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二 「バッドエンドしかない」という悪役令嬢とやらの領地で暮らすことになったのだが、聞いて欲しい
二の9
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「簡単ではなくとも、そうなってもらわねば困る」
僕の股間の平和がかかっているからねっ!
「つまり、王子二人がドエロミナへ長期滞在したくなるような状況を作ればいいのだろう?」
そしてその間に、淫行教師とひろいんを他の攻略対象より早く出会わせて有利にしておく。淫行教師とひろいんを引き合わせるのは、シリイタイ兄弟に任せればいいのではないだろうか。
「そう……ですわね。アホ殿下ご一家は冬になると毎年、ドエロミナの王室専用の別荘へご滞在になりますが……」
「ゼンリツセェン学園の入学は九月。冬に別荘へ来るのではひろいん入学後になってしまう。三か月あれば人は恋に落ちるぞ、シリアナ嬢」
「さすが陛下、童貞なのにお詳しいのですわ!」
「童貞だからこそ耳年増なのだよ! ふははははは!」
自分で言ってて悲しくなってきた。童貞はな、恋愛話に敏感なのだよ! 童貞だって物語みたいな恋したいもん! 物語みたいな恋愛に興味津々だもん! 魔王だって素敵な恋愛したいもん! ただし、シリアナ嬢みたいに奇声を上げないご令嬢とな!
「真夏に殿下をここへ呼び寄せることができるような理由、ですか」
「九月までの三ヵ月弱でできるだけ対策を講じなければならない」
「夏……は正直申し上げまして、観光地としての集客は見込めませんの……」
シリアナ嬢が頬へ手を当て、綺麗な形に整った眉を寄せる。そうしていれば美人で可憐なご令嬢なのに。しかし夏にドエロミナへ人々が来たがらないわけはすごく分かる。分かるぞ。
「真夏にドエロミナ領民のような暑苦しい筋肉に囲まれたい人間など、居ないだろうからな」
うららかな季節である今ですら、筋肉が暑苦しくて目と心が疲労を訴えているというのに、何故好き好んでさらに暑苦しい季節に暑苦しい筋肉を見に来る物好きがいるというのだ。そんな人間など、相当な癖を拗らせていること間違いなしだ。
「そうなのです……そもそもこの国には貴族の女性が海で泳ぐという習慣がないのです。未婚であれ既婚であれ、肌を晒すことははしたないとされていますから。わたくしの前世で暮らしていた国では水の中で動きやすい衣装、水着というものがありましたがこの国の女性に対する常識からはとても受け入れられないでしょうし……」
「でも地元の人間は泳げるし泳ぐんだろ?」
「ええ。わたくしも子供の頃はよく浜辺で泳ぎましたわ。とても気持ちいいのですよ」
泳ぐ幼い頃のシリアナ嬢を見た人はびっくりしただろうなぁ。だって金色の子熊が海で泳いでるんだもん。僕なら逃げる。
「地元の人は普段着で泳ぐのか?」
「普段着……と言いますか、子供たちは裸ですわね。大人も男性は裸ですわ。女性は平民ならコルセットとシュミーズで泳ぎますわね。でも慣れない人間が着衣のままで泳ぐのは危険ですわ。動きが制限されますので溺れてしまいますわよ」
「みずぎ……? とか言うのを作ったとして、女性の肌が家族以外に見られなければいいんだろ? 家族だけしか入れないとか、女性だけしか入れないとかにできればいいんだが」
「! 陛下! プライベートビーチですわ!」
「ぷらい?」
「陛下のおっしゃったように、家族貸し切りや女性限定の区域を作るのです。そもそも貴族の女性たちは侍女たちの前で裸になるのが当たり前の生活をしていますもの。同性の前でなら恥じらいもさほど感じないでしょう。目隠しの魔法と結界魔法、さらに物理的な壁や柵を作ってしまえばいいのですわ。見張りには女性騎士を雇えば女性の雇用創出にも繋がりますし、エステやマッサージサロンを併設したらきっと夏でも貴族で溢れ返りますのよ!」
えすて? まっさあじ? 何やらまたよく分からぬ言葉が出て来たがあとで説明してもらおう。
「お、おう……?」
「そうですわ! 初めてのプライベートビーチとして、アホ殿下ご一行を招待すればよいのです! アホ殿下ご一行と面識さえできてしまえば、後はエインがアホ殿下ズとヒロインの出会いを阻む策を考えてくださいますわよね? そうと決まればお母さまに相談ですわ! 行きますわよ、エイン!」
シリアナ嬢。さらりとアホ殿下と弟殿下のことを一括りにしたな。第二王子もアホなのか違うのかどうなのか。会えば分かるか。
午後のティータイムを挟み、シリネーゼ公爵夫人と、アナルジダ公爵との話は滞りなく進んだ。大人たちの話を静かに聞いているエロシリダ令息は利発である。
「プライベートビーチはすぐビットギャグに指示しよう。なに、一ヵ月もかかるまい」
シリネーゼ公爵夫人が呼び鈴を鳴らすと、即座にボールギャグが姿を現した。いやマジこの人音もなく現れるしどこに潜んでたのめっちゃ早かったよ侯爵家の執事怖い。
「ビットギャグを呼んでくれ」
「かしこまりました」
「ヘンタイ子爵の次男とひろいんを引き合わせる件はエリィに指示を出そう。エイン、手紙を届けてくれるかい?」
「お待ちください。エロアナル様はすでにタウンハウスを出発している可能性が高いです」
あの令息、無駄に動きが俊敏だからね。胸に手を当てて頭を下げると、シリネーゼ公爵夫人は顎を長い指で撫でた。撫でた顎は、アナルジダ公爵の顎である。
「ああそうか、ゼンリツセェン学園を飛び級卒業したんだったな……」
「私なら、首都まで転移魔法で移動できます」
「ではフィストファック商会への正式な依頼の書状を準備しよう。頼めるかい、エイン君」
「かしこまりました」
「それからフィストファック商会には今後のためにも、我が領地から何らかの利益を融通しなければならないね。どう思う? シリネーゼ」
「そうだな、アナルジダ。例えばプライベートビーチの予約代行を独占させるのはどうだろう」
「そんなところかな。細かい手数料の歩合はエインくんに交渉させよう」
「私に任せてよいのですか」
「いいよ。うちとしては別に。こんなもので稼がなくても領地経営は傾かないから」
え、マジ得体の知れない僕に任せていいのか。さすがお金持ってる人は太っ腹だなぁ。僕のことあれだけ憎いとか言ってたのになアナルジダ公爵。仕事のことになると急に有能になるのはオシリスキナ公爵家の人間の伝統なんだろうか。
「そうしよう。愛しているよ、アナルジダ」
「愛しているさ、シリネーゼ」
「アナルジダ」
「シリネーゼ」
公爵夫人が規格外なだけで、アナルジダ公爵も決して無能ではない。場所と人目を気にせずいちゃつかなければ。
一旦、夕飯を挟み話は続いた。僕は夕飯後、すっかり日課となったエロシリダ令息の入浴と寝かし付けをこなしたわけだが。いいのだ。天使かわいいから仕方ない。その間にランド・スチュワードのビットギャグやエロシリダ令息への指示は済んでいた。ほんと仕事早いなこの人たち。所構わずいちゃつかなければ最高の領主なのに。
一つため息を吐き出して、公爵家の面々が同時に置いたティーカップへ紅茶を注ぐ。
「ついでにさ、エリィの婚約者を貴族派の令嬢から選んじゃおうかなって思ってるんだけど、どうかなシリネーゼ」
「ふむ。王族派か中立派からと思っていたが、それもいいな。王族派筆頭のオシリスキナ公爵家とて、王に二心あらば黙っておらぬと示すためにもいいだろう」
怖っ。多分候補はもう見繕ってあるのだろう。僕が王様なら華麗な土下座をキメるね。これ以上勢力を広げないで欲しい。脳筋戦闘民族領主一家にこれ以上の権力を持たせるのいくない。
「プライベートビーチのお披露目と同時だとなおよろしいかと思われますわ、お父さま、お母さま」
「ああ、そうだな。それがいいだろう。ねぇ、アナルジダ」
「さすがシシィ、賢くてかわいいパパの娘だね最高だよ」
この人たち性格悪いなぁ。統治者としてはそれで正解なんだけど。新たな商売の可能性を見せておいた上で侯爵家を裏切るならば許さないし、その兆候があれば対応する準備はできていると示すのだ。現王はさほどバカじゃないにせよ、控えているのがアホ殿下では致命的だろうな。そんな公爵家の意志表示を読み取ることすらできないならばこの国の未来は暗いだろう。まぁアホ殿下が本物のアホなら扱いやすいから問題ない。
僕、シリアナ嬢のばっどえんど回避が成功したらこの人たちには近寄らないようにしようそうしよう。
「では、僕は明日フィストファック商会に赴きますので失礼させていただきます」
「キリーお兄さまとイヴォお兄さまによろしくね、エイン」
「シリアナ様が一筆したためていただければ、お二人は喜んで動いてくださると思いますがいかがでしょうか」
「分かりましたわ。ではお父さま、お母さま。シリイタイ卿とイヴォヂ卿へお手紙をしたためますので、わたくしも失礼させていただきますわ」
「うむ。わたくしも書状をしたためるとしよう。朝、出発前に書斎へ顔を出したまえエイン君」
「かしこまりました」
「明日からしばらくはパパがシシィを独り占めだね? 行っておいでエインくん。そしてできればもう帰って来なくてもいいんだよエインくん」
そうしていいならさっさと逃走したい。だが多分、今逃走したらシリアナ嬢がどこまでも追いかけて来るに違いない。ご容赦いただきたい。僕は死んだ魚の方がまだ生き生きしているだろう瞳でシリネーゼ公爵夫人の書斎を後にした。
「急いでキリーお兄さまとイヴォお兄さまへのお手紙を書きますわね」
「うん。だが今は取り急ぎ僕の臀部を撫でるのを止めたまえ」
「しばらく陛下の麗しい臀部を拝めなくなるわたくしへの、ご褒美はございませんの?」
「僕としてはこのまま魔界に帰ってもいいんだよ?」
「そんな、かわいらしい小さな望みを口にしただけではございませんこと?」
ほんと君、二人きりになるとすぐに僕のかわいい小尻を撫で回すのをやめたまえよ。いくら僕のお尻がかわいくかつ魅惑的だとしても君は公爵令嬢なんだからほんとにやめたまえよ。誰かに見られたらどうしてくれるんだ。純真な童貞の尻を撫で回した精神的苦痛に対する慰謝料を請求するぞ。
「ちっともかわいらしくない要求だから断固としてお断りする」
「陛下のお尻が魅惑的なのがいけないのですわ……」
「君の手癖が悪いのだと思うぞ」
シリアナ嬢の部屋の前で、扉を指し示す。思わず眉根が寄ってしまうのは仕方のないことだ。僕はこの部屋の中にいる変態を視界に入れたくない。
「一筆書いて持って来たまえ。侍従といえど夜遅くにご令嬢の部屋へ男が入って過ごすのはよろしくないからな」
「既成事実を作ってしまうおうという企みが阻止されてしまいましたわ」
「企まないでくれたまえ」
ほんと油断も隙もないなシリアナ嬢。扉の前で大人しく待つ。しばらくして、シリアナ嬢が少しだけ開いた扉の隙間から顔を覗かせた。
「陛下、誘惑してもよろしいでしょうか」
「却下だよ。当たり前だろ。観念して手紙を渡しなさい」
ほんと君は僕に感謝したまえよ。僕が紳士な童貞でよかったね。渋々といった様子で差し出された手紙を二通、受け取った。
「早く寝なさい」
「わたくし近頃寝つきが悪いのでぜひ、陛下に子守歌を歌っていただきたいのですわ」
「よし、魔力で眠らせてあげよう。なに、秒で眠れるぞ」
魔王を侮るなよ。人間の小娘を眠らせるなど童貞を捧げるよりも簡単なことなのだよ!
「陛下はいじわるですわ」
「今この場で眠らせて、ニイにベッドまで運ばせるぞ。ニイ! シリアナ嬢が頭を打たないようにしろよ!」
「ひぃっ! 陛下は鬼ですわ! そんなことになったらもうお嫁に行けませんことよ」
名前を呼ばれた闇の精霊王が嬉しそうにシリアナ嬢の足元へ四つん這いで駆け寄るのが見えた。すごく不気味である。効果は抜群だったが、闇の精霊王の名を引き合いに出したことを少し後悔した。
「あっちへお行きなさいませっ」
さすがのシリアナ嬢も四つん這いになった闇の精霊王へそう言い放つのが見えた。こいつ以外だったら少々可哀想に思うところかもしれないが、全く同情できない。
だって本気で気持ち悪いんだもん。
シリアナ嬢がニイに気を取られている隙に、僕は静かに扉を閉めた。扉の向こうから「ああっ! 陛下のそんな冷静なところも好きですわっ!」とシリアナ嬢の鳴き声が聞こえたが例によって僕は何も聞いていないフリをして自室へ戻る。
明日の朝一、オシリスキナ公爵夫人からフィストファック商会への書状を受け取って首都へ行かねばならない。
僕は魔王だし神なので眠らなくても平気である。というわけで睡眠は必要ないが普通に眠気はある。眠い時は寝ることもあるが大体、夜は魔界に戻って雑務を片付けている。そのため、侍従用の部屋のワードローブは魔界に繋がっている。部屋に入ると、僕のベッドにシリトアがあんなに肩って落とせるのかというほど肩を落としきって座っていた。
僕の股間の平和がかかっているからねっ!
「つまり、王子二人がドエロミナへ長期滞在したくなるような状況を作ればいいのだろう?」
そしてその間に、淫行教師とひろいんを他の攻略対象より早く出会わせて有利にしておく。淫行教師とひろいんを引き合わせるのは、シリイタイ兄弟に任せればいいのではないだろうか。
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「ゼンリツセェン学園の入学は九月。冬に別荘へ来るのではひろいん入学後になってしまう。三か月あれば人は恋に落ちるぞ、シリアナ嬢」
「さすが陛下、童貞なのにお詳しいのですわ!」
「童貞だからこそ耳年増なのだよ! ふははははは!」
自分で言ってて悲しくなってきた。童貞はな、恋愛話に敏感なのだよ! 童貞だって物語みたいな恋したいもん! 物語みたいな恋愛に興味津々だもん! 魔王だって素敵な恋愛したいもん! ただし、シリアナ嬢みたいに奇声を上げないご令嬢とな!
「真夏に殿下をここへ呼び寄せることができるような理由、ですか」
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「真夏にドエロミナ領民のような暑苦しい筋肉に囲まれたい人間など、居ないだろうからな」
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「そうなのです……そもそもこの国には貴族の女性が海で泳ぐという習慣がないのです。未婚であれ既婚であれ、肌を晒すことははしたないとされていますから。わたくしの前世で暮らしていた国では水の中で動きやすい衣装、水着というものがありましたがこの国の女性に対する常識からはとても受け入れられないでしょうし……」
「でも地元の人間は泳げるし泳ぐんだろ?」
「ええ。わたくしも子供の頃はよく浜辺で泳ぎましたわ。とても気持ちいいのですよ」
泳ぐ幼い頃のシリアナ嬢を見た人はびっくりしただろうなぁ。だって金色の子熊が海で泳いでるんだもん。僕なら逃げる。
「地元の人は普段着で泳ぐのか?」
「普段着……と言いますか、子供たちは裸ですわね。大人も男性は裸ですわ。女性は平民ならコルセットとシュミーズで泳ぎますわね。でも慣れない人間が着衣のままで泳ぐのは危険ですわ。動きが制限されますので溺れてしまいますわよ」
「みずぎ……? とか言うのを作ったとして、女性の肌が家族以外に見られなければいいんだろ? 家族だけしか入れないとか、女性だけしか入れないとかにできればいいんだが」
「! 陛下! プライベートビーチですわ!」
「ぷらい?」
「陛下のおっしゃったように、家族貸し切りや女性限定の区域を作るのです。そもそも貴族の女性たちは侍女たちの前で裸になるのが当たり前の生活をしていますもの。同性の前でなら恥じらいもさほど感じないでしょう。目隠しの魔法と結界魔法、さらに物理的な壁や柵を作ってしまえばいいのですわ。見張りには女性騎士を雇えば女性の雇用創出にも繋がりますし、エステやマッサージサロンを併設したらきっと夏でも貴族で溢れ返りますのよ!」
えすて? まっさあじ? 何やらまたよく分からぬ言葉が出て来たがあとで説明してもらおう。
「お、おう……?」
「そうですわ! 初めてのプライベートビーチとして、アホ殿下ご一行を招待すればよいのです! アホ殿下ご一行と面識さえできてしまえば、後はエインがアホ殿下ズとヒロインの出会いを阻む策を考えてくださいますわよね? そうと決まればお母さまに相談ですわ! 行きますわよ、エイン!」
シリアナ嬢。さらりとアホ殿下と弟殿下のことを一括りにしたな。第二王子もアホなのか違うのかどうなのか。会えば分かるか。
午後のティータイムを挟み、シリネーゼ公爵夫人と、アナルジダ公爵との話は滞りなく進んだ。大人たちの話を静かに聞いているエロシリダ令息は利発である。
「プライベートビーチはすぐビットギャグに指示しよう。なに、一ヵ月もかかるまい」
シリネーゼ公爵夫人が呼び鈴を鳴らすと、即座にボールギャグが姿を現した。いやマジこの人音もなく現れるしどこに潜んでたのめっちゃ早かったよ侯爵家の執事怖い。
「ビットギャグを呼んでくれ」
「かしこまりました」
「ヘンタイ子爵の次男とひろいんを引き合わせる件はエリィに指示を出そう。エイン、手紙を届けてくれるかい?」
「お待ちください。エロアナル様はすでにタウンハウスを出発している可能性が高いです」
あの令息、無駄に動きが俊敏だからね。胸に手を当てて頭を下げると、シリネーゼ公爵夫人は顎を長い指で撫でた。撫でた顎は、アナルジダ公爵の顎である。
「ああそうか、ゼンリツセェン学園を飛び級卒業したんだったな……」
「私なら、首都まで転移魔法で移動できます」
「ではフィストファック商会への正式な依頼の書状を準備しよう。頼めるかい、エイン君」
「かしこまりました」
「それからフィストファック商会には今後のためにも、我が領地から何らかの利益を融通しなければならないね。どう思う? シリネーゼ」
「そうだな、アナルジダ。例えばプライベートビーチの予約代行を独占させるのはどうだろう」
「そんなところかな。細かい手数料の歩合はエインくんに交渉させよう」
「私に任せてよいのですか」
「いいよ。うちとしては別に。こんなもので稼がなくても領地経営は傾かないから」
え、マジ得体の知れない僕に任せていいのか。さすがお金持ってる人は太っ腹だなぁ。僕のことあれだけ憎いとか言ってたのになアナルジダ公爵。仕事のことになると急に有能になるのはオシリスキナ公爵家の人間の伝統なんだろうか。
「そうしよう。愛しているよ、アナルジダ」
「愛しているさ、シリネーゼ」
「アナルジダ」
「シリネーゼ」
公爵夫人が規格外なだけで、アナルジダ公爵も決して無能ではない。場所と人目を気にせずいちゃつかなければ。
一旦、夕飯を挟み話は続いた。僕は夕飯後、すっかり日課となったエロシリダ令息の入浴と寝かし付けをこなしたわけだが。いいのだ。天使かわいいから仕方ない。その間にランド・スチュワードのビットギャグやエロシリダ令息への指示は済んでいた。ほんと仕事早いなこの人たち。所構わずいちゃつかなければ最高の領主なのに。
一つため息を吐き出して、公爵家の面々が同時に置いたティーカップへ紅茶を注ぐ。
「ついでにさ、エリィの婚約者を貴族派の令嬢から選んじゃおうかなって思ってるんだけど、どうかなシリネーゼ」
「ふむ。王族派か中立派からと思っていたが、それもいいな。王族派筆頭のオシリスキナ公爵家とて、王に二心あらば黙っておらぬと示すためにもいいだろう」
怖っ。多分候補はもう見繕ってあるのだろう。僕が王様なら華麗な土下座をキメるね。これ以上勢力を広げないで欲しい。脳筋戦闘民族領主一家にこれ以上の権力を持たせるのいくない。
「プライベートビーチのお披露目と同時だとなおよろしいかと思われますわ、お父さま、お母さま」
「ああ、そうだな。それがいいだろう。ねぇ、アナルジダ」
「さすがシシィ、賢くてかわいいパパの娘だね最高だよ」
この人たち性格悪いなぁ。統治者としてはそれで正解なんだけど。新たな商売の可能性を見せておいた上で侯爵家を裏切るならば許さないし、その兆候があれば対応する準備はできていると示すのだ。現王はさほどバカじゃないにせよ、控えているのがアホ殿下では致命的だろうな。そんな公爵家の意志表示を読み取ることすらできないならばこの国の未来は暗いだろう。まぁアホ殿下が本物のアホなら扱いやすいから問題ない。
僕、シリアナ嬢のばっどえんど回避が成功したらこの人たちには近寄らないようにしようそうしよう。
「では、僕は明日フィストファック商会に赴きますので失礼させていただきます」
「キリーお兄さまとイヴォお兄さまによろしくね、エイン」
「シリアナ様が一筆したためていただければ、お二人は喜んで動いてくださると思いますがいかがでしょうか」
「分かりましたわ。ではお父さま、お母さま。シリイタイ卿とイヴォヂ卿へお手紙をしたためますので、わたくしも失礼させていただきますわ」
「うむ。わたくしも書状をしたためるとしよう。朝、出発前に書斎へ顔を出したまえエイン君」
「かしこまりました」
「明日からしばらくはパパがシシィを独り占めだね? 行っておいでエインくん。そしてできればもう帰って来なくてもいいんだよエインくん」
そうしていいならさっさと逃走したい。だが多分、今逃走したらシリアナ嬢がどこまでも追いかけて来るに違いない。ご容赦いただきたい。僕は死んだ魚の方がまだ生き生きしているだろう瞳でシリネーゼ公爵夫人の書斎を後にした。
「急いでキリーお兄さまとイヴォお兄さまへのお手紙を書きますわね」
「うん。だが今は取り急ぎ僕の臀部を撫でるのを止めたまえ」
「しばらく陛下の麗しい臀部を拝めなくなるわたくしへの、ご褒美はございませんの?」
「僕としてはこのまま魔界に帰ってもいいんだよ?」
「そんな、かわいらしい小さな望みを口にしただけではございませんこと?」
ほんと君、二人きりになるとすぐに僕のかわいい小尻を撫で回すのをやめたまえよ。いくら僕のお尻がかわいくかつ魅惑的だとしても君は公爵令嬢なんだからほんとにやめたまえよ。誰かに見られたらどうしてくれるんだ。純真な童貞の尻を撫で回した精神的苦痛に対する慰謝料を請求するぞ。
「ちっともかわいらしくない要求だから断固としてお断りする」
「陛下のお尻が魅惑的なのがいけないのですわ……」
「君の手癖が悪いのだと思うぞ」
シリアナ嬢の部屋の前で、扉を指し示す。思わず眉根が寄ってしまうのは仕方のないことだ。僕はこの部屋の中にいる変態を視界に入れたくない。
「一筆書いて持って来たまえ。侍従といえど夜遅くにご令嬢の部屋へ男が入って過ごすのはよろしくないからな」
「既成事実を作ってしまうおうという企みが阻止されてしまいましたわ」
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ほんと油断も隙もないなシリアナ嬢。扉の前で大人しく待つ。しばらくして、シリアナ嬢が少しだけ開いた扉の隙間から顔を覗かせた。
「陛下、誘惑してもよろしいでしょうか」
「却下だよ。当たり前だろ。観念して手紙を渡しなさい」
ほんと君は僕に感謝したまえよ。僕が紳士な童貞でよかったね。渋々といった様子で差し出された手紙を二通、受け取った。
「早く寝なさい」
「わたくし近頃寝つきが悪いのでぜひ、陛下に子守歌を歌っていただきたいのですわ」
「よし、魔力で眠らせてあげよう。なに、秒で眠れるぞ」
魔王を侮るなよ。人間の小娘を眠らせるなど童貞を捧げるよりも簡単なことなのだよ!
「陛下はいじわるですわ」
「今この場で眠らせて、ニイにベッドまで運ばせるぞ。ニイ! シリアナ嬢が頭を打たないようにしろよ!」
「ひぃっ! 陛下は鬼ですわ! そんなことになったらもうお嫁に行けませんことよ」
名前を呼ばれた闇の精霊王が嬉しそうにシリアナ嬢の足元へ四つん這いで駆け寄るのが見えた。すごく不気味である。効果は抜群だったが、闇の精霊王の名を引き合いに出したことを少し後悔した。
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さすがのシリアナ嬢も四つん這いになった闇の精霊王へそう言い放つのが見えた。こいつ以外だったら少々可哀想に思うところかもしれないが、全く同情できない。
だって本気で気持ち悪いんだもん。
シリアナ嬢がニイに気を取られている隙に、僕は静かに扉を閉めた。扉の向こうから「ああっ! 陛下のそんな冷静なところも好きですわっ!」とシリアナ嬢の鳴き声が聞こえたが例によって僕は何も聞いていないフリをして自室へ戻る。
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※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
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