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二 「バッドエンドしかない」という悪役令嬢とやらの領地で暮らすことになったのだが、聞いて欲しい
二の1
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「シシィ~! パパによくお顔を見せておくれ! ああ、何てかわいいんだパパの大事な大事なかわいいシシィ、パパの地上に一つしかない宝石姫」
オシリスキナ領の領主が住まう城塞都市、ドエロミナに到着するなり二メートル以上ある熊に襲われた。熊なのに明るい金色の毛、フラクスンだ。ところがシリアナ嬢は熊に抱きついて嬉しそうである。
「お父さま……!」
シリアナ嬢、シリアナ嬢。その熊喋ってる。あはは。うふふ。笑いながらものすごい勢いで高速回転する熊とシリアナ嬢。高速回転する二人を見ていたら目が回って気分が悪くなって来た。
熊の飼い主だろうか。背後からやってきたフルアーマーの騎士が、熊を引き剥がしてシリアナ嬢を抱き上げた。
「お母さま。大事な社交シーズンだと言うのに戻って来てごめんなさい」
「いいさ。金のある奴らはどうせ冬になったらこぞってドエロミナへ来るのだから、ドエロミナにとっての社交シーズンは冬が本番だ。お帰り、シシィ。さぁ、久しぶりにこの母と超絶高い高いしようではないか!」
優しい声音だが最後がおかしい。声からしてご婦人だろう。フルアーマーで完全武装しているが、まるで薄布でも纏っているかのように軽やかな動きである。混乱する僕の前で、フルアーマーのご婦人がシリアナ嬢を空へ放り投げた。シリアナ嬢が見る見る小さくなって行く。
ちなみにシリアナ嬢は今日も、暗器満載バッスルスタイルのドレス姿である。
「おかあさまぁぁぁ」
「シシィ~!」
天へ高く突き出されたご婦人の手を掴んで、シリアナ嬢が倒立している。ちょ、シリアナ嬢おおおおおおおおおおおおおお! 足が! 丸見えでしょうが! 君、仮にも公爵令嬢でしょうが! 足を! 隠しなさいはしたない! ドロワースを隠しなさい! 僕は断じてシリアナ嬢のドロワースがシンプルな白だったことなど見ていない! 見てないったら!
ナニコレ。人間の親子ってこんな再会の喜びの表し方するの。周りの騎士たちもにこにこ見守っている。いやこれおかしいよね? え? これが普通なの? 戸惑う僕を置き去りに、ご婦人はいつの間にか熊も宙に放り投げ、シリアナ嬢と熊を交互に受け止めている。僕以外は和やかに眺めているが、これおかしな風景だよね? 普通じゃないよね?
「ごめんなさい、エイン。お父さまもお母さまも久しぶりだからはしゃいでしまったようですわ」
うん。お母さまはフルアーマーだが人間っぽい外見だから分かる。けどひょっとして、あの熊がお父さまか? 本気か? そうなるとシリイタイ兄弟の言っていた子熊は大げさではないのではないだろうか。シリアナ嬢がどういう過程で子熊から今のご令嬢に進化したのか全く分からない。「子熊=越えられない進化の壁=シリアナ嬢」の間が想像力豊かな童貞である僕にすら埋められない。
「ふむ。彼がエリィの手紙にあったエイン君だね」
ご婦人がフルアーマーのヘルメットを外した。白に近いトウヘッドが風に煽られて広がる。シリアナ嬢にそっくりの少しキツめに整ったアースアイの美貌が破顔した。碧と青に黄色の混じった瞳はまるで燃えているようだ。不思議な雰囲気のある人物である。威圧感、というのだろうか。王者にしかない覇気のようなものが抑えても漏れ出している。
「おやおや。シシィはわたくしに似て面食いだね?」
「あっはっはご冗談を。僕は熊だったことは一度もありません」
「おや? アナルジダは今は熊だが髭さえ剃ったらとてもハンサムなのだよ? ちょっと国境付近で盗賊を討伐していてね。一ヵ月ほど野外で生活していたらこの有様だ」
今は熊なんだ。そこは否定しないのか。
「パパは許しませんよ! かわいいシシィが自ら連れて来たとはいえ、こんな美形を傍に置くなんて! パパよりいい男を連れて来ないと結婚など許さないとは確かに言ったがさすがパパのかわいいシシィ、有言実行が過ぎる優秀ぅぅ! 我が娘大変有能ぉぉぉ! 勝負しなさい!」
向けられた剣先から一歩横へずれる。淫らな肛門令息よりさらに関わり合いになりたくないタイプだ。
「お父さま、剣を人に向けたら危険ですのよ」
切っ先を人差し指と親指で挟んで折り畳み、シリアナ嬢がふわりと微笑む。折り目がきっちり三センチ単位である。
「お父さま、とにかくお話がありますので城の中へ参りましょう?」
「シシィ~、パパが肩車してあげようね」
「お父さま、わたくしもう肩車していただくほど子供ではございませんわ」
「シリネーゼ、私のかわいいシリアナが反抗期だ! どうしよう! パパお口臭い、パパのパンツと一緒に私の服を洗わないでとか言うやつだ! かわいいシシィに嫌われたらもう生きていけない!」
「このわたくしが愛しているというのに、生きて行けないのか? アナルジダ」
「生きる」
「そうだ。わたくしが生きている限り、わたくしを愛し続け生きるのが君の役目だろう? アナルジダ。愛しいあなた」
「シリネーゼ」
「あなた」
「シリネーゼ、私の女神」
「アナルジダ、我が命の炎」
濃厚なキスを始めたシリアナ嬢の両親から目を背ける。止めてやれよ、子供の前だろ。シリアナ嬢もそっと目を背けているじゃないか。やっぱダメだ。エロアナル令息と同じ香りがぷんぷんする。
「あの……何かすみませんうちの両親が……。こうなると小一時間離れてくれなくて……」
「いや、気にしなくていい。苦労……しているのだな」
「お気遣い痛み入りますわ……」
終わりそうにない濃厚なキスシーンに、気まずさが限界を突破したのだろう。シリアナ嬢が思い付いたという様子で付け加えた。
「ちなみに父の名前はわたくしの前世住んでいた国の言語で尻の穴が痔だ、という意味で、母は尻がないという意味ですのよ」
「あ、うん」
いや、うん。別にそこが聞きたかったわけではない。シリアナ嬢のお父上の尻の穴が痔だとか、お母上の尻がないとか、できれば聞きたくなかった。君の一族は尻に呪われているのか。いや、この世界では普通の名づけだが。
すっかり何かが削られた僕は、削れた何かをため息と共に吐き出した。いたたまれない。
「荷物を運ぼうか、シリアナ嬢」
「あ、はい。お願いいたしますわ」
荷解きが終わる頃には話ができる……といいな。しかしこんなご両親でオシリスキナ家には子供が二人しかいないとは不思議だな。顔に出ていたのだろう。シリアナ嬢は恥ずかしそうに顔を伏せながら、自分の鞄を持った。受け取ろうと手を出して、その重さに肩が抜けそうになる。
「実はわたくしの下に次男が居りまして」
むしろこのいちゃいちゃぶりから三人しか子供が居ないことの方が不思議だ。さして驚くこともなく、シリアナ嬢の話に頷く。
「そうか」
エロアナル令息似か、シリアナ嬢似か、熊なのかどれだ。できれば人の姿であってくれ。シリアナ嬢は片手を胸へ当て、目尻を下げた。
「端的に言って天使なのですわ」
「おねいちゃま!」
子供特有の高い声に目を向ける。走り寄って来た小さな影は、やはりシリアナ嬢そっくりのトウヘッドである。愛らしさを体現したような垂れ気味の瞳、大きな虹彩はペリドット。幼いながらにすでに完成された美が凝縮された甘やかな容姿。小さな体には愛くるしさが詰まっている。
弟に抱きつかれて荷物を持つ手を離したシリアナ嬢のお陰で、僕の肩は完全に脱臼した。何が入っているんだこの小さな鞄の中に納まるような重量じゃないぞこれ。
「エイン。我が家の天使、ロシィですわ。ロシィ、ご挨拶できるかしら?」
「はじめまして。エロシリダ・キワメ・テ・オシリスキナですっ」
「天使なのに極めてお尻が好きなエロ尻だなんて神を呪いますわ! シリアナ、エロアナル、エロシリダ……! みんな違ってみんなケツなのでございますわ……ッ!」
うん。うん? またか。またなのか。君の一族は尻から離れられない運命なのか。気にせず天使に向き直る。
「初めまして、エロシリダ様。僕はエイン・ナゾルト・カイカーン。シリアナ嬢の護衛兼従者兼協力者でございます」
「ほわぁ……おねいちゃま、エインはおかおがとってもきれいですぅ。ロシィ、でんかよりエインのほうがすきです」
「まぁ、ロシィ。アホ殿下と比べてはエインに失礼と言うものですのよ?」
はっきりアホ殿下って言ったな。肩を戻しつつ、天使に跪いて見せた。
「おいくつですか、ご令息」
「いつちゅです!」
にこにこ笑顔で言い放ったが、立てた指は四本だ。つまり五歳になったばかりなのだろう。かわいい。なるほど天使だ。
「ではエロシリダご令息。僕がご令息を肩車する名誉をお許しいただけますか?」
「うわあい! よろしいのですか、エイン」
「ええ、ぜひ」
「おねがいします!」
ぱああ、と笑顔になった天使を肩車するべく向かい合う。抱っこされ慣れた様子で両手を伸ばす様かわいい。うわぁ、お手々も体もやわらかぁい。なにこの生き物かわいい。このまま育ってくれ。素手で剣を折るような熊に育たないで欲しい。
「端的に言って天使でございましょう?」
「うん、かわいい。何でこんなにかわいい弟を置いて王都に行ったんだシリアナ嬢」
「その発想がなかったのですわ。これからは天使を愛で放題ですのね。感謝いたしますわ、エイン」
「エロシリダお坊ちゃまは、エロアナルお坊ちゃまの小さい頃に瓜二つなのでございます」
背後から声がして飛び退る。何この人! 一切気配がなかったんですけど!
「エイン、オシリスキナ家のハウス・スチュワードですわ」
「初めまして。屋敷を管理しております家令のボールギャグ・ヨダ・レタレルと申します」
「SМですのよ……」
うん。分からんがまた尻だの尻の穴だの関連なんだろうなぁ。遠い目をしているシリアナ嬢を無視して軽く会釈する。だって肩車してる天使が落ちちゃうから。
「初めまして。エイン・ナゾルト・カイカーンと申します。エインとお呼びください」
「わたくしの護衛兼従者兼協力者ですの。最大限に礼を尽くしてくださいませね」
「かしこまりました。エイン様、お嬢さまのお荷物はわたくしめがお運びいたしましょう」
「あ、でもこれ激重で……」
どう見ても初老の紳士全白髪のボールギャグが、片手で荷物を受け取った。何なのこの家の人間。主から家令まで筋肉お化けだらけか。僕がひ弱に思えてくる。
オシリスキナ領に着いてまだ一時間経たない。肩車している天使以外は皆、規格外の筋肉ばかりなのだが。この天使もそのうち規格外筋肉になってしまうのだろうか。この世はなんと無常なのだろう。天使はきらきらした目で僕を見ている。
「おねいちゃま、エインはうつくしいうえにかれんなのですね」
「ええ、ロシィ。お美しい上に可憐なのですわ。筋肉とお金はございませんけれども、お顔の美しさと心と股間の清らかさはこの世の誰よりもお持ちなのですよ。それに筋肉とお金以外では誰にも負けませんの。オシリスキナ領の男性は皆、熊か野獣なので可憐なエインをロシィも守って差し上げてね」
「すごぉい! きんにくはないのにおつよいのですね!」
「ええ、お金と筋肉はありませんがお強いのですよ」
おいシリアナ嬢。さらっと何度も金はないって言ったな? ないけど。筋肉もないけど。あるのは清らかな心と股間だけで悪かったな! 君その金と筋肉のない魔王に助けてもらおうとしてるんだぞいいのかっ!
「熊は、見飽きたのですわ……」
シリアナ嬢だってかつて子熊だったのでは。喉まで出かかった言葉を苦労して飲み込む。
「あ……うん。いやでもアホ殿下は熊じゃないんじゃないのか?」
「熊ではなくても、アホなのですよ?」
「……う、うん……?」
いやでもアホ殿下は一応、聖女が惚れる相手だろう。いいところが一つもないとかそんなわけないだろう。聖女はそんなに男の趣味が悪いのか。それとも男なら誰でもいい感じのあれかそれか。
「百歩譲って脳筋なのならばまだ納得ができますわ。体を鍛え過ぎた結果ならば脳筋は努力の結晶と言えます。けれど、脳筋でもないのにアホだなんてただのアホではございませんこと?」
厳しいなシリアナ嬢。ちょっとアホ殿下が気の毒になって来た。というかアホ殿下と言い過ぎてアホ殿下の名前を忘れかけている僕が居る。よいこのみんなはアホ殿下のフルネームを思い出せるかな? はい、言ってごらん。そうだね、アホ殿下はアホ殿下だね。
僕はアホ殿下の名前を思い出すことを放棄した。
「お父さまは熊ですけれども、身なりを整えればハンサムですしお金もありますし、何より一途にお母さまを愛しておられます。尊敬しておりますのよ」
悪かったな、金も筋肉もない童貞で。我、魔王ぞ? 真顔でシリアナ嬢の後を付いて行く。何だろう、何でこんなにみじめな気持ちになっているんだ僕は。無言になった僕に気を使ったのか、シリアナ嬢は何やら不思議な笑みで慰めの言葉を口にした。
「エインはそれらを帳消しにするほど美形なのでご安心なさってくださいませ」
「褒められている気がしない」
「美しさが天元突破ですのよ」
金も筋肉もないけどな! 拗ねてなんかないぞ! あと君、僕が今エロシリダ令息を肩車していて手が出せないからって尻を揉むのはやめたまえ。天使に姉が変態だということを知らせたくないので黙っている僕の気づかいを、逆手に取るのは卑怯だぞシリアナ嬢。ちょ、割れ目に指を入れるのはやめなさいっ! 本気で怒るぞ、魔王おこですよ!
オシリスキナ領の領主が住まう城塞都市、ドエロミナに到着するなり二メートル以上ある熊に襲われた。熊なのに明るい金色の毛、フラクスンだ。ところがシリアナ嬢は熊に抱きついて嬉しそうである。
「お父さま……!」
シリアナ嬢、シリアナ嬢。その熊喋ってる。あはは。うふふ。笑いながらものすごい勢いで高速回転する熊とシリアナ嬢。高速回転する二人を見ていたら目が回って気分が悪くなって来た。
熊の飼い主だろうか。背後からやってきたフルアーマーの騎士が、熊を引き剥がしてシリアナ嬢を抱き上げた。
「お母さま。大事な社交シーズンだと言うのに戻って来てごめんなさい」
「いいさ。金のある奴らはどうせ冬になったらこぞってドエロミナへ来るのだから、ドエロミナにとっての社交シーズンは冬が本番だ。お帰り、シシィ。さぁ、久しぶりにこの母と超絶高い高いしようではないか!」
優しい声音だが最後がおかしい。声からしてご婦人だろう。フルアーマーで完全武装しているが、まるで薄布でも纏っているかのように軽やかな動きである。混乱する僕の前で、フルアーマーのご婦人がシリアナ嬢を空へ放り投げた。シリアナ嬢が見る見る小さくなって行く。
ちなみにシリアナ嬢は今日も、暗器満載バッスルスタイルのドレス姿である。
「おかあさまぁぁぁ」
「シシィ~!」
天へ高く突き出されたご婦人の手を掴んで、シリアナ嬢が倒立している。ちょ、シリアナ嬢おおおおおおおおおおおおおお! 足が! 丸見えでしょうが! 君、仮にも公爵令嬢でしょうが! 足を! 隠しなさいはしたない! ドロワースを隠しなさい! 僕は断じてシリアナ嬢のドロワースがシンプルな白だったことなど見ていない! 見てないったら!
ナニコレ。人間の親子ってこんな再会の喜びの表し方するの。周りの騎士たちもにこにこ見守っている。いやこれおかしいよね? え? これが普通なの? 戸惑う僕を置き去りに、ご婦人はいつの間にか熊も宙に放り投げ、シリアナ嬢と熊を交互に受け止めている。僕以外は和やかに眺めているが、これおかしな風景だよね? 普通じゃないよね?
「ごめんなさい、エイン。お父さまもお母さまも久しぶりだからはしゃいでしまったようですわ」
うん。お母さまはフルアーマーだが人間っぽい外見だから分かる。けどひょっとして、あの熊がお父さまか? 本気か? そうなるとシリイタイ兄弟の言っていた子熊は大げさではないのではないだろうか。シリアナ嬢がどういう過程で子熊から今のご令嬢に進化したのか全く分からない。「子熊=越えられない進化の壁=シリアナ嬢」の間が想像力豊かな童貞である僕にすら埋められない。
「ふむ。彼がエリィの手紙にあったエイン君だね」
ご婦人がフルアーマーのヘルメットを外した。白に近いトウヘッドが風に煽られて広がる。シリアナ嬢にそっくりの少しキツめに整ったアースアイの美貌が破顔した。碧と青に黄色の混じった瞳はまるで燃えているようだ。不思議な雰囲気のある人物である。威圧感、というのだろうか。王者にしかない覇気のようなものが抑えても漏れ出している。
「おやおや。シシィはわたくしに似て面食いだね?」
「あっはっはご冗談を。僕は熊だったことは一度もありません」
「おや? アナルジダは今は熊だが髭さえ剃ったらとてもハンサムなのだよ? ちょっと国境付近で盗賊を討伐していてね。一ヵ月ほど野外で生活していたらこの有様だ」
今は熊なんだ。そこは否定しないのか。
「パパは許しませんよ! かわいいシシィが自ら連れて来たとはいえ、こんな美形を傍に置くなんて! パパよりいい男を連れて来ないと結婚など許さないとは確かに言ったがさすがパパのかわいいシシィ、有言実行が過ぎる優秀ぅぅ! 我が娘大変有能ぉぉぉ! 勝負しなさい!」
向けられた剣先から一歩横へずれる。淫らな肛門令息よりさらに関わり合いになりたくないタイプだ。
「お父さま、剣を人に向けたら危険ですのよ」
切っ先を人差し指と親指で挟んで折り畳み、シリアナ嬢がふわりと微笑む。折り目がきっちり三センチ単位である。
「お父さま、とにかくお話がありますので城の中へ参りましょう?」
「シシィ~、パパが肩車してあげようね」
「お父さま、わたくしもう肩車していただくほど子供ではございませんわ」
「シリネーゼ、私のかわいいシリアナが反抗期だ! どうしよう! パパお口臭い、パパのパンツと一緒に私の服を洗わないでとか言うやつだ! かわいいシシィに嫌われたらもう生きていけない!」
「このわたくしが愛しているというのに、生きて行けないのか? アナルジダ」
「生きる」
「そうだ。わたくしが生きている限り、わたくしを愛し続け生きるのが君の役目だろう? アナルジダ。愛しいあなた」
「シリネーゼ」
「あなた」
「シリネーゼ、私の女神」
「アナルジダ、我が命の炎」
濃厚なキスを始めたシリアナ嬢の両親から目を背ける。止めてやれよ、子供の前だろ。シリアナ嬢もそっと目を背けているじゃないか。やっぱダメだ。エロアナル令息と同じ香りがぷんぷんする。
「あの……何かすみませんうちの両親が……。こうなると小一時間離れてくれなくて……」
「いや、気にしなくていい。苦労……しているのだな」
「お気遣い痛み入りますわ……」
終わりそうにない濃厚なキスシーンに、気まずさが限界を突破したのだろう。シリアナ嬢が思い付いたという様子で付け加えた。
「ちなみに父の名前はわたくしの前世住んでいた国の言語で尻の穴が痔だ、という意味で、母は尻がないという意味ですのよ」
「あ、うん」
いや、うん。別にそこが聞きたかったわけではない。シリアナ嬢のお父上の尻の穴が痔だとか、お母上の尻がないとか、できれば聞きたくなかった。君の一族は尻に呪われているのか。いや、この世界では普通の名づけだが。
すっかり何かが削られた僕は、削れた何かをため息と共に吐き出した。いたたまれない。
「荷物を運ぼうか、シリアナ嬢」
「あ、はい。お願いいたしますわ」
荷解きが終わる頃には話ができる……といいな。しかしこんなご両親でオシリスキナ家には子供が二人しかいないとは不思議だな。顔に出ていたのだろう。シリアナ嬢は恥ずかしそうに顔を伏せながら、自分の鞄を持った。受け取ろうと手を出して、その重さに肩が抜けそうになる。
「実はわたくしの下に次男が居りまして」
むしろこのいちゃいちゃぶりから三人しか子供が居ないことの方が不思議だ。さして驚くこともなく、シリアナ嬢の話に頷く。
「そうか」
エロアナル令息似か、シリアナ嬢似か、熊なのかどれだ。できれば人の姿であってくれ。シリアナ嬢は片手を胸へ当て、目尻を下げた。
「端的に言って天使なのですわ」
「おねいちゃま!」
子供特有の高い声に目を向ける。走り寄って来た小さな影は、やはりシリアナ嬢そっくりのトウヘッドである。愛らしさを体現したような垂れ気味の瞳、大きな虹彩はペリドット。幼いながらにすでに完成された美が凝縮された甘やかな容姿。小さな体には愛くるしさが詰まっている。
弟に抱きつかれて荷物を持つ手を離したシリアナ嬢のお陰で、僕の肩は完全に脱臼した。何が入っているんだこの小さな鞄の中に納まるような重量じゃないぞこれ。
「エイン。我が家の天使、ロシィですわ。ロシィ、ご挨拶できるかしら?」
「はじめまして。エロシリダ・キワメ・テ・オシリスキナですっ」
「天使なのに極めてお尻が好きなエロ尻だなんて神を呪いますわ! シリアナ、エロアナル、エロシリダ……! みんな違ってみんなケツなのでございますわ……ッ!」
うん。うん? またか。またなのか。君の一族は尻から離れられない運命なのか。気にせず天使に向き直る。
「初めまして、エロシリダ様。僕はエイン・ナゾルト・カイカーン。シリアナ嬢の護衛兼従者兼協力者でございます」
「ほわぁ……おねいちゃま、エインはおかおがとってもきれいですぅ。ロシィ、でんかよりエインのほうがすきです」
「まぁ、ロシィ。アホ殿下と比べてはエインに失礼と言うものですのよ?」
はっきりアホ殿下って言ったな。肩を戻しつつ、天使に跪いて見せた。
「おいくつですか、ご令息」
「いつちゅです!」
にこにこ笑顔で言い放ったが、立てた指は四本だ。つまり五歳になったばかりなのだろう。かわいい。なるほど天使だ。
「ではエロシリダご令息。僕がご令息を肩車する名誉をお許しいただけますか?」
「うわあい! よろしいのですか、エイン」
「ええ、ぜひ」
「おねがいします!」
ぱああ、と笑顔になった天使を肩車するべく向かい合う。抱っこされ慣れた様子で両手を伸ばす様かわいい。うわぁ、お手々も体もやわらかぁい。なにこの生き物かわいい。このまま育ってくれ。素手で剣を折るような熊に育たないで欲しい。
「端的に言って天使でございましょう?」
「うん、かわいい。何でこんなにかわいい弟を置いて王都に行ったんだシリアナ嬢」
「その発想がなかったのですわ。これからは天使を愛で放題ですのね。感謝いたしますわ、エイン」
「エロシリダお坊ちゃまは、エロアナルお坊ちゃまの小さい頃に瓜二つなのでございます」
背後から声がして飛び退る。何この人! 一切気配がなかったんですけど!
「エイン、オシリスキナ家のハウス・スチュワードですわ」
「初めまして。屋敷を管理しております家令のボールギャグ・ヨダ・レタレルと申します」
「SМですのよ……」
うん。分からんがまた尻だの尻の穴だの関連なんだろうなぁ。遠い目をしているシリアナ嬢を無視して軽く会釈する。だって肩車してる天使が落ちちゃうから。
「初めまして。エイン・ナゾルト・カイカーンと申します。エインとお呼びください」
「わたくしの護衛兼従者兼協力者ですの。最大限に礼を尽くしてくださいませね」
「かしこまりました。エイン様、お嬢さまのお荷物はわたくしめがお運びいたしましょう」
「あ、でもこれ激重で……」
どう見ても初老の紳士全白髪のボールギャグが、片手で荷物を受け取った。何なのこの家の人間。主から家令まで筋肉お化けだらけか。僕がひ弱に思えてくる。
オシリスキナ領に着いてまだ一時間経たない。肩車している天使以外は皆、規格外の筋肉ばかりなのだが。この天使もそのうち規格外筋肉になってしまうのだろうか。この世はなんと無常なのだろう。天使はきらきらした目で僕を見ている。
「おねいちゃま、エインはうつくしいうえにかれんなのですね」
「ええ、ロシィ。お美しい上に可憐なのですわ。筋肉とお金はございませんけれども、お顔の美しさと心と股間の清らかさはこの世の誰よりもお持ちなのですよ。それに筋肉とお金以外では誰にも負けませんの。オシリスキナ領の男性は皆、熊か野獣なので可憐なエインをロシィも守って差し上げてね」
「すごぉい! きんにくはないのにおつよいのですね!」
「ええ、お金と筋肉はありませんがお強いのですよ」
おいシリアナ嬢。さらっと何度も金はないって言ったな? ないけど。筋肉もないけど。あるのは清らかな心と股間だけで悪かったな! 君その金と筋肉のない魔王に助けてもらおうとしてるんだぞいいのかっ!
「熊は、見飽きたのですわ……」
シリアナ嬢だってかつて子熊だったのでは。喉まで出かかった言葉を苦労して飲み込む。
「あ……うん。いやでもアホ殿下は熊じゃないんじゃないのか?」
「熊ではなくても、アホなのですよ?」
「……う、うん……?」
いやでもアホ殿下は一応、聖女が惚れる相手だろう。いいところが一つもないとかそんなわけないだろう。聖女はそんなに男の趣味が悪いのか。それとも男なら誰でもいい感じのあれかそれか。
「百歩譲って脳筋なのならばまだ納得ができますわ。体を鍛え過ぎた結果ならば脳筋は努力の結晶と言えます。けれど、脳筋でもないのにアホだなんてただのアホではございませんこと?」
厳しいなシリアナ嬢。ちょっとアホ殿下が気の毒になって来た。というかアホ殿下と言い過ぎてアホ殿下の名前を忘れかけている僕が居る。よいこのみんなはアホ殿下のフルネームを思い出せるかな? はい、言ってごらん。そうだね、アホ殿下はアホ殿下だね。
僕はアホ殿下の名前を思い出すことを放棄した。
「お父さまは熊ですけれども、身なりを整えればハンサムですしお金もありますし、何より一途にお母さまを愛しておられます。尊敬しておりますのよ」
悪かったな、金も筋肉もない童貞で。我、魔王ぞ? 真顔でシリアナ嬢の後を付いて行く。何だろう、何でこんなにみじめな気持ちになっているんだ僕は。無言になった僕に気を使ったのか、シリアナ嬢は何やら不思議な笑みで慰めの言葉を口にした。
「エインはそれらを帳消しにするほど美形なのでご安心なさってくださいませ」
「褒められている気がしない」
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金も筋肉もないけどな! 拗ねてなんかないぞ! あと君、僕が今エロシリダ令息を肩車していて手が出せないからって尻を揉むのはやめたまえ。天使に姉が変態だということを知らせたくないので黙っている僕の気づかいを、逆手に取るのは卑怯だぞシリアナ嬢。ちょ、割れ目に指を入れるのはやめなさいっ! 本気で怒るぞ、魔王おこですよ!
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