穏やかに生きたい悪役令息なのに、過保護な義兄たちが構いすぎてくる~イヴは悪役に向いてない~

鯖猫ちかこ

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 十八……成人……卒業……とぶつぶつ言いながらもおれを見て、また十八……と繰り返す。
 そうか、前世のことを覚えてたって、おれに会いに来てくれたって、それでもまたおれのことをすきになってくれるかどうかは別問題か、と気付く。
 あの世界みたいに同性との婚約は当たり前じゃないし、魔法も能力も竜もない。
 伊吹には特別なものは何もない。イヴのように誇れるものはひとつだって、ない。

 こんなにたくさんの薔薇を持ってきてくれて嬉しい。
 会えて嬉しい。おれのことを覚えててくれて嬉しい。抱き締めて貰えて嬉しい。
 けれど、玲於さんはおれを見てがっかりしてないかな。
 見た目こそ同じだけど、イヴと違うところはたくさんある。
 伊吹がいなくなって、イヴに戻って、伊吹のことを覚えててくれたって、それでもやっぱりイヴがよかったと言われたら。
 同じ魂だけど、それでもやっぱり違うところはあるし。
 ゲームのイヴのように、真っ直ぐで捻くれたところのない人物じゃない。
 それなりに打算的で、捻くれた奴だってわかってる。
 今だって社長なら就職のお世話とかしてくれないかなって思ってるし。
 そうしたら、愛莉の学費とかどうにか出来るかなって。

 おれは頭良くないし、愛莉だって似たり寄ったりだと知ってるけど、あの子はまだ中学に上がったばかりだし、塾だとか、大学や専門学校に行きたいと言うかも。
 部活だって……そういえばまだ入ってるかどうかも聞いてないな、しょっちゅうおれのところにお見舞いに来ていたのならまだ入部していないのかも。
 部活だってただじゃない、道具やユニフォーム、消耗品や部費、遠征費もいるし、友人との交際費も必要。
 女の子だし、今まで母さんに甘やかされていた分おしゃれにも気をつけていただろう。
 おれはあの子には自由に生きて欲しい。お小遣いもあげたいし、高校に入ったらすぐにバイト漬け、なんてことも避けたい。
 今までふたりでどこかに行ったことないし、休みの日にどこか行ってみたい。さみしいけれど、友人と気軽に遊びにいけるようにもなってほしい。
 修学旅行の積立金、まだ早いけど振袖や結婚資金の貯金もしなくちゃ。
 そういうのって全部、生活費や時間に余裕がないと出来ないし。

 でも雇って下さい、どこか紹介して下さい、なんて言える程自分に自信がある訳でもない。寧ろ仕事が出来ない自信しかない。
 迷惑掛けたりとか、がっかりされたりとかしたくないもんな、と思うと自然と唇をきゅっと噛み締めてしまった。

「……どうした」
「え、いや、何も」
「何もないかおじゃないだろ」
「ね、かわいい」
「お前は親戚のおじさんみたいな反応するの止めてくれないか」
「おっさんはお互いさまでしょ」
「お、おじさんとか思ってないです」

 アンリの時も大分自由なひとだなと思っていたけれど、アンリだったからこそそれでも猫を被っていたのかもしれない。今の方が大分自由だ。
 これがおとななんだろうか。

 そっと玲於さんを見上げる。
 確かに髪色も瞳の色も全然違うし、違和感はある。
 けれど顔立ち自体は整っているし、王子じゃなくても社長。寧ろ王子のようなめちゃくちゃな身分じゃないだけもっとモテるんじゃないだろうか。
 そんなひとにおれは返せるものも自慢出来るものもなくて、ただ忘れないでという呪いの言葉で縛り付けていただけの現実に気付いて、また指先の力を緩めた。

「……俺でがっかりしたか?」
「えっ」
「アルベールの方が良かったか」
「そん……な、訳じゃあ……」

 じゃあそんなかおするな、と硬い指先が頬に触れた。
 アルベールの方が良かった訳じゃない。どっちにだって会えて嬉しい。比べてなんかなかった。
 けれどそう取られてしまったことが申し訳なくて、悔しい。
 折角会いに来てくれたのに、そう思わせてしまったことが。

「社長が年齢に拘るからでしょ」

 杏さんがずばっと切り込んだ。自分だって年齢を気にしていたのに。
 いや、杏さんとどうこうなるつもりはお互いないのだから気にしなくていいんだけど。でも立場上、玲於さんには不味い展開だろうか。

「確かに十八にしては少し幼いけど」
「えっ」
「でもこの歳のイヴに歳の離れたレオンさまは手を出したんでしょ」
「……何でそれを」
「イヴに聞いてます~」

 ねっ、と杏さんがおれに微笑む。
 まるでおれが積極的に言いふらしていたみたいじゃないか、止めてほしい。
 お前も大概だぞ、と呆れたように玲於さんは吐き出し、その時は僕も十八だったのでセーフですう、と杏さんはおれの頭を撫でた。

「そういえばお前、けったいな能力持ちだったな」
「そのお陰でいい思いしたでしょ」
「……」
「ボーナス期待してますねえ」
「お前」
「ほら、社長も嬉しかったって」
「あ」

 にこ、と笑って杏さんは指をさす。

「全く、兄弟揃って口下手なんだから。何のかんの言い訳されるより、ちゃんと口にしてくれなきゃわかんないよねえ。こーんな、薔薇だけ持ってきてもさ」
「……すまん」
「僕にじゃないでしょ、拗ねるより先に伊吹くんのケア」

 杏さんの言葉に、おれの方を向いた玲於さんがごめんと素直に頭を下げる。
 それから再度頬に触れて、前髪を少し避けた。
 視線が合う。
 心臓が跳ねた。
 だってこの距離は、いつもなら唇が重なる距離だ。
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