月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra37 漫画20話支援SS 少し後の彼女

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「ヘッぷち!」

「……なにそのあざといくしゃみ。ここ家ですけど。私とお姉ちゃんしかいませんけど?」

「癒し系胸キュン効果絶大って教えてもらったのに、全然効かないじゃないの……」

「同性の、しかも妹にそんな効果あるわけないでしょ……」

 両手を腰に当て、両足を大きく開いて立つ少女が怒気を少々薄れさせて呆れた様に肩を落としてみせた。
 対面には彼女の姉が外では滅多に見せない情けない顔で正座している。
 つい先ほど一見可愛らしいくしゃみをしたのがこの姉の方だ。

「リノン~、誰かが丁度いい感じにどっかで私の噂話でもしてくれた事だしこの辺で許してくれないかな~。お姉ちゃん、正座苦手なのよ~」

 苦笑いを浮かべて足をもぞもぞと動かす姉、トア。
 足が痺れてきているのがわかる仕草だった。

「苦手だからしてもらってるんです!」

「えへへ、きっとね。素材を持ち込んだとこであんな優秀で気前のいい冒険者が荒野から戻ってくるなんて幸先が良いとか話してるんだよ」

「……それを言うなら気前のいい優秀なカモがやってきた、でしょ。このお店のどこかでね!」

「うう……。でも冒険者たる者、装備や身の回りの品には妥協できないの。そこに物があって、お金もあるなら選択肢は一つ!」

「冒険者だから、仕方ないのはわかるよ。でも一度に全部はだめでしょ? 戻ってから幾つか荒野の依頼をこなしてるのにこの出費額はどうかしてる!」

 何度目になるか、家計簿的なリストを眼前に突きつけられたトアは再び項垂れる。
 
「クズノハさんもリノンに何でこんな細かい計算術なんて教えちゃうのよ。覚えちゃうリノンも凄いけど、私嬉しくない。ぱっと見まだお金あるって事しかわからないし」

「お姉ちゃん! わかってるの!?」

「はい! まだお金結構あるなと思います!」

「ないの! このペースだと一月もあれば素材のお金も無くなるの!」

「もうそこまで使う事もないから大丈夫よ。私達これからもっと稼ぐし」

 リノンの姉、冒険者のトアは決して言い訳ではない自信を滲ませた表情で顔を上げた。
 実際ツィーゲに戻ってきてから彼女たちは結構なペースで冒険者ギルドの依頼を消化している。
 偶然にも商人ギルドでつい先日トア達の事を「優秀で気前がいい冒険者」と評した職員もいる。
 まあ残念な事に今回出費した幾つかの店で「気前のいい優秀なカモ」とも囁かれていたが。
 荒野に立ち入る必要がありながらも遠出や日数を必要とする依頼を避け、今のところ仕事の面ではトア達はランク以上に優秀な働きぶりを見せている。

「そうしてくださいお姉ちゃん。これから少なくとも毎月この位は貯金してもらいますからね!」

「えええ!」

「もちろんしばらくは遠出も無茶もなしで!」

「そんな無茶苦茶なあ……」

「せっかく命拾いしたんだから、今度はもっと慎重に、確実に、だからね」

 リノンは純粋に姉を気遣う様子に変わる。
 実力に見合わぬ荒野の奥地で死にかけた事を忘れる事などできない。
 それでも、姉が冒険者を辞める気が毛頭ない事も妹にはわかっていた。
 決して諦める事なんてできない目的が姉の胸の内にある事をリノンは知っていたからだ。
 だから、せめて。
 今度こそ確実に力を付けながら十分な用意をして荒野の奥を目指してほしい。
 リノンはそう考えている。

「リノン……」

「お姉ちゃん……」

「でもその額だと私週休一日くらいしか取れそうにないよ。全力オール飲みが週一しか出来ないなんて辛すぎ――」

「金額、もっと増やせそうだね」

「鬼! リノンは数字に憑りつかれちゃったの!? 大体そんな大金貯めてどうするのよ、いくら装備にお金かかるっていってもそこまで準備する事ないし! お家でも買うの? ちょっとした豪邸も目指せちゃうよ!?」

「……そうだよ」

「へ?」

「この街には、きっと長居する。もしかしたらずっと住むかも。だからこんな借家じゃなくて、家を買うの」

「……りのんちゃん? もしもし?」

 唐突に冗談を真顔で肯定した妹の態度にトアが呆気に取られた顔で呟く。

「それもね。大きなお家にするの。お姉ちゃんと私と、パーティの皆さんのホームになるお家」

「っ」

「戻る場所があれば、一緒に暮らすくらい深い仲の仲間が出来れば、少しは無茶もしなくなるでしょ?」

「だから貯金……」

「お姉ちゃんがまだ荒野に未練があるのも、やりたい事を残してるのも私わかるよ。だけどクズノハさんに助けてもらってからも、これからと同じ考え方とやり方じゃあいつか絶対躓くから。私はお姉ちゃんにそうなってもらいたくないの」

「……うん。わかった」

「もちろん、私も働くから。冒険者ギルドの人にお願いしてギルド前の大通りで似顔絵描きやらせてもらえる事になったし、クズノハさんに教わった計算術で何か仕事が出来ないか問い合わせしてもらってるところなの」

「その位ならお姉ちゃんもっと頑張るから。クズノハさんにちょっと教えてもらっただけでこんなに数字に強くなるんだし、リノンは将来の為にどこかで勉強を――」

「ツィーゲに出てる私塾で学問中心のとこなんてほとんどないし、あっても商会の丁稚をやるのと大して変わらないよ。ここは冒険者と商人の街だもの。だったらお姉ちゃんの帰りも待てるギルド前で働いた方がいい。それにもしかしたら計算術の方でどこかの商会と縁が出来るかもしれないしね。第一、私も住む家の為なんだから私も稼ぐのは当然でしょ」

「いつの間にか、大きくなったねリノン」

「そりゃあんな経験したらね。本当に紙一重で生きてるんだからね私たち」

 遠い目をしたリノンが天井をみつめた。
 荒野に存在する最奥のベースで経験した人生の崖っぷちと奇跡の出会いを思い返していた。 

「ほんと、反省してます」

「お姉ちゃんもわかってると思うけど、クズノハさんとの出会いは本当に奇跡だからね? こんな大逆転、二度はないからね?」

「それは私も皆も重々理解してます」

「なら、働く。それから確認。クズノハ商会絡みとレンブラント商会関係、それから行方不明多発事案には近づかない事」

「ばっちり守ってます。その上でランク上げと上位リスト常連安定目指して依頼こなしてるから」

「なら、今回の大出費については許してあげる。ただし! カケーボは月単位でしっかりつけていくからね!」

 収支を効率的に管理する家計簿なる技法を謎のハイレベル計算術とともに短期間でリノンに教え込んだクズノハこと真。
 トアは基本的に彼に並々ならぬ感謝の念を抱いている。
 抱いているが、この一点についてだけは微かな恨み節も抱える事になった。
 彼女曰く。
 この件から妹に完全に財布を握られた、と。
 しばらくの間は多少生々しい会話を挟みながらもその後は仲良く食卓を囲む姉と妹。
 荒野帰りの期待の冒険者トアも、家に帰れば一人の……少し頼りない姉なのだった。
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