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五章 ローレル迷宮編
最悪との遭遇
しおりを挟むローレル連邦は多くの賢人を保護し、その力と知識の恩恵を受けてきた。
国力は高まり、大国に数えられるようになってもこの基本方針は変わらない。
外的な美を何よりも重んじる女神の教えからすれば、時に蔑視すべき賢人の容姿さえ好意的に受け入れ、その内面から溢れる代え難い価値を歓迎してきた。
けれどもそれは良い事ばかりをもたらす訳ではなかった。
賢人、彼らの殆どは現代日本人であり戦争と無縁の生活に身を置いてきた者たちに他ならない。
戦士としても知者としても優秀な彼らは、しかし、ローレルを通じて世界に覇を唱えるという望みをほぼ持たなかったのだ。
この世界の基準からすれば驚く程に、賢人たちは平和を重視していたのだった。
ごく一部には戦いを望み力を追求する者もいたが、彼らローレルを出ていき、そして殆どは戻ってはこなかった。
だからこそ、大国に名を連ねる程に力を高めながらローレル連邦は侵略戦争の類をした事が一度もない。
内乱は存在するし、外交では戦争ギリギリの綱渡りもするが、大きな戦争においてローレル連邦の名は見事なまでになかった。
賢人がローレルを見限る事こそを彼らは一番に恐れていたからだ。
現在の魔族との戦いでは流石に種族の危機、後方支援が主ではありながら積極的に戦争に参加しているが。
ともあれ。
力と知識を有しながら、みだりにそれを行使する事なく穏やかな生活を望む。
そんな風変りな容姿を持つ超人たちをローレルの人々は為政者を含め当初「精霊様の使い」として丁重に迎え入れていく。
知識を求めた探求者でもないのに、広域に渡る不思議な知識を元々、そして当たり前に有している。
やがてその在り方を反映してか精霊の使いは「賢人」と呼ばれるようになる。
賢人もまた常識の異なる異世界にあって自分たちを受け入れてくれるローレルに望んで留まり、骨を埋める。
……時に妻を娶り、嫁入りし、或いは婿を取り、婿入りし。
賢人の血はローレルの人々の中に薄く残っている。
多くは何の力も発現する事がない、ただの誇りや自慢にしかならない単なる血だ。
だが時に。
その血が目覚める事がある。
彼らは戻り人などと呼ばれる事もある。
例えば、鍛錬などしていないにも関わらず生まれながらに強靭な肉体を持つ。
例えば、魔術でもスキルでもない特殊な能力を発現させる。
例えば、巫女が息を呑むような強力な魔力を宿している。
何代も力が継承される事もあれば、先祖返りのように世代をまたぐ事もある。
現在のローレル連邦において武人の家系として知られているような一族は大体が遡ればどこかに賢人がいる。
戦部や刑部もそうだ。
真の生徒の一人であるイズモも、うっすらとその血に賢人の血を宿してはいる。
才能という面では発現しているともいえなくないが、残念ながら彼に異能としての賢人の力はない。
今のローレル連邦でそんな先祖返りの異能を有している者は中宮である彩律が把握しているだけで三人。
そう、大国ローレルの人口をしてたったの三人。
一人は先々代の巫女。
彩律を育てた人物といっても過言ではない、彼女が尊敬して止まない人物。
もう一人は失踪し、行方がわからないが上総家の木蓮という魔術師。
絡繰りと符術という旧い技術に傾倒していた奇人で、賢人の血の他に亜人の血も引いていた事から時の中央から睨まれ消えた。
彩律が過去の中宮や中央政権の愚策を悔いる時、決まって惜しいと呟く人材の一人が彼だった。
そしてもう一人。
ほんの短い現役時代ながら彼女についての鮮烈な記憶を当時を知る全ての軍人に刻み込んだ女傑。
名は刑部遥歌。
悲恋の物語の主人公としても取り上げられる人だが、彩律はたかが色恋であれだけの武人を失った事こそを悔やんでいる。
初めて剣を手にしたのは愛した男に凶刃が向けられた時だといわれている。
恋仲の男との秘密の逢瀬の場に飛び込んできた二人の凶賊が彼女の最初の犠牲者だった。
突然の襲撃に腰が抜けた身分ある男に対し、遥歌は床に置かれていた彼の剣を取ると男の前に立ち躊躇う事なくその首を落とし窮地を脱した。
身分ある者を暗殺する為に送りこまれた熟練の二人を。
生まれて初めて剣を手にした姫が傷一つ負わずに。
斃した。
その日から彼女は武人として無双の名を馳せ、剣だろうと槍だろうと弓だろうとたちまち達人の領域で振るい、戦場において一度の敗北もしていない。
武姫、鬼姫、人鬼。
血化粧、首狩り薙刀、伊織還り。
百鬼夜行に千獣殺。
彩律が知るだけでもこれだけの異名で畏れられる、間違いなく今のローレルで単騎なら最強であろう女性。
しかし戦場では常勝無敗の彼女も政争の贄と消え、カンナオイの地に封じられ残りの生を消化するだけの隠居となって久しい。
だがその名がカンナオイにあるというだけで四方からの策謀への魔除けにはなっている。
事実彩律も迷宮や傭兵団、上位竜の事に加え遥歌の存在まであるカンナオイを自分の代で何とかするのは半ば諦めていたのだ。
真というジョーカーをてにするまでは派手な行動に出る気は皆無だった。
何せ刑部遥歌という女性は鍛えるまでもなく超一流の武人であり、かつ巫女に迫る程の魔力を持ち、その上魔術でもスキルでもない特殊能力まで有する飛びっきりの戻り人なのだから。
「私、私」
震える声がミスラの後ろから弱弱しく響いた。
危うく膝を突きそうになっていたミスラは、歯を食いしばり目を見開いて踏みとどまる。
真の講義で培った限界になってからの戦いの経験がそれを可能にした。
何より背後にいる守るべき者の存在を耳で確かに確認した事も大きな力になる。
苦楽を共にした友人の大事な人。
(なら、それは俺にとっても大事な人だ)
少しでも安心させようと笑顔を作り、かすかに横を向き、いろは姫の様子を目で確認するミスラ。
「お姫様、大丈夫。俺達優秀ですから。絶対にイズモも姫様も先生んとこに連れてくから。あの人ならきっとこんな戦いなんて朝飯食べながらでも片づけるから」
いろはの顔色はかなり悪い。
当然だろう。
街は炎に包まれ、明らかに強者ばかりがイズモ達と護衛達を殺さんと襲い掛かってくるのだから。
少し前からその勢いは大分弱まってきてはいる。
しかし全員が格上な上に文字通り死をも恐れぬ兵となって剣と魔術を浴びせてくる。
ここまでにいろは姫の護衛とも協力しながらとはいえ五人を倒せたのが既に奇跡だとミスラは思う。
しかも、市街戦。
この戦いの状況がまずかった。
「こ、のおぉぉ! ヴァインスパイク!!」
シフが地属性の魔術、そこそこの大きさの黒い棘付き球を作り出し敵の連携を崩す。
すかさずジンとダエナが虚実を混ぜ二手に別れた敵の内片方のみに巧みに攻撃を集中、戦力を削いでいく。
ジンは同時に周囲、特に前方の状況を予測しながら進路も設定している。
アベリアは遠方からの狙撃手と術師の動く気配に集中しながら的確にこれを阻害、迎撃。
その上で後衛全体の指揮もしながら回復までシフと協力して担当している。
(レンブラント姉妹がまずい。シフの火力は威力と範囲が比例してる。あまりに威力を先行させ過ぎたから細かな調整が効かないんだ。だからこんな街中じゃ最も得意な大砲としての役割を果たせないでいる。これまではそんな事を気にする戦いの状況なんて無かったから……俺達皆の想像力が足りてなかった)
ミスラは舌を噛む。
もしもシフが紅く輝く隕石だか溶岩球だかを使えていれば、もっと前進出来ていただろうと彼は思う。
いかに負傷しようと追い詰められようと熱くなって我を忘れず、とにかく冷静を保ち戦線を一秒でも維持するのが己の役割だとミスラは真や識、それに巴に叩き込まれている。
だから今のまずい状況を分析しつつ彼は考える。
(それにユーノ。あの物凄い装備で俺も、多分彼女自身も安心してた。二枚目の盾にもなれる存在に彼女がなった事のパーティにとっての意味、俺とユーノの連携の重要性や盾役としての役割、心構えをきちんと教えていなかった。これは、俺の怠慢だ。この馬鹿野郎が)
ユーノは元々器用な娘だった。
だからこそパーティでは戦況に応じて前衛から後衛までをこなすスイッチ型の戦士として、主に遊撃も担当していた。
しかし彼女は攻撃を受け止め押し返す盾としての適性は高くなかった為、パーティにおいてミスラとの連携はそこまで重視してこなかったのだ。
その事情が最近変わった。
ユーノがクズノハ商会製のハイレベルな防具にして武器である装備を入手した事で。
彼女は防御力だけならミスラをも凌ぐ存在になったのだ。
これまでずっとパーティ唯一の盾としてパーティを支えてきたミスラにとってこれは凄く嬉しい出来事だった。
一言に盾といってもやる事は一様ではない。
一人で求められる全てを満たすというのは伝説の英雄でもなければ不可能だ。
だから前線を維持するラインを守る盾としての自分、そして機動力を有し側面や後方にも強力な防御を展開できる動ける盾であるユーノが揃う事が彼にとって喜ばしい事だった。
しかし、今のユーノは後衛のアベリアの指示を聞きながら攻撃にも加わろうと必死になっている。
これまで何でもやってきた彼女だから、これは無理もない事だ。
ミスラの唇から一筋の血が伝う。
彼自身が宿を脱出してから早々に前線から下がっていろは姫のガードにつく事になったのは間違いなく悪手。
そしてそれを招いたのは結局自分の常普段からの緊張感が足りていなかったからだと結論付けたからに他ならない。
(俺が、もっとちゃんとしてれば……! そうすれば今頃この娘を安全な場所まで連れていけていたのに!!)
違う。
確かに状況は悪い。
敵の勢いは衰えてきているのにイズモ達が前進する速度は目に見えて落ちている。
つまり、彼らが敵以上にダメージを負っているという証明だ。残念ながら事実だ。
ミスラはそれが少なからず自分のミスだと思っている。
彼自身、このところ将来の進路を考える上で両親との衝突や親しい神官からの勧誘など、色々と板挟みになっていた。
自分らしくないと思いながら講義に集中できていなかったり、つまらないミスをしたりした。
だから今回も、とミスラは思ってしまっているが、実際は逆だ。
ミスラに限らず、ジンもアベリアもダエナも、もちろんイズモも実力以上に奮闘している。
シフも自らの火力がコントロールに欠ける代物だったと痛感し、速やかに使う術をジンとダエナのフォローになるものにシフトさせていた。
ユーノもミスラが下がっている現状と自分が思う様に動けていない事に違和感を抱き、彼女なりに、空回りはしていたが思考を巡らせていた。
今もって詰んでいない事、それこそが彼らが最も誇るべき戦果。
いろはの護衛であるアカシとユヅキはアベリアとシフが適切な回復魔術をかけていなかったらとっくに死んでいただろう。
姫の影武者役だった女中は皆、ミスラの手が届かず死なせてしまったが、それとて犠牲としては少なすぎる。
アカシもユヅキも学生たちの戦いに舌を巻いていた。
実戦経験で勝るはずの自分たちが助けられている事に不甲斐なさを感じてさえいる。
ショウゲツはロッツガルドの学生の思わぬ戦力に驚きながら、昔とった杵柄で戦闘を支援し、時に連携が崩れた敵にとどめを刺し、戦線の維持に貢献していた。
(ライムさんとあの女の人が殿を引き受けてくれたのに、嫌な予感が背中に張り付いたまま。畜生)
満身創痍のアカシとユヅキに目で合図を送り、ジンとダエナの先導でまた少し進もうとした時新たに三つの影が上から降ってきた。
「くっそーー!! いくら何でも高レベルの刺客ばっかり揃い過ぎだろう!?」
イズモが絶叫と共に手から竜巻を放つ。
この発言にはミスラも同感だった。
打ち合った感じでわかった、この敵は皆恐ろしい程に腕が立つ。
はっきりいってレベルも経験も上の相手しかいない。
講義程の絶望ではないものの、これは実戦。
勝たなければ死ぬのだ。
「い、いいわ! あげるのです! だから!」
「……お姫様?」
「姫!?」
「いろは様!?」
震える調子はそのままに、顔をあげたいろはが突然目を大きく開いて叫んだ。
内容もよくわからないもので、ミスラとイズモ、ショウゲツが彼女を案じて呼びかける。
「エインカリフ。蛍丸をあげるのです。だから……守って。私の大事な人達を守るのです!!」
「いろは様? エインカリフがどうか」
ショウゲツが背に背負った刀袋に入っている一振りの剣に注意を向けていろはに尋ねようとする。
エインカリフ。
宿から彼女たっての願いで持ち出す事にした古の剣豪イオリが振るったとされる終の愛剣。
『けけ、承知。俺はこの時より契約により当代の主をあんたと定める。早速極上の剣蛍丸ちゃん、いただくぜぇ』
少し前からいろはにだけ唐突に聞こえるようになった声が、契約の言葉と共に嬉し気な声音で宣言する。
『久方ぶりの実戦、主人はちいと心許ねえが……こちとら加減は忘れちまったポンコツだ。全力で慣らしといこうじゃねえか!』
「うおっ!?」
ショウゲツの背にあった刀袋が弾け飛ぶ。
握りしめていたいろはの両手に刀の柄と鍔が収まり。
そして彼女の腰にあった守り刀である蛍丸が淡い緑色の光を放ちながら無くなっていく。
『う……美味えぇぇぇぇぇぇ!! 初っ端から花刃モードで蹴散らしてやらあ!!』
「かじん?」
いろはの手にある剣には刃の部分が無かった。
「何!? 弓持ちが二人と術師一人がいきなり倒れたわ!」
アベリアが左右を確認して敵が倒れた事を報告する。
「イズモ様! 私がエインカリフと約定を交わしました! 高速で飛び交う小さな刃は敵ではありません! 私も……戦います!!」
「小さな刃!? っと、確かに何か動いてる。速い、それに数はわからんが敵じゃないってなら……ジン!」
ダエナがジンに目配せする。
利用すべきだと。
最早長く戦える状況ではなく、頼れるものなら何でも使っていかなければ保たない。
一歩間違えれば罠に陥りかねない危険な思考ではあるが、それほどに彼らは切羽詰まっていた。
「……分かった! 姫様、感謝します! 皆、突っ切るぞ! とにかく一度態勢を立て直さないと絶対にまずい!!」
「エアリアル=クリティカルバインド!」
ジンもパーティの戦闘がかみ合ってないのはわかっていた。
だからといって作戦タイムなど取れる状況ではなかった。
限界だろうと戦いは容赦なく続くというのなら、パーティの中にある齟齬を少しでも取り除かなければ先はない。
イズモの大技で前方二人の敵が数秒の拘束を受ける。
それで充分だった。
飛び交う目で追えない刃の攻撃を信じ、ジンとダエナがそれぞれ一人を打ち倒す。
残る一人は集中して襲い掛かった飛刃に切り刻まれて絶命する。
「いろは」
その時女の声がした。
涼やかな声だ。
決して大きくはない。
先ほどのいろはの叫びの方が余程力強かった。
なのに皆の耳に響いた。
全員が確信をもって上を見る。
ミスラの背に凄まじい悪寒が走った。
かつて一度だけ感じた、あの湖の記憶が一瞬で蘇る。
槍の様な武器を両手に持った人型の影が降ってくる。
落下点は、いろは。
ジンとダエナが一瞬でそれを察し、支援魔術による身体強化を受け横の建物の壁を蹴って空中での迎撃に動く。
いや動こうと、した。
「素敵。まだ若いのにとても努力しているのね。そういう子たちは好きだわ、だから残念」
「ジン、ダエナ!! 駄目だ、動くな!!」
ミスラのかつてない絶叫が響き、雷に打たれたようにジンとダエナの動きが止まる。
「ユーノ!!」
高速で降ってくる影が槍状の武器の先端を微かに揺らす。
二つを受けるのはまずい。
そんな直感と共にミスラが辛うじてユーノの名を叫ぶ。
動いてくれるかは賭けだった。
「うん!」
即答したユーノが鎧の補助を受けた跳躍力で影に突っ込む。
微妙にミスラの意図とは違ったが、十分及第点の反応だった。
心中でユーノに喝采を送りながらミスラは数秒の時を使ってスキルを発動させる。
「カルネージハート!」
若くして身に付けた固有スキル。
巴の修練で身に付け、名も能力も変化した謙虚な彼のたった一つの自慢。
世界で彼しかもっていない特殊能力。
ミスラは気付いていない。
ジン達とパーティを組み天才に囲まれている彼こそが、現状、一番英雄に近い力を持っているという事に。
スキルの名を呼び、影の一振りで側方に弾き飛ばされたユーノを目にしてもミスラは助けに動いたりしない。
さっきまで傍らにいたいろははイズモが既にジン達とショウゲツ達の壁の奥へと連れていった。
「潔い事。ローレルの武人を名乗る者どもの多くは君を見習うべきね」
槍を逸らそうと大剣を下から斬り上げたミスラは再び、彼女の声を聞いた。
間近で見ればその身体はミスラ以上に負傷し、流血している。
なのに繰り出された突きは恐ろしいまでに鋭く、優美。
大剣と確かに接触させたと感じたミスラはその手に打ち合いの感触を感じなかった。
武器ではなく蛇がまとわりついたような不思議な感覚に呼吸さえ忘れて絶句するミスラ。
弾く所作に移る事さえ出来ず、ミスラの胸に刃が吸い込まれた。
安物だとしてもドワーフ製の金属鎧に何の抵抗もさせず。
「うう、うおおお!!!」
「っ?」
力任せの横薙ぎ。
ミスラだ。
確かに胸を貫かれた彼がそのまま大剣を振り回した。
女は怪訝な顔をしてもう片方の手に持った薙刀を突き出しつつ胸を突いた方を引き抜き、軽く飛んで退いた。
置き土産の一撃はミスラの首に吸い込まれる致命のそれ、だが彼も女の動きに合わせて仲間の近くまで下がる。
「私がミスラ! シフはユーノを!」
「ええ!」
事情を知るアベリアがいち早く行動を起こす。胸を貫かれ首を裂かれた。
スキルが途切れダメージが体に反映されたらミスラは即座に死ぬ。
「あ、ああ……」
「まさか、本当に……」
いろはとショウゲツが襲撃者の顔を見つめ、表情を歪ませた。
「……おかしいわね。二撃とも絶命に相当する攻撃だった。君の受けはまだまだ粗削りで私の前に立てるレベルじゃない。なのに、君は生きてる」
「……はぁっ、はぁっ」
「かといって薙刀に何かされてもいない。少し、面白いわ。さっきのゴーレムみたいな子もね」
にこりと笑う女。
戦場に似つかわしくない、零れるような笑顔だった。
防具はズタズタ、全身は血塗れ。
無数の刀傷と猛獣と戦ったかのような爪の傷や引き裂かれた跡。
そんな重傷でありながら佇まいには余裕ばかりがある。
実にアンバランスな姿である。
「母上……お母、様」
「遥歌様。何故街を焼き、いろは様を追うのですか……」
「ああ、そうでした。いろは、母が迎えに来ましたよ。望まぬ婚姻などする必要はありません。お前は私の様にはなってほしくないのです。そしてショウゲツ、これまでいろはの世話ご苦労でした。退がりなさい」
「遥歌様!!」
「退がらないのであれば、私が直々に永遠の暇を与えましょう。良く働いてくれました。あちらで兄も待っていますよ」
「!?」
「悪いけどさ! 俺らもいるんだよね。子どもの将来に口出ししたいだけってなら、大人しく怪我の治療に引っ込んでてくれよ。大事な友人が命懸けてるんだ。こっちも退く気は、ない!!」
ミスラが遥歌に大剣を向ける。
「なるほど、蛮勇でしたか。惜しい事。ならば……仕方ありませんね」
(俺は盾だ。抜かれちゃいけないし、何より敵の刃を受け止め続けなきゃいけない。仲間を先に失う様な真似は絶対にしない!)
悲壮な覚悟を胸に遥歌の注意を自分に向けようと挑発するミスラ。
刹那。
遥歌の周りに幾つもの煌めきが見えた。
『あ』
ジンとダエナの声が重なる。
完全に不意を突いた、いろはの口にした小さな刃が遥歌を切り裂かんと襲い掛かっていた。
「鬱陶しい」
『っ!?』
遥歌が二本の薙刀で複数の刃を全て叩き落して見せた。
その動きはダエナですら把握できない速度。
彼らが息を呑むのも無理からぬ事だった。
大人の指程の大きさの花びらを模した形の刃が地面に落ち、即座にいろはの下に戻り集まりエインカリフの刃となった。
「……ふぅ、わかりました。少し痛い目を見なければ母の言葉に耳も傾けてくれませんか。困った子」
遥歌が二本の薙刀を構える。
「おい、イズモ。あれ本当にただのお母様なんだろうな?」
「姫の母君なのは間違いないけど、ただのってのはどうだろう。僕らの間じゃ百鬼夜行とか千獣殺とか呼ばれてる女傑だよ。とっくに現役を退いてるらしいけど、どうやらそんなの関係ないみたいだね」
「よくも、私のジュウキに傷を!」
「……普通じゃ絶対に勝てそうにないのはわかってるけどよ。先生たちがきっとすぐそこにいる。それにライムさん達があそこまで戦って弱らせてもくれた。後数分がどう転ぶかはわからんが……やるしかねえな」
ユーノの鎧にひびが入っているのを見て唖然としながら、ジンは仲間達と、何より自分に言い聞かせる。
それでライドウ、彼らの師が間に合えば勝ち。
その前に抜かれてしまえば……全てが終わり。
万全の戦いではなく、限界からの戦いこそを叩き込まれていた事を師に感謝しつつジン達は覚悟を決めるのだった。
※ユーノの装備はweb連載時は「ユンボ」としていましたが単行本より大人の事情で「ジュウキ」と変更しております。ご了承くださいませ。
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