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二 「バッドエンドしかない」という悪役令嬢とやらの領地で暮らすことになったのだが、聞いて欲しい
二の6
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ふわふわのリコッタチーズ入りパンケーキに、たっぷりと蜂蜜をかける。とろとろと流れる黄金の蜜に、一欠け乗せたバターが溶けて行く。芸術的じゃん?
「んまい、んまいよエインくんんんん」
「エインさすがですわ、映え確実の美味しさですのよ」
「エイン君、君さては天才だな……?」
「エイン、とってもおいしいですぅ」
そうでしょうとも。そうでしょうとも。もっと褒め称えていいのよ。
「わたくし一枚目が温かいうちに二枚目にたっぷりバターを乗せて溶かしておきたいのです! エイン!」
「かしこまりました」
「ぼくも! ぼくもそれお願いだよ、エインくん!」
「わたくしもだ、エイン君」
「エイン、ロシィもです!」
「かしこまりました」
いい顔するじゃないかオシリスキナ一家。美味しい顔っていいよね。うっとりとパンケーキを食べ、唇を蜂蜜とバターでてっかてかにしている熊と女傑と天使を眺める。
「エインはマフィンも最高なのですよ、お母さま」
「そうか、午後のティータイムを楽しみにしているぞ、エイン君」
午後のティータイムもするつもりなのかこの公爵夫人。いいのか。太るぞ。言わないけど。というかめちゃくちゃスタイルいいな公爵夫人。熊は熊だから分かるけど、熊と一緒に盗賊を討伐してたって言うんだからまぁ納得っちゃ納得か。
「パパも! パパも!」
「ロシィもたのしみです、エイン」
「首都のタウンハウスでも、料理人の仕事を奪いたくないとスイーツのみに専念していたのですわ。エインがメイン料理にも改良を施し始めたらわたくし、エインの食事以外食べられそうにありませんの……」
「恐ろしいが、期待してしまうなそれは」
「エインくんにドエロミナ城の料理人を鍛えてもらうしかないと、パパは思う」
「エインがおやつだけじゃなく、ごはんもおいしくしてくれるのですか?」
そりゃあ毒があったり謎のえぐみがあったり痺れたりする食材しかない中、全てが魔界産の食材でも何とか美味しく食べられないかと二千年も試行錯誤を繰り返して来たんだよ? 毒もえぐみも謎の痺れもない安心安全が保障された食材で、さらに美味しくならないか工夫するなんて楽勝でしょうが。あと単純に美味しいものが食べたいじゃない。ずっと憧れてたんだ。時々トアが買って来てくれる甘いもの。魔界のみんなが、みんなで、食べられたらいいなって。
「んふふぃでふふぁ~」
「美味しいですわぁ~」って言ったんだろうなって分かるけど、食べ物を口に含んだまま喋るのやめなさい君公爵令嬢だろう。頬に手を当ててうっとりと目を閉じたシリアナ嬢の表情が幸福に満ちているので許すけど。
「エインはやさしいおかおでみんなをみますね」
エロシリダ令息が無邪気な笑みを向ける。笑っていたか? 僕。自分の顔を撫でた僕へ、オシリスキナ一家の視線が集まる。やめろ、まるでエロシリダ令息を見つめるような目で見るな。僕は子供じゃないぞ。そんな見守るみたいな目を向けるな! 大変にバツが悪い。
「エロシリダ様が美味しいと言ってくださって嬉しいからですよ」
嘘は言ってない。エロシリダ令息が美味しいと素直に笑ってくださるのはとても嬉しい。魔界は単純に人口も少ないし、人型の子供が少ないからさぁ。子供かわいいよね。もちろん獣型も魔獣型も子供はかわいいけど。あと、当たり前だけど魔族は寿命が長いから、成人してからの期間が長い。幼年期が短い種族がほとんどなんだよ。つまりエロシリダ令息かわいい。
「ごちそうさまでした!」
エロシリダ令息が尋ねずとも満足だと全身で表して僕の顔を見た。足が付かないソファからぽーんと元気よく降りて、僕の足元へ駆け寄る。それから愛されることを知る仕草で両手を広げた。
「ロシィはきょう、エインとおふろにはいりたいです!」
「ダメですのよ! エインはわたくしの従者ですのよロシィ一緒にお風呂だなんて羨ましいのですわエインの玉のお肌うへへ白磁のようにすべすべお肌ぐふふわたくしだってぜひ拝見したいのですわ」
おい何言ってくれてんだこの公爵令嬢。エロシリダ令息を抱っこしてシリアナ嬢へ向けた視線はまぁそりゃ、冷ややかなものになるよね。公爵令嬢なのに君今、うへへとか言っちゃったよねダメでしょ。
「おねいちゃまがこわいです」
「見てはいけませんよ、エロシリダ様」
「昨日会ったばかりのエインくんがロシィにそんなに慕われてパパ羨ましい悔しい阻止したいロシィ、我儘言ってはいけませんエインはシシィの従者なのだから嫉妬で気が狂いそう」
エロアナル令息とそっくりだこの人。いやエロアナル令息がこの人に似てるのか。何にせよ絶対親子だな。疑う余地ないな。
「いえ、私は別に構いません。故郷ではよく親類の子供と一緒に入浴しておりましたので、介助の心得もございますし」
幼い頃のシリトアもよく僕とお風呂に入ると言って駄々を捏ねていた。かわいかったなぁ。
「いいや、聞き分けなくてはいけないよロシィ。エイン君はシシィの従者だ。ロシィの従者は六つになったら選ぶ。我欲で道理を曲げる癖を今からつけるのは良くないことだ。権力を持つものは同時に分別も身につけなくてはいけない」
やはり公爵夫人が実質、ドエロミナの主なのだ。きっぱりと言い切ったシリネーゼ公爵夫人は堂々たる為政者だ。何だ、シリネーゼ公爵夫人はまともな親じゃないか。何でシリアナ令嬢は魔王に純潔を捧げるとか言い出す子になっちゃったのか。頭痛ぁい。
「エイン……」
しょんぼりと項垂れて僕の頬へ小さくて柔らかな手を当てたエロシリダ令息へ、顔を寄せる。
「エロシリダ様。シリアナ様がお許しになった時、お許しになったことでしたらいくらでもお申し付けください。おかわいらしいエロシリダ様が微笑んでくださるならば、エインめは幸いにございますよ。それはシリアナ様も同じでございましょう」
「もちろんですわ、ロシィ。さ、お姉さまのお膝へおいでなさいませ」
「おねいちゃま!」
身を捩って手を伸ばしたエロシリダ令息を慎重にシリアナ嬢の膝へ下ろす。白金細工のように美しい姉弟は、互いに見つめ合って柔らかな表情を交わしている。
「ロシィの気持ちはとても分かりますわ。エインはお顔が天才ですもの」
「エインはおかおがきれいなのです!」
「仕方ないね、綺麗なものが好きなのはオシリスキナ家の血筋だ」
「きれいなだけじゃダメだからねエインくん、強くないと認めないからねエインくん、いくら顔が最高にきれいだからってパパは許さないからねエインくん!」
黙れ熊。ここの人たち筋肉見すぎておかしくなってるんだよ正気に戻って。
こんな時でも、シリアナ嬢のカップが空になったらお茶を注いでしまう僕って従者の鑑。当たり前のようにカップを置いた公爵夫人と一瞬見つめ合ってしまった。鷹揚に頷く公爵夫人のカップへお茶を注ぐ。憮然とした表情で僕を睨みつけているアナルジダ公爵のカップにもお茶を注いだ。
「ロシィはおなかいっぱいなのでもう、おちゃはいただきません」
「自分のお腹が満腹かどうか判断できるエロシリダ様はとても賢くていらっしゃいますね」
「んぐ……っわたくし、この一杯で止めておきますわエイン……」
「左様でございますか、シリアナ様」
「わたくしには賢くていらっしゃいますね、はございませんの?」
幾分寂しそうに僕へ問いかけたシリアナ嬢へ、冷ややかに答える。
「シリアナ様はおいくつでございますか」
「……褒めていただけませんのね……」
弟に対抗心を燃やすな君は。そこで「じゅうごちゃい」とか言われなくて良かったよ。
「パパは大人なのでパンケーキのおかわりも所望します、エインくん!」
皿を舐め回す勢いで完食した公爵が手を上げる。きりっとするな、きりっと。くそぅ、熊だったくせに髭を剃ったらやっぱ顔がいいなこの熊。
「アナルジダ、パンケーキのおかわりが来たらわたくしにも分けてくれないか」
人差し指で公爵の顎をくい、と上げさせて公爵夫人が微笑む。それから顔を近づけて囁いた。
「口移しで」
「シリネーゼ……」
もじもじするな熊よ。そしてそういうことは子供の見ていないところでやってくれ。咳払いをして言い放つ。
「では公爵夫人の執務室へご用意させます。よろしいですね?」
「う、うむ」
「気遣いができるいい子だね、エイン君」
せっかく子供の前でいちゃいちゃするなという意味で気遣ったのに今ここでむっちゅむっちゅするな子供と童貞の教育に悪いでしょ! 童貞は! 目のやり場に困ってしまうって何度も言ってるでしょ!
回遊魚くらい忙しなく目を泳がせていると、扉をノックする音がした。
「エロシリダ様。お勉強の時間でございます」
エロシリダ令息の家庭教師だ。
「エイン、またあとであそんでくださいね?」
かわいい天使の部屋から出て、公爵夫人の執務室へ向かう。ううう、行きたくないよぅ。この夫婦、廊下でもいちゃつくんだもん。
案の定、執務室に着いた途端にまた公爵と夫人はむっちゅむっちゅ音を立ててキスし始めた。いたたまれなくてティーポットへ目を落とした僕のジャケットの裾を摘んで、シリアナ嬢が窓を指す。
「エイン、お兄さまからのお手紙が届いたようですわよ」
飛んで来て窓にびったん! と貼り付いた手紙は、しばらくの間ガラスと格闘した後、どうにかガラスを通過して公爵夫人の手へはらりと落ちた。
はい、よいこのみんなは僕がちょっと前に言ったことを覚えているかな? 転送魔法が難しいのは「魂の情報」を再現することが困難だからって話をしたよね。だから、無機物の転移は結構行われているんだ。でもね、使い手に寄るところが大きいから、こんな感じになっちゃうんだよね。もちろん、使い手の魔法の精度が上がれば上がるほど壁などの障害物はスムーズに通過するし、きちんと相手の目に付くテーブルの上などに転移されるよ!
公爵夫人が目を通して、公爵へ手紙を渡した。公爵も手紙に目を通し、それからとても嬉しそうに「ふはは」と声を上げてから、手紙をシリアナ嬢へ渡す。手紙を受け取ったシリアナ嬢はしばらくしてふう、と一つため息を零した。
「お兄さまったら、さすが対応が早いのですわ……」
「手紙には何と?」
「『やぁ、シシィ元気かい? 首都の神殿を全て買収してみたよ。それから聖女と関わりのあった高位神官のアナルディル・ドウは幼い子供ばかりと祈祷室に籠っているのは何でだろうねとメ・スイキ法王領のインランド・ヘンターイ十二世猊下に信書を送ったら周りにおっさんしか居ない法王直属の侍従神官になったようだよ。何があったのかな? 不思議だね。何はともあれ法王直属だなんて大出世だよね!』」
「ぶふぉっ」
鼻水出ちゃったじゃない。おいおいエロアナル令息気持ち悪いとか言ってごめんね? 超絶有能じゃないのシリアナ嬢が関わっていることだけに対してだろうことは想像に難くないけど。エロアナル令息の妹への感情が大きすぎて怖い。それにしても、げぇむとやらが始まる前に強制退場させられた攻略対象の神官に同情を禁じ得ない。まぁ、どちらにせよひろいんの聖女は一人しか居ないのだから、六人中五人はひろいんとは結ばれない運命なわけだが。
「いくらエロアーナ教の神官は婚姻を禁止されていないとは言え、さすがにロリコンはアウトなのですわ……」
手紙を封筒へしまい込み、遠くへ視線を送りシリアナ嬢が呟いた。ろりこんとは何だろう。ろくなことではないのは確かだ。僕は賢い魔王なので聞こえなかったフリをした。
「ふむ。しかし猊下に仕える一部神官は貞潔が義務付けられていたはずだ。そうだね? アナルジダ」
「あはは、侍従神官がそれだねぇ。敬虔な信徒たち憧れの職だよ? エリィはいいことしたねぇ。パパからも二度と猊下の側仕えから外されないようにお願いしておこうかな」
こっわ。完全に公爵夫人に実権を握られているのかと思ったら、そんな所に人脈を持っているのかアナルジダ公爵。ただの顔がいい筋肉熊だと思っていたのだが侮れない。
「お父さまはエロアーナ教のインランド・ヘンターイ法王直属デラエロイケツ聖騎士団の元団長ですのよ」
「ふふ……まだ無垢だったアナルジダに愛を囁いた時と言ったら……」
法王直属の聖騎士団ってめちゃくちゃ規律が厳しくて貞潔の誓いを立てた騎士しかなれないんだろ? つまり童貞以外はお断り騎士団なんだろ? 童貞同士気が合いそうだと勝手に親近感を抱いていたが結婚して子供が三人も居る熊は仲間ではない! 断じてない!
しかし聖騎士を口説いたのかよ公爵夫人とんでもねぇな。だが大陸の八割の人間が信仰するエロアーナ教に人脈を持ち、唯一の陸路でありケツナメル王国、カ・ツヤクキィン共和国との玄関口であり、帝国の軍部の要であるオシリスキナ公爵家はマジで重要な家門なのではないだろうか。アホ殿下もといアナルアルト殿下は子爵の聖女を「聖女」という理由のみで選んでいる場合ではないのでは? 他人事ながら頭が痛い。
「んまい、んまいよエインくんんんん」
「エインさすがですわ、映え確実の美味しさですのよ」
「エイン君、君さては天才だな……?」
「エイン、とってもおいしいですぅ」
そうでしょうとも。そうでしょうとも。もっと褒め称えていいのよ。
「わたくし一枚目が温かいうちに二枚目にたっぷりバターを乗せて溶かしておきたいのです! エイン!」
「かしこまりました」
「ぼくも! ぼくもそれお願いだよ、エインくん!」
「わたくしもだ、エイン君」
「エイン、ロシィもです!」
「かしこまりました」
いい顔するじゃないかオシリスキナ一家。美味しい顔っていいよね。うっとりとパンケーキを食べ、唇を蜂蜜とバターでてっかてかにしている熊と女傑と天使を眺める。
「エインはマフィンも最高なのですよ、お母さま」
「そうか、午後のティータイムを楽しみにしているぞ、エイン君」
午後のティータイムもするつもりなのかこの公爵夫人。いいのか。太るぞ。言わないけど。というかめちゃくちゃスタイルいいな公爵夫人。熊は熊だから分かるけど、熊と一緒に盗賊を討伐してたって言うんだからまぁ納得っちゃ納得か。
「パパも! パパも!」
「ロシィもたのしみです、エイン」
「首都のタウンハウスでも、料理人の仕事を奪いたくないとスイーツのみに専念していたのですわ。エインがメイン料理にも改良を施し始めたらわたくし、エインの食事以外食べられそうにありませんの……」
「恐ろしいが、期待してしまうなそれは」
「エインくんにドエロミナ城の料理人を鍛えてもらうしかないと、パパは思う」
「エインがおやつだけじゃなく、ごはんもおいしくしてくれるのですか?」
そりゃあ毒があったり謎のえぐみがあったり痺れたりする食材しかない中、全てが魔界産の食材でも何とか美味しく食べられないかと二千年も試行錯誤を繰り返して来たんだよ? 毒もえぐみも謎の痺れもない安心安全が保障された食材で、さらに美味しくならないか工夫するなんて楽勝でしょうが。あと単純に美味しいものが食べたいじゃない。ずっと憧れてたんだ。時々トアが買って来てくれる甘いもの。魔界のみんなが、みんなで、食べられたらいいなって。
「んふふぃでふふぁ~」
「美味しいですわぁ~」って言ったんだろうなって分かるけど、食べ物を口に含んだまま喋るのやめなさい君公爵令嬢だろう。頬に手を当ててうっとりと目を閉じたシリアナ嬢の表情が幸福に満ちているので許すけど。
「エインはやさしいおかおでみんなをみますね」
エロシリダ令息が無邪気な笑みを向ける。笑っていたか? 僕。自分の顔を撫でた僕へ、オシリスキナ一家の視線が集まる。やめろ、まるでエロシリダ令息を見つめるような目で見るな。僕は子供じゃないぞ。そんな見守るみたいな目を向けるな! 大変にバツが悪い。
「エロシリダ様が美味しいと言ってくださって嬉しいからですよ」
嘘は言ってない。エロシリダ令息が美味しいと素直に笑ってくださるのはとても嬉しい。魔界は単純に人口も少ないし、人型の子供が少ないからさぁ。子供かわいいよね。もちろん獣型も魔獣型も子供はかわいいけど。あと、当たり前だけど魔族は寿命が長いから、成人してからの期間が長い。幼年期が短い種族がほとんどなんだよ。つまりエロシリダ令息かわいい。
「ごちそうさまでした!」
エロシリダ令息が尋ねずとも満足だと全身で表して僕の顔を見た。足が付かないソファからぽーんと元気よく降りて、僕の足元へ駆け寄る。それから愛されることを知る仕草で両手を広げた。
「ロシィはきょう、エインとおふろにはいりたいです!」
「ダメですのよ! エインはわたくしの従者ですのよロシィ一緒にお風呂だなんて羨ましいのですわエインの玉のお肌うへへ白磁のようにすべすべお肌ぐふふわたくしだってぜひ拝見したいのですわ」
おい何言ってくれてんだこの公爵令嬢。エロシリダ令息を抱っこしてシリアナ嬢へ向けた視線はまぁそりゃ、冷ややかなものになるよね。公爵令嬢なのに君今、うへへとか言っちゃったよねダメでしょ。
「おねいちゃまがこわいです」
「見てはいけませんよ、エロシリダ様」
「昨日会ったばかりのエインくんがロシィにそんなに慕われてパパ羨ましい悔しい阻止したいロシィ、我儘言ってはいけませんエインはシシィの従者なのだから嫉妬で気が狂いそう」
エロアナル令息とそっくりだこの人。いやエロアナル令息がこの人に似てるのか。何にせよ絶対親子だな。疑う余地ないな。
「いえ、私は別に構いません。故郷ではよく親類の子供と一緒に入浴しておりましたので、介助の心得もございますし」
幼い頃のシリトアもよく僕とお風呂に入ると言って駄々を捏ねていた。かわいかったなぁ。
「いいや、聞き分けなくてはいけないよロシィ。エイン君はシシィの従者だ。ロシィの従者は六つになったら選ぶ。我欲で道理を曲げる癖を今からつけるのは良くないことだ。権力を持つものは同時に分別も身につけなくてはいけない」
やはり公爵夫人が実質、ドエロミナの主なのだ。きっぱりと言い切ったシリネーゼ公爵夫人は堂々たる為政者だ。何だ、シリネーゼ公爵夫人はまともな親じゃないか。何でシリアナ令嬢は魔王に純潔を捧げるとか言い出す子になっちゃったのか。頭痛ぁい。
「エイン……」
しょんぼりと項垂れて僕の頬へ小さくて柔らかな手を当てたエロシリダ令息へ、顔を寄せる。
「エロシリダ様。シリアナ様がお許しになった時、お許しになったことでしたらいくらでもお申し付けください。おかわいらしいエロシリダ様が微笑んでくださるならば、エインめは幸いにございますよ。それはシリアナ様も同じでございましょう」
「もちろんですわ、ロシィ。さ、お姉さまのお膝へおいでなさいませ」
「おねいちゃま!」
身を捩って手を伸ばしたエロシリダ令息を慎重にシリアナ嬢の膝へ下ろす。白金細工のように美しい姉弟は、互いに見つめ合って柔らかな表情を交わしている。
「ロシィの気持ちはとても分かりますわ。エインはお顔が天才ですもの」
「エインはおかおがきれいなのです!」
「仕方ないね、綺麗なものが好きなのはオシリスキナ家の血筋だ」
「きれいなだけじゃダメだからねエインくん、強くないと認めないからねエインくん、いくら顔が最高にきれいだからってパパは許さないからねエインくん!」
黙れ熊。ここの人たち筋肉見すぎておかしくなってるんだよ正気に戻って。
こんな時でも、シリアナ嬢のカップが空になったらお茶を注いでしまう僕って従者の鑑。当たり前のようにカップを置いた公爵夫人と一瞬見つめ合ってしまった。鷹揚に頷く公爵夫人のカップへお茶を注ぐ。憮然とした表情で僕を睨みつけているアナルジダ公爵のカップにもお茶を注いだ。
「ロシィはおなかいっぱいなのでもう、おちゃはいただきません」
「自分のお腹が満腹かどうか判断できるエロシリダ様はとても賢くていらっしゃいますね」
「んぐ……っわたくし、この一杯で止めておきますわエイン……」
「左様でございますか、シリアナ様」
「わたくしには賢くていらっしゃいますね、はございませんの?」
幾分寂しそうに僕へ問いかけたシリアナ嬢へ、冷ややかに答える。
「シリアナ様はおいくつでございますか」
「……褒めていただけませんのね……」
弟に対抗心を燃やすな君は。そこで「じゅうごちゃい」とか言われなくて良かったよ。
「パパは大人なのでパンケーキのおかわりも所望します、エインくん!」
皿を舐め回す勢いで完食した公爵が手を上げる。きりっとするな、きりっと。くそぅ、熊だったくせに髭を剃ったらやっぱ顔がいいなこの熊。
「アナルジダ、パンケーキのおかわりが来たらわたくしにも分けてくれないか」
人差し指で公爵の顎をくい、と上げさせて公爵夫人が微笑む。それから顔を近づけて囁いた。
「口移しで」
「シリネーゼ……」
もじもじするな熊よ。そしてそういうことは子供の見ていないところでやってくれ。咳払いをして言い放つ。
「では公爵夫人の執務室へご用意させます。よろしいですね?」
「う、うむ」
「気遣いができるいい子だね、エイン君」
せっかく子供の前でいちゃいちゃするなという意味で気遣ったのに今ここでむっちゅむっちゅするな子供と童貞の教育に悪いでしょ! 童貞は! 目のやり場に困ってしまうって何度も言ってるでしょ!
回遊魚くらい忙しなく目を泳がせていると、扉をノックする音がした。
「エロシリダ様。お勉強の時間でございます」
エロシリダ令息の家庭教師だ。
「エイン、またあとであそんでくださいね?」
かわいい天使の部屋から出て、公爵夫人の執務室へ向かう。ううう、行きたくないよぅ。この夫婦、廊下でもいちゃつくんだもん。
案の定、執務室に着いた途端にまた公爵と夫人はむっちゅむっちゅ音を立ててキスし始めた。いたたまれなくてティーポットへ目を落とした僕のジャケットの裾を摘んで、シリアナ嬢が窓を指す。
「エイン、お兄さまからのお手紙が届いたようですわよ」
飛んで来て窓にびったん! と貼り付いた手紙は、しばらくの間ガラスと格闘した後、どうにかガラスを通過して公爵夫人の手へはらりと落ちた。
はい、よいこのみんなは僕がちょっと前に言ったことを覚えているかな? 転送魔法が難しいのは「魂の情報」を再現することが困難だからって話をしたよね。だから、無機物の転移は結構行われているんだ。でもね、使い手に寄るところが大きいから、こんな感じになっちゃうんだよね。もちろん、使い手の魔法の精度が上がれば上がるほど壁などの障害物はスムーズに通過するし、きちんと相手の目に付くテーブルの上などに転移されるよ!
公爵夫人が目を通して、公爵へ手紙を渡した。公爵も手紙に目を通し、それからとても嬉しそうに「ふはは」と声を上げてから、手紙をシリアナ嬢へ渡す。手紙を受け取ったシリアナ嬢はしばらくしてふう、と一つため息を零した。
「お兄さまったら、さすが対応が早いのですわ……」
「手紙には何と?」
「『やぁ、シシィ元気かい? 首都の神殿を全て買収してみたよ。それから聖女と関わりのあった高位神官のアナルディル・ドウは幼い子供ばかりと祈祷室に籠っているのは何でだろうねとメ・スイキ法王領のインランド・ヘンターイ十二世猊下に信書を送ったら周りにおっさんしか居ない法王直属の侍従神官になったようだよ。何があったのかな? 不思議だね。何はともあれ法王直属だなんて大出世だよね!』」
「ぶふぉっ」
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「いくらエロアーナ教の神官は婚姻を禁止されていないとは言え、さすがにロリコンはアウトなのですわ……」
手紙を封筒へしまい込み、遠くへ視線を送りシリアナ嬢が呟いた。ろりこんとは何だろう。ろくなことではないのは確かだ。僕は賢い魔王なので聞こえなかったフリをした。
「ふむ。しかし猊下に仕える一部神官は貞潔が義務付けられていたはずだ。そうだね? アナルジダ」
「あはは、侍従神官がそれだねぇ。敬虔な信徒たち憧れの職だよ? エリィはいいことしたねぇ。パパからも二度と猊下の側仕えから外されないようにお願いしておこうかな」
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これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
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