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歳上の、大人気ない行動にちょっと引いてしまう。
それなのにジルかわいい、ときゅんとしてしまうおれはもう末期なのだ、赦して欲しい。
「……はい、じゃあこれ」
「ん」
小さなクッキーを一枚口に入れる。
一瞬ジルの唇に指が触れた。
……これくらいで機嫌が良くなるならこれは必要経費です。
「……美味しい?」
「美味しいよ」
「……いちゃつくのは帰ってからにしましょうね」
「いちゃついてな……いや、はい、だってよ、ジル」
モーリスさんにこっそり注意をされて、反論しようとして無理だと悟った。
ジルがこの調子じゃ意味なし。
本人は少しは機嫌がなおったようではあるけれど。
「そろそろお時間大丈夫でしょうか、あまりゆっくりされてると帰るのが遅くなってしまうでしょう」
「ああそうだな、頼む」
「ではこちらに」
「はい!」
セルジュさんに呼ばれて、またあの眩しい廊下を歩く。
お城とどっこいのきらきら。こっちの方が神々しい分眩しい。
落ち着かない。
そんなことをいえばどこもかしこも落ち着かないけど。
実家の自分の狭い部屋が懐かしくなる。
「ではユキ様こちらに」
「……はい」
何にもない部屋だった。
なんか水晶とか、でっかいなにかがあるのかなと思ったんだけど、台がある以外は何もない。ひたすら眩しいだけの部屋。
「ここでなにを見るんですか?」
「ちょっと確認させて頂きますね、ここに血を」
「……ち」
「はい、血です、ほんの少しで大丈夫ですよ、指先を少し」
「……」
小さな、なんだこれ、ナイフか、え、これでおれの指を、さくっと……指を……う、想像だけで痛い。
当然だがおれに自傷癖はない。自慢じゃないが痛みにも強くない。
注射ですら、本当はしたくない。ただいい歳した男が駄々を捏ねるのは格好悪いから視線を逸らしながらどうにか済ませるレベルだ。
紙で指先を切っただけで暫く痛くて気にするのに、自分で、指を、切る……
「出来ます?」
「あっはい全然よゆーっす!」
ちょっと、ほんのちょーっと、ちくっと刺してしまえば血も滲むだろう。
それくらい出来る。出来る。出来……
「……ジル、おれの指切って」
「え」
自分でやるの無理です。
小さなナイフを持って、後ろで待機していたジルのところに小走りで寄る。
モーリスさんにこんなこと頼んだら後がこわい。ジルに頼むしかなかった。
「出来ると思ったんだけど……自分でやるの無理ぽい。ジルやって」
「ユキのこの綺麗な指を傷付けるなんて俺には出来ないよ」
いやおれの指もう既に結構傷だらけなんですけど。
雑だから結構怪我しちゃうんだよね。
「ジルが無理ならモーリスさんにお願いするけど」
「だめ」
ですよねー……ほらモーリスさんめちゃくちゃ笑い堪えてるじゃんか。即答だもんね。知ってた。
後はもう一押しだ。
「自分でやるのこわい、ジルにやってほしい」
「……わかった」
うぐぐ、と納得してない表情のまま、ジルは頷いた。
この王子様ちょろいぜ。
「はい、ちょっとね、ちょっと。いたくしないでね」
「……無茶なことを言うね」
「いっぱい切らないでね」
いつもの仕返しとばかりにそんなことを言ってみる。
普段は魔獣を倒しに行ったり、騎士団の訓練に混じったりで、多少血には慣れてるだろうに、おれの指を切るだけでこんなに焦ってるジルがかわいい、……すき。
「……じゃあちょっと、切るよ」
「ん」
躊躇って躊躇って、ジルがナイフを持つ。
注射と同じで、それを直視出来ないおれは視線を逸らして痛みを待った。いや時間掛かりすぎでは。さっさとやれ。
「……っ」
「ごめん、痛かったね」
「っだいじょぶ!思ってたよりいける、セルジュさん!血です!」
血です!ってなんだその言い方は、と自分でも思った。
ほらもう、モーリスさんなんて吹き出す直前だ。
走って台のところに戻り、セルジュさんに指先を見せる。
本当にほんの少し、指先に血が盛り上がっていた。
「こちらに」
「はい!」
なんか読めない崩されたような文字で書かれた書類のようなものに指先を押し付ける。少しぴりっとした痛みが走った。
一瞬、何かがぶわっと出たのを感じる。
煙とも光とも風ともとれない、なにかが、一瞬だった。
その後は何もない、少なくともおれには何も見えない。
こんなんでセルジュさんは何が何だかわかるのだろうか。
「これは……」
「?」
「ロザリー様以上の魔力ですね……!」
「ロザリー……?」
誰だそれ。
おれの比較対象は遥陽しかいない。まあ遥陽の力もよくわかってないんだけど。
でもおれに遥陽以上の力がある訳ないのは分かってるのでそこはどうでもいい。
すごいのかどうかわかんないや、と思って後ろを振り向くと、ジルが頭を抑えていた。
……それはどういうリアクションなんだろうか。
「えっと、それ、すごいんですか」
「すごいことですよ!」
セルジュさんに向き直って訊いてみると、あの落ち着いていたセルジュさんですら興奮しているようだった。
「ああ、ロザリー様以上の方が来られるとは思わなかった、この国は神に愛されていらっしゃる……」
「……」
だからロザリーって誰。
もう一度ジルたちの方を振り返る。
今度は口に出して、誰?と訊いてみる。
ジルが少し曇った顔で、俺の母親だ、と消えるような声で呟いた。
それなのにジルかわいい、ときゅんとしてしまうおれはもう末期なのだ、赦して欲しい。
「……はい、じゃあこれ」
「ん」
小さなクッキーを一枚口に入れる。
一瞬ジルの唇に指が触れた。
……これくらいで機嫌が良くなるならこれは必要経費です。
「……美味しい?」
「美味しいよ」
「……いちゃつくのは帰ってからにしましょうね」
「いちゃついてな……いや、はい、だってよ、ジル」
モーリスさんにこっそり注意をされて、反論しようとして無理だと悟った。
ジルがこの調子じゃ意味なし。
本人は少しは機嫌がなおったようではあるけれど。
「そろそろお時間大丈夫でしょうか、あまりゆっくりされてると帰るのが遅くなってしまうでしょう」
「ああそうだな、頼む」
「ではこちらに」
「はい!」
セルジュさんに呼ばれて、またあの眩しい廊下を歩く。
お城とどっこいのきらきら。こっちの方が神々しい分眩しい。
落ち着かない。
そんなことをいえばどこもかしこも落ち着かないけど。
実家の自分の狭い部屋が懐かしくなる。
「ではユキ様こちらに」
「……はい」
何にもない部屋だった。
なんか水晶とか、でっかいなにかがあるのかなと思ったんだけど、台がある以外は何もない。ひたすら眩しいだけの部屋。
「ここでなにを見るんですか?」
「ちょっと確認させて頂きますね、ここに血を」
「……ち」
「はい、血です、ほんの少しで大丈夫ですよ、指先を少し」
「……」
小さな、なんだこれ、ナイフか、え、これでおれの指を、さくっと……指を……う、想像だけで痛い。
当然だがおれに自傷癖はない。自慢じゃないが痛みにも強くない。
注射ですら、本当はしたくない。ただいい歳した男が駄々を捏ねるのは格好悪いから視線を逸らしながらどうにか済ませるレベルだ。
紙で指先を切っただけで暫く痛くて気にするのに、自分で、指を、切る……
「出来ます?」
「あっはい全然よゆーっす!」
ちょっと、ほんのちょーっと、ちくっと刺してしまえば血も滲むだろう。
それくらい出来る。出来る。出来……
「……ジル、おれの指切って」
「え」
自分でやるの無理です。
小さなナイフを持って、後ろで待機していたジルのところに小走りで寄る。
モーリスさんにこんなこと頼んだら後がこわい。ジルに頼むしかなかった。
「出来ると思ったんだけど……自分でやるの無理ぽい。ジルやって」
「ユキのこの綺麗な指を傷付けるなんて俺には出来ないよ」
いやおれの指もう既に結構傷だらけなんですけど。
雑だから結構怪我しちゃうんだよね。
「ジルが無理ならモーリスさんにお願いするけど」
「だめ」
ですよねー……ほらモーリスさんめちゃくちゃ笑い堪えてるじゃんか。即答だもんね。知ってた。
後はもう一押しだ。
「自分でやるのこわい、ジルにやってほしい」
「……わかった」
うぐぐ、と納得してない表情のまま、ジルは頷いた。
この王子様ちょろいぜ。
「はい、ちょっとね、ちょっと。いたくしないでね」
「……無茶なことを言うね」
「いっぱい切らないでね」
いつもの仕返しとばかりにそんなことを言ってみる。
普段は魔獣を倒しに行ったり、騎士団の訓練に混じったりで、多少血には慣れてるだろうに、おれの指を切るだけでこんなに焦ってるジルがかわいい、……すき。
「……じゃあちょっと、切るよ」
「ん」
躊躇って躊躇って、ジルがナイフを持つ。
注射と同じで、それを直視出来ないおれは視線を逸らして痛みを待った。いや時間掛かりすぎでは。さっさとやれ。
「……っ」
「ごめん、痛かったね」
「っだいじょぶ!思ってたよりいける、セルジュさん!血です!」
血です!ってなんだその言い方は、と自分でも思った。
ほらもう、モーリスさんなんて吹き出す直前だ。
走って台のところに戻り、セルジュさんに指先を見せる。
本当にほんの少し、指先に血が盛り上がっていた。
「こちらに」
「はい!」
なんか読めない崩されたような文字で書かれた書類のようなものに指先を押し付ける。少しぴりっとした痛みが走った。
一瞬、何かがぶわっと出たのを感じる。
煙とも光とも風ともとれない、なにかが、一瞬だった。
その後は何もない、少なくともおれには何も見えない。
こんなんでセルジュさんは何が何だかわかるのだろうか。
「これは……」
「?」
「ロザリー様以上の魔力ですね……!」
「ロザリー……?」
誰だそれ。
おれの比較対象は遥陽しかいない。まあ遥陽の力もよくわかってないんだけど。
でもおれに遥陽以上の力がある訳ないのは分かってるのでそこはどうでもいい。
すごいのかどうかわかんないや、と思って後ろを振り向くと、ジルが頭を抑えていた。
……それはどういうリアクションなんだろうか。
「えっと、それ、すごいんですか」
「すごいことですよ!」
セルジュさんに向き直って訊いてみると、あの落ち着いていたセルジュさんですら興奮しているようだった。
「ああ、ロザリー様以上の方が来られるとは思わなかった、この国は神に愛されていらっしゃる……」
「……」
だからロザリーって誰。
もう一度ジルたちの方を振り返る。
今度は口に出して、誰?と訊いてみる。
ジルが少し曇った顔で、俺の母親だ、と消えるような声で呟いた。
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