2 / 33
序「バッドエンドしかない」という悪役令嬢とやらから初めてを奪ってくれと言われたのだが、聞いて欲しい
序2
しおりを挟む
「失礼だが、あなたがここへ私を倒しに来たようには思えぬ。一体、何用があってこのような場所へ一人で赴いたのだ? 騎士を外に待たせておるのならばここへ呼ぶといい」
「いえ、こちらへはわたくし一人で参りました」
「……」
なぜそんな頑なに。口を開きかけた僕へ、ご令嬢は金色に輝く手のひら大のプレートを、おい今どこから出したそのプレート。スカートの中にちらっと見えた暗器の数々は一体なんだ。だからか。だからバッスルスタイルのドレスなのか。暗器なしでも結構な重さの衣装だろうが。暗器込みなら一体どれほどの重量になるというのだ。
「わたくし、特S級冒険者の資格を所持しておりまして」
「と、特S……?」
意味が飲み込めない僕にシリトアがそっと耳打ちする。
「人間が定めた冒険者のランクは下からD級、C級、B級、A級、S級とございます。特S級とは国が認めた勇者に匹敵する冒険者にのみ授与されるランクでございます。ここ二十年ほど、特S級冒険者は該当者なしで空位のはずですが……」
「はい。わたくしの身分のこともあり、秘密にしていただいております」
見るからに気品に溢れた立ち振る舞いである。そこそこの地位を築いている家柄の令嬢だろうことは想像に難くない。興味湧いちゃうじゃん。魔界は娯楽が少ないんだよね! 卑しい野次馬根性を隠し、一つ咳払いをして仕切り直す。
「で、私に何用か」
「はい。大変に不躾なお願いですが、魔王陛下にわたくしの処女を奪っていただきたく馳せ参じた次第でございます」
はい? ショジョヲウバッテイタダキタクハセサンジタシダイデゴザイマス?
無意識にシリトアを見つめた。忠臣もどこか遠くと交信して何かを検索中らしく、反応がない。
「すまんな。どうやら私の聞き間違いらしい。もう一度聞いても良いか」
首を傾ける。さらり、さらりと流れる僕の髪にご令嬢は両手で顔を覆った。
「ぎゅんっ国宝級顔面っ」
何この子。ちょいちょい変わった鳴き声出すやん? 怖い。
「はい。ですので、魔王さまにおかれましてはわたくしの『はじめて』を奪っていただきたくこうして馳せ参じた次第なのです」
「なっ、なっ、なっ、なああああああああああ?」
「はわわ照れ貌魅惑のマーメイドおおおおお! これはもう顔面世界遺産決定ですわ! 世界の宝ですのよ!」
何か知らないけどご令嬢も大変興奮しているがそれどころではない。
魔王になって二千年余り。魔界には当然だが魔物しかいない。人型をした魔物は上位種だが大変珍しい。シリトアのように人型の魔物は大抵が貴族である。そう。強者であると同時に数が少ないのだ。何が言いたいかというと、魔王と言えど人型の魔物とおいそれと遊ぶわけにもいかず、つまり。
「童貞にはとてもじゃないがお受けできない提案なのだが?」
あっ。ヤベ。驚き過ぎて正直な感想が口から転び出てしまった。真顔である。ところが令嬢はとても嬉しそうに微笑んで手を叩いた。
「ではわたくしと陛下は、初めて同士ですわね」
何だよ笑うとかわいいじゃないか。いやいや、ときめいている場合じゃない。
「おっふ……。うむ、どんな理由があるか知らぬが年頃の若い娘が簡単に処女を奪えとかそんなこと言ってはならぬ。正直童貞には荷が重い」
動揺が半端なくて言わなくてもいい本音がつい出てしまう。だってそんなの、本気になっちゃったらどうしてくれるんだ責任取って嫁に来てくれるのか! いいのか惚れてしまうぞ! 僕が!
頭を抱えつつとにかく情報を整理することにした。
「何故そんな結論に至ったのか聞いてもいいか?」
「もちろんです。陛下におかれましては突然のことと思われますので」
当たり前である。これまで昼夜問わず戦えと言われたことは多々あれど、抱いてくれと迫られたことなど一度もない。人生唯一のモテ期到来なのではないだろうか。怖い。そんな童貞の夢みたいなことがあってたまるか。童貞は疑い深いのだ。童貞、騙されない。だって童貞だもん。
「まず初めに、君の名前を聞いても良いだろうか」
「はい。わたくしアナルファック帝国より参りました、シリアナ・ス・ゴーク・オシリスキナと申します」
「あっ、はい。ご丁寧にどうも。魔王アナルパァルです」
「公爵家ご令嬢でございます」
通信障害を起こしていたシリトアが、持ち直して僕へ耳打ちをする。さすが吸血鬼一族の中でも名門中の名門、デイク家の長男シリトア・ナル・デイクである。
「アナルファック帝国の公爵家令嬢は、現在オシリスキナ公爵家のご令嬢のみです」
小さく頷いて見せる。確か帝国に三つしかない公爵家のうちの一つだ。
「シリアナ嬢。何ゆえ私に貞操を捧げるなどと言い出すのか」
「それでございます」
どれだ。全く分からん。説明して欲しい。泣きたい気持ちを押し殺して厳かに頷き、続きを促す。魔王泣かない。だって魔王だもん。
「わたくし、この世界とは違う世界で生きていた記憶があるのでございます。この世界はわたくしが前世でハマっていた乙女ゲームの世界なのですわ。その証拠にこの国の名付けが尻だの穴だのアナルだの全部下ネタなのでございますの」
「うむ分からん」
なんて? この子がおかしいのか僕がおかしいのか教えて欲しい。家臣を見やるがシリトアはすでに思考を放棄して宙を見ている。あかん。忠臣が壊れた。
「まずもうわたくしの名前から、公爵家の家名から下ネタなのですわ。お尻好きな尻穴なんて名前、間違えようがないのですわ。『匂い立つ美しさのシリアナ様』とかそりゃ尻の穴ですもの臭いますわよ当たり前ですのよ。アナルファックとかエロアナルとかアナルアルトとかシリアナルとか、尻にアナルはあるでしょうよそりゃだってお尻の穴ですもの女神がオシリアナとかどれだけお尻が好きなんですのシナリオライターはアホなのかですわ! いいえアホなのですわね! もし出会うことがあったのなら迷いなくお殴り申し上げますのよ! 笑いを堪えすぎて腹筋が六つに割れてしまったのですわどうしてくれやがりますのナイスバルク!」
「……ええ……?」
困惑しかない。何だか良く分からんがご令嬢が大変興奮して尻尻尻穴お尻穴連発してたことだけは分かった。だからもう、帰って欲しい。泣きたくなって来た。
「というわけでここは間違いなく『恋と魔法と精霊の約束』、通称『こいまほ』の世界なのです! わたくし、どのルートでも必ずバッドエンドの破滅フラグしかない悪役令嬢シリアナ・ス・ゴーク・オシリスキナなのです! 破滅フラグ回避には聖女候補になることを避けるしかないのです! ですので、魔王陛下にお助けいただきたいのです。どうか! わたくしを助けると思って処女を奪っていただきたいのです!」
「~……ちょっと待て。何一つ分からん。オシリスキナという家名の何がおかしいのだ? シリアナとはそんなに変な名前だろうか? おとめげぇむとは何だ? はめつふらぐとは? 悪役令嬢?」
誰か助けて。むしろ僕を助けて。ナニコレ怖い。人間の公爵令嬢怖い。これ令嬢に乞われるがままおいしくいただいてしまったら賠償請求されるとか討伐されるとかそういうアレじゃないのかコレ。そう、奪え奪え詐欺。恐ろしい。もしもし消費者センター? 公爵令嬢の初めてを返品希望です。
「陛下」
「うん」
「わたくしの父の名前はアナルジダ・ス・ゴーイ・オシリスキナです」
「うん」
「アナルは痔になるものなのでございますのよ?」
シリアナ嬢は何かを堪えるように遠い目で空を見つめた。
「いや分からん。全く意味が分からん」
シリトアに視線で助けを求めるが、相変わらず家臣は宙を眺めている。おいいいい! 僕を助けろよ!
「まずもって帝国の名前からして下ネタなのですわ。アナルファックって。お尻の穴で性行為という意味ですのよ?」
「わあ、わああああああ! と、年頃の娘がそのようなことを申すでない! もうやだ帰りたいできれば帰って欲しい!」
分かったぞ。さてはこれ、新手の攻撃だな? 僕を精神攻撃して疲弊させようという人間の企みに違いない。効果は抜群だ!
「良かろう! そなたに負けた! アイテムを受け取って帰るがよい!」
半泣きである。懇願だ。お願いだからもう帰って欲しい。ここ百年ほど平穏であったとはいえ、今までいくらでも夜中に叩き起こされ冒険者の相手をさせられることもあった。しかし近年一番ツラい。なにこれツラい。美しいご令嬢だけに下ネタ連発されるのツラいマジツラい。ツラいという字は辛いと書くんだぜ。そして辛いって味覚の中では痛覚に近いんだってさ。ココロがイタい。
「それではわたくしは国外追放修道院送り一族没落断罪処刑ざまぁされてしまうのですわ! どうか、わたくしをお助けくださいまし! 天井のシミを数えている間に終わりますので!」
「魔王城の天井にシミなどないっ! 帰りたまえ!」
細い指が僕の肩をむんずと掴む。えっ、ちょ、何これ力強い怖い怖い。貴族令嬢の力強い怖い。
「いやぁ! おとうさんおかあさん、汚されるぅ!」
「陛下! 貴様、陛下から手を離せ!」
ちょ、痛い痛い痛い、何この令嬢マジで力強い。魔王の必死の抵抗にびくともしないとか超怖い。ヤダ怖い。魔王もう限界。泣く。号泣。
「助けてトア!」
「陛下ぁ!」
「夜空を映した湖面のように艶やかな御髪、黄金色とのみ讃えるにはあまりにも美しい深く匂い立つ燃えるような琥珀色の瞳、攻略が難しいと評判の二周目以降開放の隠しキャラだから何度リセットを繰り返したことか! 魔王降臨スチルは鎧姿でしたのにお美しい正装が見られるなんてさすがは現実、大興奮ですわ! 大丈夫、陛下は寝ているだけですぐに済みます! 先っぽだけ! 先っぽだけですわ!」
「童貞だからあくまでも参考値はソロプレイのみの話だが、僕はそんなに早漏ではないッ!」
無礼であるぞ、痴れ者め!
あかん、恐怖のあまり本心の方が口から出てしまった。助けて何これ怖い泣く。
冷たい魔王の間の床に押し倒される。遠くへ放り投げられたジュストコールが視界の端でやけにゆっくりと落ちて行く気がした。ジレを無理矢理引っ張られてボタンが弾け飛ぶ。やめろ、なけなしの金で仕立てた一張羅なのだぞ。鼻息荒くのしかかるシリアナ嬢をシリトアが押し留めようとして腕の一振りで吹き飛ばされて行く。
「令嬢怖い令嬢怖いもうアイテム受け取って帰ってぇ!」
胸を押さえてうつ伏せに床へ丸くなる。知らなかった、生き物というのは襲われて裸にされそうになると無意識に胸を隠すらしい。シリアナ嬢は僕のブリーチズへ手をかけ、低い声で囁いた。
「うふふふふ。大丈夫、痛くしませんわ」
「いやあああああああ! もうすでに痛いし怖い!」
何で? 何でなん? こんな細い腕で簡単に上へ下へ床を転がされるとかなにこれほんとつらい。仰向けにされ、腕を押さえられ太腿に膝で乗られて完全に動きを封じられる。ここまで体感、数秒である。
「顔が、顔がいい……っ! 生陛下ハァハァですわ……っ!」
顔に大量の鼻血が零れ落ちて来る。鼻血まみれのご令嬢にのしかかられる恐怖を君は知っているか。
「こわぁい、人間こわぁい、やだトア助けて汚されるぅぅぅぅぅ!」
僕は。
魔王の間にシリトアを置き去りにして、魔法で城に逃げ帰ったのである。
ところでここ百年ほどはラストダンジョン最深部まで踏破する人間が現れていないとはいえ、魔王の間に誰か来そうになったらいついかなる時も魔王には分かるようになっている。魔王の間に誰かが居る時も広間の様子が筒抜けである。魔王の間の様子を見るための水晶球に映し出された様子に、僕は泣きながら一晩中謝り続けた。シリトアを引き摺りながら玉座の後ろの壁を探るシリアナ嬢。悪夢である。
「陛下ぁ~? 開けてくださいませ~? 怖くございませんよ~?」
いや怖いよ! 恐怖でしかないよ! 呪われた剣あげたじゃん! 帰れよ! 童貞の呪いに呪われろこんちきしょー!
「分かりましたわ。わたくし夢見がちな童貞への配慮が足りませんでした。殿方は意外とロマンチストと言いますものね。ベッド。ベッドですわね? わたくしとしたことが気が付きませんでしたわ。天蓋付きのベッドをご用意しなくては。また参ります!」
「いやああああ、来ないでえええええええええええ!」
童貞は繊細なんだぞ! こんな恐ろしい状況で勃つものも勃たんわ夢見がちな童貞ナメるなよ!
シリアナ嬢が居なくなり、ようやく戻って来たシリトアは美しい黒髪が見事な白髪に変わっていた。ちなみに魔王の間はご令嬢の鼻血で血まみれだった。こんな惨事になった魔王の間見るの、僕初めて。
「ト、トア……」
「陛下……お恨みいたします……」
「ご、ごめん……」
だって怖かったんだもん。また来るとか不吉なことを言っていたが、出て行かなければいいのだ。魔王の仕事など知ったことか。あんな恐ろしい令嬢が居るとは思わなかった。人間怖い。もう魔界に引きこもる。
「トア……」
「はい」
「僕もう、魔王辞める」
「……もう人間と関わるのやめましょう、陛下」
「うん」
二人押し黙って執務室で黙々と書類を片付ける。部下に呼ばれてシリトアが部屋を出てしばらく経つと、扉がノックされた。
「入れ」
書類にサインをしながら入って来た人物へ目を向ける。顔を上げるとそこには、人の姿をした恐怖が笑みを浮かべていた。
「いえ、こちらへはわたくし一人で参りました」
「……」
なぜそんな頑なに。口を開きかけた僕へ、ご令嬢は金色に輝く手のひら大のプレートを、おい今どこから出したそのプレート。スカートの中にちらっと見えた暗器の数々は一体なんだ。だからか。だからバッスルスタイルのドレスなのか。暗器なしでも結構な重さの衣装だろうが。暗器込みなら一体どれほどの重量になるというのだ。
「わたくし、特S級冒険者の資格を所持しておりまして」
「と、特S……?」
意味が飲み込めない僕にシリトアがそっと耳打ちする。
「人間が定めた冒険者のランクは下からD級、C級、B級、A級、S級とございます。特S級とは国が認めた勇者に匹敵する冒険者にのみ授与されるランクでございます。ここ二十年ほど、特S級冒険者は該当者なしで空位のはずですが……」
「はい。わたくしの身分のこともあり、秘密にしていただいております」
見るからに気品に溢れた立ち振る舞いである。そこそこの地位を築いている家柄の令嬢だろうことは想像に難くない。興味湧いちゃうじゃん。魔界は娯楽が少ないんだよね! 卑しい野次馬根性を隠し、一つ咳払いをして仕切り直す。
「で、私に何用か」
「はい。大変に不躾なお願いですが、魔王陛下にわたくしの処女を奪っていただきたく馳せ参じた次第でございます」
はい? ショジョヲウバッテイタダキタクハセサンジタシダイデゴザイマス?
無意識にシリトアを見つめた。忠臣もどこか遠くと交信して何かを検索中らしく、反応がない。
「すまんな。どうやら私の聞き間違いらしい。もう一度聞いても良いか」
首を傾ける。さらり、さらりと流れる僕の髪にご令嬢は両手で顔を覆った。
「ぎゅんっ国宝級顔面っ」
何この子。ちょいちょい変わった鳴き声出すやん? 怖い。
「はい。ですので、魔王さまにおかれましてはわたくしの『はじめて』を奪っていただきたくこうして馳せ参じた次第なのです」
「なっ、なっ、なっ、なああああああああああ?」
「はわわ照れ貌魅惑のマーメイドおおおおお! これはもう顔面世界遺産決定ですわ! 世界の宝ですのよ!」
何か知らないけどご令嬢も大変興奮しているがそれどころではない。
魔王になって二千年余り。魔界には当然だが魔物しかいない。人型をした魔物は上位種だが大変珍しい。シリトアのように人型の魔物は大抵が貴族である。そう。強者であると同時に数が少ないのだ。何が言いたいかというと、魔王と言えど人型の魔物とおいそれと遊ぶわけにもいかず、つまり。
「童貞にはとてもじゃないがお受けできない提案なのだが?」
あっ。ヤベ。驚き過ぎて正直な感想が口から転び出てしまった。真顔である。ところが令嬢はとても嬉しそうに微笑んで手を叩いた。
「ではわたくしと陛下は、初めて同士ですわね」
何だよ笑うとかわいいじゃないか。いやいや、ときめいている場合じゃない。
「おっふ……。うむ、どんな理由があるか知らぬが年頃の若い娘が簡単に処女を奪えとかそんなこと言ってはならぬ。正直童貞には荷が重い」
動揺が半端なくて言わなくてもいい本音がつい出てしまう。だってそんなの、本気になっちゃったらどうしてくれるんだ責任取って嫁に来てくれるのか! いいのか惚れてしまうぞ! 僕が!
頭を抱えつつとにかく情報を整理することにした。
「何故そんな結論に至ったのか聞いてもいいか?」
「もちろんです。陛下におかれましては突然のことと思われますので」
当たり前である。これまで昼夜問わず戦えと言われたことは多々あれど、抱いてくれと迫られたことなど一度もない。人生唯一のモテ期到来なのではないだろうか。怖い。そんな童貞の夢みたいなことがあってたまるか。童貞は疑い深いのだ。童貞、騙されない。だって童貞だもん。
「まず初めに、君の名前を聞いても良いだろうか」
「はい。わたくしアナルファック帝国より参りました、シリアナ・ス・ゴーク・オシリスキナと申します」
「あっ、はい。ご丁寧にどうも。魔王アナルパァルです」
「公爵家ご令嬢でございます」
通信障害を起こしていたシリトアが、持ち直して僕へ耳打ちをする。さすが吸血鬼一族の中でも名門中の名門、デイク家の長男シリトア・ナル・デイクである。
「アナルファック帝国の公爵家令嬢は、現在オシリスキナ公爵家のご令嬢のみです」
小さく頷いて見せる。確か帝国に三つしかない公爵家のうちの一つだ。
「シリアナ嬢。何ゆえ私に貞操を捧げるなどと言い出すのか」
「それでございます」
どれだ。全く分からん。説明して欲しい。泣きたい気持ちを押し殺して厳かに頷き、続きを促す。魔王泣かない。だって魔王だもん。
「わたくし、この世界とは違う世界で生きていた記憶があるのでございます。この世界はわたくしが前世でハマっていた乙女ゲームの世界なのですわ。その証拠にこの国の名付けが尻だの穴だのアナルだの全部下ネタなのでございますの」
「うむ分からん」
なんて? この子がおかしいのか僕がおかしいのか教えて欲しい。家臣を見やるがシリトアはすでに思考を放棄して宙を見ている。あかん。忠臣が壊れた。
「まずもうわたくしの名前から、公爵家の家名から下ネタなのですわ。お尻好きな尻穴なんて名前、間違えようがないのですわ。『匂い立つ美しさのシリアナ様』とかそりゃ尻の穴ですもの臭いますわよ当たり前ですのよ。アナルファックとかエロアナルとかアナルアルトとかシリアナルとか、尻にアナルはあるでしょうよそりゃだってお尻の穴ですもの女神がオシリアナとかどれだけお尻が好きなんですのシナリオライターはアホなのかですわ! いいえアホなのですわね! もし出会うことがあったのなら迷いなくお殴り申し上げますのよ! 笑いを堪えすぎて腹筋が六つに割れてしまったのですわどうしてくれやがりますのナイスバルク!」
「……ええ……?」
困惑しかない。何だか良く分からんがご令嬢が大変興奮して尻尻尻穴お尻穴連発してたことだけは分かった。だからもう、帰って欲しい。泣きたくなって来た。
「というわけでここは間違いなく『恋と魔法と精霊の約束』、通称『こいまほ』の世界なのです! わたくし、どのルートでも必ずバッドエンドの破滅フラグしかない悪役令嬢シリアナ・ス・ゴーク・オシリスキナなのです! 破滅フラグ回避には聖女候補になることを避けるしかないのです! ですので、魔王陛下にお助けいただきたいのです。どうか! わたくしを助けると思って処女を奪っていただきたいのです!」
「~……ちょっと待て。何一つ分からん。オシリスキナという家名の何がおかしいのだ? シリアナとはそんなに変な名前だろうか? おとめげぇむとは何だ? はめつふらぐとは? 悪役令嬢?」
誰か助けて。むしろ僕を助けて。ナニコレ怖い。人間の公爵令嬢怖い。これ令嬢に乞われるがままおいしくいただいてしまったら賠償請求されるとか討伐されるとかそういうアレじゃないのかコレ。そう、奪え奪え詐欺。恐ろしい。もしもし消費者センター? 公爵令嬢の初めてを返品希望です。
「陛下」
「うん」
「わたくしの父の名前はアナルジダ・ス・ゴーイ・オシリスキナです」
「うん」
「アナルは痔になるものなのでございますのよ?」
シリアナ嬢は何かを堪えるように遠い目で空を見つめた。
「いや分からん。全く意味が分からん」
シリトアに視線で助けを求めるが、相変わらず家臣は宙を眺めている。おいいいい! 僕を助けろよ!
「まずもって帝国の名前からして下ネタなのですわ。アナルファックって。お尻の穴で性行為という意味ですのよ?」
「わあ、わああああああ! と、年頃の娘がそのようなことを申すでない! もうやだ帰りたいできれば帰って欲しい!」
分かったぞ。さてはこれ、新手の攻撃だな? 僕を精神攻撃して疲弊させようという人間の企みに違いない。効果は抜群だ!
「良かろう! そなたに負けた! アイテムを受け取って帰るがよい!」
半泣きである。懇願だ。お願いだからもう帰って欲しい。ここ百年ほど平穏であったとはいえ、今までいくらでも夜中に叩き起こされ冒険者の相手をさせられることもあった。しかし近年一番ツラい。なにこれツラい。美しいご令嬢だけに下ネタ連発されるのツラいマジツラい。ツラいという字は辛いと書くんだぜ。そして辛いって味覚の中では痛覚に近いんだってさ。ココロがイタい。
「それではわたくしは国外追放修道院送り一族没落断罪処刑ざまぁされてしまうのですわ! どうか、わたくしをお助けくださいまし! 天井のシミを数えている間に終わりますので!」
「魔王城の天井にシミなどないっ! 帰りたまえ!」
細い指が僕の肩をむんずと掴む。えっ、ちょ、何これ力強い怖い怖い。貴族令嬢の力強い怖い。
「いやぁ! おとうさんおかあさん、汚されるぅ!」
「陛下! 貴様、陛下から手を離せ!」
ちょ、痛い痛い痛い、何この令嬢マジで力強い。魔王の必死の抵抗にびくともしないとか超怖い。ヤダ怖い。魔王もう限界。泣く。号泣。
「助けてトア!」
「陛下ぁ!」
「夜空を映した湖面のように艶やかな御髪、黄金色とのみ讃えるにはあまりにも美しい深く匂い立つ燃えるような琥珀色の瞳、攻略が難しいと評判の二周目以降開放の隠しキャラだから何度リセットを繰り返したことか! 魔王降臨スチルは鎧姿でしたのにお美しい正装が見られるなんてさすがは現実、大興奮ですわ! 大丈夫、陛下は寝ているだけですぐに済みます! 先っぽだけ! 先っぽだけですわ!」
「童貞だからあくまでも参考値はソロプレイのみの話だが、僕はそんなに早漏ではないッ!」
無礼であるぞ、痴れ者め!
あかん、恐怖のあまり本心の方が口から出てしまった。助けて何これ怖い泣く。
冷たい魔王の間の床に押し倒される。遠くへ放り投げられたジュストコールが視界の端でやけにゆっくりと落ちて行く気がした。ジレを無理矢理引っ張られてボタンが弾け飛ぶ。やめろ、なけなしの金で仕立てた一張羅なのだぞ。鼻息荒くのしかかるシリアナ嬢をシリトアが押し留めようとして腕の一振りで吹き飛ばされて行く。
「令嬢怖い令嬢怖いもうアイテム受け取って帰ってぇ!」
胸を押さえてうつ伏せに床へ丸くなる。知らなかった、生き物というのは襲われて裸にされそうになると無意識に胸を隠すらしい。シリアナ嬢は僕のブリーチズへ手をかけ、低い声で囁いた。
「うふふふふ。大丈夫、痛くしませんわ」
「いやあああああああ! もうすでに痛いし怖い!」
何で? 何でなん? こんな細い腕で簡単に上へ下へ床を転がされるとかなにこれほんとつらい。仰向けにされ、腕を押さえられ太腿に膝で乗られて完全に動きを封じられる。ここまで体感、数秒である。
「顔が、顔がいい……っ! 生陛下ハァハァですわ……っ!」
顔に大量の鼻血が零れ落ちて来る。鼻血まみれのご令嬢にのしかかられる恐怖を君は知っているか。
「こわぁい、人間こわぁい、やだトア助けて汚されるぅぅぅぅぅ!」
僕は。
魔王の間にシリトアを置き去りにして、魔法で城に逃げ帰ったのである。
ところでここ百年ほどはラストダンジョン最深部まで踏破する人間が現れていないとはいえ、魔王の間に誰か来そうになったらいついかなる時も魔王には分かるようになっている。魔王の間に誰かが居る時も広間の様子が筒抜けである。魔王の間の様子を見るための水晶球に映し出された様子に、僕は泣きながら一晩中謝り続けた。シリトアを引き摺りながら玉座の後ろの壁を探るシリアナ嬢。悪夢である。
「陛下ぁ~? 開けてくださいませ~? 怖くございませんよ~?」
いや怖いよ! 恐怖でしかないよ! 呪われた剣あげたじゃん! 帰れよ! 童貞の呪いに呪われろこんちきしょー!
「分かりましたわ。わたくし夢見がちな童貞への配慮が足りませんでした。殿方は意外とロマンチストと言いますものね。ベッド。ベッドですわね? わたくしとしたことが気が付きませんでしたわ。天蓋付きのベッドをご用意しなくては。また参ります!」
「いやああああ、来ないでえええええええええええ!」
童貞は繊細なんだぞ! こんな恐ろしい状況で勃つものも勃たんわ夢見がちな童貞ナメるなよ!
シリアナ嬢が居なくなり、ようやく戻って来たシリトアは美しい黒髪が見事な白髪に変わっていた。ちなみに魔王の間はご令嬢の鼻血で血まみれだった。こんな惨事になった魔王の間見るの、僕初めて。
「ト、トア……」
「陛下……お恨みいたします……」
「ご、ごめん……」
だって怖かったんだもん。また来るとか不吉なことを言っていたが、出て行かなければいいのだ。魔王の仕事など知ったことか。あんな恐ろしい令嬢が居るとは思わなかった。人間怖い。もう魔界に引きこもる。
「トア……」
「はい」
「僕もう、魔王辞める」
「……もう人間と関わるのやめましょう、陛下」
「うん」
二人押し黙って執務室で黙々と書類を片付ける。部下に呼ばれてシリトアが部屋を出てしばらく経つと、扉がノックされた。
「入れ」
書類にサインをしながら入って来た人物へ目を向ける。顔を上げるとそこには、人の姿をした恐怖が笑みを浮かべていた。
0
あなたにおすすめの小説
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
前世ブラックOLの私が転生したら悪役令嬢でした
タマ マコト
ファンタジー
過労で倒れたブラック企業勤めのOLは、目を覚ますと公爵令嬢アーデルハイトとして転生していた。しかも立場は“断罪予定の悪役令嬢”。だが彼女は恋愛や王子の愛を選ばず、社交界を「市場」と見抜く。王家の財政が危ういことを察知し、家の莫大な資産と金融知識を武器に“期限付き融資”という刃を突きつける。理想主義の王太子と衝突しながらも、彼女は決意する――破滅を回避するためではない。国家の金脈を握り、国そのものを立て直すために。悪役令嬢の経済戦争が、静かに幕を開ける。
転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!
木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。
胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。
けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。
勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに……
『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。
子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。
逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。
時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。
これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる