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「どうしよキャロル……」
「ユキにいさまどっかいたい?」
「……うん」
「キャロがよしよししたげよっか?」
適当に言っただけなのにキャロルが小さな小さな手で頭を撫でてくれる。
本来ならすごく癒される光景なのに、頭の中がぐるぐるする。
時間が欲しい、もうちょっと、欲しかっただけなのに。
言わなきゃ、婚約者いるならだめだって言わなきゃ、自分で言わなきゃ。
キャロルからでもモーリスさんからでもシャノン様からでもなく、自分の口で。
これ以上は甘ったれてたらだめなんだ。
……今日、来なきゃ良かったな。
◇◇◇
「……話があります」
「どうしたの改まって。だいじな話?」
「はい……」
「ずっとそわそわしてると思ったら」
夕食後、ずっとおかしいおれに何度も何度も大丈夫か訊いてきたジルに、何度目かでやっとそう口にした。
何度目かになるまで言わなかったのは、まだどっかで逃げたいと思ってるから。
このままなかったことにして、普通に笑って普通に一緒に寝て普通に朝起きたい、って、何度も何度も。
こんなに穏やかに笑ってくれるジルに、おれだけ黙っていれば、まだ一緒にいられる。
余計なことを言って、面倒くさいなとか、がっかりされたりとかって、考えては胸がぎゅうっとなって、言いたくない、と思う。
もっと早く知りたかった、こんなにすきになっちゃう前に。
「す、座って」
「お茶か何か用意して貰う?」
「いいから……」
「うん」
自室のソファに座ってもらい、向かいに自分も腰を下ろす。
気まずい沈黙が流れて、おれから口を開かないといけないのに、開きかけた口を何度も結んだ。
流石のジルもなんだこいつ、って顔で見てるのかな、と思って、ちらと上を見ると、笑顔を崩さずおれを見ていた。
見ていた、ずっと。俯いたままのおれを、ずっと。
慌ててまた視線を逸らすと、ふと笑う声。
……いつも通りのジルだ。
「……隣に行っていい?」
「……だめ、です」
「だめなの?」
「は、話するから、だめ」
「でも今日のユキ、声小さくて、この距離だとちょっと聞き取り辛いかな」
「……でも近いとおれ、すぐ甘えちゃうから」
「甘えて欲しいんだけどなあ」
「……今日は、だめ」
そう、と少し残念そうな顔をして、ジルはソファに深く座り直した。
それを確認して、煩いくらいになる心臓が治まるまで待って……待っ……治まらないので、深く息を吸った。
「お、おれ」
「うん?」
「今日」
「うん」
「しゃ、シャノン様に会った」
「へえ」
……へえ?
なんてことないような返事に、嘘だろ、と思ってまた顔を上げる。
ジルはいつもと同じ、おれの話を聞く時と何ら変わりのない表情だった。
おれが驚いた顔をしてるのにびっくりしている。
「どうしたの」
「え、や、あの」
「ああ、シャノンまた何かやったかな?ごめんね、あの子も悪気がある訳ではないんだけど……どこで会った?」
「キャロル、のとこ……で、なんか苦いの飲ませようとしてた……」
「また……ちゃんとキャロルに許可取れないのはだめだと言ってるのに」
「あ、あの……」
「?」
「こ」
言葉を呑み込む。
今ならまだ引ける。
シャノン様ってひとは変わり者だねー、で済ませられる。
だけど。
「こん……婚約者って、きいた、から……ジル、の」
「……ああ」
「お、れ、それ、聞いてたのに、ジルと」
ぎゅう、と服の裾を握り締める。
口にするのは恥ずかしい。
恥ずかしくて、それでいて罪悪感。
「……ジルと、やっちゃった」
「……」
「……知ってたのに、黙ってて……その、だから、シャノン様に謝らなくちゃって」
「……えっ」
「え?」
「え、シャノンに会って、そんな会話したの?」
「ひて、してないです、キャロルの部屋、いて、薬を飲ませようとしてるの見て止めて、時間ないって帰って、その後、シャノン様だって聞いて」
噛んだ。
だって急にジルが立ち上がったからびっくりしちゃって。
そのまま結局横に来て座ってしまう。
近い、膝がくっつきそうなくらい、近い。
「だからこれがだめだってば!」
慌てて立ち上がって、元々ジルが座ってた方のソファに座り直した。
おれの勢いにか、ジルがぽかんとしている。
「婚約者がいるのに!こんなことしちゃだめなんです!」
「ユキ」
「だめなんだよ!」
「ユキ」
「なのにジルがおれのことかわいいって言うから!触るから!」
「……ユキ」
「……なんで婚約者いるのにおれにそんなことするの」
泣きそうな声に、部屋の中がしん、とした。
もっと色々考えてた筈なのに、口から出る言葉が全部子供の我儘みたいだ。
ただただ駄々を捏ねてるような。
「……言いたいことはそれだけ?」
「……もっとある……あるけど、いま、口開いたら泣く……」
待って、頭ん中で組み立てるから、と考えても纏まらない。
脳内で舞ってるワードが、あっちこっち行ってしまう。
焦れば焦る程涙が出そうで、そんな奴絶対面倒くさい奴なのわかってるから目頭を抑える。
「うーん……まず、婚約者って、誰から訊いた?」
「きゃ……キャロル」
「キャロルか」
流石にモーリスさんの名前は出せなくて、ごめん、キャロルの名前を出した。
少し考えて、それから、ジルはまた横に戻ってくる。
だめだって言ってんのに!と逆切れ気味に立ち上がろうとするおれの腕を引いて座らせてきた。
「ユキにいさまどっかいたい?」
「……うん」
「キャロがよしよししたげよっか?」
適当に言っただけなのにキャロルが小さな小さな手で頭を撫でてくれる。
本来ならすごく癒される光景なのに、頭の中がぐるぐるする。
時間が欲しい、もうちょっと、欲しかっただけなのに。
言わなきゃ、婚約者いるならだめだって言わなきゃ、自分で言わなきゃ。
キャロルからでもモーリスさんからでもシャノン様からでもなく、自分の口で。
これ以上は甘ったれてたらだめなんだ。
……今日、来なきゃ良かったな。
◇◇◇
「……話があります」
「どうしたの改まって。だいじな話?」
「はい……」
「ずっとそわそわしてると思ったら」
夕食後、ずっとおかしいおれに何度も何度も大丈夫か訊いてきたジルに、何度目かでやっとそう口にした。
何度目かになるまで言わなかったのは、まだどっかで逃げたいと思ってるから。
このままなかったことにして、普通に笑って普通に一緒に寝て普通に朝起きたい、って、何度も何度も。
こんなに穏やかに笑ってくれるジルに、おれだけ黙っていれば、まだ一緒にいられる。
余計なことを言って、面倒くさいなとか、がっかりされたりとかって、考えては胸がぎゅうっとなって、言いたくない、と思う。
もっと早く知りたかった、こんなにすきになっちゃう前に。
「す、座って」
「お茶か何か用意して貰う?」
「いいから……」
「うん」
自室のソファに座ってもらい、向かいに自分も腰を下ろす。
気まずい沈黙が流れて、おれから口を開かないといけないのに、開きかけた口を何度も結んだ。
流石のジルもなんだこいつ、って顔で見てるのかな、と思って、ちらと上を見ると、笑顔を崩さずおれを見ていた。
見ていた、ずっと。俯いたままのおれを、ずっと。
慌ててまた視線を逸らすと、ふと笑う声。
……いつも通りのジルだ。
「……隣に行っていい?」
「……だめ、です」
「だめなの?」
「は、話するから、だめ」
「でも今日のユキ、声小さくて、この距離だとちょっと聞き取り辛いかな」
「……でも近いとおれ、すぐ甘えちゃうから」
「甘えて欲しいんだけどなあ」
「……今日は、だめ」
そう、と少し残念そうな顔をして、ジルはソファに深く座り直した。
それを確認して、煩いくらいになる心臓が治まるまで待って……待っ……治まらないので、深く息を吸った。
「お、おれ」
「うん?」
「今日」
「うん」
「しゃ、シャノン様に会った」
「へえ」
……へえ?
なんてことないような返事に、嘘だろ、と思ってまた顔を上げる。
ジルはいつもと同じ、おれの話を聞く時と何ら変わりのない表情だった。
おれが驚いた顔をしてるのにびっくりしている。
「どうしたの」
「え、や、あの」
「ああ、シャノンまた何かやったかな?ごめんね、あの子も悪気がある訳ではないんだけど……どこで会った?」
「キャロル、のとこ……で、なんか苦いの飲ませようとしてた……」
「また……ちゃんとキャロルに許可取れないのはだめだと言ってるのに」
「あ、あの……」
「?」
「こ」
言葉を呑み込む。
今ならまだ引ける。
シャノン様ってひとは変わり者だねー、で済ませられる。
だけど。
「こん……婚約者って、きいた、から……ジル、の」
「……ああ」
「お、れ、それ、聞いてたのに、ジルと」
ぎゅう、と服の裾を握り締める。
口にするのは恥ずかしい。
恥ずかしくて、それでいて罪悪感。
「……ジルと、やっちゃった」
「……」
「……知ってたのに、黙ってて……その、だから、シャノン様に謝らなくちゃって」
「……えっ」
「え?」
「え、シャノンに会って、そんな会話したの?」
「ひて、してないです、キャロルの部屋、いて、薬を飲ませようとしてるの見て止めて、時間ないって帰って、その後、シャノン様だって聞いて」
噛んだ。
だって急にジルが立ち上がったからびっくりしちゃって。
そのまま結局横に来て座ってしまう。
近い、膝がくっつきそうなくらい、近い。
「だからこれがだめだってば!」
慌てて立ち上がって、元々ジルが座ってた方のソファに座り直した。
おれの勢いにか、ジルがぽかんとしている。
「婚約者がいるのに!こんなことしちゃだめなんです!」
「ユキ」
「だめなんだよ!」
「ユキ」
「なのにジルがおれのことかわいいって言うから!触るから!」
「……ユキ」
「……なんで婚約者いるのにおれにそんなことするの」
泣きそうな声に、部屋の中がしん、とした。
もっと色々考えてた筈なのに、口から出る言葉が全部子供の我儘みたいだ。
ただただ駄々を捏ねてるような。
「……言いたいことはそれだけ?」
「……もっとある……あるけど、いま、口開いたら泣く……」
待って、頭ん中で組み立てるから、と考えても纏まらない。
脳内で舞ってるワードが、あっちこっち行ってしまう。
焦れば焦る程涙が出そうで、そんな奴絶対面倒くさい奴なのわかってるから目頭を抑える。
「うーん……まず、婚約者って、誰から訊いた?」
「きゃ……キャロル」
「キャロルか」
流石にモーリスさんの名前は出せなくて、ごめん、キャロルの名前を出した。
少し考えて、それから、ジルはまた横に戻ってくる。
だめだって言ってんのに!と逆切れ気味に立ち上がろうとするおれの腕を引いて座らせてきた。
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