【完結】召喚失敗された彼がしあわせになるまで

鯖猫ちかこ

文字の大きさ
29 / 161

29

しおりを挟む


 ◇◇◇

 少し遅めの朝食を食べていると、外が騒がしいな、と気付いた瞬間に、ティノが走って乱暴に部屋へ入ってきていた。
 驚くおれとは反対に、少し焦ってはいたけど、まるでわかっていたかのように遥陽が立ち上がり、ティノが口を開くより先に、そっちに行くから、と言う。
 何がなんだかわからなかった。

 え、お城に帰るってこと?そんな急に?なんでティノはそんなに急いで?
 誰か倒れた?大怪我でもした?それで遥陽が必要で、遥陽も慣れてるからわかったってこと?

 ひとりで混乱していると、ごめん、また絶対にここに来る、と残して、遥陽とティノは走って部屋を出て行ってしまった。

 ……嵐のよう。
 この数日のゆっくりした時間が嘘のように、あっという間におれだけひとり、残された。
 おれだけなにも、わからないまま。


 ◇◇◇

「まだ拗ねてます?ユキ様」
「拗ねてないです」
「拗ねてるじゃないですか、アンヌさんが朝食あまり口にしなかったって心配してましたよ」
「……」

 遥陽が慌ただしく帰って行って、ひとり残されて、食事をする気もなくなった。
 前みたいにわざと食べないって訳じゃなくて、でも体調不良とかでもなくて。
 なんだか喉を通らなかったんだ。
 皆忙しそうで、おれだけひとり暇で、いや、遥陽みたいに忙しくしたい訳じゃないよ、おれ勉強も苦手だし。
 でもなんか、手伝いもそんなにさせて貰えないし、暇潰しの本はまだ簡単なものしか読めないし、寝ることしか出来なくて。
 そんな毎日が戻ってきてしまった。寂しい。べったりだった遥陽が急にいなくなってしまったから、余計に。

 遥陽、また来るっていつ?今夜?明日?明後日?来週?来月?遠い。
 ジルだって昨夜も来なかった。あんなに慌ててた説明も聞けてない。
 昨日帰ってどうしたの、誰かに相談したの?おれの処遇はどうするかとか決まったのかな?
 話に来れない程忙しい?またどっか行っちゃうのかな。

 おれだけ蚊帳の外みたい。なんにも知らない。
 まあそうか、おれは神子様のついでだから、だいじなことなんて説明する必要はなくて、追放されない、殺されないだけどころか、こんな贅沢な暮らしをさせて貰ってるだけ有難いことなんだろう。それはわかる、痛感した。でもそれはそれとして、だ。

「モーリスさん、今日暇?」
「ユキ様が暇なら暇ですよ」
「……外に出てもいいかなぁ」
「外?庭……その言い方だと庭じゃあないですね?」
「うん、お城の外とか」
「それは俺が決められることじゃないですねえ」
「……騎士団とか見にいけないの?」
「前騎士団に入るとか言ってたことですか?」
「入れないのはわかったんで、見学とか」
「見ても面白いものではないですよ」

 わかってるよ、多分剣を振ってるところを見てすげー!とか言ってもどうせすぐ飽きるんだ。
 剣を握らせてもらってもどうせ碌に振れないんだ。そんな奴なんだ、おれは。
 でもこのままぼーっとしてても余計なことしか考えられないんだもん、何かしたい。
 もう思いつくのがアンヌさんとお菓子作るか、しかない。

「……城内に行ってみますか」
「へ、だめじゃないの、おれ」
「ユキ様が入って駄目なことはないですよ、うろうろは出来ませんが……そうだ」
「?」
「ジル様のところに何か差し入れでもどうでしょう。以前お菓子を作ると約束してたのでしょう、楽しみにしてましたよ、お前も食べたのかって恨まれましたからね」

 あれは約束っていうか……おれよりアンヌさんとの雑談だと思うんだけど。
 でもモーリスさんともそんな話してたのか、まあ悪い気はしない。

「……ジルに持ってったら遥陽にも渡せるかな」
「それはわかりかねますが、言伝くらいは出来るかと」
「じゃあ今からアンヌさんにお願いしてくる……」
「はい、待ってますね」
「お菓子作って、お昼食べて、お茶くらいの時間に持ってけばいいかな」
「時間があえばお茶くらいご一緒出来るでしょう」

 まあ別にお茶は一緒にしなくてもいいんだけどね?でも話くらい少しは出来たらね?
 ここ最近、ちゃんとは話、出来てなかったからね?ほら、言い訳くらいは聞いてあげてもいいかなって……

 でも返答次第では、おれの方から折れちゃうかもしれないけど。だから本当は、ジルには受け入れてもらいたいんだけど。
 そんなのは我儘なんだろうなあ。わかってるけど。
 それでもジルは笑ってくれるよねって、嬉しいって言ってくれるよねって、自分に言い聞かせるように、アンヌさんの元に走った。


 ◇◇◇

「……かわいいの出来た」
「綺麗に焼けましたねえ」

 アンヌさんに教えて貰って、手のひらサイズのパイを幾つか焼き上げた。
 いちごみたいな果物と庭の薔薇で作ったというジャムを使ったパイと、林檎みたいな果物にスパイスを使ったパイ。
 片手で食べられそうなサイズで、きっと仕事中でも食べられる。……パイがぽろぽろ零れそうだけど。
 おれには時間がたっぷりあるものだから、上にのせるパイ生地も綺麗に編んだりして、うん、写真映えしそうなものが出来た。カメラなぞないが。

「ジル様も喜びますよ」
「……作っといてなんだけど、ジルって甘いの食べるかな」
「おすきですよ、いつもデザートまで食べていかれるでしょう」
「そういえばそうか」

 アンヌさんからも太鼓判をもらい、一緒に自分たちの昼食も作った。
 パイも冷まして、綺麗な籠に入れて貰って、ジルが喜ぶかなって考える。
 実物を前にして、うきうきしてきたのかもしれない。
 アンヌさんもモーリスさんも、きっとジルは喜ぶっていうから。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...