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extra30 とある冒険者たちのお話
しおりを挟む世界の果てに挑む冒険者たちにはそれぞれの目的がある。
金か力であることが殆どだが、中にはそうでない者もいる。
例えば、ツィーゲのトップランカーである女冒険者トアは後者の一人だ。
ヒューマンが荒野でベースを築いた中で最奥に位置するのは絶野と呼ばれた場所だが、彼女はそこで一度人生に幕を降ろす直前まで追い詰められ、そして救われた。
以後彼女は拠点をツィーゲまで戻した上で、新たな仲間とともに荒野に挑み続けている。
「今度こそ」
少し前パーティで購入した家の自室で、トアの口から決意の声が漏れた。
以前の彼女は傍目には死に急いでいるようにも見える無謀な探索も行っていたが、今の彼女は全く違う。
生き残ることを前提にして探索している。
ライドウに救われ、彼の興したクズノハ商会と関わる中でトアは冒険への姿勢そのものをも変えていた。
先の言葉はそんな今のトアには似つかわしくない、切羽詰った声色だった。
(荒野の探索は順調。ツィーゲ、いえ……どのベースにいる冒険者と比べても私達以上の成果をあげているパーティはない。だからこそ、絶野の先へ。ライドウさんがやってきたって方に足を踏み入れる時が今)
ツィーゲを中心に円を広げるようにトアのパーティは探索を続けてきた。
既にその探索半径は絶野のあった場所に迫ろうとしている。
次の目標を設定する時期とも言えた。
これまでとは勝手が違う、完全に未知の場所への探索となり、トアも今回はいつもより緊張している。
ベッドに横たわっていても彼女の身体から一向に緊張が抜けない。
(あの先には、エルダードワーフの火山がある。そしてその先は完全に謎。でもこれまで集めた情報を当てにするなら、あの先に上位竜の蜃がいる可能性はそれなりにある。そしてもしも蜃が本当にそこにいるのなら……大昔にご先祖様たちが同じ道を進んだことになる筈。家に伝わっていた短剣も道中にある、かもしれない)
トアが荒野に挑む理由は、かつて先祖が荒野で失った短剣を探すためだ。
蒼い短剣。
荒野に挑む理由というよりも、彼女が冒険者になった理由、とも言えるかもしれない。
透き通る程の透明度を持った特殊な石を素材とする短剣で、武器としても術の触媒としても優れた性能を持つとトアの家では伝えられていた。
刀身にも柄にも精緻な細工が施されていて神殿の儀礼にも使われていた、とも。
ただトア自身は実物を拝んだことはない。
それだけの情報を頼りに、彼女は短剣を持って荒野に入り、そして遂に戻らなかった先祖の足跡を追い続けていた。
唯一の身内である妹リノンを連れて。
(あの頃の私は、思えば随分と刹那的に生きてきたものね。ライドウさんに会わなければ終わっていた命だし。そうだ、もし無事に荒野から短剣を回収できたなら……この街で生きていくのも悪くないわね。家も買っちゃったもの)
ライドウに連れられてツィーゲに戻り、絶野で同じ境遇にあった数人とパーティを組んだ。
それぞれに目的は違ったが、それを満たしてなお全員がトアの目的に付き合ってくれていた。
ありがたい、とトアは思う。
だからもし目的が叶った後、皆が同じ気持ちならツィーゲの冒険者として街で生きていく、街に貢献していくのも悪くないと彼女は考えていた。
本来活動の拠点であっても、またパーティ単位であっても冒険者が家を持つのは珍しい。
少なくともトアとその仲間がツィーゲに良い感情を持っているのは間違いなかった。
(行こう。今回は二週間)
トアは立ち上がり、着心地重視の衣類を脱ぎ捨てる。
手馴れた様子で戦闘用の装備を身に纏っていく。
それだけで家が数件買えそうな値段の武具を全て着用したトアは既にまとめてある荷物を背負い、二階にある自身の部屋を出た。
彼女が吹き抜けから下を見ると、広く作られた玄関には既に仲間が揃っていた。
「今回は二週間だったね、準備はできてるよ」
「ハザル」
パーティ唯一の男性であり、支援や回復も担当している術師がトアに気付いた。
女神の祝福は女性により有効に働くため、高レベルの冒険者や騎士には女性が多い傾向がある。
男性で高レベルのパーティにいる冒険者というのは、一昔前には考えられないことだったが、この十年ほどで大分状況も変わっている。
今では男性でも高ランク高レベルの冒険者として活躍している者もいる。
女神の祝福に頼らないならば冒険者には男女の差別はないという証拠でもある。
男の言葉に頷き、トアは階段を降りて彼らの元へ辿り着いた。
「今度こそ見つかるとよいな」
「ありがとう、ラニーナ」
「なに、エルダードワーフの村落の跡まではある程度の情報はある。それほど気負った顔をするな」
「ええ。クズノハ商会には本当に助けてもらってるわね」
続いてトアに声を掛けたのはドワーフの女性だった。
パーティで一番小柄ながらがっしりとした体格をしている。
装備品も重装備の戦士そのものであり、更に荷物も一番多く携行していた。
口調は大人びている、むしろ老人臭いというのに少女のような顔立ちをしているのも印象的な女性だった。
彼女、ラニーナは大地の精霊を信仰する戦士であり修練の為にこの地を訪れていた。
既に十分すぎるほどの修練は積み、いつでも故郷に帰れる身ではあるがトアを助ける為にツィーゲに留まっている。
流通が盛んになり活気に溢れているツィーゲに集まってくる各地の酒も目的ではあるものの、仲間思いの神官戦士である事は間違いない。
「薬も保存食もクズノハ製で調達済み。まあ現地調達が基本だけど“潜る”のに支障ない程度には、ね」
「ルイザ。悪いわね、森鬼の集落は見つけたのに付き合わせて」
「あんな近くにあったなんて盲点だったけど、それもトア達の助けがなかったら達成できなかった。ならその仲間を助けるのは当然のこと。気にしない」
「報告はもう済んだの?」
「もちろん。ちょっと何十年かこの街にいるとも連絡済み。今回も次回もその次も、当てにしてくれていい」
「……ありがとう」
携行品についてトアに報告したのはエルフの女性。
エルフという名に恥じず、スレンダーな長身で背には弓矢を背負っている。
ヒューマンとは一定の距離をもって付き合いをするエルフには珍しく、親しみを込めた口調で話をしている。
犬猿の仲とも言われるドワーフの横で警戒もなく笑顔を浮かべている。
ルイザの目的は、かつて進むべき道の違いから森を離れて荒野に消えたと言われる古きエルフ、森鬼の存在を確かめることだった。
ツィーゲからそれほど遠くもない場所で彼らの集落を見つけ、ルイザの目的は一応果たされていた。
それどころか、今のツィーゲにはクズノハ商会の従業員としてその森鬼がいたりする。
つまりもうツィーゲにいる意味も冒険者でいる意味もないのだが、それでも彼女は冒険者として活動しトアと共にいる。
刺激溢れるヒューマンの街での生活が魅力的なのかもしれない。
ただルイザの考えとしては、彼女の言葉通りトアを助けるためというのが大きい。
まだエルフとしては若く、ヒューマンや異種族との交わりを柔軟に考えることができるルイザだからこその決断でもあった。
「お姉ちゃん、気をつけてね。私の事は心配しなくても大丈夫だから安全第一で」
「当然。リノンを遺して死ねないもの。今の私はお姉ちゃんパワーを自在に使えるから大丈夫よ」
「お、おねえちゃんぱわー?」
「ライドウさんに教えてもらったの。リノンの為にも軽ーく帰ってくるから絵の勉強頑張りなさい。コモエちゃんと喧嘩しちゃ駄目よ」
「コモエと喧嘩する訳ないよ、親友だもん。それから、これ。ギルドから目を通して欲しい依頼だって」
「ん。それじゃ行って来ます」
「いってらっしゃい。帰りは一ヶ月後、だね」
「予定ではねー!」
四人の冒険者が歩き出す。
家から出てクズノハ商会に顔を出して荒野の門へ。
それが今の彼女らの定番ルートだった。
別に依頼を受けて荒野に入る時は必要に応じてルートも変わる。
冒険者ギルドは今やトアたちが住所を定めたこともあって、名指しの依頼や処理に困った案件についてギルドの方が家に来るケースが多くなっていた。
トアの妹であるリノンなどは冒険者ギルド職員との対応にも慣れ、実質トアパーティのマネージャーのようでもあった。
「こんにちはー!!」
「おや、トア。今日出発か」
「はい! 何か手伝える事があればと思って来たんですが」
一時期巴と行動を共にしていた時を過ぎてから、トアたちはほぼ自力だけで荒野の中を立ち回っている。
それでもなお彼女達はクズノハ商会とライドウに深い恩を感じ、彼らに報いようと心に誓っていた。
荒野に出るたびに何か力になれることがあればとクズノハ商会に顔を出し。
何も頼まれなくても荒野で得た物や見聞きしたことを帰って話をしたり。
濃い関係を築いていた。
トアたちの対応をするのはまずエルダードワーフである事が多く、今回もそうだった。
「特にはないな。若様もロッツガルドから外に出られていて最近はお会いしていないし。……今回は我々の昔住んでいた村の更に奥を目指すんだったな?」
「ええ」
「気をつけてな。お前の求める短剣について済まんが儂らは力になれんが」
「そんな。地理の情報をいただけただけでも物凄く感謝してます。お土産期待しててくださいね」
「まったく、気をつけろとは言ったが、気を遣えとは言っとらんぞ?」
「クズノハ商会にはお世話になってますから。ライドウさんがいなかったら今の私たちはありません」
「以前命を救った、だったか」
「それもありますけど、今の私達の荒野探索のスタイルもライドウさんのおかげで確立できたようなものなんです」
「……ああ、確か極地法とアルパなんちゃらだったか」
「アルパインスタイルです」
うろ覚えで口にしたエルダードワーフの言葉をトアが補足する。
「若様の国での登山の技法。そういえばお前達は妙に興味深く聞いていたな」
ある時にライドウがツィーゲの店に顔をだした際、偶然トアたちもそこに居合わせてそんな話になったことがあったとエルダードワーフが思い出す。
何故山の頂上を目指すためにそこまで技術を考えるのか。
そんな疑問をドワーフの彼は抱いたが、口にせずただ話を聞いていた。
一方トア達は途中から目の色を変えて話に没頭していて、彼には話の内容よりもそちらが印象的だった。
「登山にそこまで拘る国なんて聞いたことがなかったですけど、あの考え方は荒野にもまるまる適用できるって思ったんです。考えてみれば荒野は頂上がまるで見えない巨大な山みたいなものですからね」
うんうんと頷いて当時のことを振り返るトア。
「確か拠点を作りながら人員と物資を大量に投入しながら厳選したメンバーで頂上を目指すのが極地法」
「はい。それとは別に個人の能力を重視して登る時は一気に、速度重視で攻めるのがアルパインスタイルです」
「現状での荒野探索は極地法的な手法がとられていることになるな」
「そうです。でもその結果は出ています。今の限界は精々が絶野だと」
「ではトア達が採用したのはアルパインスタイルということか?」
「はい。個人の力を重視し、装備を切り詰め速度を重視するやり方にはライドウさんも言ってましたけど不測の事態に弱いっていう欠点もあります。長期滞在にも向きませんしね」
「ふむ」
「でも。荒野にはそれなりに物資もありますし食糧になる魔物もそれなりにいます。それらの生息域を見極めながら現地調達主体で“潜る”なら十分に有効なやり方なんじゃないかって思えて。長期滞在の点で言えば今現在でもベースは存在するのでそこを利用する手もありますし」
「潜る?」
「私達最近荒野に行くのを潜るって言うのに慣れちゃって。これもライドウさんが元々言ってたことなんですけどね。とにかく。個人の力を重視して常に集中しながら全力で進み対処し奥へ向かう。そして往復って考えるんじゃなくて戻るまでをセットで一本のルートだと思うことで随分変わりました」
「知られざるトップランカーの意識、というやつかの?」
「そう言えば、気付いたらギルドのトップ4を私たちが占めてました。実感はあまりないんですけど」
「言いよる。だが、その意識なら油断はないか。潜るというなら、必ずツィーゲに息継ぎに戻れ。家族を泣かすな」
「……はい! それじゃ行ってきます!」
トア達が頭を下げてクズノハ商会をあとにする。
間借りしている関係上、彼女たちはレンブラント商会から出て荒野を目指して消えた。
「やれやれ……ひよっこだと思っていたが中々どうして。レベルも七百を超え貫禄が付いてきたのかもしれぬな」
エルダードワーフの口から懐かしむような独白が漏れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここ、竜の住処……」
「これは……かなり力のある竜が住んでいたようですね」
「今は留守、いや既に住んでいない、か」
「断言は出来ないけど、蜃の可能性高いね」
探索十一日目。
トア達は絶野よりも更に奥、エルダードワーフの住んでいた火山さえ越えてとある山に辿り着いていた。
山の入り口にあった朽ちかけた門から先に進んでしばらく進むと、山の内部に続く洞窟があった。
奥にあった広間。
そこには竜の身体の一部が散らばっていた。
どれも古くなり生え変わりで落ちた鱗や牙といった、戦闘などではなく自然にそうなって、という物ばかり。
およそ“戦闘の跡”が窺えない場所だった。
昔のものであれ激しい戦闘があったなら痕跡がありそうなものだが、どこにもそんなものはなかった。
「戦闘は、なかった? それとも、修繕した? いえ上位竜がそんな事をするとも思えない。でもこの場所には長く住んでいる気配があるし……」
その糞でさえ財産になると言われるドラゴン。
中でも上位竜ともなればその素材は本当に体のどの部分であっても大金に化ける。
つまりトア達は今宝の山にいる事になる。
大量ではないとはいえ、上位竜の鱗や牙が落ちているのだから。
実際の所、そこに残っていたのは巴が掃除をした後、どうでもいいかと打ち捨てたものばかりだったが竜の価値観と人の価値観は全く違う。
蜃のかつての住処は、冒険者にとっては黄金煌めくかのごとく見えるだろう。
トアはやや重い口調だったが、三人の仲間達は明らかに興奮していて周りを警戒しながら鱗や牙を回収している。
「ツィーゲで調べてもらわんことにはこれが蜃かどうかはわからんが、一応の成果と言って良いんじゃないか、これは」
ラニーナがトアを見て言葉を待つ。
「……うん。しばらくはこの場所を中心に探索したいと思う。今回はまだ期間もあるからもう少し、進めるだけ進んでみようと思うんだけど、良い?」
「もちろん。もし蜃ならこの牙一個でも黒字だし。それに違っても力ある竜には違いないからね、十分だ。消耗品もまだ余裕はある。少し調合が必要だけど薬品類も問題ない」
「ここを起点にするのは次回からね。了解」
ハザルとルイザもトアの意見に承諾を返す。
誰もが無傷。
たった四人のパーティが蜃の住処までやってきてまだ余力を残しているなど、数年前までは全く考えられないことだった。
これもライドウの存在がもたらした革新の一つ。
「みんな……。なら今日はここで休んで明日からまた進もう」
明らかな手がかりになりそうな発見を得て、トアも明るい口調で方針を決める。
「待ってくれないか」
『!?』
唐突に広間に声が響いた。
仲間の誰のものではない声にトア達の警戒が一気に高まる。
「よくここまで来た」
洞窟の奥に広がる空間には四人の他に何の気配もない。
それは四人が四人とも把握しているし、何度も確認したことだ。
しかし声はした。
そして四人の中で最初にその主に気付いたのはトアだった。
「そこ!」
威嚇の為の投擲用ナイフを放つトア。
狙い違わず声の主の足元にそれは刺さる。
ナイフから生まれた衝撃が声の主を襲い、その姿“全体”がブれた。
「敵意はないよ、冒険者殿」
「……何者?」
トアの警戒は薄れない。
四人とも既に臨戦態勢に入り陣形を組み終えている。
「この地に住まう竜に挑み、散った者の残滓……とでも言おうか」
「っ!」
「こちらからも問おう。君達の目的は上位竜の蜃か?」
人型の白い靄が言葉を紡ぐ。
「……」
「もしそうならば、かの竜は既にこの地になく、また荒野にもいない。探すのは不可能だろう」
「っ、蜃を討伐しようという気はないわ。上位竜に挑む気なんてない。私は、ただその竜に挑んだ先祖の遺品に用があるだけ」
トアは偽りなく答えた。
それは正しく彼女の本心であり、竜殺しの名誉には興味もなかった。
「……それは真かな?」
「ええ」
「……信じよう。そして、ならば歓迎しよう冒険者たちよ。どうか、我らを弔って欲しい」
「弔う……!? あるのね!? この近くに、蜃と交戦した場所が!」
「近く、でもないが。確かにある。君達が我が願いを聞いてくれるなら、場所を教えよう」
「弔いをすればいいのね? 身元がわかる人の遺品を遺族に返すのも含まれるのかしら」
「そこまで丁重にすることはない。そも、我らは自ら竜に挑み殺された者。その死は自業自得である」
「……」
「だが、そう思わぬ者も中にはいた。残念ながらその者らはアンデッドになってしまっている。弔いとは言ったが、要はその者らを皆地に還してくれればそれでよい」
「アンデッド退治って訳?」
「相違ない。どうだろうか、報酬は先払いで知りたがっているその場所を教えること、後払いの分は現地で君達自身で稼いでもらうだけになるが」
「……。望むところよ。その依頼受けるわ」
三人の仲間に目配せをしてトアは意思を確認する。
精神を集中して人型の言葉に耳を澄ましていた彼女は怪しい依頼を受ける事にした。
「ありがとう。では我らが死んだその場所を教えよう。この場所へ、君達の到達を心から祈っている……」
靄は薄れ、消え去った。
直後その背後の壁が一部崩れ、四角にくりぬかれた小さな空間には紙切れが丸められていた。
「トア」
「うん、取ってくるね」
罠に警戒しながらトアが接近し、しばらくの後手を伸ばして紙を手に入れた。
仲間の元に戻った彼女が開いたそこには周辺の地図が描かれていて、わかりやすい×印が一点記されている。
「ここなのね」
「……なんか、宝探しになってきたな」
ハザルが興奮を抑えて冷静を装いながら言った。
内容は冗談じみていながら、彼の目は輝いている。
「縮尺が滅茶苦茶だから方向くらいしかあてにならない。焦るとまずいよ」
ルイザが地図を確認して忠告を口にした。
横でラニーナも頷いている。
「わかってる。まだ折り返す予定日まで時間はあるけど、今回で辿り着けなくてもいい。慎重に行きましょう」
トアの冷静な言葉に三人ともが頷きを返す。
その夜は、彼女達にとって荒野でも指折りの長い夜になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
探索十六日目。
四人は全く予想外の事態に遭遇していた。
方向は確実に合っているのに、進展が何もないのだ。
それどころか、“本当に何もない”日々に困惑していた。
そこはライドウこと深澄真が女神に放られた場所の近く。
彼が味わったように、トアたちもまたその場所の洗礼を受けていた。
荒野は一瞬後には何が起こるかわからない危険極まりない場所だ。
気候も滅茶苦茶だし、生き物はもっと滅茶苦茶。
自分達で周囲を掃討したり、結界を張ったりしない限り基本的に気の休まる場所はない。
なのに彼らが蜃の住処らしき山から出て地図の印に向かってから五日の間。
なにも起こらなかったのだ。
気候は相変わらず厳しいものだったが、好戦的な生き物どころか生物そのものを見ない。
ただ乾いた大地に激しく風が舞うだけの空間。
不毛だが、それだけの世界が続いていた。
長く荒野を探索してきたトア達にとってもこんな“異常な”荒野は経験がない。
幾ら何もないとは言え、警戒は常に最大限に行い未踏の地ゆえにここまでよりも多少ペースを落としての進行になっている。
何もないとわかっている場所を踏破していくならペースは上がるし気分も楽になる。
だが結果的に何もなかっただけの場所であれば疲労は通常と同じだけ蓄積するし、ペースも上がらない。
折り返しの予定日を過ぎてなお、少しの間粘ってみたトア達だったがそろそろ限界だった。
「……ここまでね。今回は、戻りましょう」
「惜しいけど、まあ仕方ない。焦った結果がろくなもんじゃないのは身に沁みてわかってるし」
トアの宣言。
ルイザは淡々とその言葉を肯定する。
「……」
ハザルは黙って頷くのみ。
「次も同じなら速度を上げて一気に距離を稼ぐのも考慮せんといかんな、これは」
ラニーナは次回の教訓を呟く。
「場所がわかっただけでも大収穫だもの。次はアンデッド対策も含めて万全の備えをして来ましょう。……今回はここまで!」
最後にもう一度折り返しを意味する言葉を言い放ち、トアは踵を返す。
もっと進みたかった気持ちが彼女の中に渦巻いていたが、焦りは何も生まずただ奪うだけだと理解しているトアは唇を噛み締めて気持ちを抑え込んだ。
(場所の手がかりは得た。最悪罠でも、今はそれに縋りたい。短剣さえ手に入れられれば私の目的も終わる。私が本当に“冒険者”として生きられる日も、もうすぐそこなんだから)
トアにとって大きな進展のあった今回の探索。
十六日後。
無事にツィーゲに戻った彼女らはまたレベルを相当上げていて、名前は更に売れることになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
一方その頃。
「ふむ、奴らようやく仕込んでおいたクエストに到達してくれたようじゃの。これでやっと若に頼まれた短剣の返却が出来るわい。おい、識。それなりのアンデッドどもを放っておけよ、そういう設定なんじゃからな」
「既にやっております。巴殿の記憶を頼りにして中級から上級のアンデッドを六十と少し。それから荒野の魔物を腐らせた下級種をいくらか仕込んでおきました」
「流石じゃな。まあ儂に挑んできた百人かそこらの討伐隊なんぞ亜空を使って一方的に皆殺しにしてやった連中じゃし、幾らでも誤魔化しは効くが。トアにもそれなりに苦労をさせた上であの短剣を手に入れてもらわねばな」
「中々の品でした。迷宮もエルダードワーフその他によって完成しましたのでもう埋めてあります」
「舞台も配役も既に万全か、さてトアよ、見事凱旋してみせよ」
そんな怪しげな会話が亜空の一角でかわされていた。
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