月が導く異世界道中

あずみ 圭

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五章 ローレル迷宮編

イズモの覚悟、遥歌の覚悟

「まだ立ちますか」

 ただ一人、杖と刀を頼りに立ち上がらんとする少年に遥歌は重い嘆息を漏らした。
 その後に発した言葉にあざけりはなく複雑な感情の色が窺えた。
 今なお鋭い意思を発する少年の瞳。
 彼はイズモ=イクサべ。
 ジンとダエナは遥歌との技量差に圧倒されながら健闘した。
 後衛との連携を忘れず、個々の技で及ばぬ相手にも果敢に立ち向かった。
 アベリアとシフにもミスらしいものは無かった。
 むしろ奇跡の戦いを実現させていた。
 実力を遥かに上回る力を発揮した彼女たちは称賛されるべきだろう。
 ミスラは特殊な能力と、それに耐えうる強靭な精神を存分に活かし最後まで遥歌の攻撃に身を晒し続けた。
 そしてユーノ。
 彼女は戦いの中でミスラから様々な事を学び、共に強固な盾として、また後衛の火力と連携して必殺の攻撃の中心にもなった。
 エインカリフの使い手、というよりも依り代のような扱いで戦いに参加していたいろはも加えて行った最後の攻撃の。
 そこまで心を保ったいろはもまた、素晴らしい。
 張り詰めた緊張の糸が畳みかけた波状攻撃の失敗で切れてしまったとしても責められる事ではない。
 その手のエインカリフは元の、普通の剣の形に戻って最早ピクリとも動かない。
 戦場など経験した事もない箱入り娘の彼女がここまで意識を持っていられたのは一重にイズモ達の存在ゆえだろう。
 時折試みの様に放たれる遥歌の凄絶な攻撃でいろはの護衛を務めていたアカシやユヅキ、それにショウゲツは既に倒れた。
 この状況を何というのか。
 全滅。
 惨敗。
 後衛の魔術師が一人、辛うじて立っているだけの状況はそれ以外の何でもなかった。
 他の面々はまだ生きてはいる。
 だが意識はない。
 最早その生殺与奪権せいさつよだつけんは遥歌に握られているのだ。

「先ほどのアレが、貴方たちの全て、と私は思っているのですけど。まだ何かあるとでも?」

 アレ。
 遥歌が口にしたアレとは、ジン達の力全てを振り絞った攻撃だった。
 前衛組が身を挺して作った数秒の隙にアベリアの魔術強化を施したシフの属性複合魔術。
 その威力を活用して放ったユーノのレッドサラマンダーなる大技。
 上から落とせないなら下からぶち上げて差し上げます!
 との宣言からシフから提案した打ち上げ隕石とでも言うべき応用魔術も、ユーノの鎧ジュウキがその形状を変化させて放った強烈なコンボ技も遥歌は捌ききってしまった。
 遥歌の反撃を受け上空でジュウキが全壊し落下するユーノを受け止める余裕がある者は誰もおらず、空を駆けて魔物を従えて襲い掛かる遥歌に抗える者もいなかった。
 そして今に至る。

「だから、飽きた玩具おもちゃを捨てるように僕らを終わらせにかかったのか」

「飽きた玩具とはまた自虐的なこと」

「……侮るな」

「?」

「侮るな! これはなんなんだ!! 僕達は……俺達は力を尽くしている! 例えお前の方が強くても、嬲るような真似は絶対に許せない!」

「嬲る……ですか。そんなつもりは。戦部いくさべの子。ただ」

「俺にも、仲間達にも! この戦いに覚悟があった!!」

「それは弱者の戯言ざれごと

「!!」

「私が全力を尽くして貴方たちの戦いに応じる義務が、どこにありますか?」

「どう、して? 貴女は武人だろう!? 力を尽くす者に嘲りを返すのが武人のする事か! 俺は誰からもそんな事は教わらなかった! 剣の師も魔術の師も、家の誰からもだ。俺は、それを誇りに思う!」

 イズモの表情は怒りに歪んでいる。
 いろはでさえ、実の母と刃を交える事を選んだのだ。
 そこに覚悟がなかったなどとイズモは誰にも言わせるつもりはない。
 言わせない。
 彼女の持つエインカリフの攻撃は苛烈だった。
 いろは自身がどこまで操作できたかは別にして、手加減など微塵も感じられない攻撃だった。
 表情も躊躇ためらいがない強いかおをして、彼女は母親への攻撃を見つめていた。
 悲痛な様子一つ見せず。
 イズモはいろはの強い決意に心から感心していた。

「俺は絶対に貴女を認めない!」

「もうお止めなさい。先ほどから命を削って魔力を絞り出している事、理解していない訳ではないでしょう? 例え幾らかの力を引き出した所で私には盾になる魔物も詠唱を完成させない魔物も呼び出せる。賢人時任ときとう様が使ったと伝えられる百鬼夜行という能力ですが……」

「戻り人の貴女も使える。そんな事はもうどうでもいい」

 イズモだって理解している。
 刑部遥歌は戻り人。
 それも複数の賢人の能力をその身に宿した異形の戻り人。
 下手をすれば、賢人その人よりもその力は上。
 だからといってイズモもまたやる事を変えるつもりは、毛頭ない。

「……まだやりたい事があるなら、おやりなさい」

「?」

「それが選んだ命の使い方だというなら、どうぞ。やってみなさい」

「……ああ、そういう。それが貴女なりの俺達への呼応だと」

 イズモが杖と刀を握りしめる。
 内から彼にとって危険な魔力を呼び出して編み上げる。

「私にとって戦いは決して面白いものではないのです。一体神はどのような役割を私に与えられ、この身にこれほどの力を詰めたのか……」

 気だるげな遥歌に危機の兆候など欠片ほどもない。

「なら見ろ。戦部の力の先を、今見せてやる!」

 計算を尽くして散らした多くの詠唱の欠片。
 戦部の家に伝わる奥義に分類される魔術の多重発動。

金翼塵劫ガルーダテンペストの四重発動。四塵翼ルドラバースってとこかなあ。綺麗だろう、なぁ)

 その先の確実にある結果も承知でイズモは詠唱の欠片たちを撚り集めていく。

「まあ、それはまた今度にとっとけ」

 唐突に声がした。
 しかしそれはイズモにとって知らない声ではない。
 むしろ、聞いた瞬間に安堵で力が抜け落ちそうになる、待ち望んだ声。

「……は?」

 眼前の遥歌から聞こえたその声の主をイズモは知っている。
 彼の間の抜けた様子で放たれた疑問の声は、遥歌の首に刺さる光る針を見ての反応だった。

「何者!」

「おっと」

 イズモに構わず後ろを振り返った遥歌が放った薙刀の閃きを軽い口調で飛んで躱した人物がイズモと遥歌の間に降り立った。

「先生?」

「ああ」

 クエストの達成。
 それが侮られた結果だとしても誰も死ななかった。
 ああ、これで意識を手放してもいいんだと。
 イズモが膝を突く。
 人生で一番怒りの感情を爆発させた反動もあるだろう。
 しかし、彼らの先生は残念な事に甘くなかったのである。

「先生。なら……お前がライドウ?」

 遥歌の様子が一変する。
 一瞬でぞっとするような殺気が彼女の全身から溢れた。
 魔力の針は小さな音と共に砕けた。

「……そ。イズモ」

「は、はい!」

「皆を起こして見学してて」

 振り向く事なく短く告げた先生は、遥歌と対峙した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 刑部遥歌という人はジン達の全てを受け止めようとしていた。
 殺さぬ程度に痛めつけ彼らの力を引き出していた。
 細心の注意を必要とする繊細な作業だ。
 怒りも殺意も、まだ若い力の集合が生み出す何度にも渡る奇跡のような技の数々も。
 彼女は受け止めて砕いた。
 僕にはそう見えた。
 そしてそれが、僕に介入する時期を遅らせた。
 だってつまり要するに……だ。
 ああ、やりにくい。
 決めた事とはいえ、これが本当に正解なのか。
 戦いというのは本当に何一つお得な事ってのがない。

「智樹様の敵、御身おんみを傷つけた者……と考えてよろしいのですね?」

「よろしいです」

 ライムとレヴィを撃退した時、だろうか。
 それともジン達の戦いを見て、だろうか。
 コウゲツさんを殺した時……じゃないな。
 あの時は出遅れたかと思ったが、巴のパワーアップした幻術は生と死の境にさえ干渉可能だったようで。
 部隊ごと蘇生して当面の協力とその調整を受け持ってくれている。
 ……ええ、かなり拗ねられましたが。
 儂は小杉某こすぎそれがしになるのですーー!!
 って今でも脳裏に焼き付いてる。
 
「ふふ、やっと本命。しかも、お強いようで」

 首筋を撫でる遥歌さん。
 針の無効化はどうやったのか。
 賢人の能力を複数所有している彼女なら……ああ、これか。
 界を使った調査を彼女に向けて詳細情報を集める。
 この人、実戦経験もあいまって相当強い。
 
羽化登仙うかとうせん、といいます」

「……」

 探られた事も、結果もお見通しか。
 そう、羽化登仙。
 彼女の持つ、まだ披露してなかった最後の能力だ。
 
「これの所為せいで、私にとって戦いは退屈な物でしかなくなりました」

 所為で、ね。

「でしょうね。一定以上のダメージか命に関わる状態異常の付与で発動する賢人の力、ですか」

 そして発動後、ダメージは全快しその状態異常に対する永続的な耐性を得る。
 まさしく、能力の名に相応しいとんでもない力だ。
 古い殻を破り続け、いずれ仙人に至る……か。
 時の勇者とか、名のある賢人に宿った力じゃなかろうか。

「恐ろしい事。でも正解。そして傷は癒えあらゆる毒は消える」

「っ、そんな……反則な」

 イズモの苦悶の声が後ろから聞こえた。
 ジン達も起きたみたいだな。
 ざわざわしてる。

「それでどうします? 貴方の不思議な針の攻撃も私にはもう通用しませんよ。ただの一撃で羽化登仙が発動した事など初めてですが」

「もちろん、無力化します」

 ちらっと生徒を見る。
 ジン、ダエナ、ミスラ、アベリア、シフ、ユーノ……そしてイズモ。
 俺とか言っちゃってまあ。
 本当に……強くなった。
 この短時間で一体どれだけの経験を彼らは積んだんだろう。
 彼らがここに来る意味を、僕は直接目にする瞬間までまるで理解できなかった。
 イズモのわがままを聞いた識の真意というのも、彼の甘さが招いた過ちじゃないかとさえ疑った。
 いや危険を考えれば僕の考えだって正しい。
 違う。
 間違いじゃないだけ、だ。
 もう僕なんかよりもずっと、彼らは良い貌をしている。
 僕は……ただの教師に過ぎなかったけど。
 識には師匠としての才能があるんだろうな。
 
「無力化? 武器を振るえば振るっただけ強くなり、攻撃を受ければ受けただけ耐性を身に付ける、強大な魔術は使えませんが多種多様な能力を持つ魔物を幾らでも召喚できる。その私を? 世を見渡してみても、武技とて私とまともに打ち合える者など幾らもいません」

 殺気を緩める事なく笑うという奇特な特技を見せる遥歌さん。
 ……虚しいな。

「実は少し思ったんですよ。僕と貴女は似てるんじゃないかなって。でも違いました」

「答えになってませんね」

「はは、退屈なものに“なった”ですか」

「何がおかしいのです」

「なら少しは、生徒の成長を促してくれたお礼は出来るか」

「?」

「貴女の最後の戦いを少しは充実させてあげられる」

「っ!?」

 遥歌さんを見据えると彼女は鋭い目で構え、武器をこちらに向けてくる。

「ねえ遥歌さん」

「なに!?」

 彼女の目前で呼びかける。
 突然懐に入られて明らかに困惑してる。

「僕はね」

 針を突き立てる。
 石化の術を込めたそれは彼女の胸に突き刺さった。

「何故!? でも!」

 針が散る。
 構わない。

「戦いを面白いとか、思った事がない。戦闘訓練だって必要だからしてるだけ。自身が傷つこうがつくまいが。圧勝だろうが惨敗だろうが。戦いに価値なんて感じない。正直僕の中にあるのは必要か不要かだけだ」

「それが戦士の言葉ですか!」

「ギャグですか? これはせめてもの餞別せんべつです。遥歌さんは勝敗が揺蕩たゆたうものだったり敗色の濃いものだったりすれば戦いに打ち込むべき何かを見出せるんでしょう、から!」

 今度は炎を込めた針を生み出して突き込む。
 流石に彼女も回避の動きを見せるが、まだどこか余裕がある。
 赤色コートの力で遠慮なく加速して、戸惑い混じりの回避と防御を突破。
 脇腹に吸い込まれた針が爆発する。

「効きませんね! ライドウ!!」

 熱風の中から振るわれる二つの薙刀。
 達人の軌跡だけど、僕の方が速い。
 それぞれの刃の根元辺りを両手で掴み取る。

「掴んだ!?」

「純粋な物理、例えば打撃なら効かなくなる事もなさそうかな」

「な、ぐぅっ!」

 続けて魔力体で彼女を殴打する。
 上に向けてだ。
 ジン達の最高の火力を込めた連携技がそこからの始動だった。
 イズモのエアリアル、だっけ。
 それが頭に残ってたからつい僕も上に殴ったのかもしれない。
 だが空中に浮いた遥歌さんの姿が掻き消える。
 転移?
 いや、これは。
 視線を横に向けると崩れつつある物見櫓ものみやぐららしき建物の壁を駆け、僕の方に迫る彼女の姿があった。
 ヒューマンではまずあり得ない、賢人並みの身体能力。
 それか、攻撃を加える度に自身の身体強化を行う千獣殺せんじゅうさつって能力の恩恵か。
 野獣顔負けの動きをする。

「宿れ濡鴉ぬれがらす悟獣ごじゅう。避けられぬ黒の告死、王牙おうが!」

 詠唱も無くたった一言で召喚獣を呼び出して武器に宿らせた遥歌さんが電光石火の勢いでドロドロした黒いモノを纏わせた刃で左右から薙ぎ払いを放ってきた。
 避けられぬって割には回避できそうだ。
 交差する少し前に体を後ろに引く。

「もらった!!」

 僕の回避も織り込み済みか。
 二つだった薙刀が一つになって、回避した僕に突き出される。
 遥歌さんの体ごとの突進だ。
 先端が触れた魔力体が消し飛ぶ。
 文字通り、消し飛んだ。
 ふぅん。
 身体に半身にする。
 両脚はしっかり地につけたまま。
 腰を落として左手で黒いオーラを纏ったままの薙刀を掴み、送るように引き寄せる。
 クロスレンジまで近づいた所で右手に衝撃を込めた針を作り出して引き寄せた遥歌さんの肩を突いた。

「っ、っ!」

 言葉もなく今度は地面と平行に吹っ飛んでいく彼女。
 しかし終わらない。
 舞い上がる塵煙の中彼女と複数の影が浮かび上がった。
 また何か喚んだか。

「恐ろしい、本当に恐ろしい化け物ですねライドウ。それでも私に負けはありませんが」

 ゾンビアタックされてる気分になってくるな。

「どうして、そんな的外れな事を思うんでしょう?」

「羽化登仙はやがて貴方の力全てを記憶する」

「それで?」

「その時がお前がひれ伏す時だと言っています!」

「僕に勝つってなら仙人に至った程度じゃ全然足りませんね」
 
 確信する。
 もし本当に彼女が智樹に魅了されたままだったら。
 ジン達は数秒で皆殺しにされてた。
 イズモは侮辱だと、馬鹿にするなと怒ったけど。
 あいつらの技や力の限界なんて発揮させやしない。
 遥歌さん。
 貴女は一体どうやって、いつ。
 智樹の魅了を自力で解除したんですか?
 軽口を聞きながら、僕はそんな事を考えていた。

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