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二 「バッドエンドしかない」という悪役令嬢とやらの領地で暮らすことになったのだが、聞いて欲しい
二の7
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「あっ」
だからか。オシリスキナ公爵家が絶大な権力を持ち、他の家門に変わることができないからこそ、婚約を破棄するのであればシリアナ嬢が有責であることにしなければ都合が悪いのではないだろうか。これは攻略対象との接点をなくしたところで解決しないのではないか。特にアナルアルト、もしくはシリアナルとひろいんが結ばれる場合はその可能性が高くなる。
「全力を挙げて淫行教師とひろいんのるーととやらに持って行かなければならないかも知れません」
「どうかしましたの、エイン」
「王太子二人とひろいんに上手く行かれてしまうと、オシリスキナ家が陥れられる可能性があります。というか、僕が王ならそうします」
「……シリアナが有責ということにして、それを機にオシリスキナ家から権力を取り上げようというわけか」
「アホ殿下の父君がアホ殿下とそっくりのアホなら良いのですが。もし多少なりとも知恵のある王であり、知恵のある側近が居るのであればそうするでしょう。娘の過失なら公爵家まで罰する必要はない。それどころか娘の件を盾に無理な要求をすることもできる。権力を削ぐこともできる。旨味しかありません」
「気に入らないな。大体メッシィはさ、自分では何もしない割に成果は独り占めしたいっていうちっさい男なんだよねぇ」
「メッシィとは?」
「メスアナだよ。ぼくたち、ゼンリツセェン学園の同級生なんだよね」
「メスアナ……?」
「現王のメスアナ・アナ・ル・イジリスキー・アナルファック陛下のことですわよ、エイン」
シリアナ嬢の目が死んでいる。つまりそういうことなのだろう。うっかり意味を尋ねるとはしたない言葉を連発されてしまうので、何も聞かないことにした。
しかしアナルジダ公爵、聖騎士団長だったり王を愛称で呼んだりってこの人もそれなりの家門の令息だったのでは。顔に出ていたのか、公爵夫人が赤い唇の端を吊り上げる。
「アナルジダは元々、ケツナメル王国の出身なのだよ」
「公爵家に婿入りする前はアナルジダ・ケツ・イタイネンと言ってね。ケツナメルの現王はぼくの伯母なんだよ」
つまりアナルジダ公爵はケツナメル王国の王弟だか王妹の、多分次男か三男辺りなのだろう。ケツナメル王国は元々最高権力たる王の座には女王が即位する国だ。女性でも爵位を継げるし、当主にもなれる。官吏にも女性を多く登用している。そんな国だからこそ、王族に連なる血筋のアナルジダ公爵でも聖騎士団に入団できたのだろう。跡継ぎを童貞じゃないとなれない聖騎士にするわけないからね。それでもケツナメル王国の大公家の人間である。他国に婿入りとは思い切ったものだ。
「痔は痛いに決まっているのですわ。デラエロいケツ聖騎士団とかメスイキとか淫乱ド変態とかお尻など舐めないでいただきたいのですわ。もうどこからツッコんだらいいのか分からないですの。そもそもお尻には何もツッコんではいけませんわ……」
シリアナ嬢のことはいつも通りに無視する。それなりどころか王族じゃん。つまりケツナメルの王族は美形熊である確率が高い。お会いしたくないものである。
「ケツナメル王国は産業が盛んな国ですよね。魔法機器の生産技術が高く魔法機器兵器が強い。大陸の中央にある小さな国ながら、中立を謳っているのは国力と兵力が高いからだ」
そういえばフィストファック商会の昇降機もケツナメル王国製だと言っていたな。
僕が帝国の王ならげんなりするだろう。この家門にだけ、ないがしろにできない理由が集中している。そりゃ王子とシリアナ嬢を婚約させるわ。それしかないもんな。下手を打ったらケツナメルが帝国に口出しする大義名分を与えかねない。
「帝国は他の国に比べると歴史が浅い。アナルファック帝国は大陸の八割が信仰しているエロアーナ教ではなく、原初神ドライオル・ガズムの娘であるオシリアナを信仰している。ゆえにエロアーナ教の歴代法王から長年に渡って改宗を迫られているという微妙な事情もある。地理的に恵まれているからこれまで大きな戦の経験がないだけ。僕ならこんな火種だらけの家門、味方にできないのならばいっそのこと潰した方がマシだと考える」
「つまり?」
公爵夫人はさらに深く、唇へ笑みを刻む。公爵、夫人、シリアナ嬢の視線が一斉に僕へ向けられた。
「二人の王太子るーとは断固阻止。オシリエ・ロイ・ド・ヘンタイ子爵とミコス・リハンデ・イカセル子爵令嬢の恋を全力で成就させることにします」
「よし。では夕餉の後で具体案を話し合うとしよう。エインくん」
「はい」
どうした熊。何故突然仕切ったんだ熊。ハンサムな熊へ体ごと向き直る。
「パンケーキはまだかね?」
食欲も熊並みかよ! ほんとこの家の人間は! でも僕のデザートを褒めてくれる人大好きぃ!
「ただいまお持ち致します。では失礼」
「わたくしも失礼いたしますわ、お父さま、お母さま」
答えの代わりに閉まる扉の向こうからむっちゅむっちゅ音がしていた。いい加減童貞に気を使ってくれないか! おかわりのパンケーキを届けた後、皿を下げるのを別の侍女にお願いして逃げ出した。シリアナ嬢の部屋の扉をノックする。
「お入りなさい」
「失礼致します」
「踏んで! 踏んでくださぁぁい!」
扉を開くと、足元に滑り込んで来た闇の精霊王の存在を僕の記憶から抹殺した。踏んで堪るかこの変態精霊王め。闇の精霊王だからって、魔王の仲間だと思われては困る。僕の知り合いにこんなド変態はいない。いないったら。
「シリアナ嬢。できるだけオシリエ・ロイ・ド・ヘンタイの情報を聞かせてもらえるか」
「あはは容赦ないガン無視んんぎぼぢいいいいいいい」
それだけのためにシリアナ嬢はソファへ座っているのか。もう嫌だ。まともな生き物が生息していないこの城。目を閉じて深呼吸をする。
「ごっふ美麗スチルご馳走様です眼福です網膜が浄化されました」
「うん、だからエロアナル令息にオシリエ・ロイ・ド・ヘンタイの情報を集めるように手紙を書いてくれ」
「分かりましたわハァハァ」
年頃の娘が鼻の穴を広げるんじゃない。
「放置プレイ! 放置プレェェェイィィィィ!」
様子のおかしい闇の精霊王と様子のおかしい公爵令嬢。気が狂いそう。魔界に帰りたい。そうだ、魔界に帰るためにも僕はさっさと聖女と淫行教師の恋を成就させなければならない。今すぐ! 早急に! 聖女には淫行教師と不適切な関係になってもらわねばならぬ! だが他人の恋路をどうにかできたら僕は未だに童貞だったりはしないのだ!
「童貞には荷が重い」
覚えず口から転び出た呟きに、闇の精霊王が喜々として叫んだ。
「童貞に! 踏まれたぁぁぁい!」
「我は! 我は殴られたぁぁい!」
天蓋付きのベッド脇、壁に立てかけられたフランベルジュが唸った。シリアナ嬢の剣に宿った光の精霊王までもが叫び出したのだ。気が狂いそう! 気が狂いそうです! 誰か助けて!
「童貞を! いただきたぁぁい!」
叫んだ薄桃色の唇を睨み付ける。君もか! 君もなのか! 便乗するな!
「いい加減にしなさい僕は魔界に帰るぞ!」
「はっ! 申し訳ございません。少々取り乱してしまいましたわ」
「何度言えば理解するんだ! 君、腐っても公爵令嬢だろう! 童貞とか叫ぶんじゃない! 目の前でご令嬢に童貞と叫ばれた童貞の気持ちが分かるか! 大変にいたたまれない! 繊細な童貞を舐めるなよ!」
「腐っていることを見抜くなんて、さすが陛下の慧眼にただただ感服するばかりでございますのよ!」
ナニナニ、腐ってるって何か他に意味あったっけ? 頬を赤らめるな、誰かに見られたら誤解されるだろ!
「とにかく! 君はもう少し恥じらいというものをだな、聞いているかシリアナ嬢!」
「怒鳴っても美麗……っ!」
どうして両手で顔を覆うのか。ほんと君僕の顔が好きだな? だからって許さないぞ。いいか、僕は断じて譲らないぞ。
「僕の話を一切聞いてないな君は! こんな徒労感、二千年以上生きていて初めてだよ!」
「いやっは、陛下の初めてをいただいてしまいましたのねっ」
「……っ! ……っ!」
喜ぶなよそこは! 反省しなさいよ! 童貞に謝れ! 童貞の初めてを奪ってごめんなさいって謝れ!
言葉を失った僕へ闇の精霊王という名のド変態から、さらなる追い討ちがかかる。
「あああ、羨ましい羞恥プレイぃぃぃぃぃ! 童貞への言葉責めという羞恥プレェェェェイ!」
ちょっと黙ってろこのド変態! 羨ましいなら変わってやりたい年端も行かぬ公爵令嬢に下品な言葉を連発されるとか純潔を奪えと迫られるとか生まれたばかりの子がどんどん己の外見年齢を越えて行くからうっかり手を出す気にもなれず二千年も童貞なのに心は老成してすっかり祖父の気持ちとか妙な鳴き声とともに顔面をうっとり眺められるとか何もかも!
「――っ!」
何かを叫ぼうとして大きく息を吸い、それから力なく吐き出す。目眩がした。ソファの端に座った僕へ心配顔で近づいて来たシリアナ嬢の手が、リボンタイへ伸びた。
「陛下。さ、力を抜いて。そのままわたくしに身を任せてくださいまし。いつでも陛下をご案内できるように寝所を整えてございますのよ」
「ああ、済まないなシリアナ嬢……って身を任せるかぁぁぁぁ! 君ねぇ! 十五歳の乙女だろうが!」
「中身はアラサーなので実質ざっくり四十過ぎですのよ!」
舌を唇の端からちょろっと出すな! あざとい! かわいい! 童貞チョロいからすぐ惚れてしまうぞ! 責任を取れるのか!
「ああもうあらさぁってナニ! そんなの知らないよ! 中身が四十歳でも肉体年齢に合わせて行動しなさいよそこは!」
「肉体年齢十七歳、実際年齢二千年越えの陛下と肉体年齢十五歳、実際年齢四十歳のわたくし。お似合いの二人。お似合いの二人でございますわね?」
どうして君はそんなに軽々ひょいひょいひょいひょい成人魔王を抱き上げるかな! 僕の! 繊細な童貞心を! 踏み躙らないでくれないか! あと軽々しくお似合いとか言わないでくれたまえ。童貞、本気にしちゃうんだからねッ!
「陛下は二千歳越えでいらっしゃるのに、見た目通り若々しいというか微笑ましい恥じらいをお持ちでとってもかわいらしくて大変ハァハァいたしますわ」
「どうもありがとう!」
「その感謝を体で払っていただければ幸いですのよ?」
「お断りですっ!」
きっぱりと断ると、シリアナ嬢は素直に僕をソファへ下ろした。座面に両手をつき、肩で息をする。僕、ひろいんと淫行教師が不適切な関係になる前に死ぬんじゃないだろうか。父上、母上、トア。先立つ不孝をお許しください。
「大丈夫ですわ、陛下。そのそこいらの神殿より清らかな股間でちょっと新たな扉を開くだけですのよ」
「開きません!」
そこいらの神殿より清らかで悪かったな! 僕は清く正しい魔王なんだ! 悪いか!
「羨ましい! 焦らしプレイ!」
「そこで強引に押し倒さぬか、シリアナ」
光も闇も精霊王が酷い。頭が、頭が痛い。ナニコレなにこの狂人しか居ない空間。助けて魔界に帰りたい。あんなとても生き物が住むに適さない環境が懐かしくなる日が来るだなんて想像できただろうか。気力が、気力が小学生男児が雑に扱った消しゴムくらいの勢いでゴリゴリ削れていく。小学生男児ってどうして消しゴム千切るんだろう。小学生男児って何だ。消しゴムって何だ。この世界にはペンとインクしかない。誰かあの精霊王たちを黙らせてくれ。でないと僕は正気を失いそうだ。
「とにかく、これでエロアナル令息とアナルディル神官のるーとは潰せたから、あとは君に対する危険度が高いるーとから潰して行こう。それと並行して、淫行教師のるーとを推し進めて行きたい。だから情報が欲しい。君のげぇむの知識も含めて、な」
「分かりましたわ。オシリエ・ロイ・ド・ヘンタイ先生は去年から学園で教鞭を取っておられますので、今は首都にいらっしゃいますわ。確か、子爵家のタウンハウスから通っておられるはず」
「タウンハウスがあるくらいだから、それなりに財産はあるのだな」
「んんっヘンタイ子爵家は古くからの家門ですし、手堅い領地運営で領民思いの善き領主だと聞き及んでおります……家名だけ言うと変態そのものなのですわね……」
「てことは、オシリエ自身は長男ではなく次男か三男辺りか?」
「ご名答ですわ。学園ではロイ先生と呼ばれておりますの。ロイ先生は次男で、確か長男はオシリデ・イク・ド・ヘンタイ卿。すでに爵位を継いでいらっしゃるはずですわ」
「ふむ」
「それにしてもお尻がエロいド変態の弟、お尻でイクド変態の兄だなんて業が深すぎるのですわ。その上お二人の父君、前ヘンタイ子爵はオシリガ・スキ・ド・ヘンタイ子爵でお尻が好きなド変態ですのよ?」
「……うん? うん」
尻、尻、尻がド変態と連呼していたような気がするが、聞かなかったことにしよう。僕は何も聞かなかった。呪文を唱えて記憶から消去する。
「できれば学園に入る前からロイとひろいんを出会わせておきたいところだな」
「他の攻略対象より有利にしておくのですわね」
「ああ」
「そしてできれば学園に入る前にヒロインと不適切な関係になっていただければ、文句なしなのですわ」
「……この国は幼い子供に欲情する獣以下の人間しかいないのか」
それを画策する僕も十分に大人としてどうかと思うが、魔王だって我が身がかわいいのだ。それに攻略対象の半数は成人男性だ。ということは、ひろいんは元よりろりこんと結ばれる運命のようなので、この際その辺りには目を瞑って欲しい。何より僕がひろいんに迫られて抵抗できない事態に陥り、童貞を奪われるという倫理に悖る事態にならなければそれでいい。攻略対象のろりこんどもは一生、箪笥の角で足の小指をぶつける運命になればいい。特に淫行教師は毎年冬には金属という金属に触れるたびに静電気に見舞われ、「イテッ!」ってなる運命も追加されてしまえ。
「申し訳ございません、陛下。ゲームのシナリオを書いた日本という国が、ロリコンだらけのド変態の国だからですの……」
「最低だな」
「最低なのですわ」
シリアナ嬢は目を伏せ、長い白金の睫毛を震わせてため息と共に吐き出す。
だからか。オシリスキナ公爵家が絶大な権力を持ち、他の家門に変わることができないからこそ、婚約を破棄するのであればシリアナ嬢が有責であることにしなければ都合が悪いのではないだろうか。これは攻略対象との接点をなくしたところで解決しないのではないか。特にアナルアルト、もしくはシリアナルとひろいんが結ばれる場合はその可能性が高くなる。
「全力を挙げて淫行教師とひろいんのるーととやらに持って行かなければならないかも知れません」
「どうかしましたの、エイン」
「王太子二人とひろいんに上手く行かれてしまうと、オシリスキナ家が陥れられる可能性があります。というか、僕が王ならそうします」
「……シリアナが有責ということにして、それを機にオシリスキナ家から権力を取り上げようというわけか」
「アホ殿下の父君がアホ殿下とそっくりのアホなら良いのですが。もし多少なりとも知恵のある王であり、知恵のある側近が居るのであればそうするでしょう。娘の過失なら公爵家まで罰する必要はない。それどころか娘の件を盾に無理な要求をすることもできる。権力を削ぐこともできる。旨味しかありません」
「気に入らないな。大体メッシィはさ、自分では何もしない割に成果は独り占めしたいっていうちっさい男なんだよねぇ」
「メッシィとは?」
「メスアナだよ。ぼくたち、ゼンリツセェン学園の同級生なんだよね」
「メスアナ……?」
「現王のメスアナ・アナ・ル・イジリスキー・アナルファック陛下のことですわよ、エイン」
シリアナ嬢の目が死んでいる。つまりそういうことなのだろう。うっかり意味を尋ねるとはしたない言葉を連発されてしまうので、何も聞かないことにした。
しかしアナルジダ公爵、聖騎士団長だったり王を愛称で呼んだりってこの人もそれなりの家門の令息だったのでは。顔に出ていたのか、公爵夫人が赤い唇の端を吊り上げる。
「アナルジダは元々、ケツナメル王国の出身なのだよ」
「公爵家に婿入りする前はアナルジダ・ケツ・イタイネンと言ってね。ケツナメルの現王はぼくの伯母なんだよ」
つまりアナルジダ公爵はケツナメル王国の王弟だか王妹の、多分次男か三男辺りなのだろう。ケツナメル王国は元々最高権力たる王の座には女王が即位する国だ。女性でも爵位を継げるし、当主にもなれる。官吏にも女性を多く登用している。そんな国だからこそ、王族に連なる血筋のアナルジダ公爵でも聖騎士団に入団できたのだろう。跡継ぎを童貞じゃないとなれない聖騎士にするわけないからね。それでもケツナメル王国の大公家の人間である。他国に婿入りとは思い切ったものだ。
「痔は痛いに決まっているのですわ。デラエロいケツ聖騎士団とかメスイキとか淫乱ド変態とかお尻など舐めないでいただきたいのですわ。もうどこからツッコんだらいいのか分からないですの。そもそもお尻には何もツッコんではいけませんわ……」
シリアナ嬢のことはいつも通りに無視する。それなりどころか王族じゃん。つまりケツナメルの王族は美形熊である確率が高い。お会いしたくないものである。
「ケツナメル王国は産業が盛んな国ですよね。魔法機器の生産技術が高く魔法機器兵器が強い。大陸の中央にある小さな国ながら、中立を謳っているのは国力と兵力が高いからだ」
そういえばフィストファック商会の昇降機もケツナメル王国製だと言っていたな。
僕が帝国の王ならげんなりするだろう。この家門にだけ、ないがしろにできない理由が集中している。そりゃ王子とシリアナ嬢を婚約させるわ。それしかないもんな。下手を打ったらケツナメルが帝国に口出しする大義名分を与えかねない。
「帝国は他の国に比べると歴史が浅い。アナルファック帝国は大陸の八割が信仰しているエロアーナ教ではなく、原初神ドライオル・ガズムの娘であるオシリアナを信仰している。ゆえにエロアーナ教の歴代法王から長年に渡って改宗を迫られているという微妙な事情もある。地理的に恵まれているからこれまで大きな戦の経験がないだけ。僕ならこんな火種だらけの家門、味方にできないのならばいっそのこと潰した方がマシだと考える」
「つまり?」
公爵夫人はさらに深く、唇へ笑みを刻む。公爵、夫人、シリアナ嬢の視線が一斉に僕へ向けられた。
「二人の王太子るーとは断固阻止。オシリエ・ロイ・ド・ヘンタイ子爵とミコス・リハンデ・イカセル子爵令嬢の恋を全力で成就させることにします」
「よし。では夕餉の後で具体案を話し合うとしよう。エインくん」
「はい」
どうした熊。何故突然仕切ったんだ熊。ハンサムな熊へ体ごと向き直る。
「パンケーキはまだかね?」
食欲も熊並みかよ! ほんとこの家の人間は! でも僕のデザートを褒めてくれる人大好きぃ!
「ただいまお持ち致します。では失礼」
「わたくしも失礼いたしますわ、お父さま、お母さま」
答えの代わりに閉まる扉の向こうからむっちゅむっちゅ音がしていた。いい加減童貞に気を使ってくれないか! おかわりのパンケーキを届けた後、皿を下げるのを別の侍女にお願いして逃げ出した。シリアナ嬢の部屋の扉をノックする。
「お入りなさい」
「失礼致します」
「踏んで! 踏んでくださぁぁい!」
扉を開くと、足元に滑り込んで来た闇の精霊王の存在を僕の記憶から抹殺した。踏んで堪るかこの変態精霊王め。闇の精霊王だからって、魔王の仲間だと思われては困る。僕の知り合いにこんなド変態はいない。いないったら。
「シリアナ嬢。できるだけオシリエ・ロイ・ド・ヘンタイの情報を聞かせてもらえるか」
「あはは容赦ないガン無視んんぎぼぢいいいいいいい」
それだけのためにシリアナ嬢はソファへ座っているのか。もう嫌だ。まともな生き物が生息していないこの城。目を閉じて深呼吸をする。
「ごっふ美麗スチルご馳走様です眼福です網膜が浄化されました」
「うん、だからエロアナル令息にオシリエ・ロイ・ド・ヘンタイの情報を集めるように手紙を書いてくれ」
「分かりましたわハァハァ」
年頃の娘が鼻の穴を広げるんじゃない。
「放置プレイ! 放置プレェェェイィィィィ!」
様子のおかしい闇の精霊王と様子のおかしい公爵令嬢。気が狂いそう。魔界に帰りたい。そうだ、魔界に帰るためにも僕はさっさと聖女と淫行教師の恋を成就させなければならない。今すぐ! 早急に! 聖女には淫行教師と不適切な関係になってもらわねばならぬ! だが他人の恋路をどうにかできたら僕は未だに童貞だったりはしないのだ!
「童貞には荷が重い」
覚えず口から転び出た呟きに、闇の精霊王が喜々として叫んだ。
「童貞に! 踏まれたぁぁぁい!」
「我は! 我は殴られたぁぁい!」
天蓋付きのベッド脇、壁に立てかけられたフランベルジュが唸った。シリアナ嬢の剣に宿った光の精霊王までもが叫び出したのだ。気が狂いそう! 気が狂いそうです! 誰か助けて!
「童貞を! いただきたぁぁい!」
叫んだ薄桃色の唇を睨み付ける。君もか! 君もなのか! 便乗するな!
「いい加減にしなさい僕は魔界に帰るぞ!」
「はっ! 申し訳ございません。少々取り乱してしまいましたわ」
「何度言えば理解するんだ! 君、腐っても公爵令嬢だろう! 童貞とか叫ぶんじゃない! 目の前でご令嬢に童貞と叫ばれた童貞の気持ちが分かるか! 大変にいたたまれない! 繊細な童貞を舐めるなよ!」
「腐っていることを見抜くなんて、さすが陛下の慧眼にただただ感服するばかりでございますのよ!」
ナニナニ、腐ってるって何か他に意味あったっけ? 頬を赤らめるな、誰かに見られたら誤解されるだろ!
「とにかく! 君はもう少し恥じらいというものをだな、聞いているかシリアナ嬢!」
「怒鳴っても美麗……っ!」
どうして両手で顔を覆うのか。ほんと君僕の顔が好きだな? だからって許さないぞ。いいか、僕は断じて譲らないぞ。
「僕の話を一切聞いてないな君は! こんな徒労感、二千年以上生きていて初めてだよ!」
「いやっは、陛下の初めてをいただいてしまいましたのねっ」
「……っ! ……っ!」
喜ぶなよそこは! 反省しなさいよ! 童貞に謝れ! 童貞の初めてを奪ってごめんなさいって謝れ!
言葉を失った僕へ闇の精霊王という名のド変態から、さらなる追い討ちがかかる。
「あああ、羨ましい羞恥プレイぃぃぃぃぃ! 童貞への言葉責めという羞恥プレェェェェイ!」
ちょっと黙ってろこのド変態! 羨ましいなら変わってやりたい年端も行かぬ公爵令嬢に下品な言葉を連発されるとか純潔を奪えと迫られるとか生まれたばかりの子がどんどん己の外見年齢を越えて行くからうっかり手を出す気にもなれず二千年も童貞なのに心は老成してすっかり祖父の気持ちとか妙な鳴き声とともに顔面をうっとり眺められるとか何もかも!
「――っ!」
何かを叫ぼうとして大きく息を吸い、それから力なく吐き出す。目眩がした。ソファの端に座った僕へ心配顔で近づいて来たシリアナ嬢の手が、リボンタイへ伸びた。
「陛下。さ、力を抜いて。そのままわたくしに身を任せてくださいまし。いつでも陛下をご案内できるように寝所を整えてございますのよ」
「ああ、済まないなシリアナ嬢……って身を任せるかぁぁぁぁ! 君ねぇ! 十五歳の乙女だろうが!」
「中身はアラサーなので実質ざっくり四十過ぎですのよ!」
舌を唇の端からちょろっと出すな! あざとい! かわいい! 童貞チョロいからすぐ惚れてしまうぞ! 責任を取れるのか!
「ああもうあらさぁってナニ! そんなの知らないよ! 中身が四十歳でも肉体年齢に合わせて行動しなさいよそこは!」
「肉体年齢十七歳、実際年齢二千年越えの陛下と肉体年齢十五歳、実際年齢四十歳のわたくし。お似合いの二人。お似合いの二人でございますわね?」
どうして君はそんなに軽々ひょいひょいひょいひょい成人魔王を抱き上げるかな! 僕の! 繊細な童貞心を! 踏み躙らないでくれないか! あと軽々しくお似合いとか言わないでくれたまえ。童貞、本気にしちゃうんだからねッ!
「陛下は二千歳越えでいらっしゃるのに、見た目通り若々しいというか微笑ましい恥じらいをお持ちでとってもかわいらしくて大変ハァハァいたしますわ」
「どうもありがとう!」
「その感謝を体で払っていただければ幸いですのよ?」
「お断りですっ!」
きっぱりと断ると、シリアナ嬢は素直に僕をソファへ下ろした。座面に両手をつき、肩で息をする。僕、ひろいんと淫行教師が不適切な関係になる前に死ぬんじゃないだろうか。父上、母上、トア。先立つ不孝をお許しください。
「大丈夫ですわ、陛下。そのそこいらの神殿より清らかな股間でちょっと新たな扉を開くだけですのよ」
「開きません!」
そこいらの神殿より清らかで悪かったな! 僕は清く正しい魔王なんだ! 悪いか!
「羨ましい! 焦らしプレイ!」
「そこで強引に押し倒さぬか、シリアナ」
光も闇も精霊王が酷い。頭が、頭が痛い。ナニコレなにこの狂人しか居ない空間。助けて魔界に帰りたい。あんなとても生き物が住むに適さない環境が懐かしくなる日が来るだなんて想像できただろうか。気力が、気力が小学生男児が雑に扱った消しゴムくらいの勢いでゴリゴリ削れていく。小学生男児ってどうして消しゴム千切るんだろう。小学生男児って何だ。消しゴムって何だ。この世界にはペンとインクしかない。誰かあの精霊王たちを黙らせてくれ。でないと僕は正気を失いそうだ。
「とにかく、これでエロアナル令息とアナルディル神官のるーとは潰せたから、あとは君に対する危険度が高いるーとから潰して行こう。それと並行して、淫行教師のるーとを推し進めて行きたい。だから情報が欲しい。君のげぇむの知識も含めて、な」
「分かりましたわ。オシリエ・ロイ・ド・ヘンタイ先生は去年から学園で教鞭を取っておられますので、今は首都にいらっしゃいますわ。確か、子爵家のタウンハウスから通っておられるはず」
「タウンハウスがあるくらいだから、それなりに財産はあるのだな」
「んんっヘンタイ子爵家は古くからの家門ですし、手堅い領地運営で領民思いの善き領主だと聞き及んでおります……家名だけ言うと変態そのものなのですわね……」
「てことは、オシリエ自身は長男ではなく次男か三男辺りか?」
「ご名答ですわ。学園ではロイ先生と呼ばれておりますの。ロイ先生は次男で、確か長男はオシリデ・イク・ド・ヘンタイ卿。すでに爵位を継いでいらっしゃるはずですわ」
「ふむ」
「それにしてもお尻がエロいド変態の弟、お尻でイクド変態の兄だなんて業が深すぎるのですわ。その上お二人の父君、前ヘンタイ子爵はオシリガ・スキ・ド・ヘンタイ子爵でお尻が好きなド変態ですのよ?」
「……うん? うん」
尻、尻、尻がド変態と連呼していたような気がするが、聞かなかったことにしよう。僕は何も聞かなかった。呪文を唱えて記憶から消去する。
「できれば学園に入る前からロイとひろいんを出会わせておきたいところだな」
「他の攻略対象より有利にしておくのですわね」
「ああ」
「そしてできれば学園に入る前にヒロインと不適切な関係になっていただければ、文句なしなのですわ」
「……この国は幼い子供に欲情する獣以下の人間しかいないのか」
それを画策する僕も十分に大人としてどうかと思うが、魔王だって我が身がかわいいのだ。それに攻略対象の半数は成人男性だ。ということは、ひろいんは元よりろりこんと結ばれる運命のようなので、この際その辺りには目を瞑って欲しい。何より僕がひろいんに迫られて抵抗できない事態に陥り、童貞を奪われるという倫理に悖る事態にならなければそれでいい。攻略対象のろりこんどもは一生、箪笥の角で足の小指をぶつける運命になればいい。特に淫行教師は毎年冬には金属という金属に触れるたびに静電気に見舞われ、「イテッ!」ってなる運命も追加されてしまえ。
「申し訳ございません、陛下。ゲームのシナリオを書いた日本という国が、ロリコンだらけのド変態の国だからですの……」
「最低だな」
「最低なのですわ」
シリアナ嬢は目を伏せ、長い白金の睫毛を震わせてため息と共に吐き出す。
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殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
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本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
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