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第三章 清廉なるティタニエラ
第二話 意図せぬ三つ目①
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午後訪れた大聖堂デミエル・ダリアの扉は開かれていた。
総司とリシアは、門番の怪訝そうな視線を受けながらも、特に検閲を受けることなく入口を突破。一般信徒も礼拝の日には訪れる、礼拝の間へと通された。
その荘厳さ、神秘の気配は、言葉ではとても言い表せない。見上げても見えないほど高い天井、そびえる柱の全てに刻まれた祈りの言葉の数々。並の教会や大聖堂とは比較にならない広々とした礼拝の間に、そこかしこから光が差し込む。
これほどの広さ、大きさで、しかし礼拝の間には誰もいない。聖職者も信徒も、誰もいないのだ。その事実が、荘厳さと共にわずかな不気味さをも感じさせる。
礼拝の間の隅に、不思議なスペースがあった。
円錐状の大きめのケージである。その中には、バスケットボール二個分ぐらいのサイズの、猿ともリスともつかない珍妙な生物が、聖騎士の鎧を身に着けて鎮座している。
総司が近づくと、リスに近い愛らしい顔立ちのその生物は、突然ピョンと跳ねて、どこからかカードの類を取り出し、総司の前に四枚配った。
「あん? なんだなんだ?」
総司はケージの前にあぐらを掻き、ケージの隙間から投げ寄越された裏向けのカードをめくろうとした。
その途端、猿ともリスともつかない生物の腕がびよんと伸びて、総司の頭を強烈に叩いた。
「いたぁ!」
「何をしているんだ」
礼拝の間に誰か来るか確認し、他の場所に繋がる通路を目で探していたリシアが、呆れたように言って総司の傍に寄った。
「何なんだ! めくるなってか!?」
総司が言うと、謎の生物はフンフンフン、と猛烈に頷き、自分の前にも四枚のカードを裏向けに置いて、一つを選んだ。
「ルールがわからん……」
「大丈夫だよ、ただの運試しだから」
先ほど分かれたベルが、礼拝の間の奥にいつの間にか姿を現していた。
「ベル!」
「やっほー。ティムに付き合ってあげてよ。数字が書かれてるだけなの。めくって大きい方が勝ち、今日は運がいいってね」
「なるほど……なら」
総司は一番右端のカードを選んだ。
「コイツだ。さあ、勝負」
二人――――正確には一匹と一人が、同時にカードをめくる。アラビア数字に似たリスティリアの数字で描かれた数字は、総司が「7」、ティムと呼ばれた生物が「5」だった。
「はい勝ちぃ!」
「キー!」
ティムが憤慨してカードを取っ散らかす。往年のちゃぶ台返しのような光景である。
「ハッハー! どうだ俺の運は! ふっかけといてざまあねえぜ!」
「私の目には、動物を相手にそこまで調子に乗れるお前の方が無様だが」
ケージを挟んでお互いに威嚇し合う総司とティムを見て、リシアはすっかり呆れてしまっていた。
だが、遠目にその様子を見守っていたベルの表情は、呆れているのではなく、呆気に取られていた。
「……ウソ……」
「ティムに勝つとは。天運に恵まれているようですね、女神の騎士とやら」
呆気に取られていたベルが、ハッと我に返り、そして戦慄する。
ここに来るのは、ベルの同僚クレア・ウェルゼミットのはずだった。フロルのお説教を受け、客人を追い返す命を受け、ベルはここに来た。
彼女がここに来るはずはなく――――クレアを『欺く』のならば容易いと。ベルはそう考えていたのだが――――
コツ、コツ、と。礼拝の間に上の階層から続く階段を下る、白き聖職者の服を纏う女性。英国貴族のように結い上げられた銀髪と、鋭く怜悧な眼差し。
「数字の示唆するところを覚えておくと良いでしょう。女神さまが与えたもうた天啓やもしれません」
フロル・ウェルゼミット枢機卿が、階段の中ほどで、不敵な笑みを浮かべて立ち止まった。
「……お初にお目にかかります、枢機卿猊下」
リシアの記憶にある彼女よりも、当然だが成長している。しかし見間違えようもない。
目の前にしてみれば、記憶よりもずっと強烈な気配だ。エイレーン女王ともランセム王とも異質。フロル枢機卿の周囲に、他者が近づけない結界でも展開されているかのような錯覚を覚える。
時代の傑物。リシアが称した表現を総司もまた実感する。
「……どうも。ソウシと言います」
「フロル・ウェルゼミットです。あぁ、挨拶は不要に願いますね。そう長い付き合いにはなりませんので」
フロルは、階段を今の位置よりも降りるつもりはないらしい。
ベルの表情からは笑顔が消えていたが、さっといつものいたずらっぽい表情に切り替えて、フロルを見ていた。
「珍しいじゃないですか、降りてくるなんて。あたしとクレアに任せてくれればいいのに」
「無論、任せますよ。しかし興味が湧いたのです。かのエイレーン・レブレーベントすら説き伏せ信じさせた女神の遣い……一目見ておこうと思いまして」
フロルの後に続き、クレア・ウェルゼミットが階段を降り、ベルの隣までやってきた。
「何で連れてきたの! これじゃ話のしようもないじゃん!」
フロルに聞こえないよう小声で、しかし強い口調でベルがクレアに詰問した。クレアは困ったように眉を八の字にして、ひそひそと答えた。
「私も知らんよ……しかし、少しは仲良くなれたようだし、それで手打ちとしておけ」
総司とベルのやり取りを多少は見ていたようだ。
クレアはベルの嘘をまだ悟っていない。クレアとここに来るまでにわずかな時間合流したとき、ベルは総司とリシアの二人を、『知らないふり』をしていた。
ベルの『欺き』はクレアに対して見事に決まるはずだったのだが、フロルがここにきてしまっては計画が破綻する。この場の誰にも悟られることなく、ベルは密かに焦っているのである。
「既によく理解していると思いますが」
フロルは、自分の近衛騎士二人の内緒話を気にも留めず、総司とリシアへ言葉を掛ける。
「あなた方にはお帰り願います。私自らそれを言い渡しに来たのです。むげにはしませんね」
「申し訳ありませんが、話だけでも聞いていただけませんか」
「要件は理解しています。そして受け入れがたいものと認識しています。つまり話をしても無駄ということです」
「ではなぜ猊下自らこちらにいらっしゃったのです?」
「心付けですよ、隣国への」
フロルはこともなげに答えた。
「エイレーン女王は尊敬に値する人物です。姿も見せぬのでは礼を欠く。それだけのことです」
「そのエイレーン女王が俺を信じてくれています。そして俺の旅路は、各国の協力なくして成立しません」
総司が言うと、フロルは下らなさそうに総司を一瞥した。
「では不完全と言うことです。そして女神さまは、そのような不完全さを容認しません」
「……あなたに女神の何がわかるというんです?」
「その問い、あなたにそのままお返ししましょう。女神の騎士を騙る愚か者……あなたこそ、女神さまの何を理解しているというのです?」
その問いに答えられる者は、このリスティリアに存在しない。
女神の騎士たる総司も、そして女神教において現状最も敬虔なる信徒であるフロル・ウェルゼミットも、誰も。
女神レヴァンチェスカのことを理解するなど、夢のまた夢。直接会ったことのある総司ですら、彼女が本当は何を考えているのか、何を隠しているのか、何も知らないのだ。
「エイレーン女王によろしくお伝えください。あぁ、帰り道のご心配はなく」
フロルが踵を返した。下ることを途中でやめた階段を、上へ戻り始める。
「あなた方は数分後には、王都シルヴェンスに帰っていられますのでね」
「はっ……?」
礼拝の間の床が、幾何学模様の陣を湛え、輝きを帯びる。
転送魔法。ヒトを一瞬で別の場所へ移動させる高度な魔法であり、並大抵の難易度ではないために使う者は限られる。
だが、大聖堂デミエル・ダリアが持つ機能と、聖騎士団の魔法の技術を以てすれば、準備を整えることで発動が出来るようだ。
フロルは最初から、交渉の余地など残していない。二人に形ばかりの挨拶をして、強制送還するつもりだった。
「チッ――――!」
何が起こるのか、その魔力の気配で察知した総司の左目に、時計の文字盤のような模様が浮かぶ。
誇り高き国ルディラントで授かった無敵の護り“ルディラント・リスティリオス”。ルディラント王ランセムが、“オリジン”の力を用いて発動した千年の神秘を内包する魔法すらも消し去った反逆の輝き。転移の魔法も消し去るのは容易い。
だが、リシアがばっと手を挙げてその挙動を押さえた。
「なん――――!」
「お前の左目で消し去れる魔法がこれ一つで済むかわからないんだ……! 首都ディフェーレスは何らかの魔力によって浮いている、下手をすれば『下』の民の上に街が落ちる!」
「それは……!」
「ここで残ったところで、話は平行線だ……情けない話だが、いったん国へ戻ろう……」
「くそっ……! 何が礼儀だ、形だけにも足りてねえ!」
総司が叫ぶと、フロルはまた下らなさそうに彼を一瞥し、首を振る。
「あなたと私は相当、そりが合わぬようです。二度と会わぬことを祈っていますよ、詐欺師殿」
カラン、と。
何かが床に落ち、転がった。
総司とリシアの目が――――フロルとクレアの目が、音の鳴る方向を追いかけた。
総司とリシアも含めて、そこにいる全員が見覚えのある耳飾りである。十字架型の、耳飾り。
「ぎゃあああ! あたしのお宝がぁぁぁ!!」
「おい馬鹿やめろ何を考えているんだスティンゴルドォ!!」
クレアが手を伸ばすのも遅かった。既に発動した魔法の陣の上に、転がった耳飾りを追いかけてベルが飛び込む。
十字架の耳飾りを見事にキャッチし、ずざーっとベルが滑り込んだのは、総司とリシアの足元。
総司の反応は早かった。ベルの腕を掴んで、クレアのところへ放り投げようとぐいっと助け起こし――――その動きが、止まる。ベルの小さな声によって、止められる。
「待った。このまま」
「ッ……お前ッ……!」
転移魔法の準備が完了し、礼拝の間が淡い光に包まれる。眩い輝きが礼拝の間を満たし、一瞬の間が開いて――――総司とリシア、そしてベルの体が、礼拝の間から消え失せた。
沈黙が広がった。あまりにも静かで、あまりにも間抜けな沈黙が。
「……クレア」
「ハッ」
クレアの体が強張った。呆れと怒りとあきらめが入り混じるフロルの声が、ずっしりと体の芯から響いてくるような感覚。近衛騎士としてそれなりに修羅場をくぐっているクレアが震え上がった。
「五分で親書を書きますので、レブレーベント王家へあなた手ずから届けていただけますか」
「仰せのままに」
「礼を欠かぬようお願いしますね。それと……多少は、もてなしの準備を」
「……ハッ……」
「ベルを返してもらおうと思えば……場を設けぬわけには、いかなくなるでしょうから」
「……その……不始末の罰は……」
「もちろん受けてもらいます、ベルにね。……今度はお説教では済ませません。そろそろ……甘やかすのもやめにしなければ……」
ベルが戻ってきたら、一体どんな悲劇が待っているのか。それを想うと、クレアは自分が責められているわけでもないのに、身震いする思いだった。
総司とリシアは、門番の怪訝そうな視線を受けながらも、特に検閲を受けることなく入口を突破。一般信徒も礼拝の日には訪れる、礼拝の間へと通された。
その荘厳さ、神秘の気配は、言葉ではとても言い表せない。見上げても見えないほど高い天井、そびえる柱の全てに刻まれた祈りの言葉の数々。並の教会や大聖堂とは比較にならない広々とした礼拝の間に、そこかしこから光が差し込む。
これほどの広さ、大きさで、しかし礼拝の間には誰もいない。聖職者も信徒も、誰もいないのだ。その事実が、荘厳さと共にわずかな不気味さをも感じさせる。
礼拝の間の隅に、不思議なスペースがあった。
円錐状の大きめのケージである。その中には、バスケットボール二個分ぐらいのサイズの、猿ともリスともつかない珍妙な生物が、聖騎士の鎧を身に着けて鎮座している。
総司が近づくと、リスに近い愛らしい顔立ちのその生物は、突然ピョンと跳ねて、どこからかカードの類を取り出し、総司の前に四枚配った。
「あん? なんだなんだ?」
総司はケージの前にあぐらを掻き、ケージの隙間から投げ寄越された裏向けのカードをめくろうとした。
その途端、猿ともリスともつかない生物の腕がびよんと伸びて、総司の頭を強烈に叩いた。
「いたぁ!」
「何をしているんだ」
礼拝の間に誰か来るか確認し、他の場所に繋がる通路を目で探していたリシアが、呆れたように言って総司の傍に寄った。
「何なんだ! めくるなってか!?」
総司が言うと、謎の生物はフンフンフン、と猛烈に頷き、自分の前にも四枚のカードを裏向けに置いて、一つを選んだ。
「ルールがわからん……」
「大丈夫だよ、ただの運試しだから」
先ほど分かれたベルが、礼拝の間の奥にいつの間にか姿を現していた。
「ベル!」
「やっほー。ティムに付き合ってあげてよ。数字が書かれてるだけなの。めくって大きい方が勝ち、今日は運がいいってね」
「なるほど……なら」
総司は一番右端のカードを選んだ。
「コイツだ。さあ、勝負」
二人――――正確には一匹と一人が、同時にカードをめくる。アラビア数字に似たリスティリアの数字で描かれた数字は、総司が「7」、ティムと呼ばれた生物が「5」だった。
「はい勝ちぃ!」
「キー!」
ティムが憤慨してカードを取っ散らかす。往年のちゃぶ台返しのような光景である。
「ハッハー! どうだ俺の運は! ふっかけといてざまあねえぜ!」
「私の目には、動物を相手にそこまで調子に乗れるお前の方が無様だが」
ケージを挟んでお互いに威嚇し合う総司とティムを見て、リシアはすっかり呆れてしまっていた。
だが、遠目にその様子を見守っていたベルの表情は、呆れているのではなく、呆気に取られていた。
「……ウソ……」
「ティムに勝つとは。天運に恵まれているようですね、女神の騎士とやら」
呆気に取られていたベルが、ハッと我に返り、そして戦慄する。
ここに来るのは、ベルの同僚クレア・ウェルゼミットのはずだった。フロルのお説教を受け、客人を追い返す命を受け、ベルはここに来た。
彼女がここに来るはずはなく――――クレアを『欺く』のならば容易いと。ベルはそう考えていたのだが――――
コツ、コツ、と。礼拝の間に上の階層から続く階段を下る、白き聖職者の服を纏う女性。英国貴族のように結い上げられた銀髪と、鋭く怜悧な眼差し。
「数字の示唆するところを覚えておくと良いでしょう。女神さまが与えたもうた天啓やもしれません」
フロル・ウェルゼミット枢機卿が、階段の中ほどで、不敵な笑みを浮かべて立ち止まった。
「……お初にお目にかかります、枢機卿猊下」
リシアの記憶にある彼女よりも、当然だが成長している。しかし見間違えようもない。
目の前にしてみれば、記憶よりもずっと強烈な気配だ。エイレーン女王ともランセム王とも異質。フロル枢機卿の周囲に、他者が近づけない結界でも展開されているかのような錯覚を覚える。
時代の傑物。リシアが称した表現を総司もまた実感する。
「……どうも。ソウシと言います」
「フロル・ウェルゼミットです。あぁ、挨拶は不要に願いますね。そう長い付き合いにはなりませんので」
フロルは、階段を今の位置よりも降りるつもりはないらしい。
ベルの表情からは笑顔が消えていたが、さっといつものいたずらっぽい表情に切り替えて、フロルを見ていた。
「珍しいじゃないですか、降りてくるなんて。あたしとクレアに任せてくれればいいのに」
「無論、任せますよ。しかし興味が湧いたのです。かのエイレーン・レブレーベントすら説き伏せ信じさせた女神の遣い……一目見ておこうと思いまして」
フロルの後に続き、クレア・ウェルゼミットが階段を降り、ベルの隣までやってきた。
「何で連れてきたの! これじゃ話のしようもないじゃん!」
フロルに聞こえないよう小声で、しかし強い口調でベルがクレアに詰問した。クレアは困ったように眉を八の字にして、ひそひそと答えた。
「私も知らんよ……しかし、少しは仲良くなれたようだし、それで手打ちとしておけ」
総司とベルのやり取りを多少は見ていたようだ。
クレアはベルの嘘をまだ悟っていない。クレアとここに来るまでにわずかな時間合流したとき、ベルは総司とリシアの二人を、『知らないふり』をしていた。
ベルの『欺き』はクレアに対して見事に決まるはずだったのだが、フロルがここにきてしまっては計画が破綻する。この場の誰にも悟られることなく、ベルは密かに焦っているのである。
「既によく理解していると思いますが」
フロルは、自分の近衛騎士二人の内緒話を気にも留めず、総司とリシアへ言葉を掛ける。
「あなた方にはお帰り願います。私自らそれを言い渡しに来たのです。むげにはしませんね」
「申し訳ありませんが、話だけでも聞いていただけませんか」
「要件は理解しています。そして受け入れがたいものと認識しています。つまり話をしても無駄ということです」
「ではなぜ猊下自らこちらにいらっしゃったのです?」
「心付けですよ、隣国への」
フロルはこともなげに答えた。
「エイレーン女王は尊敬に値する人物です。姿も見せぬのでは礼を欠く。それだけのことです」
「そのエイレーン女王が俺を信じてくれています。そして俺の旅路は、各国の協力なくして成立しません」
総司が言うと、フロルは下らなさそうに総司を一瞥した。
「では不完全と言うことです。そして女神さまは、そのような不完全さを容認しません」
「……あなたに女神の何がわかるというんです?」
「その問い、あなたにそのままお返ししましょう。女神の騎士を騙る愚か者……あなたこそ、女神さまの何を理解しているというのです?」
その問いに答えられる者は、このリスティリアに存在しない。
女神の騎士たる総司も、そして女神教において現状最も敬虔なる信徒であるフロル・ウェルゼミットも、誰も。
女神レヴァンチェスカのことを理解するなど、夢のまた夢。直接会ったことのある総司ですら、彼女が本当は何を考えているのか、何を隠しているのか、何も知らないのだ。
「エイレーン女王によろしくお伝えください。あぁ、帰り道のご心配はなく」
フロルが踵を返した。下ることを途中でやめた階段を、上へ戻り始める。
「あなた方は数分後には、王都シルヴェンスに帰っていられますのでね」
「はっ……?」
礼拝の間の床が、幾何学模様の陣を湛え、輝きを帯びる。
転送魔法。ヒトを一瞬で別の場所へ移動させる高度な魔法であり、並大抵の難易度ではないために使う者は限られる。
だが、大聖堂デミエル・ダリアが持つ機能と、聖騎士団の魔法の技術を以てすれば、準備を整えることで発動が出来るようだ。
フロルは最初から、交渉の余地など残していない。二人に形ばかりの挨拶をして、強制送還するつもりだった。
「チッ――――!」
何が起こるのか、その魔力の気配で察知した総司の左目に、時計の文字盤のような模様が浮かぶ。
誇り高き国ルディラントで授かった無敵の護り“ルディラント・リスティリオス”。ルディラント王ランセムが、“オリジン”の力を用いて発動した千年の神秘を内包する魔法すらも消し去った反逆の輝き。転移の魔法も消し去るのは容易い。
だが、リシアがばっと手を挙げてその挙動を押さえた。
「なん――――!」
「お前の左目で消し去れる魔法がこれ一つで済むかわからないんだ……! 首都ディフェーレスは何らかの魔力によって浮いている、下手をすれば『下』の民の上に街が落ちる!」
「それは……!」
「ここで残ったところで、話は平行線だ……情けない話だが、いったん国へ戻ろう……」
「くそっ……! 何が礼儀だ、形だけにも足りてねえ!」
総司が叫ぶと、フロルはまた下らなさそうに彼を一瞥し、首を振る。
「あなたと私は相当、そりが合わぬようです。二度と会わぬことを祈っていますよ、詐欺師殿」
カラン、と。
何かが床に落ち、転がった。
総司とリシアの目が――――フロルとクレアの目が、音の鳴る方向を追いかけた。
総司とリシアも含めて、そこにいる全員が見覚えのある耳飾りである。十字架型の、耳飾り。
「ぎゃあああ! あたしのお宝がぁぁぁ!!」
「おい馬鹿やめろ何を考えているんだスティンゴルドォ!!」
クレアが手を伸ばすのも遅かった。既に発動した魔法の陣の上に、転がった耳飾りを追いかけてベルが飛び込む。
十字架の耳飾りを見事にキャッチし、ずざーっとベルが滑り込んだのは、総司とリシアの足元。
総司の反応は早かった。ベルの腕を掴んで、クレアのところへ放り投げようとぐいっと助け起こし――――その動きが、止まる。ベルの小さな声によって、止められる。
「待った。このまま」
「ッ……お前ッ……!」
転移魔法の準備が完了し、礼拝の間が淡い光に包まれる。眩い輝きが礼拝の間を満たし、一瞬の間が開いて――――総司とリシア、そしてベルの体が、礼拝の間から消え失せた。
沈黙が広がった。あまりにも静かで、あまりにも間抜けな沈黙が。
「……クレア」
「ハッ」
クレアの体が強張った。呆れと怒りとあきらめが入り混じるフロルの声が、ずっしりと体の芯から響いてくるような感覚。近衛騎士としてそれなりに修羅場をくぐっているクレアが震え上がった。
「五分で親書を書きますので、レブレーベント王家へあなた手ずから届けていただけますか」
「仰せのままに」
「礼を欠かぬようお願いしますね。それと……多少は、もてなしの準備を」
「……ハッ……」
「ベルを返してもらおうと思えば……場を設けぬわけには、いかなくなるでしょうから」
「……その……不始末の罰は……」
「もちろん受けてもらいます、ベルにね。……今度はお説教では済ませません。そろそろ……甘やかすのもやめにしなければ……」
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