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しおりを挟む◇◇◇
少し遅めの朝食を食べていると、外が騒がしいな、と気付いた瞬間に、ティノが走って乱暴に部屋へ入ってきていた。
驚くおれとは反対に、少し焦ってはいたけど、まるでわかっていたかのように遥陽が立ち上がり、ティノが口を開くより先に、そっちに行くから、と言う。
何がなんだかわからなかった。
え、お城に帰るってこと?そんな急に?なんでティノはそんなに急いで?
誰か倒れた?大怪我でもした?それで遥陽が必要で、遥陽も慣れてるからわかったってこと?
ひとりで混乱していると、ごめん、また絶対にここに来る、と残して、遥陽とティノは走って部屋を出て行ってしまった。
……嵐のよう。
この数日のゆっくりした時間が嘘のように、あっという間におれだけひとり、残された。
おれだけなにも、わからないまま。
◇◇◇
「まだ拗ねてます?ユキ様」
「拗ねてないです」
「拗ねてるじゃないですか、アンヌさんが朝食あまり口にしなかったって心配してましたよ」
「……」
遥陽が慌ただしく帰って行って、ひとり残されて、食事をする気もなくなった。
前みたいにわざと食べないって訳じゃなくて、でも体調不良とかでもなくて。
なんだか喉を通らなかったんだ。
皆忙しそうで、おれだけひとり暇で、いや、遥陽みたいに忙しくしたい訳じゃないよ、おれ勉強も苦手だし。
でもなんか、手伝いもそんなにさせて貰えないし、暇潰しの本はまだ簡単なものしか読めないし、寝ることしか出来なくて。
そんな毎日が戻ってきてしまった。寂しい。べったりだった遥陽が急にいなくなってしまったから、余計に。
遥陽、また来るっていつ?今夜?明日?明後日?来週?来月?遠い。
ジルだって昨夜も来なかった。あんなに慌ててた説明も聞けてない。
昨日帰ってどうしたの、誰かに相談したの?おれの処遇はどうするかとか決まったのかな?
話に来れない程忙しい?またどっか行っちゃうのかな。
おれだけ蚊帳の外みたい。なんにも知らない。
まあそうか、おれは神子様のついでだから、だいじなことなんて説明する必要はなくて、追放されない、殺されないだけどころか、こんな贅沢な暮らしをさせて貰ってるだけ有難いことなんだろう。それはわかる、痛感した。でもそれはそれとして、だ。
「モーリスさん、今日暇?」
「ユキ様が暇なら暇ですよ」
「……外に出てもいいかなぁ」
「外?庭……その言い方だと庭じゃあないですね?」
「うん、お城の外とか」
「それは俺が決められることじゃないですねえ」
「……騎士団とか見にいけないの?」
「前騎士団に入るとか言ってたことですか?」
「入れないのはわかったんで、見学とか」
「見ても面白いものではないですよ」
わかってるよ、多分剣を振ってるところを見てすげー!とか言ってもどうせすぐ飽きるんだ。
剣を握らせてもらってもどうせ碌に振れないんだ。そんな奴なんだ、おれは。
でもこのままぼーっとしてても余計なことしか考えられないんだもん、何かしたい。
もう思いつくのがアンヌさんとお菓子作るか、しかない。
「……城内に行ってみますか」
「へ、だめじゃないの、おれ」
「ユキ様が入って駄目なことはないですよ、うろうろは出来ませんが……そうだ」
「?」
「ジル様のところに何か差し入れでもどうでしょう。以前お菓子を作ると約束してたのでしょう、楽しみにしてましたよ、お前も食べたのかって恨まれましたからね」
あれは約束っていうか……おれよりアンヌさんとの雑談だと思うんだけど。
でもモーリスさんともそんな話してたのか、まあ悪い気はしない。
「……ジルに持ってったら遥陽にも渡せるかな」
「それはわかりかねますが、言伝くらいは出来るかと」
「じゃあ今からアンヌさんにお願いしてくる……」
「はい、待ってますね」
「お菓子作って、お昼食べて、お茶くらいの時間に持ってけばいいかな」
「時間があえばお茶くらいご一緒出来るでしょう」
まあ別にお茶は一緒にしなくてもいいんだけどね?でも話くらい少しは出来たらね?
ここ最近、ちゃんとは話、出来てなかったからね?ほら、言い訳くらいは聞いてあげてもいいかなって……
でも返答次第では、おれの方から折れちゃうかもしれないけど。だから本当は、ジルには受け入れてもらいたいんだけど。
そんなのは我儘なんだろうなあ。わかってるけど。
それでもジルは笑ってくれるよねって、嬉しいって言ってくれるよねって、自分に言い聞かせるように、アンヌさんの元に走った。
◇◇◇
「……かわいいの出来た」
「綺麗に焼けましたねえ」
アンヌさんに教えて貰って、手のひらサイズのパイを幾つか焼き上げた。
いちごみたいな果物と庭の薔薇で作ったというジャムを使ったパイと、林檎みたいな果物にスパイスを使ったパイ。
片手で食べられそうなサイズで、きっと仕事中でも食べられる。……パイがぽろぽろ零れそうだけど。
おれには時間がたっぷりあるものだから、上にのせるパイ生地も綺麗に編んだりして、うん、写真映えしそうなものが出来た。カメラなぞないが。
「ジル様も喜びますよ」
「……作っといてなんだけど、ジルって甘いの食べるかな」
「おすきですよ、いつもデザートまで食べていかれるでしょう」
「そういえばそうか」
アンヌさんからも太鼓判をもらい、一緒に自分たちの昼食も作った。
パイも冷まして、綺麗な籠に入れて貰って、ジルが喜ぶかなって考える。
実物を前にして、うきうきしてきたのかもしれない。
アンヌさんもモーリスさんも、きっとジルは喜ぶっていうから。
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