれなかった。
これについてはアズさんのお仲間についても同じだ。
巴は僕の気分転換にはならないとばっさり言ったけどさ、正直彼との話は楽しかった。
例えここに何もなくても……既に感謝してたりする。
「さて、せっかちというのは時に損をしますよ巴さん。そうですね、まずは俺の狙いとしては真君の事。俺の中で満足のいく確信が持てました」
「?」
僕の事?
僕の何が彼の興味を……。
どちらかというとここまでの話では彼の事を教えてもらってた。
対してこちらは日本にいた頃を少し話した程度。
はて?
「今の言葉は、つまりお主が若を探る口実だったと認める、そういう言質と取っていいかの?」
「いやいや。ただこうして誘った以上は俺達三人がそれぞれ得をする、益を得られる結果が一番かなと、そう思ったまでです。……少なくとも俺も十分得るものがあったという点を知っておいて欲しかった」
「アズさん?」
「では早速説明を。ここがヤソマガツヒの牢宮の最深部。ほんの……百畳もないくらいのこの狭い空間がね」
「……」
確かに、狭い。
ここが個人の家の庭だってなら邸宅って呼ぶ代物だと思うけど。
一階層が見渡す限りの平原なんて事もざらなこの迷宮じゃ確かに狭い。
あのエントランスもとんでもないもんな。
あそこで冒険者のお祭りとかやれば盛り上がるんじゃないだろうか。
山車も持ち込めそう。
「そして、だ。……ここは」
『……』
言い難い事を口にするつもりかアズさんから若干の緊張を感じる。
僕も巴も、彼の言葉を待つ。
ここに何があるか。
ここが何の意味を持つか。
世界で果たして何人が知っているかという秘められた真実が今語られようとしているんだ。
「この世界における生と死の狭間でもある」
??
生と死の狭間?
と言われても……どういう事?
「生と死。つまり……ここは黄泉比良坂、的な?」
なんとなく口にしたのは、僕の中にあるアズさんが言った言葉のイメージに合う言葉。
日本の神話で登場する名前だ。
「真君、詳しいな。うん、まさにその通り。ここは女神の世界における黄泉比良坂。説明が何割か省けたな、これは嬉しい誤算だ」
まだあまりイメージがしっくりこない。
アズさんが満足気に頷くも僕の方は……言わなきゃよかった。
黄泉比良坂……は日本の神話における生と死の狭間だ。
神話的な意味では知ってる。
デモソレダケナンデス!
「とはいえ神話と現実は当然違う。生と死を肉体の死とは別に考えるというのも普通困難だ。もちろんそこは説明するとも」
「……助かります」
いえ、本当に。
「現代日本では俺の知る限り違うんだが、この世界における生と死、現世と常世ってのは繋がってる。同じ世界に存在する、つまり陸続きなんだ」
「……はい?」
「とはいえ完全に繋がってる訳じゃない。真君、バルーンアートを知ってるかな」
今度はバルーンアート?
あれだよな、長細い風船を膨らませて犬とか作る奴。
プードルっぽい感じのが頭に浮かんだ。
「風船をねじって動物とか作るやつですか?」
「そうそう。ここは、いわばそのねじり目みたいなとこだと思ってくれていい。生と死が最も近づく場所。即ち生と死の境目、狭間という訳だ」
「……つまり、そこの、アズさんの剣が刺さっていた磐座、いや大岩は……」
「君が想像している通り、蓋だ。ねじり目が緩まないように、というね」
「ええっと。そこに刺さってた剣を抜いてしまうのは、まずいのでは。その、色々と」
生者と死者の大戦争が勃発するのでわ……。
「若の仰る通り。その話が真実であれば、間違いなく歴史から決して消える事のない大災厄が起きておる筈。じゃがこの世界にその記録はない。とても信じられぬ話じゃな」
確かに。
「ああ、相当まずかったみたいだ。全貌はつい最近知ったんだけどな」
「……」
えー。
巴の質問はひとまず黙殺する気なのかアズさんは僕に、背負った大剣を見せた。
今は鞘がない。
あの戦いの最後に鞘を備えていた。
それで放った居合を途中で止めて、彼は降参を口にしたんだ。
「無名不語。なもなくかたらず。俺がこの意志ある剣に付けた名だ。そして俺が可愛い幻獣たちと鍛え上げた最も攻撃に優れた技の名でもある」
「……すさまじい威力でした」
正直、パーティを相手にして必殺の間合い、タイミングで受けていれば死んでいたかもしれないと思う程。
「君に言われると皮肉なのかこれ以上ない賛辞なのか……難しいな。意志ある剣を無理に抜き放ち所有した上、名を教えてもらえない俺の自虐を込めた名前ともいえる」
今思えば自分勝手に大問題を引き起こそうとした事への怒りなんだろうな、とアズさんは小さく呟いて苦笑した。
「儂の問いへの答えは、無しか?」
「順を追ってご説明しますよ、巴さん。もう少しばかりお待ちを。俺は長年の疑問であり、最早答えを得る事を諦めていた幾つかに最近になって答えを見つけた。そのうちの一つが、この剣の本当の名」
「……」
そういえばアズさんは巴に対して態度が丁寧で、柔らかい。
騎士だけに女だから、とか?
始めはたまたまかと思っていたけど、どうやら意識的にそうしているみたいだ。
それにも、もしかしたら何らかの理由があるのか?
にしても剣の名前か。
最近という事は手に入れてから実にとんでもなく長い時間を――あの剣が意志あるものと仮定して――共に過ごしてきてようやくしった剣の名前か。
切っ掛けも気になるけど、名前そのものがやっぱり気になるな。
「で、名前はなんと? えっと、聞いても良ければですが」
「もちろん。この剣の本当の名前は、いや宿る意思か? まあ本人申告によるとそれは瀬織津姫というらしい」
「瀬織津、姫? それ日本の……」
「ちなみにその名と形状――あの鞘とか――解放した時の力や威力については俺も君との戦いで初めて知った。ほら、最後の居合斬りがそれだな。ぶっつけ本番の割に凄いのが出て良かった。あれを手に入れて間もなく使えていたら武士に鞍替えしてたかもな、はははは! 」
いや、それだけじゃなかった。
もっと早くから。
僕を盾を持った彼に変化した幻獣に殴らせた辺りか、もっと前から既にその気配は感じてた。
それにあのタイミングでの投了。
あれを瀬織津姫と呼び、それで秘めた力を発動させたというのなら……先の戦いでの幾つかのおかしな現象の答え、アズさんのその後の行動も含めて推測できるその能力は。
「未来観測」
「っ! いやいや、まったく。末恐ろしいのではなく、現在既に恐ろしいな君は。これまでの認識に輪をかけて心の底からそう思うよ。やはりあそこで降参しておいて良かった。口も聞けなくなる所だった」
僕の中でひょっとしたらと思っていた事の切れ端が結びついて、ぼそりと口をついて出た言葉。
図星だったようでアズさんの顔から一瞬あらゆる表情が抜け落ち、驚きに染まり、そしてカラカラと笑って、彼自身の行動を褒めるように頷いていた。
巴は絶句している。
剣の名、ではなく能力に、だろう。
あの戦いで、アズさんは多分無名不語を放った辺りから少なくとも三十秒か一分か、それとももっと先の未来を実際に把握しながら戦闘してたんじゃないだろうか。
だから止まったんだ。
……あそこで。
僕があの居合をかわすのを止めて、僕が考えていたアズさんにトドメを刺すに至る行動に移る寸前で。
死じゃなく、行動不能という意味でのトドメだけど。
いやに上手く防ぐと思った。
恐ろしく上手くこちらの意識の隙を攻めると思った。
どれも刹那にも満たない、狙ってやれるものじゃない。
どんな勘と経験がそれを可能にしているのかと驚いたけど、実際には何らかの能力と考える方が自然。
しかも、戦闘の途中から紛れてくるというのはどうにも不自然だから。
今も詳しく理解できはしないけど、世界最高峰の武器に宿るというのなら……納得できる気もする。
ただ、流石に代償なく使える都合の良い代物とも思えなかった。
「場合によっては巴さんの天敵にも成り得る力、かもしれませんが」
「ふん、吠えておれ」
……使い方も既にきちんと把握しつつあるか。
膨大な戦闘の経験値というのは、レベルに反映しない知識としてのそれでも、やはり恐ろしい。
「ところですみません、アズさん。僕は日本でその神様の名を聞いた覚えはあるんですけど……ちょっと詳しい所はわからないんですが」
確か大祓に関わる女神の名前でそんな名前が出てきた気がする。
ただ……くそ!
どんな神様だったか、どういう由来がある、どんな別名を持つ神様だったかが出てこない。
というか、知らない。
水にまつわる女神様で、大祓に関わる。
ただそれだけしか、知らない。
黄泉比良坂にあたる場所に封印の剣として存在したなら、そういう逸話を持つ神様なんだろうか。
アズさんを見る。
彼はその剣の名前が日本の女神のものだと知っていて口にしていた感じだった。
多分、僕よりも詳しい。
何故か少し悔しさを覚える。
「名前さえ知らない人の方が多い女神の名前だ。とても古い国津……、とまあこの地で講釈を始めるのはあまりに不適当。本題に」
「僕が知っているのは、大祓に関わる水の女神様だというくらいです」
もしもっと僕に知識があったら。
アズさんが今感じているだろう感情を少しでも知る事が出来るのに。
「……十分、いや恐らくとても詳しい部類に入る素晴らしい知識だよ真君。君もそうらしいが、俺も寺社や神話に興味があってね。それも日本限定だ。だから多少、詳しいだけさ」
僕の悔しさまで見抜いたのか、優しい表情でアズさんは微笑む。
どこか物凄く遠い、過去を見ているような眼差しだった。
「……俺の出身は滋賀でね」
滋賀。
あの琵琶湖がある県か。
行った事ないな。竹生島にはいつか、一度は行きたいと思ってはいた。そのくらいだ。
……実現する事はなかったけどね。
当然詳しくもない。
「そこには瀬織津姫を祭神とする神社があったんだ。有名どころとは少し違うが河濯神社という、小さな神社だよ。そして、いくつかの妙な縁があって特別詳しくなった神様が俺にとって瀬織津姫という女神だった」
「妙な縁、ですか」
僕にとっての月読様みたいなもの?
また違うもののような気がする。
でも何となくわかる。
僕は東北の出でもなければ京都出身でもない。
四国なんて行った事もない。
それでも月読様にまつわる場所は幾つか知っていた。
例えば月山の信仰、京都松尾大社の傍に月読神社の一つがある事、それに徳島の山深い場所に月読様を祭神とする西照神社があるとか。
他にも色々と、僕はそういった場所を未だに覚えている。
まさかの、神様に会うという体験をする前からそれらの知識を持っていた。
これももしかしたら――僕が恩義を感じているというものとは違う類の――縁なのかもしれない。
じゃあ他の神様の場合、それがあるかといわれるとあったとしてもぐんと数は減るんだから。
「ああ。……一般的には名前さえ忘れ去られつつある、むしろ真君が名前に覚えがある事自体が驚きなほどだ。この地にその名を持つ剣があり、俺が知らずそれを振るっていたというのがまた……奇縁を感じさせるよ」
「……」
「と、それは俺の話だな。真君と勇者、それに女神が綴る今のお話には関係がない。語るべきでもない。では次に巴さんの質問に答えましょうか」
「……さて、どんな言葉で答えを濁すのか楽しみじゃな」
「これを手にして間もなくの事。当時の時系列を説明するのはあまりに長くなるから大雑把にいくが、まだ高嶺君が現れる前にここを踏破した俺達は中層まで戻った辺りで声を聞いたんです」
「声とな」
「ええ。その時はまだ踏破した場所が異世界版黄泉比良坂だとは思わずに、どうしても欲しくなった戦利品の剣を無茶して手に入れた帰りですね」
「……」
「その声の主が、巴さんのいう大災厄を抑え込んだ存在でした」
「……ほう、女神様のご登場とでもいうつもりか?」
どこか苛立った巴の声。
多分、結びついたんだろう。
彼女がここに、僕と一緒に呼ばれた理由と。
「当時は天竜、調和の祖竜と呼ばれていたルト。あれの対は女神なんだろうと漠然と考えていた俺達にその間違いを教えてくれたその存在こそ――地竜、時には境界の祖竜と名乗った――フツという強大なドラゴンでした」
「また、フツか。儂の知らぬ、そんな上位竜などが」
「もちろん、いない知らないという貴女を説得するだけの決定的な証拠をこれからお見せします。そう、その実在を! 真君、魔力体をしっかりと展開してくれ! ではこれよりお二人を束の間死者の国へとご招待する!!」
「へっ!?」
「なんじゃと!?」
言い終えるが早いか僕らに背を向けたアズさんが無名不語、改め瀬織津姫を上段に構え、大岩に振り下ろした。
言葉への反応以前に魔力体は常に展開してるから問題はない。
問題は……大岩どころか地面にまで大きな亀裂が無数に走り、そこから淡くない濃く暗い赤光が噴出している事。
そして、心の準備がまるで出来ていないというのにこれから多分、死者の国、常世って場所に僕らが連れていかれるって事!
「アズさん!? これはご招待というよりも! 連行とか拉致ってやつじゃないでしょうか!?」
「アズノワール、貴様!」
「生きたまま、不死の身でもなくそうそう行ける場所じゃないぞ真君! なあに、ちょっと豪華なふしぎ発見のお時間の始まりだ! 先っぽだけだから安心してくれたまえ!!」
否定されなかったぞ?
拉致かなって自覚はあるって事かよ、畜生ー!!
先っぽってなんだよ、心の準備がー!!
感想 3,666
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真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
「お姉様の刺繍は素人ね」と笑った義妹の婚礼衣装——裏地を見た女官十二人が、一斉に針を置いた
歩人(あゆと)「お姉様の刺繍は、素人の手習いに見えますわね」――王太子妃となる異母妹アデリーナは、王宮女官たちの前で姉ローゼを笑った。翌週の婚礼の朝。式典装の最終確認のため、十二人の女官が衣装の裏地を検めた瞬間――一人、また一人と、針を置いた。裏地に縫い込まれていたのは、女官たちが十二年間ずっと探していた一筆の銀糸。即位式の絹外套、二人の王女の婚礼ドレス、亡き王太后の弔意の喪服。王家儀礼衣装のすべての裏地に、同じ手で、同じ糸で、同じ銀の花が縫い込まれていた。「アデリーナ様、これは――あなた様の手では、ございません」縫い手は、ずっと一人だった。それを十二年間、誰の名でも呼べなかっただけのこと。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさんパーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
由香皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。